「頑張れよー」
「こーら、ズルすんなし。自分達で解け」
「え? あたし? えっと、んー……ん?」
「よっしゃお前ら行くべー!」
隼人は普通に、優美子は姉のように、結衣と翔は一緒になって騒いでいる。
オリエンテーリングの監督も兼ねた道中で、高校生である一行はそれなりに小学生と馴染んでいた。勿論全員が、というわけではない。
「元気ね」
「……ああ、そうだな」
雪乃は我関せずと歩いているし、八幡はそもそも関わってもいなければ子供が近寄ってすら来ない。これ幸いと虫除け代わりに姫菜が便乗していた。
「まあ先輩は元気ないのが取り柄ですからね~」
「そうね」
「おい待て何で俺の評価を俺じゃないやつが肯定するんだ。俺の判断を聞け」
「え? 何か間違ってました?」
「いえ、何一つ間違っていないわ」
「だから俺の判断を聞け」
隣では姫菜が爆笑している。遠巻きで見ていた子供達は、何だか訳の分からない高校生を一瞥しまあいいやとオリエンテーリングに戻っていった。
そんな笑われる中心にいる八幡は、溜息を一つ吐くとジロリと眼の前の少女を見やる、そもそも何でお前こっちにいるんだと彼女に述べた。
「子供大好きアピールしても葉山先輩に効果なさそうですし」
「お前はもう少し素の可愛さを磨いとけ」
「え? 何言ってるんですか先輩、可愛いは本来作るものですよ。意図しないところで可愛くなっても、それを見てくれる人がいなければ意味がないじゃないですか」
「……言ってることは最低なのに何だか無駄に納得してしまう」
確かに素のいろはは腹黒いし計算高いし可愛さは見た目くらいしかなくなってしまうが、それはそれで嫌味のない魅力を醸し出していると言えなくもない。少なくとも八幡や隼人の首を真綿でじわじわと絞めるのを趣味としているような某雪ノ下雪乃と比べると、立派な万人受け美少女である。
「つか、だとしても葉山と一緒に行動するとかあるだろ」
「三浦先輩もいる場所でただ一緒に行動とか無意味でしかないですし」
「賢明ね。両者の依頼を受けている身としては、あなたの行動を評価するわ」
実際、現在の優美子は隼人に近付くことより世話焼きが勝っているようであった。あの状況でただ彼に近付くという選択はマイナスに傾きかねない。
「優美子はあれだよね。多分最初から隼人くん狙いだともっとわざとらしくアピールする感じになってたと思う」
へえ、と姫菜の分析を聞いた雪乃が感心したような声を上げる。もしよければ理由を聞かせて。そんな彼女の言葉に、姫菜は気にすることなく頷いた。
まずそもそも、優美子は自分からアプローチする機会が今まで無かったのだ。そう前置きした。
「何もしないのに男寄ってきたんですか。うわ」
「一色、お前もう少し表情隠せ」
「先輩、素を見せた途端に逃げられたことのある女子中学生の気持ちを理解してからもう一度どうぞ」
「あ、すいません、俺が悪かったです」
「まあそこも武器にして二年になった頃にはとっかえひっかえ出来たんですけど」
「俺の謝罪の気持ち返せよ」
いろはと八幡は、彼女の前置きの時点で既に脱線した会話を繰り広げている。とりあえずあれは置いておいて、という雪乃の言葉に、了解と姫菜が頷いた。
とはいっても、正直前置きの時点で話の半分以上は終わっている。雪乃ならば姫菜が何を言いたいのか既に理解していてもおかしくないのだ。そしてガヤ二人は脱線中。つまりは会話は終了で問題ないというわけである。
「まあ、確かに三浦さんは自分から仕掛けに行くのは苦手そうではあったわね」
「なんせ私に聞くくらいだからね、相当だよ。まあユイに聞くのも相当だとは思うけど」
「あー、分かります分かります。由比ヶ浜先輩って、可愛さが天然だから指導は無理そうですもん」
「お前さっき自分で言ったこと自分で否定してんじゃねぇか」
可愛さは作るものだと豪語したいろはが、結衣の可愛さは素であるとのたまった。そこを八幡が突っ込むと、彼女は別にそれはそれだとあっさり流す。これ以上何か言っても無駄だと判断した彼は、ああそうかいと話を打ち切った。
その後も関わる組と遠巻き組は何だかんだで小学生を監督しながら道を進み、別段問題もなく時間は過ぎていく。
そう八幡が結論付けかけた時である。とあるグループが視界に映った。隼人達とはしゃいでいる五人組の女子。そのはずなのに、どうも四人と一人に見えたのだ。
それを隼人も理解しているのだろう。さり気なく声を掛けたが、その四人ではない方の少女の反応はいまいちだ。ふむ、と四人を見ると、どうにも彼女を避けている様子が伺えた。
これが結託して彼女を仲間外れにしている、というのならば話は早い。が、どうも違うような気がする。
「頑張れよー」
ひらひらと手を振り少女達を見送った隼人は、少し何かを考え込むように空を見上げ、仕方ないと、渋々といった表情で視線を動かした。おそらくこちらを見ていたであろう彼女へと振り向いた。
「あら葉山くん、別段役に立っていない私達に何か用?」
「いや別にこの状況で役に立つも何もないと思うんだけど……」
クスクスと笑う雪乃に顔を引き攣らせた隼人は、やっぱり相談するのやめようかなと頭を掻いた。どうせ何も言わずとも勝手に何かやらかすであろうことは予想がつく。ならば自分は傍観者という立場にいれば。
「……いや、それは駄目だろ」
「どしたん隼人?」
「あ、ああ。悪い優美子、なんでもないよ」
急に頭を抱えた隼人が心配になったのか、一息ついた優美子が雪乃達と合流がてらそんなことを尋ねる。それに苦笑で返した彼は、よし、と気合を入れ改めて雪乃を見た。
「それで比企谷くん、海老名さん。あなた達はどう思う?」
「ボッチっぽかったけど、あからさまにハブられてるって感じでもなかったな」
「でも、自分から孤立しにいってるって空気も見えたね」
「……」
「わたしは葉山先輩の味方ですからね」
「……ありがとう、いろは」
既に彼の言いたいことは分かっている、というよりもそれは既に通り越しているとばかりに雪乃は話を進めている。じゃあもういいや、と溜息を吐いた隼人は、自分も参加していいかどうかいろはに尋ねた。雪乃ではないところがミソである。
「勿論ですよ。雪ノ下せんぱ~い、葉山先輩話し合いに参加するそうです」
「はいはい。自分から言いに来る気概すらない人が話し合いに参加するのね」
やれやれ、と頭を振りながら隼人を見る雪乃を見て、彼は選択肢を違えたことを悟った。ここは普段の自分を捨てて、あの二人といる素の状態になって会話に突っ込むべきだったのだろう。そうは思ったが後の祭りである。色々諦め、とりあえずこれ以上何も言われないことを望みながら彼はそのまま四人に加わった。
「それで葉山くん。あなたはどう思ったかしら?」
「そうだな。出来ることなら、可能の範囲でどうにか……」
そう言いながらちらりと雪乃を見た。その視線を受けた彼女は彼女で、何だお前という目で彼を見る。周りはそのやり取りがどういうことなのか分からず、突如にらみ合う美男美女に引き気味だ。
「…………ねえ、隼人くん。私は別に姉さんと違うの。確かにあなたをからかったけれど、普通に話せば普通に応じるわ。だから、姉さんを相手にするような対処はやめなさい」
暫しの沈黙の後、雪乃は静かにそう述べる。どうやら隼人のその動きは地雷だったらしく、普段からかうための名字呼びをやめるレベルのガチなクレームが飛んでくる。周りに人がいるからといって取り繕いやがって、と吐き捨てるような追い打ちを聞き、言ってるそばからやってしまった隼人はぐうの音も出なかった。
ちょっと言い過ぎ、と見守っていた優美子が間に割って入るが、雪乃は雪乃でこいつが人を煽るから悪いのだと譲らなかった。隼人を指差し、こいつと言い切ったことで流石の優美子も少したじろぐ。どうやら割と本気で機嫌を損ねているらしい。
「……雪乃ちゃん、ごめん、俺が悪かった」
「分かればいいの」
ふん、と鼻を鳴らすと、雪乃は優美子に向き直る。空気を悪くしてごめんなさい、と謝罪され、むしろ彼女の方が恐縮してしまう始末だ。見ていた八幡と姫菜は何だこれとついていけず、とりあえず傍観者を貫くことに決めた。
「……てか一色、葉山庇えよ」
「いやこれはちょっと……」
「お前さっき葉山の味方だって言ってなかったか?」
「いいですか先輩。女の子の味方ですよって宣言は、傷付いたあなたを優しく包み込みますって意味なんです。盾になるのとは違うんですよ」
「お前そういう世の中の女子を見る目変わるような発言やめろ。この先怖くて近付けなくなるだろ」
「先輩は最初から近付かないじゃないですか」
まったくもう、と腰に手を当ててぷんすか怒るいろはを見ながら、姫菜はあははと頬を掻く。そうして向こうの三人を見、だったら、と彼女に声を掛けた。
「隼人くんを優しく包み込みに行かないの?」
「今はわたしがダメージ受けるだけで大してアピール出来ないんで無しですね」
「……私も腐ってるって自覚あったけど、一色さんは一色さんでアレだなぁ……」
今回の一行でまともな女子はゴルゴンとおバカの二人だけのようである。そんな結論を出し終えた頃合いで、隼人達もひとまず収まったらしい。雪乃が八幡達を呼び寄せ、先程の話の続きと相成った。
とはいえ、ここで立ち止まって話をしていては差し支える。目的地まで動くことはやめずに、元々の手伝いの手は止めずに、それを話し合う。ウロウロしていた結衣と翔も目的地付近でようやく合流したが、一行は皆一様に同じ感想だったのでそこまで問題にならなかった。
昼食を終え、午後の予定も滞りなく済ませ。そうして迎える夕飯。林間学習、キャンプというからには、お約束とも言えるカレー作りである。小学生達がワイワイとやっているのを見守りながら、八幡達も同じように調理を行っていた。
勿論昼間の話題は続いている。結論などそう簡単に出るものではなく、必然的に思い出したように議題に上っては消えを繰り返していた。
「まあ、見る限り孤立しているのは間違いないな」
隼人のその言葉に、一行は誰一人首を横に振らない。んなこた分かってんだよという目で見る男女が一人ずついたくらいである。そこから先だろうが、という目で見ている男女が一人ずついたくらいである。
比企谷八幡と雪ノ下雪乃という名前であったかどうかは詳しく語らない。
「まったく。お節介というかお人好しというか」
監督の監督をしている静は呆れたような嬉しいようなそんな呟きをして、目の前のカレーをちらりと見た。料理は見ておくから、少し見回ってきたらどうだという彼女の言葉の真意に、一部を除いた一行は苦笑しながらお願いしますと返した。
めんどいから待ってましょうよ、とアイコンタクトで八幡に飛ばしたいろはであったが、隼人が行こうと自分に手を差し出したことであっさりと裏切る。知ってた、と八幡は肩を落としながら少し遅れて歩みを進めた。
正直に言ってしまえば、こういう状況をどうにかすることは出来ないだろうと彼は結論付けている。たった二泊三日程度でよく知りもしない小学生の取り巻いている状況を改善させることなど一介の高校生では土台無理な話だ。それでも行動してしまうのは彼ら彼女らが若いからであり、可能性を信じているからである。
そしてもう一つは、この面々ならば何とかなってしまうかもしれないという淡い期待があるからである。その一点については、捻くれていると自覚している八幡ですら認めざるを得なかった。
そんな事を考えつつ、自分が中に入るのは問題があると周囲を観察するに留まった八幡は、先程の少女をちらりと見ながら顎に手を当てる。遠巻きではあるが、見る限り。
「……別に困ってなさそうだな」
「どったの?」
「うぉ!?」
適当な場所にもたれかかりながら一人呟いた八幡のそれに、返答。思わずのけぞり、もたれかかっていた木に頭をぶつける。地の底から湧いて出てくるゾンビのようなうめき声を上げながら、彼は自分に声を掛けた相手を見た。言わずもがな、由比ヶ浜結衣である。
「大丈夫?」
「大丈夫に見えるのか?」
「い、一応……?」
ああそうかい、と後頭部を摩りながら立ち上がった八幡は、それで何の用だと彼女に問う。向こうに混ざっている方が『らしい』はずの彼女が何故ここに。そんな意味もついでに込めた。
「カレーの隠し味のアイデア合戦で桃って答えたらゆきのんに追い出された……」
「馬鹿だろ」
「酷くない!?」
リンゴとハチミツが隠し味のカレーは有名なので少量のフルーツという意味では正しいのだろうが、おそらく彼女のことなので桃缶まるごと投入とか言い出したのだろう。それは別の料理として最初から作り直したほうが良い。あるいは隠し味の蜂蜜を入れる途中に謎の魔術で金縛りにでも遭った時にリカバリーする用だ。
ともあれ、結衣のそれをさらりと流した八幡は、それでどうだったのかと彼女に問うた。流石にその意味が分からないということはない。少し考える素振りを見せた結衣は、向こう側をちらりと見て苦笑した。
「留美ちゃん、あ、あの娘鶴見留美ちゃんっていうんだけど。何か自分から一人になってるっぽかったなぁ」
「やっぱりか」
「分かるの?」
「なんとなくな」
しかしそうなるとそこで話は終了である。これが周囲の悪意で孤立しているというのならば問題と考えてもいい。が、自分から一人を選んでいるのならば、それは向こうの自主性であり問題とは異なるのだ。
「じゃあもういいか、とか考えてません?」
「うぉ!?」
再度横から声。隣を見ると、疲れた、という表情でいろはが座り込んでいた。小学生って元気ですねと笑っているが、八幡達と比べるとほんの少しだけ彼女の方が小学生に年齢が近いわけで。
「先輩。そういうのは表情に出さないのが賢い男の人ですよ」
「素直をモットーにしているんでな」
「そのジョーク最高ですよ」
ケラケラと笑ったいろはは、そのまま立ち上がると八幡の足を踏み付けた。鶏を絞めたような声を上げた彼を見ながら、それでどうなんですかと問い掛ける。勢いだけでそれほど痛いわけでもなかった八幡は、そんな彼女の質問にそうだなとだけ返した。
「え?」
「いやだから、別に好きで一人やってるんなら問題ないだろ」
「そう、かなぁ……」
結衣は納得いってないように顎に手を当て考え込む。反対側のいろははまあそうでしょうねと納得したように頷いていた。そんな対照的な二人に挟まれている八幡は、そうは言いながら溜息を吐き視線を向こう側に移動させる。優美子や姫菜、翔と隼人、そして。
「まあ、あいつがどうするかだろ」
「ゆきのん?」
「雪ノ下先輩なら、比企谷くんの反応次第ねとか言ってましたけど」
「俺!?」
話を締めようとしていた八幡は、いろはの爆弾発言に思わず向き直る。笑顔ではあるが嘘をついているようにも見られなかったので、彼は引き攣った顔で彼女を見、そしてゆっくりと視線を動かした。
孤立している少女、鶴見留美は、調理場から離れ一人になろうと歩みを進めている。その先にはちょうど彼らがいるわけで。
「……」
「……」
無言で八幡と留美の視線が交差する。ふい、とそれを逸らすと、彼女はそのまま三人を通り過ぎていってしまった。が、すれ違い様にぽつりと呟くそれは、彼の耳にはっきりと届く。
――バカばっか
「……ナデシコかよ」
「ちょっと何言ってるか分からないですね~」
「いつものことだよ」
いろはと結衣の言葉を聞き流しつつ、八幡は自分達より更に離れた場所でスマホを操作し始める留美を見ながら溜息を吐いた。あれはどうしようもないな、と匙を投げた。
そして同時に、彼の中で改善とか手助けという言葉が綺麗さっぱりなくなった。