セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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残酷な描写、ってほどじゃないよね?

ついでにちょっとフォントで遊んだ


その5

 本来の肝試しのために用意されているそれを眺めながら、一行は暫し佇んだ。具体的には、『え? これ本当に肝試し用?』である。

 ちらりと別の場所においてある箱を見る。予定変更に伴って使われなくなった雪ノ下陽乃監修肝試しセットが、目の前の百均ショップや雑貨屋に並んでいるコスプレセットと比べて異様な雰囲気を放っていた。

 

「なあ、雪乃ちゃん」

「どうしたの葉山くん」

「……元々はあれで俺達を驚かせる予定だったんだっけ?」

「そうよ。平塚先生とコンビであなた達の痴態を動画に録画する手筈だったわ」

「それはよかった。中止になって、本当に……」

 

 心底ホッとした表情で隼人は雪乃にそう述べる。まず間違いなく絶叫する自分の動画は陽乃へと渡される。そうした場合、彼に待っているのは死だ。彼女相手の場合既に幾度となく死んでいるが、無駄に死を重ねる趣味はないのだ。

 

「あーし、間違いなく泣いてたわ……」

「私もちょっと自信ないかなぁ」

 

 後々使うかも、と残りの箱は見せてもらえなかったものの、開いた一箱分の中身は公開されている。これを使って小学生の世界を壊すのだ、全員に認識されていなければならない。

 その過程で優美子が出した結論がこれである。姫菜も苦笑しながらそんなことを述べた。

 

「んで、俺達は普通の肝試しだからいいとして。ヒキタニくんと雪ノ下さんは準備面倒じゃね?」

「私の方はそうでもないわ。比企谷くんは面倒でしょうから、今別室で準備中よ」

 

 静の手によって八幡は小学生にトラウマを植え付ける存在に着々と変貌を遂げている。今の所順調だと翔に返した雪乃は、改めて作戦の説明をし始めた。一同それを聞きながら、被害者となる小学生にそっと黙祷を行う。悪いことをした罰としては、いささか重過ぎやしないだろうか。そうは思うが、即効性は抜群だ。今この場で、猶予のない状況で取れる手段としては効果的ではある。

 

「まあその時はその時ですよ。雪ノ下先輩、先輩のことよろしくお願いしますね」

「ええ。大丈夫よ、比企谷くんは立派にピエロを演じてくれるわ」

「何か違う意味に聞こえる……」

 

 いろはと雪乃が悪い顔をしている横で、結衣は一人若干引いた。本当に大丈夫かな、と別室の扉に視線を向け、加害者側である自分達の主役である彼を思う。彼女は肝試し側なので、合流するのは一通りが終わってからだ。その間に何があるのか、それを確認することは出来ない。

 ガチャリと扉が空いた。いい仕事をした、とばかりの表情で静がそこから出てきて、次いで八幡がのそりと現れる。明るい部屋であるにも拘らず、その姿を見た一行は思わず後ずさった。これ暗闇で見たら絶対に駄目だ。そんな感想を一同は抱いた。

 さて、と雪乃が言葉を紡ぐ。笑みを浮かべながら、口元を三日月に歪めながら。始めましょうかと宣言する。

 今、この瞬間から、高校生が小学生を泣かせるために、全力を尽くすのだ。

 

 

 

 

 

 

 同級生たちがはしゃぐ声が聞こえる。悲鳴も時折混じり、一応は怖いのだろうということは察せられた。が、鶴見留美は別段気にすることなく自分の番をただ待っている。同じ班のクラスメイトはすぐそこにいるものの、こちらに話しかけることはない。そのためにわざわざ自分達の班に引き入れたのだから当然だろうが、かといって留美自身も話しかける気は毛頭なかったので問題自体は何もなかった。彼女達はそのことが気に入らないようであったが、そんなこと知るかと留美は周囲をぐるりと見る。段々と出発していない班も減り、帰還した面々の割合が増えてくる。順番は向こうでランダムに決めるという話であるが、この様子では自分達は最後になりそうだ。そんなことをぼんやりと思った。

 

「よし、じゃあお待たせ。ラストを飾るのは君たちだ! あ、他の人からネタバレ食らってたとか言うのはナシですからね」

 

 そう言って留美達を案内役になっていたいろはが促す。その声に合わせて班の面々は楽しそうに、留美は何の感慨もなさそうに夜の小道へと足を踏み入れていった。

 案外月明かりがある。しかし周囲を見渡せるほど明るくはない。絶妙なその暗さの中、小学生たちははしゃぎながら道を歩いた。時折出てくる変な格好をした人達は、ボランティアだといっていた高校生だ。突如出てくるのはびっくりするが、正直そこまで怖くない。

 まあこんなものか、と冷めた思考をする留美をよそに、班の少女達は楽しそうに怖そうに歩いていた。

 

「あ、分かれ道」

 

 そうこうしているうちにそこに辿り着く。片方はコーンで塞がれ、ご丁寧に矢印が順路はこちらと示していた。ここで敢えてコーンを無視して進むようなことをするほど留美は子供ではない。他の面々も素直に従う様子を見せていたので、そのまま何事もなく四人と一人は道をゆく。暗いそこを懐中電灯の明かりを頼りに、歩く。

 人影が見えた。ビクリとした少女達は、しかしそこに立っていたのがごくごく普通の格好をしている人物だと分かり、安堵の息を吐いた。なんで普通の恰好なの、と笑いながら近付いてくるのを、その人物は怪訝な表情で見やる。

 

「あなた達、何故ここに?」

「え?」

「順路は向こう側よ。こっちには何も無いわ」

「でもこっちが順路だって」

「前の班の子辺りのいたずらね、まったく」

 

 そう言ってその人物は、雪ノ下雪乃は戻るように促す。が、視線は既に少女達ではなく反対側に注がれていた。小道の向こう、木々が生い茂るその先。ここからでも確認出来るそこを、じっと睨んでいた。

 

「お姉さん、どうしたの?」

 

 少女の一人がそう問い掛ける。それを聞き視線をちらりと戻した雪乃の、その表情を見て少女達は顔をこわばらせた。真剣な表情で、どこか緊張した面持ちを浮かべていた。

 

「……聞こえないかしら?」

「え? 何が?」

「オルゴールか何かだと思うのだけれど……」

 

 そう言われて、耳を済ませると、成程確かに微かに何かの音色が聞こえてくる。ポロンポロンと流れるそれは、しかしこの暗い森の中では不協和音にしか聞こえない。

 

「不審者かもしれないわ。私は少し様子を見てくるから、あなた達は戻って順路を進みなさい」

 

 そう言って雪乃はそちらへと足を踏み出した。大丈夫なの、という少女の声に、スマホを見せながらコクリと頷く。そうして木々の中を進んでいく彼女は、あっという間にシルエットになった。

 

「……戻ろっか」

 

 何となく雪乃の姿を追っていた少女達であったが、別段そこに何もなさそうなのを確認するとポツリと呟く。そういう演出かと疑ったが、どうやら本当にこちらは肝試しとは関係ないらしい。そう判断し、向こうで辺りを見渡している雪乃から視線を外した。

 外そうとした。

 

「――え?」

 

 何かがいる。彼女の背後から、誰かが近付いてきたのだ。暗くてよく見えないが、同じボランティアの高校生の誰かだろうか。雪乃から連絡を受けて、応援にでも来たのだろうか。

 そんな考えがよぎったのも一瞬である。その人影が、何か棒のようなものを振りかぶったからだ。

 ぐしゃり、と音が響いた気がした。遠目なのでよく分からないが、多分斧。それを雪乃に叩きつけたのだ。()()を飛び散らせながら、雪乃がゆっくりと崩れ落ちていく。倒れた彼女に向かいもう一度斧を振り下ろした人影は、そのままゆっくりとこちらへ視線を向けた。そんな気がした。

 

「こ、こっち来るよ!」

 

 誰かがそんなことを言った。が、誰も動けない。眼の前で起きた光景に頭がついていかないのだ。何が起きたのか、小学生では理解出来ない。

 段々と人影が視認出来てくる。先程持っていた斧は腰に仕舞って、その代りに雪乃が言っていた音色を出していたのだろうオルゴールを右手に持っていた。そして左手には、バレーボール程度の大きさの何か。

 

HAHAHAHAHAHAHAAAAAAAA! 子供達だァ! 僕と一緒に、遊ぼうォヨォォォォ!

 

 はっきりと確認出来た。黄色と青のツートンカラーの服をまとい、顔を白く塗り、鼻と目は赤く彩られ。

 強制的に笑顔にされたような、歯を剥き出しにしながら笑っているその姿は、紛れもない道化師。サーカスで見るような、ピエロ。

 それが、左手の物体を掲げながら、楽しそうに叫んでいた。

 顔半分が潰れた、雪ノ下雪乃の生首をぶら下げながら、笑顔と裏腹に死んだ魚のような目をギョロリと向けて、狂ったような笑い声を上げた。

 

 

 

 

 

 

「アァァあぁぁぁアアアあああ!?」

 

 悲鳴などという生易しいものではない。動物のような絶叫を上げながら、小学生達は全力で逃げ出した。後ろは決して振り返らない。黄と青のツートンカラーの道化服には赤黒いアクセントがべっとりと加えられ、つい先程付け加えられたのだということがはっきりと分かる。分かるからこそ、振り返らない。

 

そぉかぁ、鬼ごっこだァ。HAHAHAHAHAHAHAAAAAAAAA!

 

 笑いながらピエロは彼女らを追い掛けてくる。声がすぐ後ろから聞こえてくる。振り返ることなど出来はしない。振り返って眼の前にいたのなら、もう自分達はおしまいだ。

 逃げる。必死で足を動かし、とにかく逃げる。道だとか、森だとか、そんなことはお構いなしに、逃げ続ける。とにかく追いつかれたら駄目だ。生々しい死体と化した、自分達を順路に戻るよう促してくれたお姉さんのようになってしまう。

 ほんの少しだけ声が遠くなった。スピードは緩めない。段々と声が小さくなった。ほんの少しだけ緩める。聞こえなくなった。ゆっくりと、走りを歩みに変える。

 肺に空気を戻すように息を吸った。ゼーゼーと肩で息をしながら、ゆっくりと後ろを振り返る。よかった、どうやら撒いたみたいだ。そんなことを思って安堵の息を吐いた。

 少女達はまだ経験が浅い。ホラー映画を見た経験もそこまで無いであろう。だから、こういうタイミングで次にどうなるかなど、知る由もなかったのだ。

 視線を前に戻した。

 すぐそこに、先程のピエロが立っていた。

 

見ィィィィィつけたァァァァァァ!

 

 目を見開き、むき出しの歯茎を更に大きく見せながら、ピエロは楽しそうに笑う。ぽい、と雪乃の生首を投げ捨て、空いた左手で少女達を捕まえようと手を伸ばす。

 とうに使い果たした体力を振り絞り、少女達は逃げ出した。先程逃げてきた方向へ、全力で走る。空を切った手を残念そうに見ていたピエロは、しかし再度笑みを浮かべると追い掛けた。笑い声は絶やさない。

 逃げる。必死で、とにかく逃げる。助かりたいから、逃げる。

 誰かの足がもつれた。べしゃり、と転んで、動けなくなる。慌てて立ち上がろうとするが、聞こえてくる笑い声に足が竦んで、中々立てない。

 そんな少女を置いて、残りの面々は走り去ろうとした。自分が助かるために、友達を見捨てることを選択したのだ。

 

「待って! 待ってよ! みんな、置いてかないで! 由香! 仁美! 森ちゃん!」

 

 必死で叫ぶ。だが、少女達は振り返らない。ただ必死で、自分が助かるために、全力で。泣き叫ぶ友達など、気にしないとばかりに。

 

「いや、やだ、やだやだやだ! 待ってよ、ねえ! 待ってよ! 誰か、助けてよぉぉ!」

 

 縋るような叫びも、彼女の友達には届かない。誰一人として振り返らない。しょうがないのだ、助けに戻ったら、自分も助からない。だからしょうがない。

 誰だって命は惜しい。だから、しょうがない。

 

「ちっ」

 

 舌打ちが聞こえた。右足を踏み込みブレーキをかけると、その一人は即座に反転を行う。残りの三人がその少女の行動に一瞬あっけを取られている頃には、既に転んだ少女の眼の前まで駆けていた。

 

「つ、るみさん」

 

 やってきた少女の名前を呼ぶ。ふん、と鼻を鳴らした留美は、すぐ目の前のピエロをちらりと見た。

 

HAHAHAHAHAHAHAHAあ?」

 

 ピエロの笑い声に何かが混じる。留美が手に持っているそれが、小さく電子音を発したのに気付いたからだ。

 瞬間、暗闇が掻き消された。彼女の持っていたデジカメのフラッシュが最大光量で焚かれたのだ。猛烈な閃光で、ピエロの視界が真っ白になる。

 

「うぉっ! 目が! 目がぁぁ!」

 

 天空の城の王のような言葉を発しながら悶えるピエロを一瞥し、留美はその拍子に取り落としたオルゴールを手に持った。思い切りそれを振りかぶると、視界を戻すようにブンブンと顔を振っているピエロのそこに目掛けて、全力で投擲する。

 

「うわらばっ!」

 

 クリーンヒットしたオルゴールの一撃で倒れたピエロから視線を外し、留美は少女の手を取った。しっかりと握ると、彼女は少女に声を掛ける。

 

「走れる? こっち。急いで」

 

 

 

 

 

 

「お疲れ二人共。あの子達無事にゴールしたよ。……何か留美ちゃんに泣きながらお礼言ってた娘いたけど」

「色々あったのよ」

 

 作戦終了の報告にやってきた結衣に、雪乃はそう言って微笑む。そうよね、と背後で地面に寝転んでいるピエロへと声を掛けた。

 

「……ヒッキー、大丈夫?」

「大丈夫なわけあるか。夜とはいえ真夏にこんな服着て走り回ったんだぞ。死ぬわ」

 

 体力を使い果たしたらしく、八幡は大の字のまま動かない。ピエロのメイクのままなので、場合によっては通報ものである。幸いなのが結衣と雪乃がいることだろうか。

 立てる? と結衣が声を掛けた。もう少し待てと返すと、八幡はそのまま夜空を見上げた。木々に邪魔されてはいるものの、そこで煌めくそれは中々に壮観である。

 

「まあ、とりあえず一件落着ってか」

「そうね。あの様子だと、もう彼女を嫌う元気も無くなったでしょう」

 

 地底から響くような呻き声を上げながら、八幡はゆっくりと体を起こす。良くも悪くも、小学生は純粋だ。つい先程まで好きだった相手を、次の瞬間には嫌いになることだってある。

 もちろん、その逆も。

 

「いつから俺達は素直じゃなくなったんだろうな」

「大丈夫、それは比企谷くんだけよ」

「俺今割と真面目な話しようとしてたんですけど」

「あらそう。それはごめんなさい」

 

 でも、結局答えは同じよ。そう言って雪乃も空を見上げた。素直じゃないのは、今この場ではお前だけだ、ともう一度彼女は彼に述べた。

 

「お前には負けるぞ」

「あら、私は素直よ。自分に正直に生きているわ」

「……そう言われると、確かにそうかもな」

 

 ちらりともう一人を見る。雪乃は普通の素直と別ベクトルなので比べるのが難しいが、確かに自分よりは結衣も素直であろう。そう結論付けた八幡は、小さく息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。いい加減このメイク落としたい。そんなことを呟いた。

 

「あ、一応メイク落とし平塚先生から貰ってきたよ」

「そうね、ここで変装を解いておかないと面倒になるもの」

 

 はい、と結衣に手渡されたそれを使い、八幡は自分の顔を拭う。タオルがみるみるうちに汚くなるのを見ながら、少しずつさっぱりとしていくのも感じられた。

 ピエロの服も脱ぎ、汗だくのシャツの着替えを受け取る。少し離れた茂みでそれに着替えると、一息ついたと八幡は首を鳴らし肩を回した。

 

「って、ヒッキー!?」

「あら、比企谷くん、それ」

「ん?」

 

 素顔になった八幡の顔を見て、結衣が目を見開く。雪乃も同じように彼を見て、思い当たる節があるのか困ったように頬を掻いた。

 

 

 

 

 

 

「おつかれー。ってヒキオどしたん!?」

「うわヒキタニくん、それ凄いね」

 

 キャンプファイヤーを行っている広場へと戻った三人は、そこで一行と合流したのだが。やはりと言うべきか、皆一様に八幡の顔をまじまじと見詰めていた。

 

「それやばくね?」

「確かにな。比企谷、大丈夫なのか?」

 

 優美子も姫菜も、翔と隼人も。八幡のそれを見てそんな声をかける。対する八幡は、大丈夫だからほっとけとどこか不貞腐れたような返事をし座り込んだ。まあ本人がいいのなら、と四人はそこまで気にしないことにしたが、だとしても気になるものは気になる。だが聞いていいものか。

 

「うわ先輩。メイク落としてもピエロみたいになってますよ、右目」

「だからほっとけっつの」

 

 気にしなさ過ぎなのはいろはである。言葉を濁した二年生組とは違い、思い切り言った。まじまじとそれを見て、こてんと首を傾げる。当然顔が近い。普通ならば美少女のその仕草はときめいてしかるべき、というレベルである。

 八幡はそんないろはをにべもなくあしらった。まるで虫でも追い払うようにしっしと手を振ると、これ以上触れるなと言わんばかりのオーラを出す。そこまでされると流石の彼女も踏み込まない。仕方ないですね、と笑みを浮かべると、そのままそこで話を打ち切った。

 

「それより先輩、あっちはもういいんですか?」

「んあ? ああ、もう大丈夫だろ」

 

 視線をキャンプファイヤーへと向ける。フォークダンスをしている輪とは別の場所で、何やらもみくちゃにされている少女の姿が見えた。つい先程まではあれだけ嫌っていたのに調子がいいと思わないでもないが、あれだけのことがあれば小学生ならばしょうがないだろう。

 そこへ一人の少女が歩み寄る。中心部の少女を連れ出すと、少し離れた場所で何やら気合を込め、頭を下げていた。そうした後、再び気合を込めて何かを宣言、中心部にいた少女は、鶴見留美はそんな彼女の宣言を受けて、少しだけ困ったように視線を逸らすとその手を取った。

 

「一件落着だね」

 

 八幡の視線に気付いたのだろう、オルゴールを食らって青タンになった右目を冷やす氷を持ってきた結衣が、隣に座りながらそんなことを呟いた。はい、とそれを渡すと、少女に抱き着かれている留美を嬉しそうに眺める。

 

「当初の予定とは少し違ったけれど、まあ概ね成功でしょう」

 

 背後から声。水分補給用のスポーツドリンクを八幡に手渡すと、雪乃も同じようにそこに座り込んだ。そうでなければ骨折り損だろ、という八幡の言葉に、それもそうねと笑みを浮かべる。

 

「世界を壊す、とか言ってたけど、案外なんとかなっちゃったね。……こういうのなんて言うんだっけ、スパシーバ効果?」

「ロシア語でありがとう?」

「お前はぱにぽにの小学生かよ……」

「ちょっと何言ってるか分かんないですね」

「みんな酷くない!?」

 

 結衣の抗議をさらりと受け流し、八幡は留美から視線を外した。もうこれ以上は自分達に関係がない。勢いよくスポーツドリンクを飲み、盛大に息を吐いた。そうしながら、先程の林の中で寝転んでいた時のように、空を見上げた。

 

「もう今日は動きたくねぇ……」

「えー、先輩、花火しましょうよ花火」

「葉山達とやってろ」

「む~。ま、それもそうですね」

 

 じゃあ、と片手を上げていろはが去っていく。それを追いかけるように、雪乃もゆっくりと立ち上がった。静と共に陽乃への報告を考えるらしい。面倒だと言いつつ、その表情は笑顔であった。

 そうして残されたのは、八幡と、結衣。

 

「お疲れ、ヒッキー」

「……おう」

「大丈夫?」

「疲れて眠い」

 

 動きたくない、と先程と同じ言葉をぼやくと、八幡はガクリと項垂れた。そんな彼を見て苦笑した結衣は、あ、そうだと何かを思い付いたように手を叩く。

 

「ヒッキー、はい」

「あ?」

 

 かもん、と両手を広げ自身の太ももを彼に見せる。何やってんの、という八幡の目を見て、見て分かるじゃんと彼女は唇を尖らせた。

 

「疲れてるんでしょ? はい」

「……マジで言ってんのか?」

「何で?」

 

 どうやら素らしい。そのことを確認した八幡は、溜息を吐くともう知らんとばかりに頭を導かれるまま乗せた。結衣の膝枕へと、彼は屈した。

 自身の膝の上の頭を、結衣はゆっくりと撫でる。お疲れ様、ともう一度八幡へ労いの言葉をかけた。

 

「……ヒッキー?」

「……」

 

 あれ、と顔を覗き込むと、彼は寝息を立てている。よっぽど疲れてたんだな、と苦笑した結衣は、そのまま優しく彼の頭を撫で続けた。

 

 


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