セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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肝心な場所まで辿り着いてない


その4

 一通り騒いだ一行は、小学生との交流を建前に情報収集を行い始めた。ノリノリなのは雪乃と結衣、そして優美子と翔の四人。前向きレベルで留まっているのが隼人で、フラットなのが残り二人、いろはと姫菜である。

 八幡は参加していないので除外。そういうわけで、彼は別段気にすることなく昼下がりの遊歩道を一人ぶらついていた。一箇所に留まっていると雪乃辺りに捕まるから、というのが理由らしい。

 

「あちぃ……」

 

 川で涼んだ効力もそろそろ尽きる。手にしているスポーツドリンクをがぶ飲みしながら、彼は木陰で一休みしようと周囲を見渡した。手頃な場所をピックアップし、とりあえずそこへと足を進める。

 その直前で、先客がいるのに気が付いた。長く美しい黒髪を持った小学生の少女が、カメラを片手に景色を眺めている。八幡はそれを見て思わず顔を顰めた。少女の名前を知っていたからだ。

 鶴見留美。件の、雪乃達によって今晩周囲が滅茶苦茶にされる予定の少女である。

 

「……何?」

 

 そんな八幡の視線に気付いたのか、彼女はちらりとこちらを見てそう呟いた。別段彼女と関わる理由はない。木陰で涼みに来ただけだと返すと、八幡は近くのベンチに腰を下ろした。

 留美は相変わらず一人らしい。景色を暫し眺め、手にしたカメラでそこを撮る。出来上がったその画面を見ながら、暫し考え込むように口元に手を当てた。そうした後、再度角度を変えて撮影。今度は満足いったらしく、ほんの僅かに口角が上がった。

 

「写真、好きなのか?」

「……そこそこ」

 

 そんな光景を眺めていた八幡が思わず言葉にしたそれは、意外にも返事がきた。八幡自身が驚いて、ほんの少しだけキョドる。ジト目でそんな彼を見た留美は、小さく溜息を吐いた。

 

「自分から聞いたくせに」

「返事が来るとは思わなかった」

「……そう」

 

 再度視線を周囲の景色に移す。ぐるりと周りを見て、いいポジションが見付かったのか振り向いた。八幡の真正面である。

 

「ねえ」

「ん?」

「邪魔」

「お前もう少し言い方があんだろ……」

「名前知らないし」

「……比企谷八幡だ」

「私は昨日言ったからいいよね。じゃあ八幡、どいて」

 

 このガキ、と思いながらも八幡はとりあえず言われた通り彼女の撮影の邪魔にならないよう横にどく。暫しそこを見詰めていた留美は、少しだけ体を屈ませると俯瞰するようにその風景を撮影した。

 

「手慣れてるな」

「うちの母親が、思い出作りだってよくカメラ渡してくれたから」

 

 案外自分の趣味の話ならば喋るらしい。そんなことに気付いたが、彼にとっては別段どうでもいいことである。

 

「風景だけじゃなくて友達を撮りなさい」

「ん?」

「うちの母親がよく言うの。ほっとけって思わない?」

「……まあ、それについては同感だ」

 

 趣味に口出しをするべきではないだろう。が、恐らくその母親の言わんとしていることはそういうことではない。ただ言葉を聞いただけの八幡でも分かったのだ、留美が分からないはずもないのだが。

 

「大体、撮りたいって思う人なんか……」

 

 それは八幡に向かって言った言葉ではない。だから彼は返事をしなかったし、聞かなかったことにした。そうしながら、ああ、成程、と八幡は留美を見た。一人でいることが好きなのは間違ってはいないだろう。自分からそうしているのも正しいのだろう。だが、仲間や友達という存在が嫌いというわけでもなさそうだ。昨夜の話し合いの時の会話の断片を思い返しながら、ぼんやりとそんなことを思う。

 こいつはただ、そう思える相手がいないだけだ。

 

「……移動するのか?」

「同じ場所ばかり撮ってもつまらないし」

 

 そうとだけ述べると、留美は振り返ることなく去っていった。それを目で追うことなく、八幡は先程自分で出した結論を思い返す。まあ、そういうことならしょうがないな。再度自分で結論を出して、手伝わないことを改めて決め。

 視界の隅に、去っていく留美を追いかけようとして諦めた少女が目に入った。

 

「……どうした?」

「え? ひゃぁぁぁ!」

 

 溜息を吐いたロングな三つ編み小学生なその少女は、八幡の方を見ると悲鳴を上げてへたり込んだ。どう見ても不審者と遭遇したリアクションで、いやまあ分かってたと暫し目を閉じる。柄にもなく声を掛けるなどという事案一直線な事をした自分が悪いのだ。

 

「あ、ご、ごめんなさい。ボランティアのお兄さんですよね?」

「お。おう。そうだぞ」

 

 そう思っていた彼の眼の前で、我に返った少女がそんな事を言って頭を下げた。その態度を見て、そして自分のことをきちんと認識していたということを知って。八幡は思わず目を瞬かせる。俺みたいなやつを気に掛けるとは、リア充中のリア充か、はたまた同じボッチ気質か。そんなどうでもいいことをついでに考えた。

 

「あ、あの。さっき鶴見さんと何を話してたんですか?」

「ん? ……いや、ちょっと趣味の話、か?」

「趣味!? 鶴見さんって何が好きなんですか!?」

「お、おう。何かカメラで撮影するのが好きらしい、ぞ……」

 

 何かグイグイ来るなこの娘。若干引き気味でそう返したことに気付いたのか、少女はごめんなさいと俯いてしまった。傍から見れば事案発生である。二度目だ。

 気にしてないとやんわり宥め、気を取り直した少女が先程の留美との会話を聞きたがるので当たり障りのない程度に答えてやり。

 

「ありがとうございました」

「お、おう」

 

 ペコリと頭を下げる少女を見て、一体何この娘と八幡の頭には疑問が渦巻いていた。ストーカーというやつか。孤高を気取っていたが、どうやら取り巻きはいるらしい。思考を覗かれたら確実に名誉毀損となるそれを飲み込みながら、八幡は再度ベンチに体を預けた。

 少女は留美が去っていった方向を見たが、諦めたように溜息を吐くと踵を返す。ストーカーは終了らしい。

 

「なあ」

「はい?」

 

 ほんの気まぐれだった。何であいつをストーキングするのか、という程度の質問のつもりであった。言葉は選んだが、とりあえずそんなようなことを述べたつもりであった。

 だから、少女が突如しゅんと項垂れるのは予想外であった。勿論三回目の事案である。

 

「私、鶴見さんに助けてもらったんです」

 

 曰く、少女のクラスでは特に理由もなくハブられることが度々あったらしい。少女もそのターゲットにされた一人で、前触れなくいきなり一人ぼっちにされた。

 それを助けたのが鶴見留美。

 

「『くだらないことばっかりやって。もう六年生なのに馬鹿みたい。ガキね』って。クラスのみんなにそう言って私を庇ってくれたんです」

「いや、それ」

 

 絶対助けたつもり無いぞ。八幡は確信を持ってそう言えたが、小学生の思い出を汚す外道の趣味はないので飲み込んだ。多分本気でうわこいつくだらねーって思ったそのままを口にしただけだ。そう言いたいが黙った。

 少女は続ける。結局それでクラス全体が気まずくなり、その突如ハブるという行為は終わりを告げたのだとか。その代りとして、クラスの中心であった女子達が、それを行っていた女子達が留美を毛嫌いし始めた。

 

「元々鶴見さんは一人でいることが多かったから、全然平気そうで、それがあの子達はムカつくみたいで」

 

 おかげでクラスで留美と話すことが出来ないような空気となり、彼女は今に至るまでお礼の一つも言えなかったらしい。ならばとこの林間学校をチャンスにしようとしたら、留美は件の連中の班に組み込まれどうしようもなくなり。

 

「もうすぐ林間学校も終わっちゃうし、夏休み中に会いにはいけないし……」

 

 ぐすり、と半べそになった少女を見て、八幡はああもうと頭を掻く。とりあえず事案四回目になるから泣くなとあたふたしながら少女を慰め、そしてテンパっていた状態のままそれを思わず口にしていた。

 

「分かった分かった。何とかしてやるから、泣くな」

 

 

 

 

 

 

「……と、いうわけなので。俺も協力させてくれ」

「うわぁ……」

 

 経緯を語った八幡を、いろはがドン引きした目で見やる。優美子もこいつ何やってんのという目で彼を見ていた。というよりも言った。姫菜と翔は大爆笑である。隼人も視線を逸らし肩を震わせていた。

 

「まあ、ヒッキーらしいといえばらしいかな」

「そうね。比企谷くんらしい、墓穴の掘り方ね」

「いやあたしそういう意味で言ったんじゃないし!?」

 

 同意を求めるような雪乃の視線に手をワタワタさせながら否定した結衣は、八幡に向き直ると笑みを浮かべた。やっぱりヒッキーは優しいね、と微笑んだ。

 

「……お前頭大丈夫か?」

「酷くない!?」

 

 現状唯一の味方にその言い草である。が、結衣はまあいつものことだと気にした様子もなく話を進めようと雪乃を見やった。優美子と姫菜はそんな彼女を見てやれやれと肩を竦める。

 

「隼人くん、やっぱあれ付き合ってるっしょ」

「本人が違うって言ってるから、違うんだろう、多分」

 

 現状八幡にしか見せないであろうあの態度、あれを結衣狙いの他クラスの連中見せたら諦めるだろうか。そんなことを思いながら、隼人は翔の言葉に適当な返しをし、他の面々と同じように雪乃の言う作戦に耳を傾ける。

 視線を集めた彼女は、コホンと咳払いを一つ。そうしながら、そうは言っても実はそこまで大層なことでもないのよと言葉を紡いだ。

 

「世界を壊す(笑)ってことか?」

「その辺りは好きに言えばいいわ」

 

 八幡の言葉を流しながら、壁にもたれかかっていた静に声を掛けた。はいはい、と壁から離れた彼女が、部屋の脇に置いてあった数個の箱を皆の前に運んでくる。ついでに、なあ雪ノ下、と声を掛けた。

 

「これを小学生相手にやるのか?」

「ええ。世界を壊すには丁度いいでしょう?」

 

 ううむと静が苦い顔を浮かべる。確かにそうかもしれないが、と呟きながら、箱をもう一度見た。

 

「ショック死しないか?」

「その時は、事故として処理をお願いします」

「あのな雪ノ下。教師も出来ることと出来ないことがあるんだ」

「冗談です」

「本気の目だったぞ。陽乃と同じ顔をしていた」

「おぞましいことを言うのはやめてください」

 

 ジロリと静を睨み付けた雪乃は、視線を彼女から皆に戻す。会話の最中に出てきたキーワードが中々に物騒だったため、割と揃って引いていた。

 

「あんさ、雪ノ下さん。何するわけ?」

「三浦さん、心配しないで。……ほんの少し、夜に行う肝試しで細工をするだけよ」

「そこで小学生を殺すのか……」

「葉山くん、あなた一体何を考えているのよ」

 

 隼人が至極真面目に『殺す』とか言い出したので、隣の翔がギョッとする。世界を壊す、それはすなわち命を奪うことだったのだ。そんな結論を弾き出したらしいクラスの誇る爽やかイケメンは、今日この場である意味死んだと言えるだろう。

 再度述べるが、既にこの場の面々は承知の上である。

 

「話を戻すわ。そうね……由比ヶ浜さん」

「あたし!?」

「小学生の頃って、希望に溢れていたわよね」

「え? うん、そうだね。将来のこととか考えて、何にでもなれるとか思ってたっけ」

 

 結衣の言葉に、優美子があーそうそう、と頷いていた。そういえばそうだったっけ、と何かを懐かしむような表情を浮かべた姫菜を見て、翔がだらしなく表情を崩していたが誰も触れない。どうでもいいからである。

 

「きっと彼女達も同じ。何とかなる、と思っているわ」

「……それを壊す、ってことか」

「ええ。流石は比企谷くん、こういう時の察しはいいわね」

 

 とはいえ、あくまでそう見せかけるだけだ。そう続けながら彼女は箱の蓋を開けた。中身は布に覆われて正体が分からないが、どうやら何かの小道具らしい。肝試しの細工、というからにはそれに関連するものであろうと予想出来るが。そんなことを思っていた皆の眼の前で、使うのはこれだと布に覆われたそれを開く。

 

「ひぃ!」

「うわっ」

「うぇ!?」

 

 誰とも分からない悲鳴が飛ぶ。高校生が思わずそんな行動を取ってしまうほどのインパクのあるそれを掲げながら、雪乃はニコリと笑った。

 

「話は変わるけれど。幽霊は怖い?」

「話変わってなくない!?」

 

 結衣のツッコミを笑顔で躱し、視線を隼人に固定させる。ゆっくりと首を横に振ったので、じゃあと八幡に動かした。

 俺に振るのかよと顔を顰めた彼は、これまでの会話と『話が変わる』というフレーズから一つの答えを導き出していた。恐らく隼人も同様だろう。つまり彼は分かっていて押し付けたわけである。クソ葉山め、と心の中で毒づきながら、八幡は渋々口を開いた。

 

「肝試しに廃屋に行ったら不良と遭遇とかよくあるよな、あれは怖い」

「何の話!?」

 

 結衣のツッコミ再び。が、雪乃はそれを聞いてええそうねと同意した。驚愕の表情を浮かべる隣の少女を気にすることなく、雪乃はそのまま話を続ける。ありきたりだけれど、実体のある人間の方が案外怖いものなのだ。そんなことを述べた。

 

「その話と雪ノ下先輩が手に持ってる『それ』に何の関係が?」

「そうね。……じゃあ一色さん、質問よ。夜の道を歩いていた時に遭遇した場合、より怖いのはどちらかしら」

 

 ぴん、と指を立てる。一つ目の選択肢は先程八幡の述べた所謂不良。そして、二本目の指を立てながら述べたものは。

 

「ピエロ」

「それもう選択肢とかそういうレベルじゃないですよね!?」

「あらそう?」

「夜の暗い道を歩いてていきなりピエロに遭遇したら叫びながら逃げる自信があります」

 

 うんうんと女性陣は頷いていた。男性陣も無理無理と翔が全力で首を横に振っている。

 ひとしきりのリアクションをした後、一行は気付いた。今の質問と、雪乃が手に持っているもの。それらを踏まえると。

 

「ゆきのん」

「あら、どうしたのかしら由比ヶ浜さん」

「トラウマになるよ?」

「こういうものは、ある程度徹底的にやらないと駄目でしょう」

 

 迷いなく雪乃は言い切った。冗談でも何でもなく、これを実行すると言い放った。お前らの予想通りのことをするぞと宣言した。

 

「ジョニー・デップと同じになりますよってか」

「そこまではしないわ」

「お前さっき徹底的にやるっつったじゃねぇか」

 

 そうだったかしら、と雪乃は恍ける。このやろうとそんな彼女を睨んだ八幡は、諦めたように溜息を吐いた。やり方は最悪で非道だが、確かにあの小学生の世界をぶち壊すには効果的であろう、そう判断したのだ。

 納得してもらったところで、と雪乃は話を詰め始めた。正直なところ完全に納得した人間は一人もいない。まあ所詮高校生の素人がやる作戦だ、コルロフォビアを発症させるほどには至らないであろうと楽観視したこともある。

 

「件の少女達は最後にさせるとして、それまでの肝試しの手伝いは普通に行う必要があるわ」

「その辺りは俺達がやろう」

「あら葉山くん、体よく逃げたわね」

「何とでも言ってくれ」

 

 仕掛け人は雪乃と、最低あと一人。好き好んで小学生にトラウマを与える役をやりたがる人間はまずいないだろう。隼人を筆頭に、皆が皆及び腰だ。

 なあ、雪ノ下。と、そんな声が発せられた。視線が彼に集まる。マジかよ、と翔が驚き、本気か、と隼人が眉を顰め。

 

「俺がやる。こういう汚れ役は俺が適任だ」

「ヒッキー、自分で言うんだ……」

「先輩、自覚あったんですね」

「お前らなぁ……」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は、雪乃に視線を戻しもう一度宣言した。自分がその役をやる、と言ってのけた。

 そう、と彼女は短く述べる。次いでありがとうとお礼の言葉を述べ、一応聞いておくけれどと理由を尋ねる。

 

「決まってるだろ」

 

 元々そのために、勢い余って少女に宣言してしまったからここにいるのだ。だからやる、彼にとってはそれだけの話で。そして。

 

「あのクソ生意気なガキを、泣かせたくなった」

 

 眼の前の相手に、雪乃に似ている彼女を。捻くれかけているあの少女を。

 鶴見留美を、泣かせたく(構いたく)なったのだ。

 

 

 


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