セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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着地しようとして墜落した感


その4

 屋上、というのは実に様々な顔を見せる、そんなイメージを持たせてくれる。場所によっては昼休みの憩いの場になったりもするし、あるいは何か良からぬことを企む現場に様変わりしたりもする。

 高校の放課後の屋上、というのはその中でも更に違う一面を感じさせる。果たしてそれは甘酸っぱい一幕か、それとも暗い影の落ちる幕間か。

 

「……で?」

「えっと……」

 

 とりあえず傍から見る限りでは後者であろう。八幡は眼の前の光景を見てそんなことを思った。ジロリとこちらを睨む川崎沙希に対し、結衣はどうしたものかと視線を彷徨わせていた。

 そういうのは俺の役目だろう、と対岸の火事のような感想を抱きつつ、さてどうするかと彼は考える。とりあえず結衣が話を始めないとどうにもならない。そういうことにした。

 

「ひ、ヒッキー……」

「頑張れ」

「見捨てた!?」

 

 ちょっとちょっと、とターゲットを変更した結衣は八幡に詰め寄りぶうぶうと文句を述べる。そんな彼女に適当に言葉を述べ受け流した八幡は、それよりもと向こうを視線で指した。

 

「何? 夫婦漫才見せに来たわけ?」

「違うし! ていうか夫婦じゃないし!」

「そこは否定するまでもないだろ。ツッコミズレてんぞ」

 

 呆れたような表情を見せる沙希を見ながら、八幡も疲れたように溜息を吐く。ああこれは結局こうなるのか、そんなことを思いながら、とりあえず通報は勘弁してくれと前置きをした。

 

「通報されるようなことする気?」

「世の中には挨拶するだけで通報される人種ってのがいるんだよ」

「何で自信満々なの……」

 

 どうやら結衣もある程度落ち着きを取り戻したらしい。ごめんヒッキー、と謝罪すると、彼女は改めて前に出た。やっぱり説明は自分ですると彼に述べた。

 

「ねえ、川崎さん」

「何?」

「この間の、ことなんだけど」

 

 瞬間、沙希の目付きが鋭くなった。周囲の気配を探り、誰もいないことを確認すると真っ直ぐに結衣を睨み付ける。その話はするなと言ったはずだ。口にはせずとも、その表情が物語っていた。

 

「うん、それは分かってる。分かってるんだけど……」

 

 そこから先の言葉を紡ごうとしたが、言い淀んだ。ぶっちゃけるのならば、自分が気になって勉強出来ないから教えて、である。普通に考えてそれで快く教えてくれるのならばこの状況に陥っていない。

 それを八幡も察したのだろう。三十六計逃げるに如かず、ゆっくりと結衣から距離を取り、屋上の扉へと近付こうとした。

 が、その動きを見た沙希の視線が結衣から八幡に向く。何処に行くつもりだ、と言わんばかりの眼光を受け、彼は撤退が不可能であることを覚った。ゼロ%ではないだろう、だが、限りなく低いその道筋を一発で手繰り寄せるほど八幡は才能溢れているわけでもなければ逆境に強いわけでもない。むしろこういう場合は素直に流されるタイプである。

 結衣がこちらを見ているのに気付いた。どうしようと言わんばかりのその表情を見て、八幡はガリガリと頭を掻く。だから逃げたかったんだよ、と心の中でぼやいた彼は、一つ貸しだと彼女に述べた。

 

「俺の妹がな」

「は?」

 

 いきなり何言ってんだこいつ、という顔になった沙希が八幡を見る。話の流れが分かっている結衣は、自分が任せてしまったことをもありその様子をじっと見守っていた。

 

「塾の友達から相談を受けた。自分の姉さんが、最近様子がおかしいってな」

「……それで?」

 

 彼女の視線を気にすることなく、八幡は言葉を続けた。先程よりは察するワードがあったのだろう、沙希はピクリと眉を動かすと、言葉少なに続きを促す。彼は言われるまでもないと言葉を紡ぐ。妹の友人の名前は、川崎大志というんだが、と。

 

「……」

「その姉さんは高二になってから変わってしまって、バイトについて教えてくれなかったり家族を避けてる様子だったりしたみたいだが。……どうも日曜辺りから何か思い詰めているようだったらしい」

 

 そこで八幡は一度言葉を止める。真っ直ぐにこちらを見ている沙希をちらりと見て、即座に顔を逸らした。ヤバイ、怖い。とりあえずそんな感想を抱く。

 さてでは、と口を開こうとして八幡は動きを止めた。正直何を言えば良いのかさっぱり分からない。別段バイトは違法なものではないし、家族の問題に口を出すのも余計なお世話だ。よしんば彼女が何か問題を抱えているのだとしても、それを聞いて何が出来るというのか。

 

「とりあえず、謝っとくぞ。悪かった。いや、ごめんなさい」

「は?」

「いや、思い詰めたのは俺達のせいだろ? 不可抗力とはいえ、こちらに非があるからな。……まあ正直元凶はあのクソ野郎なんだが」

 

 クラスメイトにメイド姿を見られた。それが原因だろう、と彼は判断した。昼休みの相談で、結衣もそうだろうねと同意している。向こうがこちらを睨んでいるのもそのせいだし、向こうの家族との折り合いが悪化した一因であると言ってしまってもある意味間違いではない。

 

「謝られても困るんだけど」

「だろうな」

「はぁ?」

「いや、俺がそっちの立場だったらそう思うってだけだ。お前が欲しいのは謝罪じゃなくて」

 

 約束、ないしは契約。言い回しをそのまま言ってしまうとあまりにも芝居がかった感じになるので、彼は口止めだと述べる。それを聞いて少しだけ目を見開いた沙希は、しかしすぐにその表情を険しいものにした。

 あ、これ誤解してる。八幡は即座に気付いたが、しかしよく考えると言い方も結果も何一つ間違ってないことにも気付いて一人悶えた。心の中で、である。一応態勢は整えているよう見せかけている。

 

「……あたしに何をさせたいわけ?」

「別に何も。強いて言うなら、そうだな」

 

 ちらりと結衣を見る。急に視線を向けられたことでビクリとした彼女は、これ何か言わないといけないのと不安げに八幡を見た。はぁ、と溜息を吐いた彼は、最初に言いかけてたのを言うチャンスだと肘で突く。

 

「あ、そか。えっと川崎さん。どうして、内緒にしたかったの?」

「別に、そっちには関係ない」

「ああ、そうだな。関係がない。だから、こちらが内緒にする理由もない」

 

 キッ、と沙希が八幡を睨む。この外道、とその目が述べている気がして、彼ははいすいません外道ですと思わず土下座をしかけた。若干膝を折り曲げたところで踏み止まった八幡は、謎のポーズのまま精一杯の外道ムーブを取る。

 物凄くかっこ悪く、真剣な空気を吹き飛ばす威力があった。

 

「……はぁ。何か馬鹿らしくなってきた」

 

 呆れたように溜息を吐いた沙希は、ガリガリと頭を掻くと改めて八幡と結衣を見た。事情を話したら、内緒にしてくれるか。そう念を押し、二人が首を縦に振るのを見てもう一度溜息を吐いた。

 

「とはいっても、別に大した話じゃないよ。お金が必要だったってだけ」

 

 あまり親に迷惑をかけないように、少しでも進学に必要な資金を用意しておきたかった。要約するとそういうことである。そのために色々と調べ物もして、出来るだけ負担の少ない方法も選んだ。そう続けた。

 

「でも、やっぱりまとまったお金は必要だったから」

「それで何でメイドカフェなんだよ……」

「時給良かったし、拘束時間もそこまでだったし…………服が、ちょっと可愛くて」

 

 ぷい、と沙希がそっぽを向く。マジかこいつ、という顔をする八幡に対し、結衣はどこか共感を覚えたのかそういうの大事だよねと彼女へ距離を詰めた。

 

「あたし川崎さんってもっと怖い人かと思ってたんだけど、違ったんだね。可愛い! あ、ねえ沙希って呼んでも良い? あたしは結衣でいいからさ」

「え? あ、うん、別にいいけど」

「ガハマ、一気に距離詰めすぎだ。川崎引いてるぞ」

「へ?」

 

 八幡の言葉に結衣が沙希に向き直る。そっと顔を逸らされ、がぁんと彼女は項垂れた。いや別に嫌なわけじゃないから、という沙希のフォローが逆に気を使っているようで、結衣は益々縮こまる。

 

「……まあ、とりあえずこれで一件落着か」

 

 二人の姿を見ながら八幡はそう呟いたが、しかし何かが引っかかっていた。結衣は友達の秘密を軽々しくバラすようなタイプではない。自分はそもそもそんな秘密を言い合うほど仲が深い相手がいない。そこだけを見れば何の問題もないはずなのだ。

 

「あ」

 

 思わず声が大きくなる。幸い二人には気付かれていなかったが、八幡の表情は急激に曇っていった。

 結衣の悩みは解決した。が、肝心の小町からの依頼が解決していない。沙希が今のようにぽろりと事情を零せたのは相手が同級生だったからだ。友達、クラスメイト、そういう分類をしたところで、他人には違いないからだ。

 家族に同じことを言えるかといえば、答えはきっと否。

 

「……まあ、お姉ちゃんメイドカフェで働いてるの、とか言った日にゃ今以上に混乱するだろうからな」

「そうかしら」

「うぉあ!?」

 

 独り言のはずであった。返事など来るはずのない言葉であった。が、彼の隣から女性の声が聞こえてきたことで、八幡は思わず奇声を上げながら横に飛び退った。勿論そんな怪しい動きをした彼を二人が注目しないはずもなく。

 結果として、急に現れた第三者を目撃することと相成るわけで。

 

「あ、あれ? ゆきのん? いつの間に?」

 

 戸惑っている結衣の言葉に、その第三者、雪乃は薄く微笑みを返す。そうしながら、警戒心MAXの沙希を見て口角を上げた。いつもの間違っている営業スマイルを浮かべた。

 

「話は聞かせてもらったわ」

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、お兄さん?」

「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはない」

 

 そう言って川崎大志の言葉をバッサリ切り捨てた八幡であったが、しかしその態度は酷く落ち着かないものであった。大志はそんな彼の姿を見て、ああ良かったこの人もきっと同じ気持ちだとほんの少しだけ安堵する。

 現在の場所は『メイドカフェ・えんじぇるている』店内である。何やらバックヤードで騒ぎが起きているようだが、とりあえず八幡は自分には関係ないと言い聞かせていた。

 

「お兄ちゃん、現実逃避はよくないと思うな。そういうの小町的にポイント低い」

「何を言う、俺は正しく現実を見ているぞ。今回の話に俺は関係ない」

「……本当に?」

「ああ。これも全て雪ノ下雪乃ってやつの仕業なんだ」

 

 ジト目で小町に睨まれた。が、実際八幡の中では本当のことなのでそんな表情をされようがその言葉を取り消しはしない。

 あの時、いつの間にかいた雪乃は沙希に自己紹介を行った。奉仕部、という肩書を告げ、悩みを解決する手段を提示するのが活動方針であると続ける。

 

「比企谷くんの妹さんの依頼は、川崎さんと弟くんの和解ね」

「まあ、そんなところだな。ところでどっから沸いて出てきた雪ノ下」

「あなたじゃないのだから、人を害虫みたいに言わないでちょうだい」

「俺を害虫扱いするのは問題ないみたいな言い方やめろ」

 

 当然のごとく八幡の言葉を聞き流し、雪乃は視線を沙希に戻す。当事者を置いてきぼりで話を進めていたことで、彼女の機嫌は急降下しているようであった。それは雪乃も分かっているのか、ごめんなさいと素直に頭を下げる。そうしながら、改めてと彼女に問うた。

 

「事情を聞いてもいいかしら?」

「……見ず知らずの人に話すことじゃない」

「確かにそうね。その事情は、あなたに縁深い人に話すべきだわ」

「知った風な口を」

 

 ふん、と鼻を鳴らす沙希を見ながら、雪乃は薄く笑う。その余裕ぶった表情が気に食わなかったのか、沙希は益々表情を険しくした。

 

「ま、まあまあ落ち着いて。ね、沙希。ゆきのんも、もうちょっと分かりやすく言おうよ」

 

 バチバチと火花でも散りかねない雰囲気になったそのタイミングで結衣が待ったをかける。完全に傍観者に徹しようと決めた八幡と違い、彼女はそこに割って入ることを選んだらしい。ああいうところは素直に凄いな、と彼は思わず称賛する。が、きっと何も考えてないからだろうとすぐさまその評価を取り消した。

 

「そうね。では奉仕部として提案することは一つよ。弟さんともう一度話し合うべき、いいえ違うわね、喧嘩をしましょう」

「は?」

「家族は一度マジギレしてぶつかり合う方が案外うまくいくものよ」

「マジギレて」

 

 雪乃の口から凡そ出ないような単語が飛び出たことで思わず八幡がツッコミを呟く。ちらりと彼女を見ると、その言葉に何故か妙な自信を持っているようであった。自分がそうであったのだから、と言わんばかりの表情であった。

 

「……まあ、でも確かに分からんでもないな」

「あんたもこいつみたいなこと言う気?」

 

 ジロリと沙希が睨み付ける。やっぱり怖いんですけど、と表情を引き攣らせ若干後ずさりした八幡は、しかしコホンと咳払いをすると彼女を見た。目を逸らさずに、まあ自分語りになるが、と言葉を紡いだ。

 

「昔妹と喧嘩してな。両方共引くってことを知らない状態で延々と言い合ってたんだ」

「ヒッキーでもそういうことするんだ」

「昔だ昔。んで、途中から親父が乱入してきて小町の味方するもんだから、一気に俺が不利になってな。ああこれ俺もうダメだと心が折れかけた」

「……ん?」

 

 何か違くない? と結衣が八幡を見やる。そんな彼女を横目で見ながら、まあ待てこれからだと手で制した。そのタイミングで何故か小町が自分の味方になったと彼は言葉を続けた。

 

「で、途中から母親も参加してもう滅茶苦茶だ。話の内容は俺なのに俺自身は完全に蚊帳の外」

「やっぱり違くない?」

「自分でもそんな気がしてきた。……まあ、あれだ。普段ないがしろにされてる気がしたが、案外俺って家族に気にかけてもらってるんだなってその時にほんの少しだけ思ったりもしたんだよ」

 

 喧嘩しなきゃ理解らなかった。そう締めくくると、どうだと八幡は雪乃を見た。ふむ、と少し考え込む仕草を取っていたが、まあ良いでしょうと彼女は頷く。いいんだ、という結衣の呟きは流された。

 

「変に遠慮したり、気を使い過ぎても駄目なのよ。私は姉と喧嘩してそれを学んだわ。その後姉さんと二人で母親を打倒したのも、その過程があってこそだもの」

 

 とてもいい笑顔で物騒なことをのたまった雪乃は、そういうわけだからと沙希へ近付いた。先程から得体の知れないという評価が一向に覆らない彼女が距離を詰めてきたのを見て、沙希は無意識に後退してしまう。

 それを感じ取り一定の距離に戻った雪乃は、指を一本立てるとではこうしましょうと彼女に述べた。

 

「私達も手伝うから、あなたのバイト先に弟くんを招待してみない?」

 

 そういうわけで今に至る。思い出しても、小町に経緯を語っても、やはり何がどうなってこうなっているのかさっぱり分からない。説明している本人がそうなのだから、聞いている小町もついでに大志も同じであろう。

 

「でも、姉ちゃんこんなとこで働いてるなんて……」

「心配しなくとも、ここはきちんとした飲食店よ。調査も済んでいるわ」

 

 大志が店内を見ながらそんな呟きをしたタイミングで声が掛けられる。ロングスカートと長袖という露出を抑えている割に肩は盛大に開けているというメイド服姿の雪ノ下雪乃がそこにいた。突如現れた美人メイドに、中学男子は思わず動きを止めてしまう。

 

「お前見た目はいいんだよなぁ……」

「あら比企谷くん、それは褒めていると受け取って良いのかしら?」

「貶してるに決まってんだろ」

「大丈夫です、雪乃さん。お兄ちゃんバッチリ褒めてますから」

 

 ここに来る過程で仲良くなっていた小町がそう言ってサムズアップをする。それを聞いて満足気に微笑んだ雪乃は、では本命に移りましょうかと視線を背後に向けた。

 以前も見たメイド服を身にまとった沙希は、いっそ殺せと言わんばかりの表情でプルプル震えている。そしてそれを見た彼女の弟は、しかし思いの外高評価で姉ちゃんキレイだと声を上げていた。

 

「姉ちゃん。バイト黙ってた理由って」

「……まあ、色々。家族に見られると恥ずかしいってのも、一つ」

 

 だから、と沙希は息を吐く。大志の頭を撫でながら、こうやって見られた以上意地を張る必要もないかもしれない、と苦笑した。そんな姉を見て、彼も笑みを浮かべながらごめんと頭を下げる。自分も意地を張っていた、と姉に打ち明ける。

 

「……一件落着、だね、お兄ちゃん」

「そうだな、知らんけど」

 

 小町の言葉に適当に返事をしながら、八幡は運ばれてきたカプチーノに口を付ける。後は向こうの問題だし、こちらが関与する必要もない。そもそも最初から関与する必要すらなかったまである、と一人ぼやいた。

 そうかな、とそんな彼に声が掛かる。ん、と顔を上げると、白と黒を基調としたフリルスカートのメイド服に身を包んだ結衣が立っていた。スカートがコルセットタイプのおかげで、彼女の豊満な胸がこれでもかと強調されている。

 

「……」

「何か言えし」

「お、おう。……似合ってんじゃねぇの?」

「そ、そか。……えへへ」

 

 はにかみながら結衣は八幡の隣に座る。結局自分達がメイドになった意味あったんだろうか、と呟いているが、まあ少しはあったのだろうと彼は返した。恐らく沙希一人だったのならば絶対に大志の前に姿を現すことはなかったであろうからだ。そこまで考え、成程確かに、一応は自分達が関与した意味はあったのかもしれないと八幡は思い直した。

 ちらりと結衣は沙希達を見る。遠慮なくお互い話をしている姿を見て、彼女は満足そうに微笑んだ。

 

「一件落着だね、ヒッキー」

「そのやり取りさっきやったぞ」

「それでもきちんと返すのが男の甲斐性でしょう? これだから比企谷くんは」

「本当ですよね、雪乃さん」

「何なんだよお前ら」

 

 はぁ、と溜息を一つ。頬杖をつきながら、結局ここ数日碌に勉強出来てないことを思い出して顔を顰めた。

 

「って、そうだ。ガハマ、お前試験勉強大丈夫なのか?」

「……あ」

 

 今思い出した、という顔をした結衣は、次いで顔を青くさせる。どうしよう、と盛大に頭を抱える彼女を見ていた雪乃は、しかし大丈夫だと微笑んだ。ぐるりと周囲を見渡して、言葉を紡いだ。

 

「あなたの勉強を見てくれる人が、ここに三人も」

 

 話を聞いていた沙希はまあそのくらいならと頬を掻く。何だかんだで迷惑をかけたし、何より友達だから。後半は口にはしなかったが、その表情で何となく察することが出来た。

 ありがとー、と沙希に飛び付く結衣を見ながら、それで、と雪乃が声を掛ける。その方向を見ずに、彼女は彼に話し掛ける。

 

「三人目は、どうするの?」

「……別に俺はいてもいなくても一緒だろ」

「だとしたら、いない理由は無いわね」

 

 雪乃の言葉に、八幡はふんと鼻を鳴らすことで返答とした。小町がそんな兄をニヤニヤと楽しそうに見ていたが、彼は徹底的に無視をした。

 

 


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