セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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原作と話が180度変わるんじゃ……


その2

「へー、じゃあ二人が委員長と副委員長なんだ」

『ええ。だから、申し訳ないけれど暫く奉仕部は活動休止ということになるわ』

「りょーかい。あたしの方もクラスの準備あるし、しょうがないね」

 

 たはは、と結衣は笑う。そうしながら、手近なクッションを掴むと胸に抱いた。そっか、と短く呟きながら、先程雪乃が述べた言葉を反芻する。

 八幡が委員長で、雪乃が副委員長。これからこの二人は、行動を共にする時間が格段に増えるのだろう。

 

『寂しい?』

「へ? な、何で?」

『捨てられた子猫のような声をしていたわよ』

「そこは子犬じゃないかな。じゃなくて、別にあたしそんな声出してないし」

 

 むう、と不満げな声を上げると、電話越しに楽しそうな笑いが聞こえてくる。ではそういうことにしておきましょう。そう言われると、結衣としても文句の一つや二つ言いたくなるわけで。

 

『まあ、彼も少し考える時間が必要だから』

「ほえ?」

 

 それをのらりくらりと受け流した雪乃は、一息吐いた後にそう述べた。結衣は何を言っているのかいまいち分からず、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 が、すぐに答えに辿り着くと再度声を上げた。ひょっとしてそういうことなのか、と彼女に問うた。

 

『ええ。……まあ、比企谷くんを委員長にしたらどんな風にテンパってくれるのか楽しみというのもあったけれど』

「ヒッキーなら案外こなしちゃう気もするなぁ」

『そこなのよね……。葉山くんは以前このパターンでハメ殺し出来たというのに』

「あ、意外。隼人くんってそういうの苦手なの?」

『彼は人の意見をよく聞いちゃうのよ。だからああいう場ではダラダラ伸びるわ』

 

 あはは、と結衣は笑う。そういう意味では、八幡はすっぱりと意見を切り落とすタイプだ。それを主張するのが面倒だったり若干のコミュ障だったりで嫌がるため結局あまり役に立たないが、雪乃が横にいることでそこを相殺する腹積もりだろう。そんなことを考えつつ、彼女は雪乃に頑張ってねと伝えていた。

 そのまま暫しの間雑談を続けた後、通話を終える。通常画面の壁紙に戻ったスマホを眺めていた結衣は、会話アプリを起動し、とある人物のトーク画面を呼び出した。そこに何かを入力しようと指を動かしていたが、動きを止め目を閉じ、そしてアプリを終了させるとスマホを投げる。ぼすりとクッションに当たってベッドに落ちたそれを見ることなく、彼女はぼんやりと天井を眺めた。

 

「寂しい、か……」

 

 どうなのだろう、と結衣は思う。別に毎日一緒にいるわけではない。優美子や姫菜、隼人達と一緒にいることも多いし、むしろ放課後に彼ら彼女らと遊ぶ方が多いくらいだ。だから八幡と一緒でないことをそこまで重大なものとして考えることはないはずなのだ。

 比企谷八幡は、由比ヶ浜結衣の友達だ。特別な存在かどうかを差し引いたとしても、行き着く場所はそこだ。

 

「……分かんない」

 

 とりあえず、実際に体感してから考えよう。そんな結論を出した結衣は、そのままベッドへと横になった。

 

 

 

 

 

 

 文化祭の準備は着々と進んでいる。実行委員は東奔西走しているらしく、特に委員長と副委員長は昼休みも何かの打ち合わせなのか連れ立って何かをしているようだ。そのおかげか、現状の規模はかつて評価された雪ノ下陽乃の文化祭に勝るとも劣らないものになると予見させた。

 

「頑張ってるなぁ、ヒッキーとゆきのん……」

 

 昼休み、教室にも自称ベストプレイスにもいない少年の席を眺めながら、結衣はそんなことを呟き弁当を口に放り込む。口調こそ二人を評価するものであったが、その表情は明らかに眉尻が下がっていて。

 

「ユイ」

「はえ?」

「しけた面してんじゃねえし」

 

 ぐに、と優美子がそんな彼女の頬をつねる。餅のように伸びた結衣のほっぺたは、彼女の悲鳴と共に教室の皆に晒された。涙目で頬を擦りながら、彼女は自身の親友をじろりと睨む。勿論優美子は平然と弁当を食べていた。

 

「つーか、寂しいなら手伝いに行けばいいじゃん」

「へ? いや、別にそういうわけじゃ」

「ほほぅ、んじゃどういうわけかなぁ?」

 

 するり、と姫菜が会話に混ざる。メガネをきらりと光らせながら、傍らに置いてある台本の推敲ついでに彼女に問うた。ちなみにその台本の表紙には『ミュージカル・星の王子さま』と書かれている。

 

「別に寂しいわけじゃなくて。二人に比べて、あたしそんなに頑張ってないようなって」

「はぁ? ユイが頑張ってなかったらそこでくっちゃっべってる大岡とか大和とかどうなんだし」

「ゴミだね。もしくはウジ虫?」

「いや流石に言い過ぎだし」

 

 姫菜の容赦ない評価に言い出しっぺの優美子も思わずツッコミを入れる。入れるが、しかし言いたいことはそういうことなので彼女はそのまま話を続けた。自分を下げるのは場合によってはただの嫌味だ。そんなことを言いつつ、彼女はびしりと箸で彼女を指した。

 

「はい、つーわけで。どうなん?」

「へ? 何が?」

「あんたは出来てる。それでモヤモヤは収まる?」

「むぅ……」

 

 優美子の言葉に、改めて考える。自分は自分でやれることをやっている。それを踏まえ、八幡と雪乃のことを想像し。

 

「そだね。あたしはあたしで、やれること頑張んなきゃ」

「……うわぁ」

「駄目だこいつ、早く何とかしないと」

 

 よし、と気合を入れ直した結衣を見て、優美子も姫菜も物凄くげんなりした顔で彼女を見るのであった。何故か、を問うのは野暮であろう。

 

 

 

 

 

 

「雪ノ下、宣伝広報の進行状況だが」

「あなたの言った通り、とりあえず総武高サイトの更新と対外の方だけは即終わらせて人員を他の部署に回してるわ。その代わり内部の進み具合は半分弱よ」

「どうせ生徒は文化祭をやること分かってんだ、後回しで良い。んで、有志統制は」

「芳しくないわ。出来れば地域の参加者をもっと増やしたいわね。提出してもらったタイムテーブルも空きがちらほら」

 

 はい、と渡されたその資料を見て、八幡は暫し目を閉じる。苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら隣を見ると、既に準備万端なのかスマホを取り出し会話アプリを起動させていた。

 

「何で好き好んで地獄から悪魔召喚しなきゃいけねぇんだよ。去年や一昨年に盛り上がった連中にオファーだ。地域賞豪華にしたことをさりげなくアピールさせとけ」

「はいはい。とはいっても、もう手配済みだけれど」

 

 笑顔でそうのたまった雪乃を睨み付け、なら今のやり取りなんだったんだと彼は彼女に詰め寄った。勿論決まっている、と笑顔のまま返され、八幡は机に突っ伏す。ゴン、と思った以上に盛大な音が響き、作業をしていた実行委員は何事だと視線を向けた。

 

「大丈夫? 比企谷委員長」

「その呼び方やめてもらえますか城廻会長」

 

 突っ伏したままめぐりの言葉にその言葉をぶつけ、八幡は近くにあったペットボトルを手に取った。起き上がり、この時のために用意したMAXコーヒーを喉に流し込むと、隣の雪乃に他の部門の進行状況を尋ねる。ある程度の処理を終え、書類を一箇所にまとめ、今日の作業終了という宣言と同時に彼はもう一度机へ突っ伏した。

 

「何で俺こんなことやってんだ……?」

「実行委員長だからでしょう?」

「そこに就任したことについて疑問を呈してんだがな」

「もう一度言えば満足かしら」

「悩む暇もねぇっつってんだよ!」

 

 ガバリと起き上がり叫ぶ。再度実行委員が何だ何だと八幡の方に視線を向けたが、雪乃の一睨みで散っていった。はぁ、と盛大な溜息を吐きながら、残った書類に判子を押しつつ彼はぼやく。

 そんな八幡を眺めつつ、彼女はもう一度クスリと笑う。それはあなたが無駄に頑張っているからよ、と。

 

「無駄ってお前」

「あら、普段のあなたならもっと人に任せるでしょう? 他人が楽しているのが気に入らない、とか言って」

「……その結果俺が楽してると吊し上げ食らうだろうが」

「そうならない程度には苦を背負って、周りに紛れて気配を消す。それが普段の比企谷八幡じゃないかしら」

 

 そう言って楽しそうに笑った雪乃は、でも、と続けた。笑みを優しいものへと変えて、積んである書類を適した場所へと振り分けていく。

 

「それが必要だと思ったら、あなたは迷わず貧乏くじを引くのよね。この間のキャンプといい、今といい」

「好きで引いてんじゃねぇよ……」

「ふふっ。そうね、ごめんなさい」

 

 よし、と振り分け終えた書類を整え、今日はこの辺にしましょうと彼女は立ち上がる。へいへい、とある程度判子を押し終えた八幡も、それに続くように立ち上がった。

 

「えっとね、比企谷くん、雪ノ下さん」

「ん?」

「はい?」

 

 そのタイミングで声。声の主へと視線を向けると、苦笑しながら二人を見るめぐりの姿があった。何かあったのだろうか、と目を瞬かせている二人に向い、彼女はコホンと咳払いをし、言葉を紡ぐ。

 

「……実行委員会、とっくに終わってるよ」

『え?』

 

 視線を巡らせる。なるほど彼女の言う通り、既に会議室には八幡と雪乃、そしてめぐりの三人しか残っていない。彼が叫んだ時にはまだいたので、そこから今までの間に終了したのだろう。

 

「作業終了したからみんな帰り支度してたのに、二人は何故かそのまま他の仕事し始めちゃったから……」

 

 声を掛けるタイミングを見計らっていたら、いつのまにやら。頬を掻きながらそう述べるめぐりへと謝罪をした二人は、急いで片付けを行った。幸いにしてこの会議室は文化祭が終わるまで実行委員の専用部屋だ。自身の荷物さえどうにかすれば、退出の準備はすぐ整う。

 

「ワーカーホリックなのかな?」

 

 そのまま三人で廊下を歩きながら、めぐりはそんなことを二人に問うた。んなわけない、と否定するのは勿論八幡である。働きたくないでござるが心情で、働いたら負けが座右の銘だ。そんなことをついでにのたまった。

 

「その割には、実行委員で一番働いているよね」

「は? いや、俺より雪ノ下の方が」

「あら、比企谷くん、知らなかったの? 私、自分でやった方が効率がいいと思ったこと以外は丸投げよ」

 

 さらりととんでもないことを言いだした雪乃に、思わず八幡の動きが止まる。死神の驚き方のごとく戦慄した彼は、そのまま視線をめぐりに動かした。うんうん、と笑顔で肯定され、八幡は膝から崩れ落ちる。

 

「でもやっぱりはるさんの妹だね。そういうところそっくり」

「……明日からもう少し自分で動きます」

「すげぇ顔してるぞ雪ノ下」

 

 

 

 

 

 

 机に突っ伏して体力回復を図っていた八幡は、自身の体を揺さぶられる振動で目を覚ました。顔を上げると、どこか心配そうな顔で彼を覗き込んでいる結衣の姿が。

 

「あ、やっと起きた。ヒッキー大丈夫?」

「あ? 大丈夫って」

「もう放課後だよ?」

「はぁ!?」

 

 思わず立ち上がる。教室に設置してある時計は確かに全ての授業が終わったことを示していて、つまり彼は午後の授業を全て寝て過ごしたということも示している。幸いにして実行委員会が始まる時間には間に合うタイミングであったので、机に掛けてあった鞄を引っ掴むと教室から出ようと足を動かした。

 そんな彼の肩を、結衣はがしりと掴む。目を細め、不満げな表情で彼を睨む。

 

「ヒッキー」

「な、何だ? 起こしてもらったのは助かった、お礼言ってなかったな」

「違うし! ……無理してない?」

「は? 無理?」

 

 そう言われても、と言いながらも八幡は顔を逸らす。少し前の雪乃とのやり取りが頭をよぎり、結衣の顔を見ることが出来なかった。無駄に頑張っている。それは自分でもなんとなく実感していた。悩む暇もない。そうすることで言い訳を作ろうと、無意識に行動していた。

 悩む暇がないほどに動いておけば、彼女と向き合う時間が減るだろう、と安易な想像をしてしまったのだ。

 

「別に、無理はしてない」

「ほんとに?」

「ああ。大体、俺が無理してまで文実に力入れるような奴に見えるか?」

「いやそれは見えないけど」

 

 即答である。が、はっきりとそう言い切った結衣は、髪をくしくしとしながら言葉を続けた。いつぞやに、丁度ついさっき思い出した時に言われたようなことを述べた。

 

「ヒッキーって、そうやって普段は適当に力抜いたりするくせに、何か理由が出来たらあっさりと無茶するし……」

「……そんなもん、誰だってそうだろ」

「そうかもしれないけど、ヒッキーはその辺の振れ幅が凄いっていうか……ジェットコースターみたいな」

「それ俺が絶叫される存在だって暗に言ってない?」

 

 八幡のそんなボケはさらりと流され。とにかく、と結衣は八幡に詰め寄る。アップになった彼女の顔に目を見開き、思わず顔を逸らしたくなったが、何とか耐えて彼は彼女の言葉を待った。

 

「約束」

「な、何を?」

「困ってるなら、助けを呼んでよ」

「……」

「ゆきのんでもいいし。あたしだって、ヒッキーを助けたいから」

 

 そう言って彼女は笑顔を見せる。その笑みを見返すことが出来なくて、八幡は思わず視線を逸らした。ついこの前までは出来たことが、今この瞬間は出来なかった。

 

「……できる、範囲でな」

「うん。とりあえずはそれでいいや」

 

 引き止めてごめんね。そう会話を締めた結衣は、文実頑張ってねと手を振る。それに軽く手を上げて返した八幡は、そのまま教室を出て目的地まで歩いていった。

 こうなった理由が理由なので、結衣の純粋な心配のオーラに当てられ、彼は無性に死にたくなった。とりあえずもう少し気を抜こう。道すがら八幡は心に決めた。

 

 


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