セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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原作エピソードに掠ってすらいない気がしてきた。


その3

 さて、どうしたものか。翌日の教室で八幡は死んだ魚のように濁った目で濁ったオーラを発しながらスマホをいじっていた。教室の喧騒の中、明らかに獲物を殺す目が自分に突き刺さっているのが彼にははっきりと分かる。割と頻繁に食らっているからだ。

 これでいつものことだと流せればよかった。その視線の主がゴルゴン、もとい三浦優美子ならば何の問題もなかった。

 

「……」

 

 全然違う人物なのである。ポニーテールのその少女は、元々そこまで良くはない目付きを更に鋭くさせて八幡を睨んでいた。否、正確には八幡ともう一人。

 

「ヒッキー……」

 

 ててて、とこちらにやって来た結衣が小声で話し掛ける。耳に少女の吐息がかかり、八幡は思わずのけぞった。

 

「な、何?」

「い、いや。恥ずかし、じゃなくて、俺、耳弱いから」

「……あ、うん。そう」

 

 物凄く怪訝な表情をされた。絶対ウソだろという目で見られた。そんな彼女を見ながら八幡は心外だという表情を浮かべる。口に出すことこそなかったが、視線でしっかりと抗議をした。誤魔化しに使ったのは確かだが、耳が弱いのも本当なのだ。

 何も自慢出来ない。

 

「んで、何だガハマ」

「普通に話続けるんだ……。あれ、川崎さん」

「ああ……めっちゃ睨んでるな」

 

 まあ当然だろう、と八幡は息を吐く。結衣もそうだよね、と肩を落としていた。

 あの日、メイドカフェで川崎沙希と出会ってしまったその時のことを思い出す。注文のオムライスにメッセージを書きますね、と表面上はハートマークでも出るような声で作られたそれは、彼女が去った後も結衣と八幡が動きを止める破壊力が合った。そのメッセージもあくまで表面上はファンシーでキュートであった。そこに込められれた何かを感じ取りさえしなければ、ただのメイドカフェの一幕であった。ちなみに書かれた言葉はこれである。

 

――ナイショ♪

 

「絶対(暗黒微笑)とか付いてただろあれ」

「何かヒッキーが中二みたいなこと言い出し始めた……」

 

 はぁ、と結衣が溜息を吐く。そんなふざけたやり取りをしてはいるが、二人共にそこに込められた意味をしっかりと理解していた。とりあえずそうだろうと結論付けていた。

『バラしたら殺す』

 尚、あくまで個人的に、である。実際の彼女がそう思っていたかは定かではない。

 

「あそこまでするなら最初からあんなバイトしなきゃいいだろ……」

「あはは……。まあ、何かしら理由があるんだよ、きっと」

「そりゃそうだろ。あのキャラで、理由なし、何となくでメイドやってたら逆に怖えよ」

 

 そういうキャラはどちらかというと沙希ではなく向こうで表紙をカバーで隠した謎の本を読んでいる姫菜だろう。八幡のその視線の理由に気付いたのか、結衣もちらりと姫菜を見ると確かにそうかもと苦笑する。

 

「……どっちにしろ、俺達が話さなきゃそれで解決だ。それ以上でも以下でもない」

「うん、そうだね……」

「何か不満そうだな」

「不満というか……気になって勉強出来ない、というか」

 

 同意を求めるように八幡を見たが、生憎彼はそこに共感が欠片も出来ない。何とも言えない嫌そうな表情をすると、そうか頑張れと切り捨てる。

 勿論結衣は縋り付いた。比喩表現である。実際にやっていたら八幡の命が物理的にも社会的にも抹殺される。

 

「ヒッキー……」

「勉強出来ないなら諦めるしかないだろ」

「う……。ま、まあ、確かにそうなんだけど」

 

 しょぼん、と項垂れる。そんな彼女を見て溜息を吐いた八幡は、そんなに気になるなら誰かに相談しろと言い放った。そうして解決させて、何の憂いもなく勉強しろと言葉を続けた。

 

「うん、そうだね……って待った。それあたし殺されるじゃん」

「だろうな」

「だろうな!?」

「お化けにゃ学校も試験も何にもないから丁度いいだろ」

「何が!?」

 

 そんなことを言った辺りでホームルームである。覚えてろ、と悪役のような捨て台詞を発して席に戻っていく結衣を見ながら、八幡は昨日の出来事を綺麗さっぱり忘れようと改めて誓った。

 

 

 

 

 

 

 誰にも相談出来ない悩みを抱えている、というのは案外ストレスの貯まるものである。その悩みを口にすることで、それが悩みだと誰かに共有してもらうことで、ほんの僅かでも心の重みを軽くするのだ。

 結衣はそれが出来ないから、迫り来る中間試験を足踏みすることとなっていた。八幡のようにまあいいやと切り替えることが出来なかった。

 

「ねえ、お兄ちゃん」

「あー?」

「この間の話、覚えてる?」

 

 その前提が覆されたのはそのまた翌日。妹の小町がなんてことない世間話のように切り出したそれが原因である。

 この間の話と言われても、と八幡は首を傾げた。何か聞いたっけか、と問い返すと、まあ覚えてないかと彼女は笑う。

 

「塾の友達のお姉さんの話。ほら、何か高校に入って変わっちゃったとかいう」

「……ああ、そういえばそんなこと言ってたな」

 

 変わらない自分の兄を持ち上げるための当て馬に近いような扱いだった気もするが。と妹の兄に対する愛情の深さを実感しつつ記憶を探りそんな言葉を返す。勿論兄への愛情云々は八幡が勝手に考えていることであり、小町の真意ではない。

 

「それで、そのお姉さんなんだけど。一昨日からなんか凄く思い詰めてる感じなんだって」

「ふーん」

 

 そう言われても自分に何が出来るというのだろう。そんなことを考えたが口にはしない。話の腰を折るし、目の前の大事な妹を悲しませてしまう可能性があるからだ。察してはいるが実際口にされたらキモいと思わず小町が言ってしまいそうなそれを表に出すことなく、しかしその次の彼女の言葉でそれらの思考がぶっ飛んでいく。

 

「その子、川崎大志君っていうんだけど」

「小町。その子とは仲が良いのか?」

「……お兄ちゃん、キモい」

「まだ何も言ってないのに!?」

「これから言うでしょ」

 

 はぁ、と小町は溜息を吐く。表に出さない、という彼の思考はあっさりぶっ飛び当然のように冷たい目を彼女に向けられた。まあ知ってたからいいや、とすぐに表情を戻した小町は、話続けていいかなと眼の前の兄に述べる。

 

「いや、まずその大志くんとやらの詳しい話を」

「で、そのお姉さんなんだけど、総武高に通ってて二年なんだって。お兄ちゃん知らない?」

「超スルー。お兄ちゃん悲しみで咽び泣くわ」

「心配されるような関係じゃないよ。これでいい?」

「……おう。んで、その姉さん? 名前も知らんのに分かるわけないだろ。ただでさえ知り合い少ないのに」

「威張って言うことじゃないよお兄ちゃん」

 

 やれやれと頭を振った小町は、じゃあ名前を言えば分かるのかなと口元に指を当てて考え込む仕草を取った。うむ我が妹かわいい、と余計なことを考えていた八幡であったが。しかしそんな彼女の口から発せられたその名前を聞いて先程とは別の方向で動きが止まる。

 

「川崎沙希っていうらしいんだけど――お兄ちゃん? どうしたの?」

「川崎、沙希……っすか」

 

 首元は付け襟とネクタイ、肩が露出するほど大きく開けたメイド服に身を包み、ホワイトブリムの追加装備に猫耳らしきものを付けていたポニーテールの少女の姿が思い起こされる。

 それと入れ替わるように、ことあるごとにこちらを睨んでいたクラスメイトの姿も頭に浮かんだ。

 

「あ、知ってるんだ」

「クラスメイトだ」

「……それで?」

「いや、他に何を言えと? 別に会話もしない女子の情報とか俺が持ってるわけないだろ」

「んー、そっか。まあお兄ちゃんだしね」

 

 微妙に傷付いたが、しかし本当のことなので仕方ない。うんうんと納得する小町に同意した八幡は、力になれなくて悪いなと息を吐いた。そんな彼を見て、気にしなくていいよと彼女は笑う。

 

「元々お兄ちゃんに期待してなかったし」

「酷くね?」

「え? じゃあお兄ちゃん協力してくれるの?」

「……」

 

 他の人物ならともかく、妹相手ならば、普段はここで「できらぁ!」と啖呵を切る場面である。兄として妹の「お願い(ハート)」は聞かねばならないと思っているのが八幡である。

 だがしかし。残念ながら彼は命が惜しかった。無謀に突っ込んで死ぬのもまた一興といえるような少年漫画の主人公的魂は持ち合わせていなかった。

 

「小町」

「ん?」

「家庭の問題に軽々しく突っ込むものじゃないぞ」

「お兄ちゃんが普通に諭そうとしている……」

「そこ驚くとこじゃないよね? 小町ちゃんのお兄ちゃんの評価おかしくない?」

「バッチリ正しいと思うけどなぁ。だってお兄ちゃん、そういうこと言う時って大抵何か隠してるでしょ?」

 

 ふふん、と自慢気に笑う小町を見て、八幡はああやっぱり我が妹は可愛いなと一人頷いた。現実逃避ともいう。彼曰く小町が可愛いのは現実なので何の問題もないらしい。

 そうして少し冷静になった八幡は、詰んだ、と結論付けた。いつの間に眼の前の妹はこんなしたたかな少女に育ってしまったのだろうか。アホの子であった頃を思い出し、彼は嘆く。ちなみに原因は分かっているのであのクソ野郎と想像上のかおりを罵倒した。いや冤罪だし、と想像上の彼女はケラケラ笑っていた。

 

「……真面目な話、何かあったの?」

「うぇあ?」

「さっきから、相当嫌がってるし。ぶっちゃけお兄ちゃんの言う通り家庭の事情だし、まあ無理することもないかなとは思ってるから、そんなに気にしなくても」

「……いや、別に無理してるわけじゃない」

 

 ほんの少しだけ命の危険を感じただけだ。そんな言葉は飲み込み、八幡は小町の頭をポンと叩いた。わぷ、と変な声を出した小町であったが、そのまま彼が頭を撫でるのでされるがままになっている。

 

「ガハマもウダウダ言ってたし、丁度いいといえば、いいのかもな……」

「ん? 結衣さんがどうかしたの?」

「い、いや、何でもないぞ」

「……ふーん」

 

 ほんの少し不機嫌そうな顔で、てい、と撫でられていた手を跳ね除けた小町は、しかし次の瞬間には笑顔に戻る。そうしながら、お兄ちゃん、と眼の前の八幡を呼んだ。

 

「ありがと」

「おう」

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで川崎をどうにかしようと思う」

「……うわ」

 

 翌日の昼休み。教室を出て八幡の自称ベストプレイスへと移動した八幡は、結衣にそんなことを宣言した。された方は限りなく冷たい目で彼を見詰めている。

 

「シスコンかぁ……」

「しみじみ言うな」

「このシスコン!」

「罵倒しろとも言ってない」

 

 とりあえず言いたいことだけ言った結衣は、はぁと溜息を吐くと自身の弁当に手を伸ばした。おかずをぱくつきながら、それでどうするのと隣の八幡に問い掛ける。

 問われた八幡は、そんな彼女の言葉に無言で返した。

 

「え? ノープラン?」

「い、いや、違うぞ。高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するんだ」

「…………へー。一応考えてるんだ」

「行き当たりばったりって意味だぞ」

「考えてないじゃん!」

 

 反応遅い、とツッコミを入れる結衣に更にツッコミを入れた八幡は、しかし実際何をして良いのかさっぱり分からんと持っているMAXコーヒーの缶を手で弄ぶ。現状分かっていることは、沙希は家族にもメイドカフェで働いていることを隠しているらしいという部分くらいだ。

 

「んー。でも何で隠してるんだろ。総武高ってバイト自体はそこまで厳しくないよね?」

「まあな。だがなガハマ、考えてもみろ。少し前まで真面目だったらしいお姉さんが急にメイドカフェだぞ。場合によっちゃ弟トラウマだぞ」

「いや、そう言われても全然分かんないし」

 

 ジト目でそう言われると何だか自分が間違っているような気がしてくる。が、八幡は意見を曲げなかった。自分に例えるならば、いきなり小町がメイドカフェでメイド服着てお帰りなさいませご主人様と別の男を迎えるのだ。八幡は想像するだけで発狂したくなる。

 

「あ、でも小町のメイド服ならちょっと見たいかも」

 

 おお、と何かを思い付いたような八幡の脳天にチョップが叩き込まれた。弁当を食べ終わった結衣が呆れたような目で振り抜いた格好のまま彼を見下ろしている。真面目にやろうよ、という言葉を聞き、へいへいと頭を擦りながら八幡は体勢を立て直した。

 

「てかお前上手くなったな」

「ヒッキーに言われて鍛えたから。努力のたまものだし」

「……まさか三浦にやってたのか?」

「優美子にツッコミチョップしたら死ぬじゃん」

 

 ガチトーンで返されたので、八幡は「お、おう」としか言えなかった。だったら誰にしたんだと聞き返せなかった。

 再び脱線したので軌道修正。原因は分からないとなると、それを踏まえて解決することも出来ない。そうなれば、最早直接本人に事情を尋ねるくらいしかやることがない。

 

「当たって砕けろ」

「やっぱそうなっちゃうかぁ」

「ガハマが」

「何でだっ!」

「いやだってお前考えてもみろ。特に親しくもないクラスメイトの男子が『何でメイドカフェでバイトしてるんだ』って聞きに行ったら間違いなくアウトだろ」

「あー、うん。言われてみればそうか」

 

 絵面を想像したらしい。ああこれは駄目だというのが見ている八幡にも伝わった。しかしそこまではっきり想像出来るということは、この作戦を反対する理由はないということにも繋がる。

 そういうわけだ、と彼が述べると、結衣は何とも言えない表情で頷いた。頷き、項垂れ、溜息を吐いた。

 

「まあ、元々あたしはそこらへん解決しないと勉強どころじゃないし。ヒッキーがついてきてくれるってだけでも良しとしとこうかなぁ……」

「え? 俺ついてくの?」

「当たり前だし! ていうか何であたし一人で行かせようとしたし!」

「いやさっきも言っただろ。特に親しくもない――」

「あたしが聞きに行ってる状態でヒッキーいなかったら向こう絶対怪しむじゃん!」

 

 場合によっては時間稼ぎかと疑われてその場でジエンドだ。実際の彼女がどのような行動に出るかは二人の想像上のものでしかないが、とりあえず八幡も結衣もデッドエンドが濃厚であるという過程で話を進めている。

 

「……そうなると、出来るだけ人に聞かれない場所を選ぶのもまずいか」

「でも人がいたら絶対話してくれないよ」

「適度に人がいそうでいない場所が必要だな」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「大丈夫だ、俺も分からん」

「全然大丈夫じゃない!?」

 

 あーだこーだと話をしつつ、上手い具合に話は纏まらないまま。無常にも昼休み終了の予鈴が鳴り響く。出来るだけ早い方が良い、ということで今日の放課後という時間は決まったものの、肝心の場所が決まらず仕舞いだ。

 

「じゃあ、続きはLINEで」

「続きはウェブでみたいな言い方してんじゃねぇよ」

「え?」

「もういい……」

 

 さてどうするか。そんなことを教室に着くまでああだこうだ言いながら、二人は揃って帰っていった。

 既に隠す気ゼロである。

 

 


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