セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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二回連続で誕生日ネタという暴挙


飛翔クロスロード
その1


 ついこの間中間試験を終わらせた気がする、と生徒達が口々に愚痴りながら近付いてくる期末試験の範囲を眺める中、比企谷八幡は一人違う理由で頭を抱えていた。否、勿論期末試験が迫りくるのは十分頭を抱える案件なのだが、それはそれとしてのっぴきならない感情の問題があったのだ。

 

「あれ? 八幡、どうしたの?」

「……ああ、戸塚か」

 

 テニスの一件以来教室でもそれなりに話すようになった結果、一応友人関係といえなくもない状態(八幡談)になった彩加が机で項垂れる彼を見てそんな声を上げる。顔を上げた八幡は、そんな彩加を見て、しかし力なく自嘲するように口角を上げた。

 

「後悔ってな、後からするから後悔なんだよな……」

「う、うん。ちょっと何言ってるか分からないけど」

 

 ほんの少しだけ引いた。が、すぐに持ち直すと心配そうに彼は述べた。もしよかったら話してよ。そう言って彩加は微笑んだ。

 そう言われた方である八幡はというと。純粋な彼のそのオーラを受け消滅するかのごとく顔を逸らした。これ以上食らったら死ぬ。そんな空気を一人醸し出した。そうしながら、口を開き、そして再度閉じる。これ言ってもいいやつ? と自問自答した。

 

「……こないだ、ガハマに誕生日のプレゼントを買ったんだが」

「へえ! 由比ヶ浜さん喜んでくれたんじゃない?」

「ああ。喜んではいたぞ」

 

 彩加の笑顔と対照的に、八幡はガクリと肩を落とす。そんな彼の態度が不思議で、彩加は眉尻を下げた。ひょっとして何かあったのだろうかと八幡の言葉を待った。

 

「……チョーカーを」

「へ?」

「チョーカーを、プレゼントしたんだ……」

「う、うん。そうなんだ」

「……」

「……」

 

 終わりらしい。会話が途切れたことで、彩加はそれを理解し首を傾げた。え? 今の会話何か悩むところあったっけ? そんなことが頭に浮かび、そして消えない。むしろ思考はそれ一択である。

 

「由比ヶ浜さん、喜んでたんでしょ? 何が問題なの?」

「いや、だって、チョーカーだぞ。……何か恋人を繋ぎ止めるとか、お前は俺のものとか、そういう意味合いがあるらしいじゃないか……」

「いやそんな厳密な意味ないから……」

 

 そういう風に取られることもあるよ、というくらいである。全てが全てそんな意味合いを含んでいるわけでもないし、受け取った本人がそう感じていないのならばそこで終了する程度の代物である。

 が、八幡としてはそのことを知らずに渡したという事実が大分ダメージであったらしい。何気なく調べてしまった結果、ベッドで一日悶えるハメになったのだ。ちなみに調べたのはチョーカーのことだけである。キンレンカはスルーした。不幸中の幸いであった。

 

「由比ヶ浜さんだって別に気にしてないんでしょ? だったら何の問題もないよ」

「そうかもしれんが……」

「友達からのプレゼントなんだから、大丈夫だって」

「そう、かな……」

「そうそう」

 

 八幡にとって相談出来る相手がいないという弊害が現在のメンタルの原因である。小町に話すわけにもいかず、かおりは勿論論外。現状公言出来る唯一といってもいい友達は当事者で悩みの対象ときていた。ここで彩加がいなかったら、八幡はきっと期末試験の勉強も碌に出来ないほど引きずっていた可能性が高い。

 尚、材木座義輝は相談相手として不適切なので最初から考慮されていない。

 ともあれ、彩加のその言葉によって、八幡は僅かであるがそれだけに囚われることはなくなった。眼の前の友人にお礼を述べ、ガリガリと頭を掻いた。どういたしまして、と彩加はそんな彼に笑顔でお礼を述べた。

 きっと周りの人は八幡が由比ヶ浜さんにチョーカー渡してもそりゃそうだろうとしか思わないんじゃないかな。という本音は心の奥底にしまった。笑顔のまま、決して表に出さなかった。それを出してしまうと、きっと友人が凹むだろうから。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 そして同じ考えを持っている人物がここにもいた。結衣がある日を境にお気に入りにしているチョーカー。それを眺め、そして手に入れた経緯を聞き。抱いた感想を表面に出さずに日常を過ごした。

 その人物の名は海老名姫菜。ちなみにチョーカーを見て凄い形相をしたのが三浦優美子である。

 

「ねえ、優美子」

「あん?」

 

 結衣が教室にいないタイミングで、姫菜は彼女に問い掛けた。ちょっと顔に出し過ぎだったよ、と苦笑した。

 

「わーってるし。誕生日はちゃんと自重したでしょ」

「それから自重してなかったら駄目じゃん」

「今はしてるっしょ」

「時折チョーカー見て、ヒキタニくんぶっ殺すって目でチラ見してるけどね」

 

 う、と優美子が呻く。バツの悪そうに頬を掻くと、だってしょうがないと目を細めた。まあ気持ちは分かるけど、とそんな彼女を見て姫菜は薄く笑った。

 その笑みを瞬時にぐふふといやらしいものに変える。乙女がするような顔ではないその表情のまま、このこのと肘で彼女を突いた。

 

「あれでしょ? 『あーしも隼人くんにプレゼントされたい♪』とか思ってるんでしょ?」

「ぶっ殺すぞ海老名」

「えー。じゃあ全然全くこれっぽっちも思ってない?」

「……」

 

 無言で顔を逸らした。その動きが肯定しているも同然であったので、姫菜はその笑みを更に強くさせた。

 そしてそんな彼女の頭を優美子は掴む。いい加減にしろ、と鬼の形相で睨み付けると、溜息と共にその手を離した。勿論それに堪える様子のない姫菜は、はいはいと軽い調子で返事を述べる。

 

「つーか。海老名はどうなん?」

「へ?」

「あんたは、そういうのって無いの?」

「……無いよ。私にはそういうのは無い。前言わなかったっけ?」

 

 すとん、と表情の抜け落ちたような顔で姫菜はそう呟いた。そんな彼女をちらりと見た優美子は、聞いたと短く一言だけ返す。そうしながら、その空気を変えるように彼女は呆れたような溜息を吐いた。わざとらしく、そう見せかけるように息を吐いた。

 

「だったらあーしのことをとやかく言ってんじゃねえし」

「あはは。それとこれとは話が別だなぁ」

「勝手な奴」

「知ってて友達やってくれてるでしょ?」

「あったり前だし」

 

 そう言って優美子はクスリと笑った。姫菜も先程の表情など無かったかのように微笑んだ。

 

「それはそれとして。ヒキオはどーすっかなぁ」

「いや、それはほっといてもよくない? だってヒキタニくん、絶対そういう意味込めてなかったでしょ」

「まあ、そうなんだけど」

 

 知ってたら絶対選ばないだろうから、と姫菜は呟く。それは優美子も同意し、だからこうしてギリギリ生かしているのだと言い切った。

 そのタイミングで結衣が戻ってくる。どうしたの、と二人に問い掛け、別に何もと揃って返した。

 

「何か怪しい」

「別に大したことじゃないよ。ユイのそのチョーカーについてちょっとね」

「これ?」

 

 チャリン、とキンレンカのチャームを指で弾く。赤い花の刻まれたそれがキラキラと電灯の光で煌めいた。お気に入りだね、という姫菜の言葉に、勿論と満面の笑みで彼女は返す。

 

「優美子も隼人くんからプレゼント貰いたいなって話を」

「してねーし。適当ぶっこいてんな」

「えー。一応してたじゃん」

「あはは。でも、そうだね。好きな人からのプレゼントって、憧れるよね」

 

 二人のやり取りを見ながら結衣がそんなことをのたまった。それを聞いた二人はピタリと動きを止め、何言ってんだこいつという目で彼女を見る。憧れるも何も、お前が今首に付けてるそれは何なんだよ。そんな言葉が喉まで出掛かり、飲み込んだ。

 

「なあ海老名、こいつ……」

「鈍感系ヒロインだぁ……」

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけ過ぎて、翌日の昼休み。定期的に行っているテニス部強化計画に巻き込まれた八幡は、部員をしごいている優美子を見ながらベンチでMAXコーヒーを飲んでいた。何で俺ここにいるんだろう、そうは思ったが、彩加と結衣、そしていろはに誘われたので断りきれなかっただけである。

 彼にとって問題はそこではない。自分がここにいるのは一応繋がりがあるのでしょうがないと割り切れるのだが。

 

「んー」

 

 隣のベンチで唸っている男子生徒はこれにまつわる騒動には一切合切関係のない人物だ。ついでにいうと八幡とも別段繋がりはない。だから全く関わり合いになることはない。ないはずなのだ。

 にも拘わらず、何故だか向こうはこちらを気にしている。何かを迷いながら、どうしたものかと悩んでいる。

 

「比企谷」

 

 そんな二人の間に一人の人物が割り込んだ。男子生徒の友人であり、八幡と共にこの騒動に巻き込まれた相手。葉山隼人が一息ついてこちらにやってきたのだ。彼が話し掛けるとしたら当然向こうのはずなのだが、何故か今回は八幡を見ていた。どうやら隼人にとっても横の人物がこの場にいるのが不思議らしい。

 

「戸部がどうしてここにいるか、知らないか?」

「何で俺に聞く」

「いや、今日朝からやけに比企谷のことを気にしてたから」

「……何でだよ」

 

 八幡には身に覚えが欠片もない。そもそもクラスメイトその一レベルのモブである自分がクラスの人気者グループの一人と接点を持つ方がおかしい。そんなことを言いながら肩を竦めた彼を見て、隼人はそうかと頷いた。自己評価はそんなものなのかと一人苦笑した。

 

「まあ、それなら仕方ない。……戸部」

「うぉ!? 隼人くん、いきなりこっち振るとか驚くっしょ!?」

「お前はどうしてここに?」

「うおスルー。最近隼人くん時たま素が出るよね」

 

 ははは、と一人笑っていた戸部翔は、しかしそこでこほんと咳払いをすると姿勢を正した。隼人と、そして八幡を見て、何かを決心するように息を吸った。

 

「いやー……ちょっと、相談に乗ってもらえないかなーと」

「相談?」

 

 わざわざこの場所で? そんな表情で隼人が翔を見たが、当の本人はそうだと頷くのみである。はぁ、と溜息を吐き、仕方ないと頷いた。そうしながら、まあこっちは断るだろうなと八幡を見た。

 

「……じゃ、俺はちょっと離れてるわ」

「ちょちょちょ!? 俺ヒキタニくんにも言ってんですけど!?」

「……え?」

 

 そもそも相談を持ち掛けられた、という認識すらなかったらしい。翔のその言葉に心底驚いたような表情を浮かべ、そしてどうやって逃げようか思考を始めたのが傍から見ていてもよく分かる状態になる。

 

「比企谷。すまないが、話だけでも聞いてやってくれないか?」

「いや、何で?」

 

 俺関係なくない? と言わんばかりの表情を浮かべている彼を見て、まあ確かにそうだなと隼人は少し考え込む仕草を取った。視線を八幡から翔に移動させ、とりあえず理由を言えと彼を促す。

 その隙に逃げようとした八幡の手首をさり気なく掴み拘束させた。

 

「いや、その、実は」

「ああ」

「こないだ、ほら、結衣の誕生日あったじゃん。そんで、ヒキタニくんのプレゼントめっちゃ喜んでるの見て」

「うん」

「いやー、それで、俺も? ああいう感じに、プレゼントあげたら喜んでもらえるかな、とか思ったりしたりしちゃって」

「……結衣に?」

 

 主語がない。彼の会話では誰を対象としているのが分からなかったので、隼人は違うとは思うが念の為そう問い掛けた。もしそうだったとしたら、こいつの空気読めなさが天元突破する。そんなことをついでに思った。

 思うついでに八幡を見た。ぴくり、と反応しているのを見て、彼は口角を少し上げた。幼馴染の姉の方が、隼人も染まってきたねぇ、と笑っているのを幻視した。

 

「いやいやいや。だって結衣は無理っしょ。まあ知らない連中は結構狙ってるけど、俺はあいつのこと知ってっから無理って分かってるし」

「ははは。そうだな」

 

 ここは敢えて重要な部分を省き、そしてそれについて追求しなかった。隼人は笑いながら、翔の話の続きを促す。そこで一旦言葉を止めた彼は、キョロキョロと辺りを見渡し、誰も聞き耳を立てていないことを確認してから口を開いた。

 

「海老名さんに」

 

 ピタリと隼人の動きが止まった。八幡も同様に目を見開き、逃げるのを忘れて翔を見る。双方ともに、マジかよ、という表情をしていた。

 

「え? そんな意外だった系?」

「あ、ああ。思わず動きが止まるくらいには」

 

 珍しく隼人が動揺している。八幡はこういう時動揺するのがデフォルトなので別段変わらない。ともあれ、落ち着いた状態の人間が誰もいないまま話の核心だけが顕にされていた。

 

「な、なあ戸部」

「お、ヒキタニくんも乗ってくれた?」

「いや、そういうわけじゃないが……あの人のどこが?」

「ヒデェ言い方。まあ分かるけど」

 

 そう言って翔は笑う。まあ確かに男子も結構引いてる奴多いししょうがないべ、と頭を掻いた。

 

「まあ、だからこそ狙い目、みたいな」

「……成程」

 

 隼人の相槌は言葉こそ納得した言い方であったが、その実そんなものかと流しているようでもあった。八幡はそれを聞いてまあそんなとこかと普通に納得する。何だかいけそうだからアタックしたい、つまりはそういうことなのだろう。

 

「いや、つっても当然それだけじゃなくて。海老名さんって、結構みんなをよく見ててくれんのよ。ただ変なだけじゃなくて、そういうところがグッとくるっていうか。ほら司令塔っつーか、ゴールキーパーっつーか。むしろお母さん? あ、いやそれは優美子か」

 

 じゃあお婆ちゃんか、と褒めているのかよく分からないことを言いながら、翔は言葉を止め襟足をバサバサとさせる。何か今俺滅茶苦茶恥ずかしいこと言ってないか、と誤魔化すように笑った。

 

「……まあ、戸部がちゃんと姫菜を好きなのは分かった」

「いやそうはっきりと言われるとハズいんだけど」

「それで、プレゼントって、どうする気だ?」

「うおまたスルー。隼人くんマジパネー」

 

 大げさにリアクションを取りつつも、しかし翔は覚悟を決めるように息を吸い、吐く。今日は元々これのためにここに来たのだからと二人を見る。

 

「来月、海老名さんの誕生日じゃん? だから、そこで、こう、ビシッとインパクト残したい、みたいな」

「ああ、それで最初に繋がるわけか」

「そーそー」

 

 おなしゃす、と両手を合わせ拝むように翔は頭を下げる。それを見た隼人は溜息を吐き、どうしたものかと少しだけ考えた。告白するわけではない、とりあえず意識してもらえたら程度のアクションだ。そのくらいならまあ、と彼は結論付け、とりあえず悪魔の耳に入らないようにしようと心がける。

 そして、もう一人は。

 

「……じゃ、そういうことで」

「えー、ちょ、ヒキタニくん! ここまで来たら協力してくれる流れじゃね?」

「いや、俺が役に立てるところないから」

 

 とりあえず口外はしないようにする。そうとだけ告げると八幡は逃げようとした。関係ない、と立ち去ろうとした。そもそも本当に関係がないので、彼の主張はある意味正しい。元来こういう騒動に首を突っ込むのはいつだって彼ではなく、周りの人間だ。そして今この場に該当者はいない。小町も、かおりも、結衣も、いろはも。

 

「――中々、楽しそうな話をしているのね」

 

 そう、いるのは一人だ。ついさっき隼人が該当者の耳に入らないように心がけようとした彼女だけだ。髪を掻き上げながら、優しげに微笑む彼女だけだ。

 

「話は聞かせてもらったわ」

「……雪乃ちゃん」

「げ、雪ノ下……」

「え? 何? 何か二人の反応変じゃね?」

 

 手近なところにいる二体の生贄を使って、一人の青年を導こうとする悪魔がいるだけなのだ。

 

 


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