セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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期待してもらっていたような展開とは違うかもしれません
ので、最初に謝罪しておきます、すいません。


その5

「ぶっほぉぉぉぉ!」

「あはははは! お兄ちゃんかっこいい!」

「ぶん殴るぞお前ら」

 

 文化祭二日目。八幡と遭遇した二人の少女が大爆笑中である。言わずもがな、折本かおりと比企谷小町だ。特にかおりは女子高生がしていい笑い声を超えた勢いで腹を抱えている。見た目はよろしい少女のその奇行は、周囲が何事かと思わず視線を向けてしまうほどで。

 さて、何故二人がそんな状況かと言えば。

 

「でもお兄ちゃん、実行委員長とか……いやー、うん」

「何だその含み笑い」

「比企谷が! 頂点! ダメだ! 腹痛い! ウケ過ぎ!」

「お前そのまま息の根も止めとけよ」

 

 八幡の腕に装備されている腕章の『実行委員長』という輝くそれを見たからに他ならない。小町は生まれた時から、かおりは中学から、双方ともに高校以前の彼を知っている。だからこそ、彼のその役職を見てこんな反応をしたのだ。

 ある程度笑い続けて落ち着いたのか、二人は息を吐くと八幡の傍らに立つ。何だお前ら、と視線を向けると、ついでだから同行すると笑みを浮かべた。

 

「いや俺仕事するんだけど」

「お兄ちゃんが……仕事……!?」

「比企谷が仕事するとか言い出した……!? 明日地球滅ぶんじゃ?」

「お前らな……」

 

 ジト目で二人を睨むが、しかし言っていることはある意味もっともなので強くは言い返せない。勿論小町には、である。かおりへは遠慮なく暴言を吐いた。

 そういうわけだからと歩みを進めようとした八幡であったが、相も変わらず二人は同行している。人の話聞いてたのかよと彼が述べると、当然と揃って頷いた。

 

「見回りすんでしょ? だったら比企谷についてけば文化祭回れるじゃん」

「雪乃さんと一緒にやってたんでしょ? てことはお兄ちゃんのことだし、出し物把握させられてるだろうし」

 

 確かにその通りではある。が、先程も言ったように彼は仕事の一環だ。それに部外者を伴っては色々と問題が出てきてしまう。一瞬だけそんなことを考え、雪乃と陽乃を思い浮かべたことでもうどうでもいいやと諦めた。多分この程度でどうにかなるならば、始まる前に文化祭は終わっている。

 

「……仕事の邪魔はすんなよ」

「分かってるってば」

「比企谷が、仕事の邪魔するなとか……何それ、ありえない。超ウケる!」

「お前三回くらい死んどけよ」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は極力オプションに関わらないようにしながら校内を回る。流石に事前にある程度潰していたこともあり、大きな問題は起きていない。精々が客を捌ききれないという程度だ。現場を見付け次第連絡を入れ、実行委員の人手を回してもらうことで事なきを得たので、これで良しと彼はそこを後にする。

 そうしてある程度出し物を見つつ、小町もかおりもそれに合わせて参加したり購入したりをしつつ。

 

「で、だ」

 

 二年のJ組へと辿り着いた。ここが噂の、と小町は教室のプレートを見て呟いているところから、国際教養科についてもある程度把握しているらしい。そりゃそうかと八幡は思う。彼女はここが第一志望だ、むしろ知らない方が問題であろう。

 

「へー。九割女子って男子滅茶苦茶肩身狭くない?」

「……だろうな」

 

 どこぞの織斑くんみたいな状況を現実で味わうのだろう。そんなことを思いながらかおりの言葉に同意を返すと、八幡はそのままJ組の教室へと足を踏み入れた。当然小町とかおりもついてくる。

 何やってんだっけ、と小町が問い掛ける。かおりは貰ったパンフレットをペラペラしながらえーっと、と呟いていた。

 

「しょうがないな。実行委員長が答えてやる。二年J組は――」

 

 視線を動かす。一日目はずっと仕事にかかりきりだったため、二日目は少しクラスの方に顔を出せ。そんなお達しが生徒会長から出たため、副委員長は現在クラスの出し物に参加中だ。

 したがって。

 

「ファッションショーだ」

「……何をしに来たの?」

 

 ジロリとこちらを睨む一人の少女がいる。仕立ての良いスーツのような格好に羽根帽子、長い髪を首辺りで結んでいるその姿は、さながらビクトリア時代の貴族のようで。

 そんなともすれば大小一対の刀を振るってきそうな雰囲気を醸し出している雪乃に向かい、若干ビクつきながらも八幡は仕事だと言い放った。ちらりと彼を、そして小町とかおりを見た彼女は、視線を戻しもう一度同じ問い掛けをする。その二人を連れていて、仕事だというのか、と尋ねる。

 

「……いや、こいつら勝手についてきただけだし」

「オプション一号です」

「オプション二号です」

「……そう、じゃあいいわ。命拾いしたわね」

「命落とすような選択だったのかよ……」

 

 ニコリと雪乃は微笑む。言葉にしなかったが、まず間違いなくそういう選択だったのだと確信させる何かがあった。同時に、ああ成程と八幡に納得する理由が思い付いた。

 というかそもそも、彼女がこんなことをしているのに、その姉が何もしないわけがない。八幡の預かり知らぬことであるが、雪乃は昨日隼人にやったことをそのまま返されたのだ。巡り巡ると因果は返ってくるものである。諸行無常。

 

「てか、お前何でそんな恰好なの?」

「……出来るだけ露出の少ない服装をリクエストしたらこうなったわ」

「かっこいいですよね、お兄ちゃんの数千倍」

「何か比企谷より主人公っぽい。あ、いや元々比企谷主人公って感じじゃないや、ウケる」

「だから何で一々俺をディスるんだよ」

 

 慣れているのか、八幡はどうでもよさげにそう述べる。そんな彼を見て楽しそうに笑った雪乃は、まあいいと踵を返した。どうせだから、しっかりと目に焼き付けていきなさい。そんなことを言いながら、彼女はクラスメイトの方と戻っていく。

 その途中で、ああそうだと彼女は振り向いた。

 

「これが終わったら私も自由になるから、一緒に行きましょう」

「どこに?」

「決まっているでしょう? 姉さんのやらかしの見学と」

 

 由比ヶ浜さんの応援よ。そう言って、雪乃は口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 オーケストラといえば格式張ったイメージを持たれがちであるが、雪ノ下陽乃の行ったそれは違う。異質といえば異質、正統といえば正統。目まぐるしく変わるそれは、観客の心に『飽き』を存在させず、『空き』を作らない。

 少し離れた場所で眺めているからこそそんな感想を持てるのだろう、と八幡は思う。これがもう少し観客席の中側にいればあっという間に飲まれていたであろう。そう、向こうで騒いでいる小町とかおりのように。

 

「流石は姉さんね」

「意外だな。お前が素直に褒めるなんて」

 

 彼と同じように少し離れた場所でステージを見ていた雪乃がそんなことを零す。それを耳にした八幡は、思わず隣へと視線を向けた。対する彼女は、そんな彼を見てくすりと笑う。別におかしなことは言っていない、と述べる。

 

「私はこう見えて姉さんのことを相当高く評価しているのよ」

「ことあるごとに突っかかっているように見えるんだが」

「認めているからよ。あの人を超える、倒す。そういう感情の裏返し」

「……言うほど差があるようには思えんがな」

「……きっとそれは」

 

 言葉を止める。言いかけたそれを飲み込んで、小さく笑うと視線を動かした。観客席にいる二人と、これから頑張る彼ら彼女らのいるであろう場所。

 そして、自身のすぐ隣。

 

「それは、何だよ」

「そう何度も言うことじゃないわ。あなたが覚えていないのなら、それはあなたの責任よ」

「意味分からん」

 

 オーケストラは終盤を迎える。それが終われば、一つ二つを挟み大トリのバンド演奏だ。この後に頑張るのは流石に酷かもしれない、という副委員長の配慮により、厳選された有志団体が残されている。このまま残ってくれる観客も一定数いる関係上、プラスに働く可能性も十分ある。

 が、大トリのバンドはその辺りを考慮されていない。応援に行くという雪乃の言葉にゾロゾロとついていった八幡と小町とかおりは、無表情で楽譜を眺める翔と優美子を見て若干引いた。

 

「一色ちゃんは案外平気系?」

「いや、ぶっちゃけ今すぐ逃げたいですけど」

 

 その隣でキーボードをいじくっているいろはは、二人と比べると案外普通である。かおりの言葉にも、本心ではあるのだろうが若干の冗談で返せるほどだ。

 

「でも、ほら。あれの後だと、何やっても許されそうですし」

 

 そう言って小さく笑い、何よりかっこ悪いところを見せられませんからと視線を動かす。慣れたものなのか、この状況でもギターを爪弾きながら足でリズムを取っている隼人がそこにいた。ほほう、と口角を上げたかおりは、そういうことなら頑張りたまえと無駄に偉そうに会話を締める。

 

「で、お兄ちゃんは結衣さんに何も言わないの?」

「何で俺名指しなんだよ」

 

 小町に言われ、ガリガリと頭を掻きながら発声練習をしている結衣へと近付く。八幡の姿に気付いた彼女は、ぱぁと表情を明るくしてこちらに駆けてきた。

 

「ヒッキー! どしたの?」

「あー、いや。お前らの出番がもうすぐだからって、雪ノ下に連れてこられたんだよ」

「文実忙しくないの? 大丈夫?」

「もうやることなんぞエンディングセレモニーで挨拶するだけだ。気にするな」

 

 そんなことを言いながら、八幡は結衣を見る。やはり彼女も緊張しているのか、少し息が上がっているように感じられて。

 ん? と彼は怪訝な表情を浮かべた。先程までの様子を見る限り、最後に軽く発声練習をしていた程度でしかないはずだ。だというのに、彼女は明らかに疲労している。

 

「おいガハマ、お前」

 

 何かを言いかけたタイミングで、前の有志発表が終わったらしい。スタンバイお願いします、という実行委員の声に、皆は了解と立ち上がる。

 

「ほら三浦先輩、そんなんじゃ葉山先輩に幻滅されますよ」

「うっさい。分かってるっつの。……すー、はー。うし」

 

 いろはに背中を押され、優美子も覚悟を決め気合を入れる。

 

「じゃあ戸部っち。私は観客席で見てるから。頑張って」

「……おう、頑張る」

 

 同じく応援に来ていた姫菜が笑みを浮かべながら翔に手を振る。それを見て、我に返った彼は笑みを浮かべサムズアップをした。ある程度事情を知っている者が見れば、うまく操作されているなと苦笑したことであろう。事実、隼人はそんななんとも言えない表情であった。

 

「じゃあ、行ってくるねヒッキー」

「……大丈夫なんだな?」

「……うん」

 

 はぁ、と溜息を吐いた。本人が大丈夫と言うからには、こちらとしてはもう関与出来ない。行って来い、と軽く手を上げると、八幡は踵を返した。見るなら観客席だ、そんなことを言いながら、舞台袖を後にした。

 彼に続くように、姫菜、小町、かおり、そして雪乃が観客席へと移動する。丁度誂えたように最前列で空いているそこには、笑顔で手を降る陽乃の姿があった。

 

「ところで比企谷くん」

「ん?」

「由比ヶ浜さんがどうかしたの?」

「……あいつ、体調崩してるだろ」

 

 八幡の隣に座った雪乃の問い掛けに、彼は溜息混じりで返す。人に散々言っておいて自分が具合悪くなってんじゃねぇよ。吐き捨てるようにそう続け、まだ幕の上がらない舞台を見た。

 

「由比ヶ浜ちゃんはあれだね。小学生の頃とか張り切りすぎて当日風邪で休むタイプだ」

 

 二人の会話を聞いていたらしい陽乃が割り込む。同じく聞いていた残り三人も、何となく納得したように頷いていた。物凄く同意しているかおりであるが、どちらかというと彼女もそういうタイプである。敢えて誰も指摘はしなかった。

 

「みんな緊張してるのもあって、気付かなかったっぽいね。というか私も今ヒキタニくんに言われるまで分からなかったし」

 

 申し訳なさそうに姫菜が述べる。そうしつつも、流石よく見てるねと八幡に笑みを浮かべた。その笑顔をちらりと見た彼は物凄く嫌そうな表情を返し、再度舞台に視線を戻す。

 大丈夫かな、と誰かが呟いた。本人は大丈夫だと言っていたが、勿論強がりの可能性だってある。バンドのボーカルは予想以上に体力を使うし、練習やリハーサルと違い本番は沢山の観客もいる。

 

「まあ、なるようしかならないよ」

 

 陽乃が幕の上がる舞台を見ながら言葉を紡いだ。それは無責任な発言のようで、突き放しているようで。

 それでも、どうにかなるだろうと誰かを挑発しているようでもあった。

 

「お、始まった」

 

 ドラムが最初のリズムを刻み、ギターとベースが鳴り響き、キーボードが旋律を奏でる。そして、その中心にいる少女は、マイクを持って全力で声を張り上げた。

 見目麗しい少女達と、爽やかなイケメン。ビジュアルも十分、そして、その演奏も素人目に見てもかなりのものであった。段々と緊張も解れてきたのか、増していく勢いが次第に観客へと伝播していく。

 いろはと優美子が競い合うように音を鳴らし、それを諌めるように隼人のギターが主旋律を響かせる。ドラムは出来るだけ争いに加わらないようにしつつ、誰かのためにリズムを刻み。

 それを一つの演奏として纏めているのが、中心のボーカルであった。ベースを、キーボードを、ギターを、ドラムを。それぞれの空気を感じ取り、そちらへと誘導させるように歌う。それが段々とパズルのピースのように嵌まり込み、先程言ったように観客にそのピースが広がり始め。

 

「凄いね、お兄ちゃん」

「……ああ、そうだな」

「比企谷ー、ノリ悪いぞー」

「ああ、そうだな」

 

 既にノリノリになっている小町とかおりへの返事がなおざりだ。そのことに気付いた雪乃は、八幡が何を見ているのか視線の先へ顔を向けた。とはいっても、同じ方向を見ているので、精々誰に集中しているかどうかくらいだ。そして、誰かなんてのは確認するまでもない。

 足に力を込めたのは、同時だった。そして、動き出したのは八幡の方が早かった。が、瞬発力や身体能力の関係上、後出しの雪乃に彼は敗れた。

 一曲目のラストのサビ部分。そこで結衣の体がぐらついた。本人も歌いながら目を見開き、踏ん張りを聞かせようと足に力を込めた。が、思った以上に体が重い。

 あ、ヤバイ、これ倒れる。そんなことを思った彼女の視界一杯に、ステージへと飛び上がる少女が映った。素早く結衣を抱きとめると、そのまま彼女の手を取りサビの部分を歌い始める。

 突如現れた第二のボーカルに、観客は一瞬唖然となった。が、その登場の仕方も流れるようなバトンタッチも、まるで全て計算されたかのようであったため、演出の一環だと判断し更に沸いた。タイミングよくミラーボールが起動したことも拍車をかける。

 そうして一曲目が終わった。ふう、と息を吐いた雪乃は、後ろを見ると口の動きだけでごめんなさいと告げる。いろはも優美子も隼人も、そして翔も。まあ結果オーライだと苦笑した。ありがとうと再度口の動きだけで告げると、彼女は隣の結衣へと向き直る。本来であればすぐさま二曲目にはいるところであるが、何故か小さくBGMが流れており若干の猶予があるように思わせていた。

 

「ゆきのん……」

「ごめんなさい、由比ヶ浜さん。思わず出てきてしまったわ」

「う、ううん。こっちこそ、ごめん」

 

 たはは、と困ったように笑う結衣を見て、雪乃も苦笑する。そうしながら、支えている彼女から少し離れ、息を吐いた。

 

「さて、じゃあ……二曲目を、やりましょうか」

「へ? え、っと……いいの?」

「それはこっちのセリフよ。割り込んでしまうけど、いいかしら」

「うん、それは大丈夫。……やっても、いいの?」

「あなたの舞台よ。当然でしょう」

 

 そう言って雪乃は笑う。それに合わせるように結衣も笑うと、じゃあ、と深呼吸をし、前を見た。

 マイクを構え、そして、あ、と隣を見る。

 

「ゆきのん、マイクは?」

「心配いらないわ。今届くもの」

 

 右手を前に出す。そこに狙ったかのように飛来したマイクをキャッチすると、不敵な笑みを浮かべてそれを構えた。

 思わず視線をマイクの飛んできた方へと動かす。ミラーボールの操作、急遽用意したBGM、そして今のマイクの投擲を終え肩で息をしている八幡の姿が。

 

「ヒッキー……」

「彼もお膳立てしてくれたことだし……いくわよ、由比ヶ浜さん」

「……うん!」

 

 二曲目のイントロが始まる。この一連の流れで、会場は完全にこちらの支配下であった。傍観していた陽乃が、その結果を見て満足そうに笑うほどの。

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ……?」

 

 ぼんやりとした視界に映るのは天井。ゆっくりと体を起こすと、ここが保健室であることが分かった。何でこんな場所に、と結衣は首を傾げたが、その答えに即座に行き当たり目を見開いた。

 

「あたし、ステージ終わったら倒れて」

「おう。やっぱり大丈夫じゃなかったな」

「ふぁ!?」

 

 横から声。弾かれたようにそちらを向くと、呆れたような表情で座っている八幡が見える。暫し目をパチクリさせていた彼女は、何かに気付いたように時計を見た。

 時刻は夕方、エンディングセレモニーも終わりに近付いている頃だ。

 

「ヒッキー! 文実は」

「あ? どうせ俺のやることなんぞ挨拶だけだからな。雪ノ下に押し付けた」

 

 なんてことのないように彼は言う。実際別段思うこともないのだろう。だが、結衣は違う。自分のせいで、あれだけ頑張っていた仕事を、台無しにしてしまった。そんな思いが、彼女の中に満ちていく。

 

「……ごめんね、ヒッキー」

「はぁ? お前いきなり何を」

「あたしのせいで、ヒッキーの文実の仕事が、最後まで出来なかったから」

「だから別に」

「あれだけ偉そうなこと言っておいて、自分が体調崩して倒れて、自分が一番迷惑掛けて」

 

 ぽたり、とシーツに染みが出来る。彼女が泣いているのだということに気付いた八幡はギョッとした表情で、なんとかしようと手を上げかけ。

 ぽつりぽつりと泣きながら自分が悪いのだと零す結衣を見て、その手を下ろした。彼女が言うのを、ただ黙って聞いていた。

 

「あはは……ダメだなぁ、あたし、最低だ」

「……ああ、本当に最低だな」

 

 ビクリ、と結衣の肩が震えた。顔を伏せ、そうだよね、と小さく呟き。シーツの染みがどんどんと増えていく。

 それを見ながら、八幡は言葉を紡ぐ。泣いている彼女に向かい、述べる。

 

「知ってるだろ? 俺は無理矢理実行委員長に任命されたんだ。だから正直仕事を最後までやりきるとかどうでもいい。むしろあいつに押し付けれて清々してるくらいだ」

「……?」

「雪ノ下だって、あのステージにわざわざ派手に登場したおかげで、俺が尻拭いする羽目になったんだ。最後くらい押し付けても罰は当たらん」

「えっ、と……?」

「大体、三浦や葉山や一色が気付かないのも問題だろ。俺は見たら一発で分かったんだから、あいつらだって」

「ちょ、ちょっと待ってヒッキー!」

 

 捲し立てる八幡に、結衣が待ったを掛ける。涙の跡は残っているものの、いきなりのそれに引っ込んでしまったらしい顔を彼に向けると、一体何の話をしているのかと尋ねた。

 彼女の問い掛けに八幡は溜息を吐く。だからさっき言っただろうがと言葉を続けた。

 

「お前が自分のことを最低だって言ったから、ああそうだって、その理由をだな」

「り、理由? 何かぶっちゃけあたし関係なくなかった?」

「何でだよ。お前が一人でグダグダ言ってたから、他の連中だって似たような――」

 

 そこまで言って、八幡は口を閉じた。視線を明後日の方に向けると、まあつまりお前は最低なんだとわけの分からない締め方をする。

 そこまでくれば、流石に結衣も察する。とどのつまり、彼は彼女を。

 

「ひょっとして、ヒッキー……励まして、くれてるの?」

「はぁ? 何言ってんだお前。更に脳がイカれたか?」

「酷くない!?」

 

 思わずいつものツッコミを入れ、そして何だかおかしくなった。あははは、と結衣は笑い、そして残っていた涙を拭う。その顔は、先程のような沈んだものではなく、いつもの、弾けるような笑顔で。

 

「ありがと、ヒッキー」

「お礼を言われるようなことなんぞ何もやってねぇよ」

「ううん。今励ましてくれたのもそうだし、あたしが起きるのを待っててくれたのもそうだし」

 

 ここまで運んでくれたのも、そうだ。そこまで述べると、彼女は彼の手を握った。だから、ありがとう。もう一度そう言って、微笑んだ。

 

「……勝手に言ってろ」

 

 夕日が部屋を照らしている。だから二人の顔は真っ赤に染まっている。それ以外の理由はない。今はそれでいいのだ。それで、十分だ。

 

 

 

 

 

 

 少し前、ほぼ同時刻。エンディングセレモニーにて。

 

「本来ならば、実行委員長が発表するのが常ではありますが。彼は仕事より愛を取ったため、この場にいません。したがって、代わりに副委員長である雪ノ下雪乃が務めさせていただきます」

 

 彼女の前置きにより吹き出しむせた教師が一人、大爆笑した特別下っ端が一人いたとかいなかったとか。

 


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