セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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だって材木座が宿命だって言ってたし……。


その2

 何がどうなってこうなった。比企谷八幡は途方に暮れていた。それもこれも全て眼の前の二人が原因である。

 

「へー。何比企谷超やさしいじゃん」

「でしょでしょ」

 

 きゃいきゃいと騒ぐ女子二人。折本かおりと由比ヶ浜結衣、彼女達が彼の休息を完全消費して連れ回しているからだ。勉強の息抜きのはずが、気付くとそれどころではない状態に陥っている。

 ここでまあ二人が仲良くなったのならば、と言えるような人間ならば八幡は八幡をとっくに辞めている。こいつら鬱陶しい。そんな感想を抱けるから彼は比企谷八幡なのだ。

 

「よし到着」

「とうちゃーく」

 

 そう二人が述べた目的地は見紛うことなき比企谷家。八幡にとっては帰宅である。絶対に嫌だ、と宣言した場所に辿り着いたことで、彼のテンションは地面を抉った。

 無遠慮にかおりがドアを開ける。おかえりー、と呑気に出迎えた小町は、そこに立っていた人物を見て目をパチクリとさせた。あれ? と首を傾げた。

 

「かおりさん? お兄ちゃんなら今出掛けてますよ」

「知ってる知ってる。ここにいるから」

 

 ほれ、と彼女はドアをもう少し大きく開く。小町へ隠れていた部分が顕となり、笑顔の結衣と物凄く嫌そうな八幡の姿が視界に映った。

 おかえりー、と再度出迎えの挨拶をした小町は、その顔ぶれに何らツッコミを入れることなく流した。追い出せよ、という八幡の叫びは無視をした。

 

「えと、ヒッキー……」

「あん?」

「ちょっとノリで調子に乗っちゃったけど、やっぱり迷惑だった、かな」

 

 おじゃまします、と家に上がり込み小町と談笑を始めるかおりとは裏腹に、結衣はそこで動きを止めていた。ちらりと彼を見て、そして本気で嫌がっているのを見てその表情を曇らせる。やってしまった、と眉尻を下げると、おずおずと八幡へ尋ねた。

 対する八幡、迷うことなく迷惑だと言い放つ。分かっていたであろうその言葉を聞いた結衣は、あははと困ったように笑い髪をくしくしと指で弄んだ。

 

「ごめんねヒッキー。そんなつもりじゃ、なかったんだけど」

「だったらどんなつもりだったんだ」

「……友達と、勉強会……したいかなって……」

「じゃあ何も間違ってないじゃねぇか」

「へ?」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡はガリガリと頭を掻くと靴を脱ぐ。そうした後、口には出さずただ視線だけで早く来いと彼女に告げた。

 

「あのクソ野郎に見付かった時点でもう諦めた。だったら、ガハマが追加されようがされまいが一緒だ」

「え? うん? ……えっと、いいの?」

「むしろお前がいてくれて助かる」

「ふぇ!?」

「あのクソ野郎をお前に押し付けられるからな」

「生贄!?」

 

 そういうわけだから、さっさと来い。そう言って三下のチンピラのように笑った八幡を見て、結衣の目が細められる。ジト目のまま家へと上がり、そういうことなら遠慮はいらないなと開き直ることにした。今までの彼女ではまずしないことであり、眼の前の目の腐った男の影響を多分に受けていると思われる部分である。

 そんなわけでリビングへとやって来た三人は、持っていたカバンから各々勉強道具を取り出した。

 

「ガハマにしろお前にしろ、何で持ってんの?」

「持ってなきゃ勉強教えてとか言うわけないじゃん」

 

 ケラケラと笑ったかおりは、そういうわけだからここ教えろと教科書をペラペラ捲り突き出した。ノートも該当箇所を開いて準備万端である。それを文字通り押し付けられた八幡は、手で払い除けながら、非常に嫌そうな顔でその部分を眺め解説をし始めた。ふんふん、と聞いていたかおりは、その内容をノートに書き記していく。

 そんな光景を見ていた結衣は、何とも不思議だと目をパチクリとさせた。何だあれ、と首を傾げた。

 

「あの二人昔からあんなんですよ」

「あ、小町ちゃん、ありがとー」

 

 はい、と差し出されたお茶に口を付けながら結衣は彼女に問い掛けた。小町の言葉の意味を問うた。

 

「あたしの見る限り、ヒッキー割とマジめに嫌がってるっぽいんだけど」

「結衣さん大正解。あれ、本気で嫌がってますよ」

「やっぱり? ……あれ? じゃあ、何で?」

「あの二人曰く、腐れ縁だから、だそうです」

「ちょっと何言ってるか分かんないし……」

 

 ですよね、と小町が笑う。そんな二人のやり取りを見ていたのか、八幡はアホなことやってないでお前も勉強しろと結衣を睨んだ。まあ確かにその通り、彼女はコクリと頷くと、同じく持ってきていた勉強道具を取り出し前回の続きを彼に頼んだ。

 

「なあ、ガハマ」

「何?」

「お前は何で持ってたんだ?」

「家だと集中出来ないーって勉強道具だけ持って外出てたの。結局やんなくて普通に買い物しちゃってたけど」

「しろよ、勉強」

「だから今してるんだし」

 

 むう、とふくれっ面になった結衣を見て呆れたように溜息を吐いた八幡は、とりあえず自分も勉強するかとノートを広げた。今日みたいな急な強襲はもう勘弁してくれ、と思いながら。

 

 

 

 

 

 

 無理でした。と誰かが彼に告げたような気がした。まさか昨日の今日で再び来るとは思っても見なかった。そんなことを一人呟くが、しかし心の奥底では何となく予想はしていた。昨日の帰り際にかおりが楽しそうに笑っていたからだ。彼女と出会ってから、あの笑みを浮かべた時に八幡が碌な目に遭わなかった試しがない。

 そう、出会った時からだ。何せ彼は彼女のその笑顔に惹かれ、スマホ越しとはいえ告白を。

 

「比企谷」

「うお」

「聞いてた?」

「全然これっぽっちも聞いてないぞ。だからとっとと消えろ」

「はいはい。じゃあ由比ヶ浜ちゃん、説明!」

「了解! ヒッキー、遊びに行くよ!」

「よし分かった。お前ら二人共帰れ」

 

 あ、あれ? と結衣は八幡の視線に思わずたじろぐ。一方のかおりは全く気にすることなくちょっと行ってみたい場所があるんだなどと言いながら話を進めていた。そのあまりの動じなさにほんの少しだけ結衣は尊敬の念を抱く。

 

「おいクソ野郎」

「ん? 何? 場所はついてからのお楽しみだけど」

「勉強はどうした」

「あたし総武じゃないし。そこまで気合い入れなくても別に平気」

「そうか。だがな、約一名平気じゃないやつがいるんだよ」

 

 そう言って八幡は結衣を見る。つられて彼の視線を追ってしまった彼女は自分の後ろを覗き込んだが、比企谷家の冷蔵庫しか見当たらなかった。暫し冷蔵庫を眺めていた結衣は、やっぱり自分のことかと向き直り、そして八幡から視線を逸らす。

 

「おいガハマ」

「あ、うん。何?」

「勉強はどうした?」

「い、いやー。ずっと勉強しっぱなしってのも集中切れちゃうし、息抜きも大事かなって」

 

 明らかなその棒読みは、自分でもその言葉に信頼性がないのを理解しているのだろう。最初こそそれで押し通そうと頑張っていたが、八幡の視線に耐えきれなかったのか肩を落とすとやっぱり駄目かなと項垂れた。

 そんな彼女を見て彼は溜息を吐く。まあお前が良いなら好きにすればいい、と半ば折れる形の言葉を紡いだ。

 

「ヒッキー……じゃあ」

「おう、好きに遊んでこい」

「何でだっ!?」

「は? 何お前まさかこの流れで俺も一緒に行くと思ってたのか? 休日に人混みへ突入するほど俺はドMじゃない。家で過ごすことこそ至高と考える俺が、出掛けるとでも?」

 

 そう言うと、八幡は二人を追い払うようにしっしと手を振る。とっととどっか行けと言わんばかり、むしろ思い切り言っているその仕草を見た結衣は、怒るでも泣くでもなく、あははと笑った。そっか、と寂しそうに笑った。

 

「あー、うん。やっぱりそうだよね。ごめんねヒッキー、無茶言って」

「……お、おう」

 

 しょうがないから二人で行こうか。そう言ってかおりに話しかける結衣の表情は笑顔。先程のものとは違う、普段通りに見える笑顔だ。特に気にしない人間ならば、あっさりと騙されてしまう笑顔だ。人の機微に疎ければ、流してしまう笑顔だ。

 人に合わせることを得意としてきた彼女の、自分を押し殺す笑顔だ。

 

「おいガハマ」

「何? ヒッキー」

「お前何今更俺に遠慮してんの? というか遠慮するならもっと普段から遠慮しろよこの口だけ空気読みマスター」

「酷くない!?」

「あ? 事実だろ。お前俺の前で空気読んだ発言とかしたことないじゃねぇか」

 

 呆れたような溜息とともに濁った目を結衣に向ける。うぐ、と唸る彼女を一睨みし、そのまま視線を彼女の隣に移した。楽しそうに笑う腐れ縁がそこにいた。

 

「話まとまったなら、行こうか」

「おい待て何がどうなったら話纏まってることになるんだ」

「だって比企谷、来るでしょ?」

「……」

 

 かおりのその言葉に、八幡は無言で睨み付けることで返答とした。そのまま踵を返し、一部始終を見学していた母娘に近付き声を掛ける。そういうわけだから小遣いくれ、と。

 らしいよ、と小町は隣に視線を向け、どこか期待の眼差しで自身の母親を見た。そしてその視線を受けた母親は、小さく溜息を吐くと右手を振り上げる。

 

「おごっ!」

「行くなら最初から素直に行くって言いなバカ息子」

「無理だよお母さん。だってお兄ちゃんだよ」

「そうねぇ、八幡だもんねぇ……」

 

 しみじみとそう述べた八幡の母親は、まあいいやと財布から札を三枚取り出した。マジで、と驚く八幡にそれを渡すと、その代わりと目を細める。

 

「間違っても女の子をぞんざいに扱うんじゃないよ」

「い、いえすまむ」

 

 本気の目であった。契約を違えたら命を貰うと宣言する悪魔のごとくであった。思わず直立不動で敬礼までしてしまった八幡を責めることは出来まい。

 そうして手に入れた軍資金を片手に、じゃあちょっと着替えてくると八幡は二人に告げる。何だかんだで乗り気になったのか、彼の口ぶりは先程よりは軽やかであった。

 

 

 

 

 

 

 そんな騒動を起こしてまで向かった先がここである。八幡の目が先程より死ぬのは必然だったのかもしれない。

 

「どしたの比企谷」

「お前、これは、ないだろ……」

 

 眼の前にあるのはポップでキュートな看板と、萌え萌えしている女の子の描かれたPOP、そして昼間なのにペカペカと光るネオン。極めつけは、その店名。

 

「『メイドカフェ・えんじぇるている』? こんなところにメイドカフェとかあったんだ」

 

 へー、と結衣は物珍しそうに店を眺めている。こんな場所に来るのは初なのだろう、隠し通せないワクワクが滲み出ているのが八幡でも分かった。

 が、いくらなんでもメイドカフェでそのワクワクはないだろう。そうは思うが口には出さない。そもそも今ツッコミを入れるのはそっちではない。そう彼は判断した。だからもう一度かおりの方へと向き直った。

 

「おい折本」

「ん?」

「何でメイドカフェに来てんだよ俺達は」

「一回行ってみたかったんだよねー。でも女子だけじゃ絶対行けないじゃん? なら、比企谷がいれば問題ないかなーって」

「何で俺がいれば問題ないのか小一時間ほど問い詰めたいが」

 

 八幡のその言葉を無視し、かおりは結衣の手を取って入り口へと歩みを進める。そうしながら、比企谷が先頭じゃないとと八幡をさり気なく前に押し出した。

 店内に入るとお決まりの言葉を投げ掛けられる。おお、本当に言うんだ、と若干感動しながら席に付き、メニューも見つつとりあえずどうしようかと辺りを見渡した。どうやら共通のメイド服があるわけではないらしく、様々なバリエーションの服装のメイドが笑顔で働いているのが見える。笑顔なのは当たり前か、と至極どうでもいいことを考えながら、メニューに再度視線を落とすと、そこに書かれている値段が目に入る。

 

「おい、折本」

「ん?」

「高くね?」

「あ、ホントだ。流石メイドカフェ、ウケる」

「ウケねーよ」

 

 貰った軍資金半分以上飛ぶじゃねえか。そんな文句を述べた八幡は、そこでふと気付いた。先程から結衣が何も喋っていない。一体どうしたんだと視線を向けると、彼女は向こうで給仕をしているメイドの少女を目で追っている。

 

「何見てんだ?」

「うぇ!? あ、ヒッキー驚かせないでよ」

「いや隣にいるんだから驚かせるも何もないだろ」

 

 それでどうした、という彼の言葉に、彼女は小さく頷くと先程見ていたメイドをそっと指差した。あのメイドさんがどうかしたのだろうか。そんなことを思いながら八幡も視線を向けたが、別段変わったところは見当たらない。精々が、あまりメイド喫茶のメイドをやるようには見えないという程度だろうか。どちらかというと漫画やアニメ、ゲームなどの屋敷で働いているメイドの方が合っているような気がするほどだ。

 あるいは全く別の職、女性のバーテンダーとかか。

 

「あのメイドさんがどうかしたのか?」

「んー。いや、似てるなぁって」

「似てる? 誰に?」

「……うちのクラスの、川崎さん」

「川崎?」

 

 記憶を辿る。別段交流のない相手の顔と名前など一致しているはずもなく、教室にいる川崎さんとやらの情報は八幡の中からは全く出てこなかった。そんな彼を見て、同意を得られないことを覚った結衣はやっぱり気のせいかなと首を傾げる。

 そこに爆弾を落とす女がいた。だったら確かめてみようか、とかおりが二人の会話に割り込んだ。

 

「へ?」

「おいクソ野郎、お前何を」

「すいませーん、そこのメイドさん」

 

 川崎さんらしきメイドさんに声を掛けたかおりは、メニューを指差しオムライスと飲み物を注文する。そうした後、八幡と結衣に二人はどうすると問い掛けた。わざわざ名前を口にして尋ねた。

 

「由比ヶ浜……? 比企谷……?」

 

 反応した。ビンゴ、と一人嬉しそうなかおりを余所に、メイドは視線を合わせようとしない結衣と八幡を視界に入れる。そのタイミングで、恐る恐る彼女の方を見た結衣と視線が合った。

 

「あ……」

「……あ」

 

 確定である。非常に気まずい状態で見詰め合う二人を見ながら、これどうすればいいんだよと八幡は一人途方に暮れた。

 

 


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