セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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八幡がリア充みたいになってる……


その4

 じゃーん、という声と共に渡されたのは一枚のTシャツ。どうやら文化祭で皆が着るクラスシャツらしい。八幡にそれを渡す結衣もTシャツ姿であり、背中にはポップな文字でニックネームが記されている。

 こんなもん聞いた覚えないぞ。そう思った八幡は目の前の彼女に尋ねるが、まあヒッキー忙しかったからねと流された。忙しいのは確かであり、クラスにほとんど関われていないのは間違いないのだが、しかしそうなるとこのシャツは一体どういう経緯で作られたのか。そこが気になった彼は追加で問うた。

 

「え? クラスの仲間なんだから当たり前じゃん」

「……そうかよ」

 

 恐らくこれ以上聞いても無駄だ。そう判断した八幡は溜息を吐きながらそれを受け取った。まあ本人の預かり知らぬ場所で作成されたものだ、精々『比企谷クン』とかそんな表記だろう。そう思いながら畳まれたそれを開き。

 

「……おい」

「どしたの?」

 

 でかでかと背中に『ヒッキー』と書かれているのが目に入った。ポップでキュートな字体で記されたそれは、傍から見ると高度な自虐なのかと勘違いするほどである。

 

「いや、まあ、うん。確かにお前は俺をそう呼んでた。それは分かる。……何でクラスシャツのニックネームに採用された?」

「ヒッキー忙しくて聞けなかったからしょうがないって話になって。んで、じゃあどうしようってみんなに聞いたら」

 

 満場一致で「そりゃヒッキーでしょ」と返されたらしい。結衣はそこまで感付いてはいなかったが、クラスの大半は生暖かい目で、残りはやってらんねぇという目、一部はゴルゴンという割合であった。

 経緯を聞いた八幡は再度溜息を吐く。まあこいつが聞いたんならそうなるか。諦めたように肩を落とすと、夏の制服の下にそれを着込んだ。これが少し前のこと。

 そして今は文化祭前日である。朝から文化祭の準備をするため授業はなし。どこもかしこも大盛況でてんやわんや、右に左に東に西に。勿論文化祭実行委員も東奔西走真っ最中である。クラスに顔を出す暇もない八幡は、会議室で次々舞い込んでくる報告を聞きながら死んだ目で書類を纏めていた。

 

「おい雪ノ下。有志の時間配分どうなってんだ」

「どうしたの?」

「ここのオーケストラ時間取り過ぎだろ。何でいきなりこんなの生まれてんだよ。誰の仕わ――あ、やっぱいい。分かった、言うな、もういい」

「姉さんよ」

「分かったっつっただろうが! ……おいこれマジで大丈夫か?」

 

 他の有志団体の二倍弱の枠がある。地域賞というものが用意されている手前、こうした贔屓は参加者からの不満が生まれかねない。これで地域賞を陽乃が取ってしまえば、やっぱり、となり、出来レースだと非難される。

 そんな八幡の疑問を打ち消すように、雪乃は大丈夫と言い切りながら書類をトントンと机で叩いて整えた。元々空いていた時間をどうするか有志団体全員に問い掛け、欲しいのならば差し上げるという提案をした上での結果だと続ける。

 

「ぶつ切りで少し欲しいというところはあったけれど、ここまで欲張りに持っていくところはなかったから」

「そらそうだろ。だとしてもこの長さは」

「地域賞の対象外にするそうよ。秘密裏に、ね」

 

 クスリと雪乃は笑う。この調子だと他の団体を陽乃と共に焚き付けたのだろう。あれに負けてなるものかと気合を入れているらしいという報告を受け、流石外道と息を吐く。

 もうそれならいいやと投げやりになった八幡は次の書類の確認と作成に入る。

 

「おい、これ機材足らんだろ」

「報告はもう受けているわ。それぞれとの相談で逐次入れ替えるそうよ」

「了解。うし、じゃあこれで一通り仕事は――」

「委員長! 有志団体のリハまだ終わんないって!」

 

 バン、と勢いよく女生徒が駆けてくる。はぁ? と目を見開いた八幡であったが、すぐさま表情を戻すと頭を抱えた。今日はこの後オープニングセレモニーのリハーサルがある。そのための準備も踏まえ、そろそろ移動をする手筈であった。

 

「……相模、どのくらい掛かりそうなんだ?」

「へ? いや、うちもLINEで見ただけだし、聞いてないけど。多分結構?」

「そうかい。雪ノ下ぁ!」

「スケジュールを変えるわ。リハーサルは後回し、それぞれの出し物のチェックを先にしましょう」

 

 がたりと雪乃が立ち上がる。んじゃ任せたと手をひらひらとさせた八幡は、報告をしに来た女子、相模南へ今のやり取りを伝えるよう頼んだ。

 会話アプリで通達した後パタパタと走っていく南の背中を見ながら、八幡は溜息を吐く。さがみん、の文字を一瞥して、彼は再度書類作業に取り掛かった。

 

「比企谷くんは着ないの? あれ」

「仕事してください特別参加下っ端」

「辛辣ー。で、どうなの?」

「見りゃ分かるでしょう」

 

 キシシ、と笑いながら近付いてきた陽乃に短く返す。そうだね、と頷いた彼女は、ちらりと彼の背中を見た。夏服の白いカッターシャツは下に着ている濃い色のTシャツを透けさせている。

 うっすらと見えている『ヒッキー』の文字に、陽乃は思わず吹き出した。

 

「愛されてるねぇ」

「こんなもん、罰ゲーム以外の何者でもないでしょうが」

「そうかな? ほら、いかにも団結って感じじゃない」

「背中にヒッキー背負って団結もクソも……」

 

 普段呼ばれているのだから、気にしないと言えば気にしないのではあるが。やはり文字に起こされ背中に付けられると、これ本当に大丈夫なのか感がひしひしと伝わってくるのだ。

 それでもわざわざ着ている辺り、もはや意地なのか、それとも。

 

「安城鳴子さんが俺と同じ立場だったら、不登校になるな。間違いなく」

「ちょっと何言ってるか分かんないね、この変態」

「分かってんじゃないですか」

 

 で、何の用だ。そう視線だけで問い掛けると、陽乃は笑いながら書類の山を机に叩きつける。死んだ魚の眼から更にハイライトが消えた八幡は、その山を一瞥した後再度彼女へ視線を戻した。

 

「クラス出展の提出書類。雪乃ちゃんからの報告がそろそろくるだろうから、それまでに頭に叩き込んどいてね」

「なんでさ」

「提出したのと当日ので差異がないかの確認。いるんだよねぇ、こっちの方が面白いって土壇場で切り替えるやつ」

「マジですか」

 

 現場からの報告を受けた際に一々探していたのでは効率が悪い。つまりはそういうことらしい。お前ら姉妹じゃないんだから出来るかボケ、と叫びたい衝動にかられた八幡であったが、周囲の実行委員とめぐりの視線がこちらに集まっているのを感じ取ったので地面に着くほど深い溜息を吐きながらペラリペラリと書類を見始めた。

 彼女の宣言通り、それから暫くして、彼のスマホに着信が来る。相手は雪乃、三年生のクラスがトロッコの旅からジェットコースターに様変わりしているとかなんとか。

 

「どっちみちトロッコなんだろ、変わりゃしない」

『本気で言っているの?』

「……本来はゆったり内部を見せるってやつだな。大方二年E組のジェットコースターを偵察に行ってピンときたとかそういうやつだろ」

『でしょうね。……驚いたわ、あなたクラスの展示物きちんと把握しているのね』

「いま強制的に叩き込まれてる最中だ。んで、どうする?」

『書類の訂正を通達したわ。今代表者がそっちに』

 

 すいませーん、と声が響く。ああ、来たぞ。そう述べると、後はよろしくという言葉と共に通話が終了した。委員に促され書類の変更をしている生徒を見ながら、八幡はめんどくさいと息を吐く。

 

「比企谷くん、パンフレットの該当ページの訂正と、サイトの変更。後は校内外の該当クラスの掲示を確認しなきゃ」

「あー、っくそ! 宣伝広報! サイトの訂正頼む、確認はこっちでするからとりあえず特急で! 会計監査、該当クラスの予算に変更無いか確認頼む! 記録雑務は悪いがパンフレットの訂正を……シールにして貼り付けてくれ!」

「おーおー、頑張るねぇ」

「特別下っ端は俺の書いた書類の不備見てください!」

「はいはい。お、ここ間違ってる」

 

 結局この日、八幡は一日中会議室に縛られ続けた。

 

 

 

 

 

 

 文化祭初日。会長であるめぐりのやけにテンションの高い宣言と共に祭は開始を告げられ、オープニングのダンスが始まる。それを舞台袖で見ながら、八幡はげんなりした表情で溜息を吐いた。

 

「何だよ文化してるかって……してねぇよ」

『委員長、無駄なぼやきをしてる暇があったら挨拶を覚えておきなさい』

「唇を読むな。忍者かお前は」

『そろそろ時間よ。準備はいい?』

「無視かい」

 

 再度溜息、インカムを外すと、めぐりが委員長の挨拶をどうたらと壇上で述べている。ふう、と息を吸い、吐いた。相変わらず目は死んだままだが、とりあえず足がすくんで前に出ないなどということはない。何か話そうとした瞬間にハウリングが発生し会場に笑いが起こったが、この程度かおりといろはと雪ノ下姉妹に比べれば下の下の下だ。別段気にした風もなく挨拶を終えた八幡は、帰り際にちらりと生徒達の座っている一角を見た。千人を超す人々の中であるにも拘らず、そこにいると分かっていれば何となく確認出来てしまう。一年の席でやっぱり似合わないよね~、と隣の友人であろう少女に笑いかけているいろはを見付け、俺だってそう思ってるよと心の中でぼやいてみたり。二年の席、自分達のクラスを見ると意外に応援してくれている生徒がちらほらいたり。

 その中の一角で、こっそりとであるがやたら爆笑しているメガネと薄く笑っているゴルゴン。そして弾けるような笑顔でこちらを見ている少女を見付けてしまったり。

 舞台袖に戻った後、ガリガリと頭を掻きながらインカムを付け直した八幡は、時間の調整とこれからの予定を問い掛けた。

 

『大丈夫よ。あなたが誰かさんを見ていた時間を加味してもきちんとスケジュール通り進行可能だから』

「冤罪だ。別にガハマは見てねぇよ」

『あら、私は別に由比ヶ浜さんだなんて一言も言ってないけれど。そうね、じゃあ一体、誰を見ていたの? 一色さん?』

「だから違うっつってんだろ、俺に汚名をかぶせ」

『……すいません、委員長、副委員長』

 

 八幡の言葉を遮るように誰かの声がインカムに混じる。そこで気付いた。これは委員会の雑務担当と連絡を取るためのものだったということに。

 みんなに聞こえてます。短いその発言を最後に、インカムは沈黙した。ちらりと視線を動かすと、同じインカムを装着していた実行委員のメンバーが肩を震わせながら視線を逸らしているのが見える。軽蔑の視線でないのは不幸中の幸いであろう。八幡はそう思い込むことにした。

 一日目に一般公開はなく、校内のみだ。実行委員もまだマシな仕事の量であり、委員長や副委員長もクラスの方に戻れる程度の余裕はある。とはいっても八幡には別段クラスでやることはなく、昼前には再び見回りという彼にとって無意味な徘徊が待ち受けているのだが。

 せめて見ていきなよ、という姫菜の提案により教室の後ろで彼女曰く『ミュージカル・星の王子さま通称ホシミュ』の観客となっていたが、成程盛り上がりは上々だ。自分は関わっていないから分からないが、恐らくしっかりと関わった者はある種の達成感を覚えることは間違いない。

 教室を出て、休憩中の看板の前で伸びをする。この部屋は休憩中だが、自分はこれからが仕事だ。働きたくないとげんなりした表情を浮かべながら、しかしサボるわけにもいかずノロノロと歩き出す。動きの割に、表情の割に、その雰囲気はそこまで嫌そうではないのが少々奇妙ではあった。

 

「あ、ヒッキー。もう行くの?」

「おう。雇われ店長の辛いところだ」

「店長じゃないし」

 

 パタパタと駆けてくる結衣にそう述べると、んじゃ行ってくると彼は手を上げる。行ってらっしゃい、とひらひら手を振った彼女は、八幡が制服の下にクラスシャツを着込んでいるのを見て顔を綻ばせた。

 

「よーっし、あたしも頑張ろ」

「休憩中だっつの」

「あ、優美子、姫菜」

 

 ぺし、と彼女の頭に軽いチョップ。振り向くとニヤニヤと楽しそうな姫菜と、呆れたような優美子がいた。夫の出勤かよ、と姫菜は一人ツッコミを入れながら一人で笑っていた。

 それで何を頑張る気だ。そんな優美子の問い掛けに、結衣の動きがピタリと止まる。暫し何かを考え込むような仕草を取り、今思い付いたとばかりに手を叩いた。

 

「明日のバンドを」

「ノリで言ってんだったら素直に言えし」

 

 追加のチョップが炸裂する。若干涙目になった結衣は目の前の親友を恨めしげに睨んだが、当然のごとく気にしない。そのままワシワシと結衣の髪を手で乱すと、んじゃ行きますかと踵を返した。

 

「へ?」

「あんたが今言ったじゃん。明日のバンドの練習、すんでしょ?」

 

 八幡が委員長になってから、彼女は彼女なりに文化祭で頑張ろうと思い立った。思い立ったが気合だけでノープランであった結衣の目に飛び込んできたのが優美子が隼人とバンドをするという話。これだと即参加を決め、隼人の提案でメインボーカルを担当することとなり。そして噂を聞きつけたいろはが抜け駆けは許さんとばかりにメンバーに割り込んだ結果。

 

「うし、一色にも連絡したし、もうちょいしたら来んじゃない」

 

 ギター、隼人。ベース、優美子。ドラム、翔。キーボード、いろは。そしてボーカル結衣というなんともビジュアルだけで票が稼げそうなバンドが出来上がった。姫菜は残念ながらクラスの監督をしていたのでこちらには参加出来ず、応援を担当している。ちなみに熱心に誘ったのは翔で、落ち込んだもの翔だ。本人は隠しているつもりらしい。

 

「隼人は……やっぱクラスの方があるし、きついか」

「そうだね。私もこっち見ないといけないからついていけないなぁ」

 

 スマホのトーク画面を見ながら優美子がぼやく。姫菜もそれに補足するように述べると、まあ今日も明日の本番もバッチリ応援するからと拳を振り上げた。

 あいよ、とそれに返した優美子は、別の相手からのトークを眺めその画面を結衣に見せた。了解、と頷いた彼女は、じゃあ行ってきますと姫菜に告げる。先程の八幡とのやり取りと同じように、手を振りながら今度は自分が足を踏み出した。

 

「しかし、こういう時部室って便利だわ」

「ゆきのんも許可くれたしね」

 

 そんなことを言いながら、二人はいろはも向かっているであろう奉仕部部室へと歩みを進める。教室からはそこそこの距離があるため、道中は当然ながら無駄話が多くなるわけで。

 あ、と結衣が声を上げた。生徒会長であるめぐりと共に行動している文化祭実行委員の姿が目に映ったからだ。どうやらいるのは副委員長だけのようで、実行委員長は別グループらしい。

 

「やっはろー、ゆきのん」

「よっす雪ノ下さん」

「こんにちは、由比ヶ浜さん、三浦さん。どこか用事かしら?」

「うん、明日のバンドの練習にね」

 

 成程、と頷いた雪乃は、そこで小さく笑みを浮かべた。期待しているわ、と彼女と、そして隣にいる優美子に述べた。

 

「なにせ大トリですものね」

「……え? マジ?」

「あら? 聞いていなかったかしら。パンフレットもそう記載したはずだけれど」

「聞いてないし! 優美子――も今驚いてたね。隼人くんは?」

 

 雪乃からの言葉で即座に連絡を取っていたらしい優美子は、しかし既読がつくのみで返事が来ないスマホの画面を見て眉を顰めた。ひょっとして自分達を緊張させまいと黙っていたのではないのか。そんなことまで頭に浮かび。

 眼の前の少女のスマホに着信があったことで、何となく察した。

 

「はい、もしもし」

『陽乃さんの仕業か? それとも雪乃ちゃん?』

「人聞きが悪いわね。有志団体の余り時間を分配するという話があったでしょう? それらを加味してスケジュールを調整した結果、伝統的にバンドを最後に回すということもあって、一番都合のつきやすい葉山くんを選ばせてもらったのよ」

『だとしても連絡を』

「有志団体のスケジュール連絡は姉さんに任せたわ。文句はあの人に言ってちょうだい」

 

 そう言いながら、眼の前の結衣と優美子にはごめんなさいと頭を下げる。それが聞こえていたのか、隼人はこっちにも何か言えよと彼女に食って掛かった。

 

「そうね、ごめんなさい隼人くん」

『……あ、ごめん鳥肌立った』

「後で姉さんにあなたのクラスの演劇、撮影してもらうよう依頼しておくわ」

 

 何か言っているようだが無視、と彼女はそのまま通話を終了させる。まあいつものことだと慣れている二人と文化祭の準備である程度見ていた実行委員達は今の会話について触れず、じゃあそろそろ行きましょうというめぐりの声だけがそこに響いた。

 

「じゃあ、二人共。こんな形になってしまったけれど……頑張って。応援しているわ」

「う、うん。頑張る」

「あー、もう。やればいいんでしょやれば」

 

 こうなりゃヤケだとばかりに結衣も優美子も気合を入れる。行くぞ、と無駄にテンションを上げながらそのまま奉仕部へと駆け抜けていった。

 

 




大岡と大和の霊圧も消えた

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