セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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プロットが死んだ!
現実感が死んだ!

この人でなし!


その4

 勝負の場に指揮官がいるといないとでは明確な違いがある。先程は雪乃がそこにいたが、男子のみの競技には当然参加していない。一方白組は隼人も八幡もそこにいる。

 元より男子競技は捨て石であったのか、それとも開始前の指示だけでもどうにかなると思っていたのか。恐らく前者であったのだろうと隼人は考える。でなければ、こうもあっさりと勝負は決まるというのは考えられない。

 あるいは、そう思うように。負けるように誘導したのかもしれない。

 

「葉山、考え過ぎるな。ハゲるぞ」

「雪乃ちゃん、いや、あの姉妹相手には考え過ぎるということはない」

「それが既に向こうの罠に嵌ってんじゃないのか?」

「……かも、しれないな」

 

 そう言いながら苦笑した隼人は、しかし止まれないと八幡に述べる。もしそうしたのならば、そこで自分は折れる。今はまさにそういう状況なのだ、と言葉を続けた。

 

「ああそうかい。じゃあ精々頑張って爆死してくれ」

「その時は雪乃ちゃんも道連れさ」

 

 赤組の、実質的大将を見やる。どちらにせよ、次で終わりだ。男女混合の、バラエティー番組のような『陣取り』で。

 そんな彼の決意を横目で見つつ、八幡も内心では言うほど冷めてはいなかった。隼人ほどではないが、雪ノ下雪乃に思うところは当然ある。一回あいつ泣かす。それくらいには思っていた。

 男子の棒倒しを片付け、グラウンドは最終競技の準備が進められている。大小まちまちの大きさの円と、その中心部に立てられたポール。そしてそれに付けられた赤白の旗と、上げるためのリール。こうして見ると、体育祭の競技とはかけ離れているのが嫌でも分かった。

 

「さて、準備もそろそろ終わりそうですので、放送も開始させてもらいます。実況はわたし、一色いろはと愉快な仲間たち! そして解説は平塚静先生です」

「こうなりゃとことんやるぞ」

 

 ははは、と笑う静と隣でワイワイ騒ぐいろはとその友人達。参加に丸を付けた生徒達が出場のため入場門に向かう中、彼女達は改めてとルールの説明を行っていた。

 

「えーっと。競技は陣取り、まあ見ての通りグラウンドに用意された陣地が五つあるわけなんですけど」

「陣地の真ん中にある旗を上げたらその陣地をゲットだぜ! ってわけですねぇ」

「リールの回す方向で、赤が上がるか白が上がるか決まってるんですねー」

「でも回せるのは決まった役割の人だけ、と」

 

 説明を見ながら各々で喋るいろは達。次いで役割の説明をしつつ、まあ自分の役目を知らないってこともないでしょうけど、と続けていた。

 ポジションは二つ。陣地を取る役と、それらをぶちのめす役だ。

 

「先生、もう少し言い方が」

「ん? ディフェンダーとかアタッカーとか、そういうやつか?」

「そこはかとなく中二病みたいな感じしますよねぇ、それ。よし、いろは、任せた」

「……えー、ディフェンダーは陣地を取る役目で、やれることは陣地を取ることと同じポジションの相手を倒すことです。アタッカーはその人達を一方的に倒せますけど、陣地に入ることが出来ません」

「うわ普通にやりおったこいつ」

「ディフェンダーはアタッカーに触られるかディフェンダーに鉢巻きを取られると失格。アタッカーはアタッカーに鉢巻きを取られるか、陣地に一歩でも入ってしまうと失格。というふうになってるらしいですね」

「その動じないところ、嫌いじゃないぜ」

「ちょっと黙ってくれない?」

「あ、はい。ごめんなさい」

 

 いろはと友人の少女の漫才じみた会話を聞きながら、赤白両名の選手は開始線まで移動する。ディフェンダーと称された面々は特に何もなく、アタッカーとされた者達はその手にスポンジ製らしき刀を持っていた。タッチ以外にもそれを当てることでディフェンダーを失格に出来るということらしい。

 そうした物の関係上、アタッカーは全体の一割にも満たない。グラウンドの移動制限もあるため、少数精鋭が推奨されていた。赤組も白組も、勿論そのように構成されている。

 

「葉山」

「どうした比企谷」

「やっぱり俺がこっちは、ないだろ」

「いいや。雪乃ちゃんを倒すには、比企谷がこちらでなければ駄目だ」

 

 アタッカー役になっている八幡がぼやく。周りを見ても、明らかに彼は浮いていた。それでも隼人はそれでいいと言ってのける。もうどうなっても知らんからな、と投げやりに述べると、彼は開始の合図を待った。

 

 

 

 

 

 

 開始と同時に、どちらも手近な陣地へ向かう。用意された場所は五つ。勝敗は全ての陣地が埋まった時多い方が勝ち、というシンプルなものだが、結局のところ三つの陣地を取った方が勝者であると言ったほうが早い。

 赤白両方が二つの場所でそれぞれ自分の旗を上げた辺りで、大体展開し終えている。残った場所へ向かうディフェンダーを、相手のアタッカーが追い回し潰していくのだ。傍から見ていると、鬼ごっこをしているようにも思えた。

 

「まあ、実質変則的な鬼ごっこよね」

 

 そんなことを言いながら、雪乃は未だ空白の陣地の周りをゆっくりと徘徊する。逃げようとする相手のディフェンダーを手早く始末し、向かってくるアタッカーは持っている剣で沈めて鉢巻きを奪った。

 

「さて……こうして姉さんみたいな真似をしたのだから」

 

 視線を動かした。こちらを睨みつける一人の少年を見やり、彼女は楽しそうに口角を上げた。ついでに小さく舌なめずりをする。

 

「雪乃ちゃん。君を倒せば、こちらの勝ちは揺るがない」

「あら、そうかしら? 試してみる?」

「勿論」

 

 一気に間合いを詰めた隼人にカウンターを合わせる。それを首の動きだけで躱した彼は、お返しだとばかりに右手に持っていた剣を振るった。アタッカー役は別に当たったところで失格になるわけでもない。が、その一撃を食らうことで相手に鉢巻きを奪われる隙を晒すことになる。事実、彼女はそうやって白組のアタッカーを数人潰した。

 同じく剣で受け止める。軟質素材、スポンジで出来ているそれは鍔迫り合いなどをすればすぐにヘタれる程度の安物だ。素早く剣を引くと、踊るように回転し、隼人の側頭部へとそれを叩き込む。

 

「くっ」

「粘るわね」

「当然、だっ!」

 

 体を反らすことでそれを回避すると、そのまま倒れ回転するように受け身を取る。彼女の背後を取った状態で、立ち上がると同時に斬撃を。

 

「……何であいつら突然バトル漫画始めてんだよ……」

 

 二人の勝負を遠巻きに見ていた八幡は、ついていけんと溜息を吐いた。一応隼人から作戦を聞いてはいるが、まず間違いなく実行出来ない。仕方ないと周囲に視線を巡らせ、とりあえず適当に相手チームのディフェンダーに剣を当てていく。いい具合に二人の勝負が隠れ蓑になっているらしく、気分はまるでステルスキルだ。

 

「はぁぁぁぁちぃぃぃぃまぁぁぁぁん!」

「うわ」

 

 即座に距離を取った。叫びながらこちらにやってくる少年を見て、八幡はげんなりした表情を浮かべる。雪乃をどうにかするというマストオーダーを達成することすら困難なのに、余計なおまけが現れたのだ。

 

「くくくく。ここであったが百年目、この剣豪将軍が、八幡大菩薩の因縁を断ち切ってみせようぞ!」

「その二つにどう因縁があんだよ……」

 

 義輝が気合だけは百二パーセントで剣を振りかぶる。勿論素直に当たってやる義理もなし、ステップで距離を取ると、そのまま彼は踵を返した。

 

「むぅ!? 八幡、貴様、敵前逃亡とは……っ! 恥を知れ!」

 

 猛烈な勢いで突進してくる義輝を、八幡は見ることすらなく駆けていく。そうしてグラウンドを無駄に一周した辺りで、彼は立ち止まり振り向いた。

 ようやく観念したようだな、と義輝が笑いながら距離を詰める。上段に剣を構えると、やはり無駄に気合を入れながらそれを目の前に相手に振りかぶった。

 

「我が刀の錆となれぃ! ちぇすとぉぉ――」

「悪いな、材木座」

「ぉぉぉお?」

 

 間違いなく当たる。そう確信を持った一撃を、八幡は笑って見ていた。避けるでもなく、受け止めるでもなく、ただ見ていた。その行動が不可解で、思わず彼の一撃が鈍る。だが、それでも、当たらないはずがない。

 

「やっぱり、今回の目標は雪ノ下に吠え面かかせることなんだわ。だから」

 

 ふわり、と義輝の頭が軽くなった。へ、と間抜けな声をあげるのと、剣が八幡の肩に当たるのが同時。剣を持っていない方の手で頭に触れると、先程まで巻いてあったはずの、参加資格の証明であるものが、無い。

 

「お前に構ってる暇はない」

「ぐ、ぅ……! 八幡……きさ、ま……っ!」

 

 どさりと倒れ伏す義輝。そのままピクリとも動かなくなったのを確認した八幡は、彼の背後で何やってんだお前らという目で見ている少女に視線を向けた。

 

「悪い、三浦。助かった」

「いや、いいけど。……あんたら何やってんの?」

「さあな。体育祭だから、ちょっとハメを外したくなったんだろ」

 

 ちょっとノリ悪くない? と起き上がった義輝にうるせえとっとと退場しとけと返し、八幡はそのまま目標を見る。同じように優美子もその一角を眺めた。雪ノ下雪乃と、葉山隼人の戦っている場所を。

 

「隼人、頑張ってんじゃん」

「この場合、男子の身体能力に余裕でついていけてる雪ノ下がヤバいんだろ」

「……まあ、チバセンの時戦ってそれは分かったけど」

 

 そこでふと気付く。こんなところでのんびり会話している場合じゃない。持っている剣を握り締めると、彼女は向こうの戦いに己の身を投じようと足を踏み出した。

 無駄死にするぞ、という八幡に、んなこた分かってると返した優美子は、やはり彼女らしからぬ雄叫びを上げて雪乃へと突っ込んでいく。それを見てやれやれと頭を掻いた彼は、ゆっくりと回り込むように足を踏み出した。

 

「あら三浦さん、加勢かしら」

「そんな、とこだし!」

 

 スポンジの剣で尚風切り音が響く。それを軽く胸を反らすことで躱した雪乃は、そのままぐるりと一回転し下から彼女の顎を狙った。

 なんじゃそら、と同じように上体反らしをして回避した優美子は、目の前でワイヤーアクションのような動きをした少女に目を丸くさせる。蛇足だが、二人の戦いを見ていた男子生徒も、雪乃の上体反らしと優美子の上体反らしのあまりにもな差に目を丸くしていた。

 

「ふむ……二対一は、流石に不利かしら」

「言ってろ!」

 

 隼人が攻める。その斬撃を受け流しながら、雪乃はちらりとある場所を見た。嘗めんなと突っ込んできた優美子へと一歩踏み出すと、剣を眼前に掲げ視界を塞ぐ。

 その一瞬をついて、彼女はステップで横に逸れた。着地した場所は二人からそこそこ離れた位置。先程義輝が倒れていた、というよりも今も絶賛屍を晒し中な場所である。

 

「それ、頂いてもいいかしら?」

「は? あ、はい、どうぞ」

 

 傍らに落ちていた彼の剣を拾うと、彼女は即座に反転する。両手に剣を持った雪乃は、舞うように隼人と優美子に襲いかかった。

 

「それ鉢巻き取れねーじゃん!」

「そうね。――まあ、倒してからゆっくりと剥ぎ取るわ」

「この、野郎……っ!」

「駄目よ隼人くん。こういう時は、このアマ、って言ってくれなきゃ」

 

 優美子のツッコミ、隼人の睨み。それらをさらりと流しながら、雪乃は笑う。その表情は、微塵も負ける気など無いという顔だ。勝つことしか考えていない顔だ。

 だから、八幡にとって、それは唯一の隙を晒している顔なのだ。

 

 

 

 

 

 

「あれは、完全に術中に嵌ってるな」

「はい?」

「あそこだあそこ」

 

 静が指し示したのは、残る一つの陣地の一角。体育祭でバトルファンタジー的な何かが行われている空間だ。

 

「葉山先輩と三浦先輩バーサス雪ノ下先輩ですね。体育祭ってなんだったっけって感じなバトル漫画が繰り広げられております」

 

 いろはもそこを見て、うわ、と思わず声を漏らす。スポンジの剣であるはずなのに、甲高い金属音が響いている気さえした。

 

「あそこがどうかしたんですか?」

「この勝負は、『陣取り』。相手を全滅させることが目的じゃない」

「でも、雪ノ下先輩を放っておいたらそれこそ勝てなくないですかー?」

「まあな。あいつを野放しにしたらそれこそ全滅した後ゆっくりと旗揚げされるだろう」

 

 だったら、といういろはの友人の言葉に、それでもと彼女は返す。視線を雪乃達から別の場所へと移すと、やれやれと頭を振った。

 

「今の白組は、統率者が不在の状態だ。あれでは残りの面々もどう動いていいのか不安になる」

「赤組は――あ、生徒会長が指揮とってますね。そりゃそうか」

 

 段々と押され始めている。が、白組はそれをどうにかするためのブレーンがない。先程の棒倒しの時に感じたそれが、自らに降り掛かっている真っ最中であった。

 

「一応海老名が立ち回っているが、あれは無理かな」

「んー。でも、雪ノ下先輩を倒せれば、まだワンチャンありません?」

「気持ち的にはわたしも白組だからそう思いたいけど」

 

 友人の言葉にいろはが難色を示す。やっぱり無理かな、と振り向いた彼女に、いろはは先程の勝負を思い出しながらコクリと頷いた。

 そんな彼女達に否定の言葉を述べたのは、言い出しっぺでもある静であった。まあ可能性はないことはない、と苦笑した。

 

「陣取り自体の勝敗はともかく、雪ノ下を退場させるだけならば、何とかなるかもしれんなぁ」

「ちょっと何言ってるか分かんないんですけど」

「陽乃が爆笑しながら言っていたが、あいつは体力が無い。だからこそ出来るだけ動かずに敵を殲滅していたのだろうけれども、今は二人と戦っていることで動きが激しくなっている。だから」

 

 底をつくことも、十分ありえる。そう言いながら、静は指を組んで台座を作るとそこに顎を乗せた。視線は雪乃から少し離れた場所に動かした。

 その一瞬を間違えなければ、ひょっとしたら。言葉に出さずに、彼女は面白そうに笑った。

 

「こん、ちっくしょー!」

 

 優美子の攻撃が、弾かれ、受け流され、躱される。クリーンヒットをすることなく、相手が倒れないことで彼女の集中力が切れ始めていた。とはいえ、この空間に無謀にも突入してくる命知らずは秒殺されるのだが。

 同じように、肩で息をしながら隼人も雪乃を真っ直ぐに見ていた。サッカーの試合でもしないような疲労を感じつつ、しかし目だけは微塵も闘志を衰えずに。

 

「…………」

 

 雪乃は一言も発さない。ただただ、そこに立ったまま、二人を見ながら剣を構えている。その姿は、さながらとあるファンタジー漫画の大魔王のごとし。

 が、それを少し離れた場所で眺めていた八幡は察していた。あれはもう喋る余裕を全部勝負に回しているな、と。二人が不利のようで、その実案外拮抗しているのかもしれないと。

 

「よし、そろそろ」

「そろそろどうするの?」

「うぉ!?」

 

 行くか、と足を踏み出そうとしたその瞬間に横合いから声。思わず飛び退ったそこには、やほ、と呑気に手をひらひらとさせる結衣がいる。

 

「ガハマ!?」

「何だしその反応」

「いやお前敵じゃねぇか。っていうかお前もアタッカーかよ」

「うん、そだよ」

 

 手に持っている剣をブンブンと振ると、思い出したかのように振り上げた。ちょいやー、という掛け声と共に繰り出されたそれを、八幡は溜息混じりで弾き返す。ついでに頭へ一撃を加えた。

 

「あいたっ」

「俺は今お前と遊んでる暇はない。ちょっとどっか行ってろ」

「犬かっ!」

 

 こんちくしょー、と剣をやたらめったら振り回す結衣を適当に受け流しながら、八幡は視線を再度向こう側に向ける。勝負はクライマックスを迎えていた。優美子が体勢を崩され、ついに致命の一撃を叩き込まれている。ぐらりと揺れる彼女の鉢巻きを、雪乃は剣を投げ捨てた手で素早く奪い取った。

 

「優美子! ――でも」

「……」

「届いたぞ、雪乃ちゃん!」

 

 攻撃と、鉢巻きの奪取。二動作を同時に行ったことで、彼女の体勢は崩されている。三撃目は、間違いなく当たる。そんな確信を持って、隼人は手にしていた剣を振り抜いた。

 スパァン、とそれが当たる音が響く。間違いなく当たった。雪乃の側頭部に、それは命中したのだ。

 だが。だが、しかし。

 

「……なん、だと……」

 

 もう片方の剣も捨てた雪乃が、カウンターで隼人の鉢巻きを引き抜いていた。呆然と自身の状況を確認する彼に向かい、大きく深呼吸をした彼女は笑みを返す。惜しかったわね、と笑う。

 

「剣を当てたところで、鉢巻きを取らなければ意味がないわ。それを忘れてしまった、あなたの負けね」

 

 そう言って再度隼人の目を見る。悔しさに塗れているであろう、彼の瞳を覗き込む。

 

「――ん?」

 

 そこに浮かんでいたのは、驚愕。そして、希望と、歓喜。どういうことだと一瞬動きが止まった彼女は、そこでようやく気が付いた。自分の頭部に、何かが迫ってきているのを失念していた。

 

「ああ、そうだな雪ノ下。珍しく勝ち誇って残心を忘れたのが、お前の敗因だ」

「比企谷くん!?」

 

 振り向いた時にはもう遅い。赤い鉢巻きをその手に握り込んでいる八幡が、その濁った目で彼女を見下ろしているところであった。思い知ったかこの野郎、と笑みを浮かべているところであった。

 

「比企谷、ナイスアシスト」

「うるせぇ。お前もあっさり天地魔闘の構えに潰されてんじゃねぇよ」

 

 そんなことを言いながら、立ち上がった隼人に向かって手を上げる。その意味を瞬時に察した隼人は、彼のその手に自分の手を打ち合わせた。

 ぱぁん、と手が鳴る音が響く。ふん、と鼻を鳴らす八幡も、少しだけ眉尻を下げている隼人も。双方ともに、笑顔であった。

 

「やられたわね……二人共囮だったなんて」

「何か勝ったと思った瞬間が一番隙だらけだとか言ってたけど」

 

 疲れた、とへたり込んでいる優美子がそんなことを述べる。確かにそうね、と彼女に笑い掛けた雪乃は、何故か勝ち誇った顔で立ち上がりその手を取って立ち上がらせた。

 

「雪ノ下さん、あんた何を」

「ヒッキー、無視すんなぁ!」

 

 猛烈な勢いで走ってくる結衣に思わず視線を向ける。あ、やべ、と八幡は即座に反転すると、その場から逃げ出そうと足を踏み出した。

 

「逃がすかー、って、あ」

 

 足に力を込め、更に加速しようと踏ん張ったその瞬間。お約束のように結衣は躓いてバランスを崩した。ぐらりと傾き、そのまま大地へと盛大にディープキスをかまさんとダイブの準備をし始める。

 が、その途中に妨害者が入った。がしりとそんな彼女を掴むと、何やってんだお前と呆れたように溜息を吐く少年が一人。

 

「あ、ヒッキー」

「馬鹿だろ。何お前ドジっ娘でも目指してんの? 手遅れだからやめとけって」

「酷くない!?」

 

 むー、と不満げに腕の中から彼を見上げる。そう、腕の中である。八幡の、腕の中である。

 

「いろはいろは! あれってラッキースケベ的なやつ!? それともラブコメイベント!? あーもうどっちでもいいや、リアルで見るとは思わなかった!」

「落ち着け。いやまあ確かにわたしもああいうの本気でやる人初めて見ましたけど」

「……あー、爆発しないかな」

 

 実況と解説が大わらわである。スピーカーから流れるそれを聞き、思わず周囲がそこに視線を集中させた。結衣を抱きとめる八幡を、見た。

 

「……うぉぉぉ!?」

「ちょ!?」

 

 全力で結衣を引き剥がすと、八幡は逃げる。男女逆だろ、と呆れるような優美子の言葉も、彼は勿論聞こえていない。勿論周りも見ていない。

 陣地に入ったので失格です、という審判の声を聞きようやく我に返った八幡は、そのまま無言でゆっくりと死んだ。膝を付き、ガクリと崩れ落ちた。

 

「負けたわ、比企谷くん」

「何一つ勝ってねぇよ!」

 

 肩を震わせながら彼の肩を優しく叩く雪乃に、八幡は心の底から呪詛を送った。隼人と優美子は、武士の情けか極力八幡を見ないよう視線を逸らしていた。

 当たり前といえば当たり前であるが、この後残っていた戦力の差で赤組が勝利し、体育祭は終わりを告げた。

 

 




ゆきのん「このまま普通にそっちの戦力無くなったけどねえどんな気持ちってやろうとしたらラブコメに全部持っていかれた。後悔はしていない」

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