セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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色々大丈夫かこれ?


その3

「やってられるか。大体俺は無関係なのに無理矢理つきあわされてんだ。こんな勝負どうなろうとしったことじゃない」

「なっ……先輩、それはないんじゃないですか!?」

「事実だろ。一色、お前が強制参加させたんであって、俺は元々乗り気じゃなかった」

「……でも、先輩なら、わたしの助けになってくれるって……思って」

「人を期待するのは勝手だ。それで勝手に失望して罵倒するのもな。だから俺はそんな勝手な奴を見て勝手に見下させてもらう」

「……馬鹿……先輩の、馬鹿……」

 

 俯いているいろはの顔は周囲からは伺えない。だが、傍から見ている分には八幡の言葉で傷付いているようにも見える。被害者は彼女、加害者は彼。そういう図式になっている。

 当然のことながらコートを挟んだ対面の結衣と優美子の二人からもその表情は読めない。野次馬と同じような感想を抱いたところで誰も責めることは出来ないだろう。だから優美子が二人に声を掛けた時、殆どの人間が怒りを顕にするのだろうと思っていた。八幡に何かを言うのだろうと思っていた。

 

「仲間割れして勝負流そうとかこっすい手使ってんじゃねえし」

『あ、はい』

 

 トントンとラケットで肩を叩きながら短くそう述べたことで、八幡もいろはも姿勢を正して優美子を見る。その顔は双方ともに何とも言えない嫌そうな表情で、さながら悪戯がバレて母親に叱られている子供のごとし。

 バレバレじゃないですか、と恨みがましそうに八幡を見たいろはは、しかし彼が何でバレたと頭を掻いているのを見て目をパチクリとさせた。どうやら本人的には行けると思っていたらしい。

 

「え? 先輩ひょっとして馬鹿なんですか?」

「おい唐突な罵倒やめろ。目覚めたらどうする」

「とっくに手遅れですし大丈夫ですよ。それで、どういうことですか?」

「俺が聞きたい」

 

 視線を優美子に再度向ける。見られた優美子はふんと鼻を鳴らし、これが証拠だと言わんばかりに結衣を指差した。

 

「ユイが全然驚いてなかったし。騙すならもう少し気合い入れな」

「ちょっと先輩ダメダメじゃないですか。これでもわたし先輩が悪者にされるかもしれないってちょっと心傷んだんですよ」

「ちょっとかよ」

「実際は大分ですけどわたしのキャラに合わないので」

「だったらそこ補足するな」

 

 ぶうぶう、と八幡に文句を言ういろはにどうせモブである自分のこの程度のやらかしは秒で忘れられるから問題ないと返し、それよりもと結衣を見る。キョトンと首を傾げている彼女を見て、彼はバツの悪そうに視線を逸らした。

 

「まあ先輩案外分かりやすいですしね」

「え? そうなの?」

 

 自分では相当分かりにくい部類だと思っていたのだろう。八幡のその言葉に、知ってれば、という前提がありますけどねといろはが返した。

 

「わたしでも分かるくらいですから、結衣先輩なんか絶対バレバレですよ。あ~、やっぱり先輩の作戦に乗っかったわたしが馬鹿だったんですね」

「しみじみ言うな」

 

 それでどうする、といろはに問う。このまま試合を続けるか否か、ということなのだと理解した彼女は、ちらりと優美子を見た。ここでギブアップをすることは簡単だ。勝てる気配も見当たらないし、無駄に足掻くよりはその方がスマートでもある。

 だが、しかし。格好がつかないからといって、自分に合わないからといって。やりたいことを、目指す場所を諦めるのは果たして正しいか。そんなことをふと思い浮かべ、いろはは隣の八幡を見た。

 

「……何だよ」

「先輩、本物と偽物だったらどっちが欲しいですか?」

「は? 偽物欲しがる奴なんかただの捻くれ者かへそまがりだろ」

「だから先輩に聞いたんですけど」

「意味分かんねぇよ。いくら俺だって、本物が欲しい。たまごっちよりぎゃおッPiが欲しいとか言い出さねぇよ」

「ちょっと何言ってるか分かんないですよ」

 

 そう言ってクスクスと笑ったいろはは、ラケットを構え直して真っ直ぐに対面の相手を見た。続きをやりましょうと優美子に言い放った。

 それを聞いた優美子はほんの少しだけ目を見開き、ついで口角を上げた。先程のような加虐的なものではなく、どこか楽しそうな、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「手加減はしねーから」

「当たり前です。わたしも全力でいきますよ!」

「いや、お前さっきから全力だっただろ」

 

 やる気になっている二人の会話に、八幡のツッコミはただただ虚しく木霊するだけであった。

 

 

 

 

 

 

 結果だけ述べるのならばいろはは負けた。だが、それは一方的なものではなく、見ていた観客からすれば大健闘といえるものであった。頑張った、といろはを称える声が響くが、しかし当の本人からすれば本当の立役者は。

 

「ヒッキー、大丈夫?」

「大丈夫に見えるか?」

 

 息も絶え絶えでベンチにへたり込む。そんな八幡にスポーツドリンクを差し出しながら、結衣がちょこんと隣に座った。それに何か言うこともなく、飲み物のお礼だけを短く返し彼は一気に半分ほど流し込む。

 

「無茶したね」

「そうでもしなきゃ三浦が一色に妥協案出せねぇだろ……」

 

 向こうでは雪乃へ優美子といろはが相談をしに行っている。どのみち昼休みの時間を使った秘密特訓である。助っ人が三人でも何の問題もない。視線を向けると、二人の言葉にあなた達がそれでいいのならばと雪乃が微笑むのが遠目に見える。どうやらとりあえずこの件は纏まったらしいと結衣は小さく息を吐いた。

 

「でもヒッキーあたし狙い過ぎだし」

「お前が穴だからな」

「酷くない!?」

「ボロ負けしないようにするためだ。弱点をつくのの何が悪い」

「完全に悪者だったじゃん。何かヒッキーだけブーイング食らってた」

 

 あわあわと対応する結衣を集中的に狙っていた八幡の印象はすこぶる悪かった。戦っている優美子の方はいろはのフォローとこちらの弱点をつくという二つの仕事をこなされているのでこの野郎と思わず頬に十字模様が浮き出るレベルでもある。つまりはイメージに齟齬がない。最終的に八幡は優美子から集中砲火を食らい体力が限界を迎え力尽きた。

 

「まあ、どうせすぐに記憶から飛ぶだろ」

「かな?」

「ああ。なんせ、ほれ」

 

 視線をテニスコートに向ける。今度はシングルス、先程蚊帳の外にいた二人が、実力を確かめるためにミニゲームを行うところであった。

 葉山隼人と戸塚彩加。タイプは正反対だが、どちらも見た目は一級品の男子生徒だ。

 

「もうみんな俺なんかいたことすら忘れてる」

「あはは」

 

 それも見越したヒールっぷりだったのならば流石の一言だが、あくまで結果オーライである。むしろ雪乃に助けられたと思っている節さえある八幡は、何とも言えない表情でテニスコートの二人から審判へと視線を動かした。彼の視線に気付いたのか、こちらを見て薄く笑うのを視界に入れた八幡は、納得いかんとばかりに鼻を鳴らす。

 

「大丈夫だよ」

「あん?」

「あたしは、ヒッキーの活躍覚えてるから」

「お前をいじめたからか?」

「違うし。……ヒッキーがいろはちゃんのために頑張ってたの、目の前で見てたから」

「買い被り過ぎだ。お前を狙えば勝てそうだったから調子に乗っただけで、一色のことなんざ関係ない」

 

 吐き捨てるようなその言葉を聞いて、結衣はどこか楽しそうに微笑む。人の話聞けよ、と彼が返しても、うんうんと微笑んで頷くのみであった。

 もういい、と残っていたスポーツドリンクを飲み干した八幡を見ながら、彼女はそこで一旦空気を変えるように息を吐く。そうして、笑みを少しだけ収めて口を開いた。

 

「ねえヒッキー。あたしがいろはちゃんと同じ立場だったら、今回みたいにヒッキーは頑張ってくれたかな?」

「だから頑張ってねぇっての……」

 

 そう言いながら八幡は溜息を吐く。隣を見ることなく、彼はとりあえず質問の意味も意図もさっぱり分からんがと前置きをした。そうしながら、何でお前と葉山の恋を応援しなきゃならんと続けた。視線は一切結衣へと向けなかった。

 

「じゃあ、恋の応援とかじゃなかったら? あたしが困ってたら、助けてくれる?」

 

 その言葉には反応した。視線を横に向けると、こちらを見ていた結衣と目が合う。とっさに視線を逸らそうと思考したものの、その答えを口にするまでは動けない、とばかりに彼の体が金縛りにあっていた。彼女の瞳を覗き込んだまま、その瞳に映る自分の顔を視界に入れたまま、八幡はその口を開いた。ゆっくりと、非常に渋々だと言わんばかりに、それを言葉にして紡いだ。

 

「……まあ、友達だしな」

 

 金縛りが解けた。視線を即座に外し、顔を思い切り逸らし。その言葉で彼女がどんな表情をしたのかなどを一切確認することなく、あるいは確認することを拒否し。

 

「ありがと、ヒッキー」

 

 その言葉だけが。優しく、甘く、とろけるようなその一言だけが。彼の中に、ゆっくりと染み渡っていった。染み込んでいくような気がした。

 だから彼は知らない。結衣がトマトのように顔を真っ赤にしていたことを。そのお礼を言う前に、小声で二・三度つっかえていたことを。

 

「……何か、羨ましいですね」

「まあ、ちょっとだけ……。あ、そっちと違ってあーしはヒキオがどうとかってのは絶対無いから」

「いやそんな全力で拒否らなくても分かってますって」

 

 二人の試合も始まったので合流しようと二人の場所へ向かっていたいろはと優美子がその光景を見ていてそんな感想を述べていたことを。

 

 

 

 

 

 

 隼人と彩加の勝負は思った以上に見応えがあった。サッカー部エースなだけはあり、運動神経は抜群の隼人はそのフィジカルで攻め込む。一方の彩加は腐ってもテニス部、その攻撃をいなし相手を好きに動かさない。見ていた野次馬もそれを見てどんどんと熱狂し、そしてそれを聞きつけた生徒達が増えていく。

 

「何かすげぇ騒ぎになってるな」

「ほんとだ」

 

 テニスコートの周りにはギャラリーがひしめき合っている。隼人はその光景を見て苦笑し、彩加は少しだけ居心地の悪そうに視線を動かしていた。

 そして審判席にいる雪乃は極々平然としている。こうなることが当たり前だと言わんばかりに表情を変えていない。

 

「雪ノ下さん、また何か碌でもないこと考えてるな」

「あ、三浦先輩もそう思います?」

「思わない方がおかしいだろ」

「何でみんな悪い方に考えるし。ゆきのんはきっとさいちゃんの依頼をどうにかするために色々やってるよ」

 

 結衣の言葉を聞いて三人は彼女を見た。その顔は皆一様に、それは分かっていると目が述べている。彼ら彼女らの知る限り、雪ノ下雪乃の悪巧みはいつだって正の方向だ。除く八幡と隼人、だからだ。悪意を持って誰かを陥れて嘲笑うという方向に舵を取ることはない。除く八幡と隼人、だからだ。

 

「つっても、この状況で何をするつもりだ?」

「考えても疲れるだけだからあーしはパス」

 

 集まった観客の中に姫菜達を見付けたのか、優美子はそちらに手を振ると何かを話しに向かってしまう。とりあえず試合が終わるまではこちらは暇だろうと判断しての行動であろう。そこに反対意見はなく、だから結衣もいろはも別段何も言うことはない。

 

「ガハマ、お前は?」

「へ?」

「あっちに合流しねぇの?」

「何で?」

「いや何でって」

「うわ先輩最低」

「何で!?」

 

 こういうところは本当にダメダメだ、といろはが呆れたように溜息を吐いたが、しかし当の本人である結衣もその辺り深く考えていなかったらしい。彼女の言葉がいまいちピンとこなかったらしく、そうなのと聞き返している。

 

「……まあもうどうでもいいです。それで? 雪ノ下先輩の悪巧みが何か分かりました?」

「んー。多分さいちゃん関係だから、テニス部系だと思うんだけど」

 

 首を傾げた結衣の耳に歓声が届く。シングルスは彩加が隼人からポイントを取ったところであった。真っ直ぐ相手を見ている彩加は、普段のおどおどした姿からは想像出来ないある種の逞しさが感じられた。

 同じようにそれを目で追っていたいろはと八幡であったが、彼はふと視線をテニスコートから野次馬連中へと動かす。それぞれの顔を眺め、ああそういうことかと八幡が溜息を吐いた。

 

「雪ノ下らしい、芯の通った悪巧みなことで」

「え? ヒッキー分かったの?」

「多分な。戸塚言ってただろ、テニス部のみんながやる気になってくれたらって」

「そういえば言ってたかも。それで?」

 

 見ろ、と八幡が観客を指差す。何々、とそれを見ていた結衣であったが、しかし何も思いつかなかったらしく首を傾げた。いろはもそこは同様である。

 

「要はあれだ、海外のテレビショッピング」

「……あ、つまりあれですか。わたしたち、客寄せパンダにされたんですか?」

「お前らは自発的じゃねぇか。戸塚と葉山の試合の方が本来の想定してた客寄せパンダだろ」

「二人の試合をみんなに見せて、テニス部のアピールしたってこと?」

 

 多分な、と八幡がぼやく。結衣が最初に言っていた八幡をテニス部に入れて刺激を与える、という案を別方向に採用した形になる。もちろん雪乃はその時の会話を聞いてはいないはずだが、彼はどうにもそれすら織り込み済みであるような気がして思わず身震いした。

 

「この人数の野次馬だ、テニス部の誰かも見てるだろ。戸塚がこんだけやれるってのを見せれば、他の部員だって少しはやる気になるんじゃねぇの?」

 

 なるほど、と結衣が頷き、いろははそうそう上手くいきますかねと目を細める。そんな二人の顔を見ながら、どっちでもいいんだろうと八幡は言い放った。

 

「雪ノ下がやるのはあくまで手助け、そこからどうするかは相手次第ってスタンスだ。ここで向こうが何もやらないんだったら、それ以上は何もしないだろ」

「そんなものですか?」

「どっちみちこれで戸塚は頑張るだろうからな。依頼自体は達成だろ」

 

 息を吐き、ベンチに体重を預ける。このまま午後の授業サボってしまおうか、そんなことまで考えた。勿論八幡のそれを結衣が見逃すはずもない。

 

「優しいんだか厳しいんだかよく分からない人ですね、雪ノ下先輩って」

「ゆきのんは優しいよ」

「はんっ」

「鼻で笑った!?」

 

 いろはの問い掛けに答えた結衣を八幡が嘲笑する。もしあいつが優しいというならば、そこから弾かれている俺は何なんだよと空を見上げたまま呟いた。うわ、拗ねてる。という結衣の言葉は聞かなかったことにした。

 

「やっぱり何かやらかしてるんじゃないですか?」

「やっぱりってなんだよ」

「あ、でもそういえばゆきのん、ヒッキーのこと前から知ってるっぽかったよね?」

「ほらやっぱり」

 

 いろはの中では八幡が雪乃に何かしら酷いことをした光景が展開されている。お前冗談でもやめろよ、という彼の言葉にはいはいと流しつつ、しかし結衣の言葉は少し気になったので少し突っ込んだ。

 

「あれはただ単に色々データ持ってたってだけだろ。お前のことだって知ってたじゃねぇか」

「んー。でも、少なくともいろはちゃんの時とは違った感じがした」

「わたしですか?」

「そうそう。いろはちゃんを優美子の恋のライバルって紹介してた時はデータって感じだったけど、ヒッキーの時は何ていうか、知ってたって感じ」

 

 ならやっぱり何かあるのだろうか、といろはが考え込む。が、そんな二人を眺めていた八幡は馬鹿らしいと一笑に付した。気のせいだろうと切って捨てた。

 

「性格悪いだけだ。ただのへそまがりだろ」

「何で急に自己紹介したんですか先輩」

「お前も大概だな」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらいろはを睨む八幡を眺めつつ、結衣はふと考えた。本当に気のせいなのかと思考を巡らせた。彼女は雪乃に同じような対応をされている人物を一人知っている。雪乃の幼馴染だという話だから、それと似た対応ということは、つまり。

 八幡は雪乃の優しさから弾かれているのではなく、むしろ。

 

「ゆきのんは、ヒッキーに気安い……のかな?」

 

 自分で出した結論は納得の行くようなものではなく、どうにも確信出来ないもので。それでいて、それを口に出した時に何とも言えないモヤモヤが彼女の中に生まれた気がした。

 

 


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