セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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花火大会のネタはどこかでダダ被りしてそうでガクブル


その2

「ごめん、ヒッキー待った?」

「あー、……いや、今来たところだ」

「……」

「……」

 

 無言である。今の下り何なの!? と思わず脳内で盛大に叫んでしまった八幡を責めることは難しいだろう。

 何故ならば、これは俗に言うあれだからだ。

 

「な、何かデートの待ち合わせしてるカップルみたいだったね」

「言うのかよ!」

 

 叫んだ。何事だ、と通行人が二人を見るが、高校生の男女二人だということを確認し、そして双方ともに少し顔が赤いことを知るとああ成程と視線を逸らす。見た人の大半は物凄く生暖かい表情であった。

 こほん、と咳払いを一つ。先程までの会話をなかったことにしようと画策した八幡は、とりあえず移動しようと結衣に述べた。うん、とそれに乗っかる形で彼女は彼の後ろを歩く。普段ならば並んで歩くのだが、今しばらくお待ち下さいと両方の脳内で警告が鳴っていた。

 

「ああ、そうだ」

「ん?」

 

 駅の構内を歩き、目的の電車へと向かう途中。後ろにいるであろう結衣に八幡は今思い出したと言わんばかりの声を掛けた。それに反応した彼女であったが、彼は振り向かず、先程よりもより一層わざとらしい咳払いをあげている。

 

「まあ、その……浴衣、いいな」

「あ、うん。……ありがと」

 

 向き合わず、お互いそこで言葉が途切れる。八幡の述べた通り、今日の結衣は浴衣姿である。薄桃色の浴衣は、所々に花が咲き、朱色の帯が鮮やかに映え。普段と違いアップにした彼女の茶髪と合わさり、よく似合っていた。事実、すれ違う人々の何人かはちらりと彼女を目で追っている。

 

「ところで、何で現地集合じゃなかったんだ?」

「めっちゃ混むから待ち合わせに向かないし」

「……あー、成程」

 

 よく考えればそれもそうか、と八幡は頭を掻く。花火大会など滅多に行くことのない彼では、その辺りに頭が回らなかったのだろう。それに感付いたのか、結衣は笑いながら一歩、彼の隣へと踏み出した。

 

「ヒッキー、あんまし行かない感じ?」

「当たり前だろ。俺にとって人混みとか毒沼と同義だ」

「そこまで!?」

「おう。だから帰るか?」

「まだ行ってもいないから! もう」

 

 ぐい、と八幡の手を引っ張る。逃げないように、と笑みを浮かべる結衣を見て、彼は観念したように溜息を吐いた。

 そうして乗った電車内は暫しの間無言となる。混み合っているのでぺちゃくちゃと喋るのも違うとは思うが、しかし。普段あまり沈黙しない結衣がおとなしいので、八幡としてはなんとなく気になってちらりと横を見た。

 丁度向こうもこちらを見ていたらしく、目が合う。あ、と小さく声を上げて、どちらも弾かれたように視線を逸らした。

 

「ガハマ」

「ふぇ!? な、何?」

「いや、さっきお前は俺に聞いてたけど、そっちはどうなんだ? 花火大会」

「予定が合えば毎回行ってるよ。去年は優美子達と行ったし」

「葉山達もか?」

「ううん。まだそこまで隼人くん達とは仲良くなかったし、女子ばっかだったよ」

 

 何で隼人くん? という結衣の質問に、八幡はなんとなくとだけ述べて言葉を濁した。別に仲のいい男子達と行こうが別に自分には関係ない。そのはずなのに、何故か気になって聞いてしまった。

 夏の熱気に当てられているな、と八幡は顔を手で覆い頭を振った。こんな脳内茹だったような思考は、早急に冷ますに限る。

 電車が目的地に辿り着いた。狭い車内から解放されたことで、夏の夜といえどもどことなく涼しさが感じられる。ふう、と息を吐き、八幡は改めて思考をリセットさせた。

 

「よし、帰るか」

「何でだ!」

 

 チョップが飛ぶ。後頭部を摩りながら、ぶうぶうと文句を言う結衣へと向き直った。だってまだ時間あるだろう、という八幡の言葉に、だから何だよという視線を送る。表情はふくれっ面なのがなんとも言えずキュートであった。

 

「……あーはいはい。出店回るか」

「おー!」

 

 いえい、と手を振り上げブンブンとさせる結衣であるが、その姿を見ていた八幡は重大なことに気付いてしまった。

 帯で押し上げられたそれが滅茶苦茶揺れている。

 

「どしたの?」

「いや、まず何を買うか、とな」

「あ、そだね。んー、やっぱりんご飴かなぁ」

「何がやっぱなんだ……?」

 

 確かに祭の屋台の定番といえば定番だが。そんなことを思いながらりんご飴の屋台を探すべく視線を彷徨わせた八幡は、横にいた結衣が忽然と消えてしまったことに気付いた。思わず隣を二度見して、どこ行ったあのバカと一歩踏み出し。

 

「ヒッキー! これ見てこれ! 景品豪華だよ!」

「……お、おう」

 

 たからつり、と書かれた屋台ではしゃいでいるのを発見した。溜息を吐きながらそこに向かった八幡は、キラキラとした目でいる彼女をそこそこ強引に引き剥がす。

 やらんぞ、という彼の言葉に不満げに目を細めた結衣は、理由を問い詰めながら屋台を指差し力説した。ハズレ無しって書いてあるじゃん、と。

 

「お前この場合のハズレ無しってのはな、ほぼ百パーセントくっそしょぼい景品が当たるって意味だぞ」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「分かれよ。つまり、紐を引いても何もついてないってこと『だけ』が、無いんだ」

 

 ん? と彼女が首を傾げる。ここまで説明しても分からんのかと頭を掻いた八幡は、いいかよく聞けと並んでいる景品を指差した。

 この辺の豪華なのは上の紐に繋がってない。

 

「……ヒッキー」

「あ、すいません二回やります」

 

 思い切り睨まれたので、八幡は自分と結衣の分を払い引くことにした。まいど、という屋台の親父の威勢のいい声に一瞬ビクリとしたものの、すぐさま気持ちを切り替えどうせ引くのならばしょぼいなりに当たりを探りたいと紐を見る。

 

「んー。ねえヒッキー、どれがVRだと思う?」

「いやだから…………考えるな、感じろ」

 

 再度睨まれそうだったので、八幡は言葉を濁した。ちらりと紐を眺め、視線をゆっくりと左右に動かす。まず間違いなく万単位の値段の景品はここにはない。が、恐らく千単位の景品ならば入っているはず。

 じゃあこれ、と結衣が紐を選ぶのを見ながら、八幡もこれだとほんの少しだけたわんでいる一本を選んだ。いくぞ、と同時にそれを引く。

 

 

 

 

 

 

「ふっふーふんふっふふっふふふ♪ ふっふーふんふっふふっふー♪」

「ご機嫌だな……」

「当然だし」

 

 ドヤ顔で袋に入ったそれを見せ付ける。先程のたからつりで手に入れたカードゲームであった。屋台の親父は取れる範囲での当たりを引かれた事による驚きと、浴衣姿の女の子がそれを手に入れ喜ぶという驚きの二重により暫し固まっていたが、特に関係ないので流しておく。

 

「いやほんと何でそんなご機嫌なんだよ」

「ん? だってこれあればヒッキーと遊べるでしょ?」

 

 当然のようにそう述べられると、八幡としてもリアクションに困る。これは喜べばいいのだろうか、それとも。少なくとも文句を言ったり怒ったりは違うということだけは分かっているので、そうかと短く返した。

 そうしながら、だったらこれはお前にやると彼は自身のポケットに入れていた小物を彼女に手渡す。先程のたからつりで八幡が引き寄せた一品、ヘアピンだ。

 

「いいの!?」

「いや俺が持ってる意味ないし。お前のそれが俺と遊ぶ用なら、これでお相子ってことでな」

「あはは。ありがと、ヒッキー」

 

 じゃあ早速、と一つ取り出して前髪に付ける。どうかな、とはにかむ結衣を一瞥し、八幡はついと視線を逸らした。

 

「あんまり変わらんな」

「酷くない!?」

「別に髪型も変わってないし、ヘアピン一つ付いたくらいじゃ変わらんだろ」

「ぐぅ……」

 

 ぐうの音を上げた結衣は、まあいいやと残ったヘアピンを持っていた巾着へと仕舞い込む。じゃあ改めて、と屋台を見渡しながら何かを考えるように顎に手を当てた。

 

「やっぱりんご飴かなぁ」

「結局か」

 

 というよりも、先程のたからつりが脱線だったので元に戻ったとも言える。先程見渡した範囲には無さそうであったので、とりあえず二人揃って屋台を回ることにした。

 勿論そこに至るまでに見掛ける屋台見掛ける屋台で足止めされる。

 

「わたあめかぁ……」

「お前りんご飴はどうした」

「あ、焼きそば」

「りんご飴はどうした」

「たこ焼き! お好み焼き! いか焼き!」

「りんご飴はどうしたっつってんだろ!」

 

 気付くと様々なものを食べ歩いている。夕飯を食べていなかったので八幡に問題はなかったのだが、隣を歩く彼女はどうなのか、と視線を向ける。回り道の結果騒いでいるりんご飴が食べれませんでした、となればただの間抜けだ。

 

「チョコバナナもいいよね」

「……そうだな」

「どしたの?」

「諦めの視線だ、気にするな」

「いやそれ気にするしかないやつだし! え? あたし何を諦められたの?」

「体重とか?」

「死ね!」

 

 チョップ再び。斜め四十五度に叩き込まれたそれは八幡の首が変な方向へと一瞬曲がった。女子の禁忌に触れたため、天罰を受けたらしい。お前それは駄目なやつだろう、と蹲りながら声を絞り出すと、我に返ったのかごめんとしゃがみ込む。

 見えた。

 

「……」

「ヒッキー?」

「お!? な、何だ!? 竜の渓谷か?」

「意味分かんないし……」

 

 大丈夫そう、と八幡の手を取り立ち上がらせると、今度こそ本命のりんご飴に向かおうと拳を振り上げた。あの調子ならば問題はないか、と溜息混じりに八幡も続く。

 そのタイミングで、どこからか声。呼ばれているのか、はたまた別の誰かを呼んでいるのか。キョロキョロと視線を巡らせると、女子三人組が手を振りながら結衣の方へと歩いてくるところであった。

 

「あ、さがみん」

 

 その単語には聞き覚えがある。というかやってきた三人組の一人は八幡でも見覚えがあった。相模南。クラスのパリピ系で、優美子と比べるといささか影の薄い人物である。

 どちらかというと、以前の遊戯部でのやり取りの方が八幡の印象に残っていたので、そういや身内の恥とか言われてたなとそんな彼女を一瞥した。しっかりは見ない。通報されたくないからだ。

 

「……あー」

 

 が、南の方は八幡を見るなり何か納得したような声を上げた。どこか白けたような視線を彼に向けると、すぐに笑みを浮かべ結衣に顔を戻す。

 

「一緒に来てるんだ。いいなぁ、うちらは女だらけの花火大会だよ。青春したいなー」

「あはは。今回はたまたまだし、別にあたしだっていつもは似たようなもんだよ」

「まったまた。今日は二人きりなんでしょ?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら南は結衣を肘で小突く。連れの二人はその様子を見て、ああアレが例のなどと呟いていた。

 なんだか分からないが、この状況はよろしくない。八幡はこの空間を感じ取り、出来るだけ空気でいようとさりげなく一歩下がった。どちらにせよ、邪推されるようなものは何もない。比企谷八幡と由比ヶ浜結衣は友達で、それ以上の何かは無いのだ。

 

「まあね、ヒッキーが二人きりがいいって言ってたから」

「ちょ! おまっ!」

 

 結衣の発言に大した意味はない。この空間の雰囲気も、言ってしまえば普段通りの会話の延長線上で、そこに特別なものはない。だから彼女が空気を読んでいないというわけでもない。

 では何が悪いかといえば。言うなれば、結衣の頭が悪い、という以外に何もない。

 

「……そ、それで? なんて、答えたの?」

「元々あたしから誘ったし。最初からそのつもりだったから問題ないかなーって」

「ガハマぁぁぁぁ!」

 

 南に同行していた女子は、きゃー、と騒ぎ二人であることないこと騒いでいる。そして直撃を受けた南も、あ、そうなんだと返すことしか出来ない状態だ。

 

「もう、どしたのヒッキー。うるさいなぁ」

「お前空気読んでたとか絶対ウソだろ! 完全なる空気クラッシャーじゃねぇか」

 

 ん? と結衣は首を傾げる。彼女にとって八幡は友達で、彼と二人で花火大会も優美子と二人で花火大会も現状そこまで大差がない。だから空気を読んでいようがいまいが結衣の返答は変わらないのだ。

 一歩、二歩と南が後ずさる。えーっと、とぎこちなく言葉を紡ぐと、じゃあそろそろ行くねと手を上げ踵を返した。ねえちょっとあれヤバくない、あそこまではっきり言っちゃうんだ。そんな彼女の連れの言葉に面白く無さそうな顔のまま返事をすると、三人組は祭の人混みの中に消えていく。

 趣味悪い。南のそんな呟きは、幸か不幸か誰にも聞こえなかった。

 

「よしヒッキー、りんご飴行こう」

「お前の脳みそりんご飴で出来てないか?」

「酷くない!?」

 

 何でいきなり罵倒されねばいかんのだ。そんなことを言いながら、結衣は八幡の手を握る。あっちだ、とそのままぐいぐい彼を引っ張りながら、目的の屋台へと足を進めていった。

 

 

 

 

 

 

「……ヒッキー、りんご飴半分食べる?」

「はぁ?」

 

 そうして手に入れた目的のそれは、結衣がぎこちない顔でそう言い出したことで更なる境地へと至る。

 八幡は暫しそれを眺め、そして結衣の顔を見た。

 

「……お前、だから食べるのは程々にって言っただろうに」

「言ってない言ってない」

 

 態度で察しろよ、と結衣の言葉に反論し、八幡は呆れたように溜息を吐く。予想通りの結末だ。そんなことを思い、そして先程の彼女の言葉を思い出し。

 

「ガハマ」

「何?」

「お前さっきなんつった?」

 

 八幡のその問い掛けに暫し考えた結衣は、りんご飴を彼の眼前に見せるともう一度述べた。半分食べる? と問い掛けた。

 勿論その半分とは刃物か何かで真っ二つにした片方、という意味では決してない。調子に乗って結衣がガリガリと齧り付いた跡が残るそのままである。

 

「……食えないなら捨てろよ」

「それは、なんかもったいないし……」

 

 眉尻を下げて、尻すぼみになっていくその言葉と表情を見た八幡は、そこでもう一押ししてゴミ箱へと誘導させることを選ぼうとした。これは仕方ないことなのだ、そう己に言い聞かせ、自分はもう食べられないのだと思い込もうとした。

 はぁ、と八幡は溜息を吐き、頭を掻く。ここで捨てさせた場合、これからの花火を見る時にも引きずりかねない。そう判断した彼は、これは仕方ないことなのだと己に言い聞かせた。先程とは違う決意を、同じ言葉で書き換えた。

 

「分かった分かった。食えばいいんだろ」

「あ、うん。ありがと、ヒッキー」

 

 はい、と結衣が半分食べたりんご飴が八幡の手に移る。それを口に持っていったが、なんだか無性にいかがわしいことをしている気がして一度離した。具体的に言うと、誰もいない教室で好きな女子のリコーダーの先をこっそりと持ち出した時のような。

 んなわけあるか、と八幡は心の中でそれを打ち破った。勢いよくアメを齧り、砂糖の甘味とりんごの酸味が口の中に広がっていく。

 

「……意外とうまいな」

「そうそう。だからヒッキーにも食べてもらいたかったんだよ」

「ああそうかい」

 

 ガリ、ともう一口飴を齧る。砂糖の甘さとも、りんごの酸っぱさとも、また違う。

 とろけるような刺激が、口内に広がったような気がした。

 

 


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