セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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原作より大分前向きですねこれ


その4

「治ってしまった……」

「喜ぶところだよね?」

 

 はぁ、と溜息を吐く八幡を、結衣は苦笑しながら眺めていた。ギブスから包帯に変わった足は、既に骨がくっついていることを意味している。肋骨も無事修復が終わり、胴回りは何も巻かれていない。

 

「つっても、まだ激しい運動は出来ないから体育は見学だし、自転車で学校行くのも割としんどい」

「そこは、うん、ファイト」

「他人事だな、いや他人事だけど」

 

 面倒くさい、ともう一度溜息を吐き、ある程度整理を終えた病室を見た。退院は翌日に迫っている。明日の今頃は病室ではなく自宅のベッドで惰眠を貪っているのだろう。

 それを知っているから、結衣も今日は絶対に長居すると意気込んでいた。具体的に言うと、カラオケの誘いを断ったらしい。中学時代からの友人には、「やっぱ男出来るとそうなるよね、あーし寂しいわ」と言われたそうだ。

 

「そこは否定しとけよ」

「いや否定はしたし! でも聞く耳持ってもらえなかった」

「ああ、女子ってそういうとこあるよな」

 

 一度決めると中々意見を曲げない。自分を持っていると言えば聞こえがいいが、実際は人の話を聞いていないだけだ。うんうんと頷きながら、これだから女子って生物は、と彼はぼやいていた。

 

「……何か嫌なことでもあった?」

「何でだ」

「凄く実感篭ってたから」

「……そうだな。映画館でアクション映画を見た時、派手な爆発に思わずビクッとなったら『比企谷超ビビってる、情けなー』って三日ほどクソ野郎に笑われたことがあってな。音がデカかったんだよっつってもはいはいで流された」

「……前も言ったけど、それが残った一%でホントにいいの?」

 

 どこか心配するような顔で結衣が述べるが、腐れ縁というのはもうどうしようもないのだと彼は返す。言葉とは裏腹に、別に何かを抱えているわけでもない様子なのが少し気になったが、まあそれならいいんだけどと彼女は流した。

 

「それはともかく」

「何?」

「お前今日来たところで何するんだよ。もう勉強道具は家だぞ」

「え?」

「明日退院だっつっただろうが。片付けられるもんはもう片付けた」

「マジで言ってる!?」

「その発言こそマジで言ってんのか」

 

 最後の最後まで勉強頼りに来てんじゃねぇよ。死んだ魚の眼を更に細めて結衣を睨んだ八幡であったが、それがこいつだと諦めたように溜息を吐いた。

 で、どうする? そう彼女に問いかける。やることがないのなら、今からでもカラオケに合流すればいい。そんな意味合いもついでに込めた。

 

「じゃあさ、ダベろ」

「あくまでここに残るのか」

「あったりまえじゃん。……ヒッキーとこうして話せるの、今日くらいだし」

「ああ、まあな」

「ツッコミ入れてよ!」

「間違ってないしな」

 

 大間違いだ、と結衣は立ち上がる。そもそも同じ学校なのだから、これからはむしろ会う機会が増えるだろうと捲し立てた。

 一方の八幡は、何言ってんだこいつという目で彼女を見る。学校に復帰したら接点なくなるだろうと息を吐いた。

 

「クラスも違うだろ。普通は会わん」

「いやいやいや! 会うし、超会うし! っていうかクラスに遊び行くし!」

「ガハマ」

 

 唐突に真剣な表情で名前を呼ばれた。思わず言葉を止めた結衣は、その雰囲気に気圧され息を呑む。何、と先程までの勢いをなくし、小さな声で言葉を返した。

 いいかよく聞け。そう言って八幡は天を仰ぎ見る。視線を戻し、彼女を見詰めてはっきりと言い放った。

 

「事故から復帰した男子高校生のところにいきなり他クラスの女子が遊びに来るとか不自然極まりないだろう。噂されたら恥ずかしい」

「思った以上にワケ分かんない理由!?」

 

 なんじゃそら、と彼女は叫ぶが、しかしよく考えろという彼の言葉で少し思考を巡らせる。言われてみれば、確かに事故から復帰した見知らぬクラスメイトのところに何の接点もなさそうな別のクラスの女子生徒が遊びに来るというのは不思議な光景に感じられないこともない。

 

「でも、別にそのくらい」

「お前ただでさえクラスの雰囲気に馴染めなさそうな状態のところに更に爆弾落として楽しいか?」

「うっ……」

 

 そこで、そんなことしなくても最初からぼっちかモブAのどっちかだから大丈夫だって、と言えるほど彼女は八幡の腐れ縁になっていない。それを言われると確かに申し訳ない、と考えてしまう程度には心優しい少女なのである。

 しゅん、と肩を落とした結衣は、分かった我慢すると渋々ながらそう述べた。

 

「……いや、てかお前。そんなに俺と話したいの?」

「そりゃそうだよ。ヒッキーと話してると楽しいし」

「……本気か?」

 

 今まで生きてきて会話していると楽しいと言われた経験は彼にはない。見てると面白い、という珍獣扱いされたことが辛うじてある程度だ。だから八幡は思わず彼女の言葉を疑い、その隠された真意を探ろうとしてしまったが、しかしすぐに踏みとどまる。

 こいつはそんな器用なことが出来る奴じゃない。そう思い直し、ではつまり本気で言っているのだという結論に達した。

 

「頭大丈夫か?」

「質問に答える前に更に酷い質問になった!? いや本気だし正気だし!」

「やっぱり普通の人間と感性が違うから」

「超普通だし! 優美子もちゃんと『ユイって普通だよね』って」

「絶対褒めてないよなそれ」

「……『そーいうのだけじゃなくて、別にみんな怒んないからもうちょい自分出しなよ』って続いた……」

「オカンかその優美子さんとやらは」

 

 俺の腐れ縁とはえらい違いだな、と八幡はぼやく。まあともあれ友人もその評価だということは彼の発言もそこまで違っていないということであろう。うんうんと頷きながら、八幡は話を促すように彼女を見る。

 ここであたしに振られても、と結衣はジト目で彼を見た。

 

「あー、まあ。つまりはあれだ。今日で最後ってことだ」

「そんな寂しいこと言わないでよ! あたしもっとヒッキーと一緒にいたい」

「……だから、そういうのはやめろって」

 

 思春期の男子はコロッといくから。腐れ縁でギリギリ耐性がついている八幡は内心を出さずに溜息を吐いて気を取り直し、しかしこれ以上話しても平行線だと頭をガリガリと掻いた。

 そうはいっても、この平行線を交わらせるアイデアが浮かんでくるかと言えば答えは否。結衣が悲しむか八幡がクラスで好奇の目に晒されるかの二つに一つだ。彼としては後者は最終的に選んでも構わないが、しかしその場合やはり結衣が気に病むのであまり意味がない。つまり詰みである。

 

「あ」

「ん?」

 

 そんな折、結衣が目を見開いた。どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかと手を叩いた。八幡は彼女が何を思い付いたのか分からず、どうせ碌でもないことなのだろうと眉を顰めた。

 

「アドレス交換しよ!」

「は?」

「だーかーら、スマホのLINEのID、交換すればいいじゃんってこと」

「……あー、あれか」

「あ、ひょっとしてアプリ入れてすらいない?」

「馬鹿にするな。家族の伝言掲示板代わりに一応入ってるっつの」

 

 お前俺のこと何だと思ってる、と結衣を睨むと、彼女はあははと視線を逸らした。そうしたまま、だったら別に大丈夫だよねと言葉を紡いだ。

 

「まあ、いいけど」

「どしたの?」

「それをきっかけにして押し掛けてきたりしないだろうな」

「しないし! むー……あ、だったら勝負しよ」

 

 いいこと思い付いた、と結衣が手を叩く。その動作さっきもやったぞ、と思いながらも、八幡は胡散臭げに彼女を見た。勝負をしよう、というその笑顔が、さっきの発言以上に碌な事にならないと確信を持たせた。

 

「……で、何をする気だ?」

「あたしとヒッキー、学校で出会えるかどうか」

「よしじゃあ俺は出会えないに花京院の魂を賭けよう」

「誰?」

「なんだよ、しらねーのかよ。ジョジョだよ」

「いや意味分かんないし」

「だろうな。俺も正直意味不明だった」

 

 まあふざけるのはこの辺にして。置いといて、とジェスチャーをした八幡は、それは一体どういう勝負なのかと問い掛けた。何となく予想がついたので先程の発言をぶっ放したが、一応確認しようと思ったのだ。

 

「もう一回言わないと分かんない?」

「相手に分からせようとしてないから聞き直したんだよ。勝ち負けどうやって決めんだ」

「……出会ったら勝ち?」

「だからクラスに押し掛けてくんなっつってんだろうが」

「いやそうじゃなくて。こう、なんてーか、あれだよ。偶然出会った、とか、運命の出会い、とか奇跡的な再会、とか」

「ロマン回路回し過ぎだろ」

 

 はぁ、と溜息を吐いたが、しかし大体言いたいことは分かった。つまりは彼女はこう言いたいのだ。連絡先の交換云々はともかくとして、やりたいことがあるのだ。

 積極的に探そうとせずに、学校で出会いたいのだ。

 

「まあ、学年集会とかありゃ嫌でも分かるだろ」

「だよねー……。でも、それはそれでありかな」

「ありなのか」

「うん。で、その時に改めて挨拶して、そこでアドレス交換するの」

「下手すりゃ二度と会わないな」

「会うし! 絶対に会ってみせるし!」

 

 それが決まっている未来だ、とばかりに結衣は拳を握り力説する。そんな彼女を見て、まあそれでこいつが納得するなら、と八幡は分かった分かったと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 結論から言ってしまえば、高校一年の彼が彼女と会話したのはその日が最後であった。退院し、学校に復帰した八幡は中学時代と同じようにモブAを維持しつつ友人らしい友人を作ることもなく生活した。学校行事も幾度となくあり、その度に一年生全クラスが集まったそこでついあの顔を探したが、終ぞ見付けることは出来なかった。

 あの黒髪と巨乳はそうそう見落とさないと思ったが。そんなことを思ってもみたが、まあ見付からないのならばそれまでだろうと彼は諦めることにした。もしもあいつの言う通りならば、絶対に会うのだからその時まで気にすることはないだろう。そんな風に考えたのだ。

 その結果が二年生進級である。丁度一年前、入学式の翌日事故に遭い入院生活を送っていたことを思い出しながら、八幡は新たな教室へと足を踏み入れた。二年のF組、これが今日から自分のホームである。言ってみたものの、絶対にホームにはならないだろうと一人心の中でツッコミを入れた。

 適当に飛び交う挨拶に同じくらい適当な挨拶を返し、八幡は自身の席に着く。知り合いはいれども友人はいない。ある意味完全ぼっちより寂しいその状況を再確認しつつ、彼はスマホを取り出しニュースサイト巡りを開始した。やっぱり春はエキセントリックな事件が多いな。そんなことを考えながら指で画面をスワイプしていたその時である。

 

「ん?」

 

 影が差した。何だ、と顔を上げると、どう考えても自分に関わりそうもない女子生徒がこちらを見下ろしている。ふるふわウェーブロングの髪型の名に反するように、その目付きは鋭くどちらかと言えば女王気質であるような気さえした。

 

「……」

 

 女生徒は八幡を睨み付けるように見詰めている。その空気がいたたまれなくなった彼は、視線を逸らし頬を引き攣らせた。野生動物でもないので勿論向こうがそれで去るわけもなし。仕方ないと向こうに覚られないよう溜息を吐くと、八幡は意を決して再度彼女を見た。

 

「……な、何か?」

「別に」

 

 が、返ってきた言葉はこれである。何だお前沢尻エリカか、そんなことを思ったものの、口に出すことは出来ないので物凄く曖昧な表情でああそうですか的な返事をするのが精一杯であった。

 ふん、と彼女は鼻を鳴らすと、そこで踵を返し去っていく。一体何だったのだろうかと怪訝な表情を浮かべた八幡であったが、しかしその去り際の呟きは妙に引っかかった。

 

「趣味悪いって、何がだよ」

 

 ニュースサイト巡りがか。そんなことを考え、ならば世の中のサラリーマンは大半が趣味悪いことになるぞと一人悪態をつく。まあ何だかよく分からない相手であり恐らくほとんど接点などないだろうと思い直した八幡は、さっさと忘れることにして再度スマホの画面を眺めた。

 

「ん?」

 

 再び影。またかよ、と顔を上げると、やはりどう見ても自分に関わりそうもない女子生徒が自分を見ている。そこそこ明るめの茶髪、短めのスカート、ボタンが三つほど開けられたブラウス、胸元から除くハートのチャーム。どれをとってもいかにも遊んでいる女子高生という感想を八幡が抱く程度には無縁であった。

 そんな少女は、自分を見て満面の笑みを浮かべている。自分に会えて良かったと心から喜んでいるような表情である。

 

「おはよ!」

「お、おう。……おはよう」

「同じクラスだよ! 同じクラス!」

「あ、ああ。そうだな?」

 

 何でこいつこんなテンション高いの? そんなことを思いながらも一応八幡は返事をする。というかこいつ誰だ、何で馴れ馴れしいんだ。ついでにそんなことも考えた。

 彼の態度が読まれたのだろう。少女は笑顔を引っ込めると、不満げに唇を尖らせた。ノリ悪い、と文句を彼に述べた。

 

「は? いや、そんな事言われても」

「何で? もっとこう、去年みたいにズケズケ言ってよ」

「は、はぁ……。去年?」

 

 高校生活一年目の間にこんな奴と関わった記憶はない。怪訝な表情を浮かべ、こいつひょっとして誰かと勘違いしているのではと彼は悩み始めた。だとしたら、早めに指摘してあげないといけない。このままでは恥ずかしい光景に自分も巻き込まれてしまう。

 よし、と気合を入れた八幡は、人違いだと告げて去ってもらおうと口を開いた。ひとちがい、の『ひ』を発そうとした。

 

「え? ちょっとヒッキー、あたしのこと覚えてないとか?」

「んあ?」

 

 その刹那、彼女の言葉でそれを飲み込んだ。今こいつなんつった。自分のことを何と呼んだ。比企谷でも、八幡でも、ヒキタニでもなく。

 ()()()()と、そう呼んだのか。

 

「……え? ガハマ?」

「そうだよ! 見りゃ分かるでしょ!」

 

 怒ってますとばかりに頬を膨らませ腰に手を当てる。いやそう言われても、と八幡はもう一度彼女を見た。去年、病室で会っていたはずの少女を見た。

 髪は黒髪であったし、制服もここまで着崩していなかった。共通点がほとんど見られない。

 

「見て分かんねぇよ」

「何で!?」

「何でもクソもあるか。お前あの時黒髪だったじゃねぇか。制服もちゃんと着てたしな」

「え? あ、それは受験だったから染め直してて、入学して暫くは戻せなかったからそのまんまだったし」

「じゃあやっぱり見て分かんねぇだろ」

「顔! 顔見てよ!」

 

 ほれほれ、と結衣が顔を近付ける。薄っすらとメイクのしてあるその顔が八幡の眼前に寄せられ、女子特有の甘い匂いが彼の鼻腔をくすぐった。

 

「近い。化粧臭い」

「酷くない!?」

 

 顔を背けた八幡はそう言って彼女を押し戻した。まったく、と文句を言っていた結衣は、しかし楽しそうに、懐かしそうに口角を上げる。久しぶりだね、このやりとり。そう言って彼に述べ、ああそうだなと八幡も返した。

 

「ねえ、ヒッキー。勝負、覚えてる?」

「さて、どうだったかな」

「覚えてるね。よし、じゃあ」

 

 ポケットからスマホを取り出す。それを八幡が持っていたそれに近付けると、結衣は先程と同じように満面の笑みを形作った。

 

「アドレス、交換しよ」

「……しょうがない」

 

 ニュースサイトを閉じる。会話アプリを起動させると、既に待機状態であった結衣のスマホに自身のそれを近付けた。ふりふり、とお互いそれを振り、これでよし、と画面をタップする。

 結衣は暫く画面を見詰めていた。新たに増えたそのアドレスを、噛みしめるように眺めていた。

 

「ねえ、ヒッキー」

「ん?」

「これから、よろしくね」

「……ああ」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら。やれやれと肩を竦めながら。八幡はどうやら高校生活二年目はとてつもなく面倒なことになるであろうと口角を上げた。

 

 




はじまりの一区切り

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