セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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デート……なのこれ?


その4

 それが世間一般でデートと呼ばれる状態に限りなく近いことにここに至って彼はようやく気が付いた。本来ならば自分のような人間がこの場所にいれば限りなくアウェーになるはずなのだ。

 が。

 

「んー。ねえ、ヒッキー。これとかどう?」

「お、おう。そうだな……」

 

 すぐそこにいる由比ヶ浜結衣という存在のおかげで、店員も他の客も彼がいることに何一つ違和感を持っていない。あまりにも当たり前のように対応されたことで発覚するのが遅くなったのだが、それはつまり今の八幡はそういう存在だと認識されているのだ。

 そう、彼女連れで買い物に来ている男だと。

 

「せっかくヒッキーがプレゼントしてくれるんだから、しっかり選ばないとなー」

「あまり高いと断るぞ」

「分かってるし。いくらあたしでもそういうとこ無神経じゃないよ」

「……まあ、そうだな。お前がそういう奴だってのは、俺もよく知ってる」

「ふぇ!?」

「ん? ……あ、いや、そのだな」

 

 思わず揃って視線を逸らす。女性店員が何だか尊いものを見ている目でこちらを眺めているのが視界に入り、八幡は死んでいる魚の眼を更に殺した。

 若干赤い顔をしながらカチャカチャと服を物色していた結衣も、どことなく気まずくなったのか、あるいは服以外にしようと思ったのか。別の場所に行こうかと隣にいるであろう八幡へと声を掛けた。ここで逃げ出すという選択を取らなかった彼も、その言葉にああそうだなと頷く。逃げ出しはしていなかったが、正直店員のあの顔を見た時点で彼の意見はそれ一択であった。

 そういうわけで次はどこに行くかと商業施設の通路をぶらつく。アクセサリーとかどうかな、という結衣の言葉に、八幡はそうだなとそこそこ適当に返事をした。

 

「ちなみに、ヒッキーは何にするつもりだったの?」

「……最初に思い付いたのは犬の首輪だな」

「首輪……」

 

 思わず自分の首を撫でる。リードが付けられるそれが己の首に巻かれ、顔を赤くしながらどうかなと隣の彼に問い掛ける。そうすると彼はよく似合っていると笑い、手に持っていたリードをその首輪に繋げるのだ。じゃあ、散歩に行こう。そう言いながら彼はリードを引っ張り、半ば強制的に四つん這いにさせられた結衣は引かれるがまま外を――

 

「ガハマ?」

「――はっ! な、何ヒッキー?」

「いやなんかすげぇ顔してたから。そんなに駄目だったか……」

「え? ダメっていうかそういうのってもう少し爛れた関係の人がやるものじゃないかなって」

「は?」

「――っ! 何でもないし! 何でもないったらない!」

「お、おう。そうか……」

 

 これは聞いたらマズいやつだ。そう判断した八幡はこれ以上踏み込むのをやめた。相手を理解する、分かりたい、知って安心したい。そういう気持ちは勿論あるが、これはきっと知っても安心出来ない。むしろ分かった方が怖い。そう彼は結論付けた。

 とりあえず何か適当な店に、と立ち寄ったそこは丁度都合よく小物系のアイテムが取り揃えてある場所。ふむふむと店内を見て回る結衣について八幡も商品を眺め、そして何がいいのか分からず難しい顔をした。

 そんな折、お、と結衣が声を上げる。視線をそちらに動かすと、ファッショングラスのコーナーが。棚のメガネを眺めていた彼女は、それの一つを手に取って自分の顔に装着した。

 

「ふふん、どう? ヒッキー」

「そうだな……」

 

 メガネを掛け、何故かドヤ顔でポーズを取っている結衣を眺める。ふむ、と頷いて八幡が出した結論はこれであった。

 

「何か頭悪そうに見えるな。逆に」

「逆に!?」

「まあ似合ってはいるぞ」

「それ絶対褒めてないじゃん!」

 

 あの前振りからの似合っている発言である。言い換えれば『お前頭悪いからピッタリだな』である。完全に馬鹿にしている言い方であった。

 

「ムカつく。じゃあヒッキー、メガネ掛けてみてよ」

「何でだよ」

「あたしだけボロクソ言われるの不公平だし」

「そういう発言が頭悪いだろ」

「いいから掛けろ!」

 

 ぐい、と無理矢理メガネを押し付けられる。若干刺さって痛いので八幡はそれを奪い取ると渋々装着した。どうだ、とその顔を結衣に見せると、即座に吹き出される。その反応だけで感想を口にされずともどういう状況なのかがよく分かった。

 

「似合わなっ!」

「その前のリアクションで分かってるっつの」

 

 メガネを外し、棚に戻す。そんな彼の目の前に、新たなメガネが差し出されていた。次はこれ、と笑顔でそう告げる結衣を見て、八幡はげんなりした表情でそれを受け取る。

 

「って、これサングラスじゃねぇか」

「そうだよ。いいからいいから」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらそれをはめる。どうだ、と結衣に視線を向けると、さっきよりはいいかも、と一人納得したように頷いていた。

 目付きが軽減されるのがいいのかもしれない。暫し見ていてそう結論付けた結衣は、じゃあこれだ、と先程とは違うデザインのメガネを差し出す。

 

「何で目付きが軽減されるのがいいって抜かしてこのタイプだ」

 

 彼女が選んだのは小さめの丸メガネ。どう考えても軽減どころか強調する効果がマシマシである。サングラスを外した八幡はそれを受け取り、次笑ったら引っ叩こうと心に決めつつそれをつけた。

 

「うわ」

「せめて笑え」

「いや、なんていうか。雰囲気とか物腰とかで気にならないけど、ヒッキーって結構目付き悪いじゃん。だからそれ付けてると滅茶苦茶悪い人に見える」

「駄目じゃねぇか」

 

 ちらりと周囲を見る。びくっ、と他の客が怖がる反応を見せられたので、若干凹みながらメガネを外すと棚に戻した。念の為再度周囲を見渡すが、今度は怖がられない。良かった、自分の存在自体に引かれてたんじゃなくて。そんなことを思い少しだけ安堵した。

 

「んで、メガネにするのか?」

「んー。って、いやバカそうに見えるとか言われたら欲しくならないし」

「それもそうだな」

 

 ならばまた店を変えようか。そんな提案を八幡は出し、結衣もそれに了承する。そうして再度通路を歩く二人であったが、ふと視線を壁に向けた。正確には、そこにある時計に向けた。

 そろそろ昼時である。一旦何か食うか。そんな彼の呟きにそうだねとこれまた呟くように彼女も返し、込み合う前にとその足をフードコートへと向けた。

 

 

 

 

 

 

「姉さん」

「ん?」

「見ているだけなの?」

「お、雪乃ちゃん向こうに手出ししたい?」

「手を出そうとした姉さんをしばき倒したいという願望はあるわね」

 

 フードコートは混み合っている。そのため、案外近くで食事をしていても八幡と結衣には気付かれなかった。小町とかおりも同じテーブルでハンバーガーをかじりながら雪ノ下姉妹と同じようにニヤニヤと眺めている。

 

「お兄ちゃんがあんなに立派になって……」

「雛鳥が巣立つ感じってやつ?」

 

 保護者目線かよ、とかおりが一人でウケている中、食事を終えたらしい二人が席を立つのが視界に映った。こちらに来られると流石にバレる。そう判断した四人は、素早くその場から離脱すると植え込みで仕切られたテーブルに座り直す。

 

「さて、では二人は次はどこに行くのかな、と」

「服とメガネ以外、となると……やっぱり比企谷くんが最初に言っていたようにアクセサリーかしらね」

「お兄ちゃんにセンス期待しちゃ駄目ですよ」

「ん? べつに比企谷のセンスとかフツーじゃ……ないなー。うん、無い」

 

 本人の預かり知らぬ場所でボロクソ言われていることなど露知らず。八幡はそのまま結衣と共に商業施設を見て回る。屋台のような販売店を冷やかし、別の服屋を眺め。

 そうして再び、今度は別のアクセサリショップへと辿り着いた。

 

「んー。何かないかなぁ」

 

 キョロキョロと見て回る結衣を見ながら、八幡は少しだけ疲れたように項垂れた。彼女に付き合って疲労した、というのがないわけではない。が、それ以上に自分の中でこれだという一品が見付からないことで言いようのないモヤモヤを抱えていた。

 

「何がいいんだろうな……」

 

 ガリガリと頭を掻く。本人が選んでいるのだからそれに任せればいい、という気持ちが頭をもたげるのだが、それはそれで何だか負けた気がして嫌だった。自分の提案を彼女が見て、それに満足するという状況が望ましい。元よりそのつもりだったのだから。

 そんな八幡の視界に映った棚。そこに置いてあるものを手に取り、そしてその棚のPOPを見る。シンプルなデザインのチョーカーと、それに付けられるチャーム。書かれている謳い文句は、『誕生花のチャーム各種あります』の一文。

 

「ん? どしたのヒッキー」

 

 じっとそれを見ていたのに気付いたのか、結衣が八幡の見ている場所を覗き込む。へー、とそのチョーカーとPOPに書かれている文を見た彼女は、そのまま視線を彼の顔に向けた。

 

「ヒッキー的には、それがいい感じ?」

「んあ? あ、ああ、そうだな。……誕生花、ってのが丁度いいんじゃないか、と」

「あー。そだね。確かに何か誕生日プレゼント! って感じがする」

 

 ぽん、と手を叩いた結衣は、じゃあこれにしてもいいかな、と彼に問うた。勿論断る理由もなく、八幡はお前がそれでいいのならと頷く。値段も既に確認済み、このくらいならば何の問題もない。

 そうと決まれば、と結衣は店員を呼んだ。誕生花のチャームが欲しいんですけど、と尋ね、店員に言われるまま自身の誕生日を告げる。

 

「六月十八日ですと……タチアオイ、タイム、ナスタチウムなどですかね」

 

 流石というべきか、店員はスラスラと悩むことなくそう答えた。とはいえ、八幡も結衣も名前だけではイマイチピンとこない。そうですよね、と苦笑した店員は、サンプルとして先程言った三つのチャームを手に取った。ついでに簡単な花の説明も行う。

 

「タイムって、そういやハーブか」

「そういえば聞いたことある」

 

 聞き覚えのあるそれが目を引くが、誕生日プレゼントには少し違うような、と八幡は顎に手を当てながら考えた。そうなるとタチアオイとナスタチウムになるのだが。

 

「このナスタチウムですけど、日本ではキンレンカって呼ばれてます」

「あ、何か聞いたことある」

「キンセンカと間違えてないか?」

「……あれ?」

「あはは。多分両方聞いたことがあるんだと思いますよ」

 

 店員の言葉に、そうだそうだと結衣が乗っかる。ちなみに八幡も同じような状態だったので、深追いはしなかった。そうかもしれないな、と日和った。

 ともあれ、聞いたことのあるその名前と、赤いその花のチャーム。先程とは違いハーブでもない。実はこれも食べられる花なんですけど、という店員の言葉は小さめであったので二人には聞こえていなかった。

 

「ガハマ。これでどうだ?」

「うん。いいと思う」

 

 じゃあこれをお願いします。先程までとは違い何とも緊張した様子で店員にそう述べた八幡は、ありがとうございますという言葉を聞きながら胸を撫で下ろした。どうやら何とかなったようだと息を吐いた。

 レジに向かい、チャームを付けたそのチョーカーを確認し。ラッピングをしたそれを受け取った八幡は、こほんと咳払いをすると結衣へと向き直った。

 

「えっと、ガハマ」

「うん」

「ちょっと早いかもしれんが……その、だな」

 

 改めて言うと物凄く照れくさい。が、だからといって渡さないわけにもいくまい。邪魔にならないようレジから少し離れたそこで、彼は視線を彼女から逸らしながら持っていたその包みを差し出した。

 

「誕生日、おめでとう」

「……うん! ありがとう、ヒッキー!」

 

 八幡が片手で差し出したそれを、結衣が両手で包み込むように受け取る。じゃあ早速、と袋から取り出した彼女は、満面の笑みでそのチョーカーを首に付けた。

 

「に、似合う、かな?」

 

 少し恥ずかしそうに、しかしその口元は嬉しそうに。そう言って八幡に尋ねた結衣は、とても可愛らしく見えた。彼女の健康的であるが白い首元に、黒いチョーカーがよく映える。そしてそこに添えられたチャームは赤い花。

 

「……お、おう。いいんじゃないか?」

「そか。うん、そっか。……えへへ」

 

 じゃあ、行こうか。そう言って結衣は八幡の手を取る。いきなりのその行動に面食らった彼は目を見開き変な声を上げたが、彼女は気にしない。ついでに店員も微笑ましい表情でそれを眺めている。

 そうして引っ張られるまま、二人は店から通路に出る。買い物は終わった、用事はもうない。ならばこの後は。

 

「……どっか寄ってくか?」

「え?」

 

 思わず八幡をまじまじと見た結衣の顔は、驚きに満ちていた。まさかこいつが誘うとは、という驚愕で彩られていた。が、それも一瞬、すぐに弾けるような笑みを浮かべ、うん、と力強く頷いた。

 

「じゃあ、どこ行く?」

「そうだな……まあ、妥当なとこだとゲーセンか」

「あ、じゃあプリ撮ろプリ」

「……急用を思い出した」

「何でだし!」

「お前俺みたいなのがプリクラとか駄目だろ! 魂取られるわ!」

「意味分かんないから」

 

 ほれほれ、と握ったままであった手を引っ張り、結衣は八幡を連れて歩く。抵抗の素振りをほんの少しだけ見せていた八幡も、諦めたのか元々その気がなかったのか。そのまま隣に並んで歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

 尾行組である。八幡のプレゼントを見ていた陽乃は、ヤベえものを見たという顔で思わず呟いた。雪乃はそれで察したのか、まあ本人は分かっていないでしょうと溜息混じりにそう返す。

 

「えっと。お兄ちゃんのプレゼント何かやらかしたんですか?」

「別に何か問題あるようには見えなかったけど」

 

 小町とかおりが首を傾げる。それを見た雪ノ下姉妹は、とりあえず野次馬を続けながらと移動しつつ言葉を紡いだ。

 あのチョーカー、正確にはそこに添えたチャーム。それが何を意味するのか、二人は何も分かっていないのだろうと雪乃が語る。まあ分かってたらやらないよねぇ、と陽乃はどこか楽しそうに笑った。

 

「チャームって、確か誕生花を選んで」

「キンレンカ、だったっけ?」

 

 そこまで口にしたかおりは、あ、とスマホを操作する。思い付いた単語を入力し、検索し。そして出た結果を見て、しかし怪訝な表情を浮かべた。

 

「『困難に打ち勝つ』、『愛国心』? 関係なくない?」

「かおりさんいきなりどうしたんですか。って、あ、花言葉」

 

 かおりのスマホの画面を覗いた小町が合点の行ったように呟くが、しかしそれでは答えが出てこない。ううむ、と首を捻る二人に、雪乃が溜息を吐きながら指を一本立て告げた。そこに、フランスを追加してみてちょうだい、と。

 

「……わお」

「うわぁ……」

 

 出てきた結果のページを数個覗いた二人は、最初の陽乃と同じような感想を抱いた。しばしそれを眺め、そして現在尾行中の二人の背中に視線を移動させ。

 

「小町的には全然ありですね」

「ウケる!」

 

 いえい、とハイタッチする二人を見ながら、だったらいいのよと雪乃も髪を靡かせた。

 陽乃は笑い過ぎて軽い呼吸困難を起こしていた。

 

 


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