セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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何が始まるんです?

大惨事だ


導火線ファイアーワークス
その1


「ヒッキー、花火大会行こうよ」

「え? やだ」

 

 即答であった。

 現在の場所は比企谷家リビング。夏休みに遊びに来た結衣が、ふとそんなことを言いだしたのだが。

 

「……そっかー」

「お、おう。悪――」

 

 若干しょんぼりしながらそう述べる結衣に、八幡は思わず心を抉られかける。ここでサラリと流してくれるのならば何の問題もなかったのに。そんなある意味自分勝手なことを思いつつも一応謝罪の言葉を続けようとした彼は。

 後頭部に一撃を喰らい眼の前のテーブルとキスをした。

 

「おいこらバカ息子」

「ってぇ……。これ児童虐待だろ、相談するぞ相談」

「あのねごみいちゃん、多分児童相談所に話持ってったら今のお母さんのチョップで拍手喝采だよ」

「日本の司法は死んだな」

「死んでんのはお前の思考だバカ息子、カス、八幡」

「本当だよ。ごみいちゃんのバカ、ボケナス、八幡」

「母娘揃って俺の名前を罵倒語にするのやめてくれない?」

 

 母親と妹の小町、ダブルで責め立てられ、八幡の反撃はあえなく潰えた。その猛攻ぶりは、隣の結衣がいやその辺で、と逆にフォローに回る始末である。

 

「本当にごめんね結衣ちゃん。うちのバカ息子どうしようもないから」

「おい母さん、謝る相手違うだろ。心に深い傷を負った息子に謝罪するのが先だろ」

 

 死んだ魚の眼で母親を睨んだ八幡は、魚を爪でえぐり取る熊のような眼光を受けて再度撃沈した。うんうんと同意するように頷く小町で追い打ちである。

 それで、と彼女は息子に問う。何でこんな可愛い娘からの誘いを断った。そう質問をしたものの、産んでからついこの間十七年の付き合いとなった我が子供のことなどお見通しである。追撃の準備をしようと拳を握りながら彼の言葉を待った。

 

「いや、てか。ガハマ他に行く奴いるだろ」

「へ?」

「ん?」

 

 視線を逸らしながらそう呟いた八幡を見て、結衣が首を傾げた。同時に、彼の母親も予想外の返答が来たことで思わず動きが止まる。面倒とか言い出すんじゃなかったのかこいつ。心中でそう呟きほんの少し息子の株を上げた。

 そして結衣である。どういうことだと彼に尋ねると、八幡はいつもの面々と集まるんだろうと返す。キャンプでも一緒であったあの連中と夏休み中に再度集まるのは勘弁して欲しい。大体そんなような意味の言葉をついでに続けた。

 

「優美子達と一緒なのは嫌なの?」

「嫌っつーか、俺場違いだろ」

「そうかな? 最近は優美子や姫菜も、教室とかで一緒の面々とは別にヒッキーやゆきのん達って感じで集まるグループ増えた的な感じになってるし」

「マジかよ……」

 

 その割には出会うたびにぶっ殺すぞ的な視線向け過ぎじゃないですかね。そうは思ったが口には出さない。無駄な抵抗はしない主義なのだ。

 そんな八幡の心中は置いておき、結衣はそこまで言ってからそれに、と続けた。

 

「花火大会あたし優美子達と行かないし」

「は? 何でだ?」

「……いや、ね。いろはちゃんが」

「あ、もういい。言うな」

「隼人くん誘って一緒に行くって企んでたらしくて。優美子はそれを阻止するために隼人くん誘って。……結局三人で行くらしいし」

「言うなっつったじゃねぇか、聞きたくねぇよそんな修羅場」

 

 美少女二人に囲まれるイケメンか、葉山死なねぇかな。それはそれとしてそういう感想を抱いた八幡は、そこでふと気付いた。

 皆では行かない、と彼女は言った。そして、その状態で彼女は自分を誘ったのだ。つまり。

 

「……ちょっと待て。お前、その花火大会何人で行く気だ?」

「え? ヒッキーとあたしだけだよ。ゆきのんは実家戻ってて忙しいんだって」

 

 八幡の動きが止まる。お前それはつまりそういうことか。男女二人ペアで花火大会に行くということか。言葉にはせずにそれを体に染み込ませた彼は、息を大きく吐いた。そうして彼女を真っ直ぐに見た。

 

「絶対に行かん」

「もっかい断った!?」

 

 うわぁ、と彼を見詰める母娘の視線が突き刺さる。明らかに家族を見る目ではないそれを見ないふりして、八幡は当たり前だろうと溜息を吐く。

 結衣はその当たり前、という言葉の意図がよく分からなかったのか、首を傾げてそんなものかなと呟いている。そうしながら、まあ駄目ならしょうがないねと苦笑した。元より無理矢理誘う気はない。彼が嫌だというのならば、諦めるだけだ。

 

「八幡」

「何だ母さん。盆休みだからって俺は手心を加えんからな」

 

 思わず構えながらそんなことをのたまうが、母親は溜息を一つ吐くとさっき自分で言ったことを思い出せと返される。自分で言ったこと、というのは、勿論彼女の誘いを断った理由である。

 他の連中と一緒は嫌だから行かない。遠回しではあるが、彼はそう言ったのだ。

 

「そうだねぇ。お兄ちゃん確かに言ったよねぇ。他の人がいるから断るって」

 

 小町の追撃。はっきりと言葉にされると、自分がある意味恥ずかしいことを言っていたという自覚をしてしまいダメージ倍だ。加えると、その前置きの後二人でこう続けるのだから始末が悪い。

 だったら何が問題なのか、と。

 

「……」

「あ、いや。あたしもヒッキーが嫌なら無理に誘う気はないから、大丈夫だし」

 

 結衣のフォローが逆に八幡に突き刺さる。ここで彼の出来る行動はもはや二つしかない。逃げるか、あるいは。

 ああもう。叫びながら立ち上がった八幡は、意図を覚った母娘を睨み付け目を細めた。自身の母親に近付くと、無言で右手を突き付ける。

 

「行く時になったらあげるよ」

 

 彼女のその言葉を聞き、八幡はふんと鼻を鳴らす。そうして結衣へと向き直ると、事態についていけずにぽかんとしている彼女に向かって言葉を紡いだ。

 

「……予定は、そっちに任せるからな」

「あ……うん! 任せて!」

 

 ニヤニヤしている母親と小町が非常に鬱陶しかった、と八幡は語る。

 

 

 

 

 

 

「――の、――きの、雪乃」

「んあ?」

 

 普段の彼女らしからぬ間抜けな声を上げながら顔を上げると、そこには和服姿の女性が呆れたような顔で彼女を見下ろしていた。こんなところで寝ているとは何事だ。そんなふうなことを言いながら、雪乃に顔を洗ってくるよう促す。

 

「ああ、ごめんなさい母さん。つい」

「つい、ではないでしょう。……まったく、いつからこんな子になったのかしら」

 

 はぁ、と溜息を吐く雪乃の母親を見て、彼女は笑う。いつからもなにも、と口角を上げる。

 あなたが言ったのではないか。自由にしていいのだと。

 

「ええ、言ったわね。なら尋ねるけれど。そうやってだらけるのが、あなたの言う自由?」

「勿論」

 

 即答した雪乃を見て、彼女の母親は薄く笑う。それならいいわ、とだけ述べると、そこで会話を打ち切った。

 雪乃はそのまま洗面所で顔を洗う。一心地ついた彼女は、再度母親の下まで戻ると問い掛けた。わざわざ起こしたのだから、何か用事があるのではないか、と。

 

「あら、いいの? あなたの『自由』が無くなる可能性があるでしょうに」

「私の『自由』は、私が自分で決めるわ。だから母さんの話を聞くのも、自由でしょう?」

「そう。――明後日の花火大会。陽乃に挨拶回りを頼もうかと思ったのだけれど、あなたも行く?」

「行くわ」

 

 またしても即答。それを予想していたのか、そんな雪乃の返答を聞いた母親は楽しそうに微笑んだ。二人だけで回ってもらう箇所が幾つかあるが、構わないか。そう念押ししたが、彼女の返答は変わらなかった。

 

「むしろ望むところよ。……ああ、母さん、一つ聞きたいのだけれど」

「終わったら好きにしなさい。連絡さえくれるのならば、戻ってくる必要もないわ」

「……お見通しですか」

「当たり前です。私が何年あなたの母親をやっていると思うの?」

 

 そう言って口元に手を当てて微笑む母親を見て、ああやはりまだ一人では敵わないのだなと雪乃はこめかみを指で掻く。だが、かつてのように難攻不落ではないし、絶望的なまでの戦力差でもないことは分かっている。二人ならば、勝利をもぎ取れることが分かっている。

 だから。

 

「それで? ちょっかいをかけにいくのは隼人くん? それとも、あの時の……比企谷くん、だったかしら?」

「……っ!」

「さっきも言ったでしょう? 何年あなたの母親をやっていると思っているの?」

 

 そんな思いは瞬時に掻き消された。あ、駄目だ。まだ一人じゃどうしようもない。喉笛に噛み付くどころか、かすり傷を与えることすら全力がいる。クスクスと笑う自身の母親を見ながら、雪乃は小さく、目の前の魔王に覚られないように舌打ちをした。

 

「人聞きの悪い。私はただ、友人が花火大会に行く予定らしいので」

「今どき合流するだけなら連絡手段はいくらでもあるでしょう? でも、連絡をしないのは、何故?」

「し、しないなんて一言も」

「するのならば、それだけならば。あなたはさっきの質問に即答しているわ」

 

 王手。ぐ、と言葉に詰まった雪乃を楽しそうに見る母親を睨み付け、しかしまだ詰んでいるわけではないと口を開きかける。が、今の状況で何を言っても先回りをされるのだと即座に結論付けてしまった彼女は、そのまま言葉を飲み込み口を噤んだ。

 そうして黙ってしまった雪乃をひとしきり眺めた彼女の母親は、じゃあ頼んだわよと告げると踵を返した。ここまでだな、と会話を終えることにした。

 

「母さん」

 

 そんな彼女の背中に声が掛かる。振り向かずに短く返答をし、雪乃の言葉を待った。

 

「両方よ」

「……そう」

「ええ。私は両方、からかいに行くわ」

 

 そこで言葉を一旦止める。だって、と繋ぎの呟きをし、振り向かない母親に向かって雪乃は笑みを浮かべながら述べた。こう言い切った。

 

「三浦さんも、一色さんも。由比ヶ浜さんと比企谷くんも。――私の、大切な友人だもの」

「大切な友人をからかうなんて、随分と捻くれた子に育ったのね」

「あなたの娘ですもの」

 

 その返しは中々のものだったのか、母親が小さく吹き出す。はいはい、と流しながら、振り向くことなく去っていく母親の背中を見つつ。雪乃は一人、やり遂げた顔で立っていた。

 

 

 

 

 

 

『ひきがやー、花火大会行こう』

「無理」

 

 スマホから聞こえてくる八幡曰くクソ野郎のその言葉に、彼は迷うことなく即答した。あ、やっぱり、というスマホ越しの声に、だったら聞くなと彼は返す。

 

『どうせ比企谷暇してそうだし、千佳誘う前に一回聞いとくかーみたいな?』

「ふざけろ」

 

 八幡の言葉にケラケラとかおりは笑う。そうしながら、ちなみに何で無理なのかと問い掛けた。どうせ家で引きこもる予定があるからとか言うんだろう、と余計な一言も付け加えた。

 

「アホ。予定あんだよ」

『へ? 花火大会の日に? マジで? ウケる!』

「いやウケんなよ。それ俺惨めなやつじゃん」

『だって比企谷ああいうイベントで外出んの嫌がるしさ』

「……事情があんだよ」

 

 言い淀んだ。それで察したかおりは、ああ成程と言いながら次の瞬間大爆笑する。いきなり笑われた八幡は、何がおかしいと某十本刀の盲剣のように怒鳴りつけた。

 対するかおり、だって滅茶苦茶分かりやすいと再爆笑である。

 

『んで? 誰と行くの?』

「何がだ」

『花火大会。行くんでしょ』

「……」

 

 ここでの無言はすなわち肯定と同義である。分かりやすい、とかおりが評した通りの姿であった。八幡の名誉のために言っておくが、こう簡単に見透かされるのは彼女が家族以外の彼に親しい存在だからである。高校での中ならば、結衣と雪乃、ギリギリいろは辺りが該当者だろうか。女子ばかりなのは彼に女難の相でも出ているのだろう。

 ともあれ、見透かされてしまったのならば最早隠す意味もなし。八幡は観念したように溜息を吐くと、そうだ悪いかと開き直った。

 

『そっかそっか。そりゃ…………仕方ないな』

「おい待て何だ今の間は」

『ん? 比企谷が予定通り駄目だったから、他に誘う人リストアップしてた』

「予定通りなら最初からそこ決めとけよ」

『それもそうだ。ヤバイウケる』

 

 そう言って再度笑い転げたかおりは、じゃあそういうことでと通話を終えた。八幡はやっと静かになったと待機画面になったスマホを暫し眺め、ベッドに投げるとゲームの続きを再開する。会話アプリでの連絡通知が来るまでの間、彼はそのまま死にゲーをプレイし続けた。

 そして一方のかおりである。ふむ、と一言頷くと即座に別の相手に通話を繋いだ。もしもし、という声を聞き、まずは挨拶。そして本題だ。

 

「比企谷って誰と花火行くの?」

『あ、かおりさん知ったんですか』

「さっき比企谷から聞いたんだけど、あいつ言ってくれそうになかったから」

『まあお兄ちゃんはかおりさんには絶対言わないだろうなぁ……』

 

 通話の相手は小町。それで誰なん、というかおりの問い掛けに、彼女はほんの少しだけ迷った後口を開いた。まあいいか、と結論付けた。

 

『結衣さんですよ』

「あー。由比ヶ浜ちゃんね。何か妥当過ぎてリアクションに困る」

『いやむしろそれ以外だったらビックリですよ』

 

 そりゃそうだ、とかおりは笑う。そうですよね、と小町も笑い、暫し二人の笑いが重なり続けた。

 次に会話を進めたのは小町。ところで、と何かを切り替えるように言葉を紡ぐ。

 

『小町、受験勉強もずっとやってると少しくらい息抜きしたくなるんですよね』

「……あー。それある、気晴らし行きたくなるよね」

 

 彼女の言葉に何かを感付いた。かおりは小町に同意し、じゃあ気晴らしにどこかに行こうかと提案する。その言葉を待っていたとばかりに、小町は小町でならば明日の花火大会が丁度いいとかおりに告げた。

 

「だよねー。あたしもそう思う。……行くか、小町ちゃん」

『そうですね、かおりさん』

 

 先程とは違う笑いが木霊する。前のそれが楽しげな少女の笑いだとすれば、今回のこれは悪の組織が悪巧みをする時に発する高笑いだ。

 

「あ、でも大丈夫? 比企谷で遊ぶのに夢中になってて勉強出来ないだと流石にマズくない?」

『一日くらいはいいですよ。というか多分どっちみちその日は勉強どころじゃないでしょうし』

「それある!」

 

 

 

 

 かくして。三者三様どころか十人十色の考えを持ちながら。しかし殆ど目的は同じという奇妙な状況で。

 花火大会の日が、やってくる。

 

 


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