その1
「修学旅行で、勝負、決めっから」
「そうか」
「お、おう」
キリッとした表情でそう述べた少年を、残り二人の少年はどこか冷めた目で見ながら返事をした。発言した方はノリ悪くない? と当たり前だが食って掛かる。
それに対して一人の少年は、腐ったような目をした少年は言葉を紡いだ。
「いや、そもそもなんで俺が戸部や葉山と飯食ってるんだ?」
比企谷八幡の純粋な疑問であった。彼のこれまでの生活を鑑みて、葉山隼人と戸部翔両名と共に昼食を食べるというシチュエーションなど想像もしていない。起きる可能性が皆無の事象など考えているはずもないのだ。
が、事実は事実として受け止めねばならない。八幡は間違いなく隼人、翔の二人と昼飯タイムを過ごしている。
「いやいや、ヒキタニくん体育祭でも同じチームだったじゃん? これはもうマブダチといっても過言ではなくね?」
「過言だ」
「おおう!? ツッコミ厳しいなぁ」
「……葉山」
「ん? 友人同士で昼飯なんか当たり前だろ」
「誰が! いつ! 友人になったんだ!」
「俺達と君が、夏休み辺りから、だな」
さらりと返されたので八幡としても黙るしか無い。そんな覚えはない、と言い切れたら良かったのだが、生憎その辺りのやり取りは既に結衣とし終わっている。改めて口に出され、再確認をしたに過ぎない状態となっただけであった。
もういい、と溜息を吐いた八幡は、それで何をどう決めるのかと話を戻した。何だかんだで、テリトリーの外ではない相手には面倒見がいいのがこの少年である。妹曰く捻デレ、悪友曰くツンデレ馬鹿、親友の評価は優しい人。尚、悪魔からの判定は口にするのは憚れた。
「そうそう。……海老名さん、いないよな?」
「今日は優美子達は奉仕部で食べるって言ってたな」
教室を見渡す。そこに件の人物がいないことを確認した翔は、そこで息を吸い、吐いた。八幡は奉仕部でまた何かよからぬことが始まっているのかとげんなりした表情を浮かべた。
それはともかく、翔は隼人と八幡を見る。決めるというのは他でもない、と口を開く。
「俺、海老名さんに告白する」
「振られるぞ」
「即答!? いやヒキタニくんそりゃないべ」
「いや、だって。なあ?」
「俺を見るな」
思わず横を見ると、隼人もなんとも言えない表情で翔を見ている。悪いことは言わない、まだタイミングが悪い、時期尚早だ。そんなことを口ではなく顔で表現しながら、彼は八幡の言葉をそっと肯定した。
「いや、つってもほら。これを逃すともう二年終わっちまうし、三年は進路で分かれるじゃん? だからこう、今しかチャンスはないっていうか」
「まあ、そう言われてしまえば、そうかもしれんが」
ううむ、と隼人は何かを考え込む仕草を取る。が、何かに気付いたように顔を上げ、彼は翔を見た。ちなみに、と述べた。
「さっき比企谷が言ったように、振られるというのが結果でも構わないのか?」
「え? いや、そりゃ……良くはないっしょ」
「そうか。じゃあやっぱり――」
「でも」
振られたくないのならやめておけ。そう言いかけた隼人の言葉を、翔は遮る。当たり前のことであるし、好き好んで振られたいわけでもない。それでも、と彼は述べる。
「言わないままってのは、やっぱ駄目っしょ」
「……そうか」
それなら仕方ないな。そう言って隼人は肩を竦めた。ならば自分の言うことは何もない、と引き下がった。
話終わったんならもう帰っていいかな、という顔を見せているのが八幡である。
「いや頼みここからだしね!?」
「これ以上何を頼むんだよ。言っとくが告白の手伝いとか無理だぞ」
「え? マジで?」
「いや戸部。むしろなんで出来ると思った」
八幡の言葉に隼人も同意をする。それを聞いて我が意を得たりとばかりに、そんな都合よく、さりげなくフォロー出来るような人種じゃない、と八幡は自慢げに言葉を続けた。横で隼人はなんで自分下げてるんだこいつ、という目で彼を見ていた。
「いや、でもほら、二人ならこう、女子との距離と詰め方とか知ってそうだし?」
「それこそ何でだ。葉山ならともかく、俺に聞くのは無意味だろ」
「え?」
何言ってんだこいつと翔は八幡を見る。隣では隼人が思わず吹き出して視線を逸らしていた。
「いやいやいや、このクラスでヒキタニくんが聞く価値なしレベルだと男子ほぼ全滅だから! ぶっちゃけ大和や大岡はこの相談にはヒキタニくんと勝負になんねぇから!」
「ちょっと何言ってるか分からん」
物凄く怪訝な表情で眼の前の少年を眺めていたが、しかし八幡とて心当たりが無いかと言われれば答えは否。だが、それをもってこの扱いは正直御免こうむるというのが彼の偽りのない答えであった。
「……一応言っておくが、俺は別にあいつと付き合ってるわけじゃない」
「まったまたー。と、言いたいけど結衣はマジでそんな感じなんだよなぁ」
「戸部、比企谷はボカしたんだから名前を言うな」
まあそれはともかく、と隼人は八幡に続きを促す。とはいえ、続きと言ってもだから告白もしていないし手伝えるほど経験があるわけでもないと述べるだけだ。ついでに気の利いたことなどしたことはないと言い切った。
「ちょっと隼人くん。今の聞きました?」
「聞きましたよ戸部くん。やったことないですってよ」
「何キャラだお前ら。特に葉山」
ジロリと死んだ魚の眼を二人に向けると、揃ってニヤニヤと笑みを浮かべるのみ。この野郎、と眉尻を上げ、付き合ってられんと席を立ちかけた。
すいませんやりすぎましたと土下座せんばかりに翔が頭を下げたので、八幡としてもしかたなく折れた。チョロいわね比企谷くん、と黒髪ロングの悪魔の幻影が微笑んでいた。
「てか、理由はともかく。そういうのは葉山の得意分野だろ、俺いるのか?」
「あー、いや、それは、まあ」
純粋な疑問に、翔はバツの悪そうに頬を掻いた。ちょっとこれ言うの気まずいんだけどな、と言いながら、とりあえず隼人くんごめんと隼人へ頭を下げる。
「ほら、隼人くん超いい人で、イケメンで……こういうのに悩んでなさそうな、的な」
「あー。確かに葉山は告白するよりされる側だろうしな」
納得したように八幡は隼人を見た。が、その言葉に彼は苦笑するでも流すでもなく、どことなく真面目な雰囲気を纏いながら視線を落としていた。そう見えるか。二人を見ることなく、彼はポツリと呟いた。
「……俺も、同じだよ。好きな人に告白したいと決意して、必死で舞台を整えて――」
――へぇ。わたしと雪乃ちゃんに泣かされてばかりだと思ってたのに、隼人も成長してたんだ。偉い偉い。……でも、ごめんね。わたしはきっと、隼人を男として見ることは、絶対ないよ。だから――
「――盛大に、振られた」
彼の言葉に、二人は口を挟めなかった。茶化すことも出来なかった。
は、と我に返った隼人は、慌てて顔を上げると、普段通りの顔で笑う。まあ心配せずとも、頼まれたからには協力するさと言葉を紡ぐ。
「そういうわけだから、比企谷。悪いが」
「……めんどくせぇ」
嫌だ、とは言わなかった。言ってもよかったが、何故か言うのが憚れた。それは、こんな自分でも友人だと言い切ってくれる二人を見たからなのか。それとも、隼人の姿を見て、彼も自分の中でなにか思うことがあったのか。
どちらにせよ、八幡の中では馬鹿馬鹿しいことで。そして結局彼の口から出た言葉が、全てを物語っていた。
「で、三浦先輩は修学旅行で葉山先輩に告白するんですか?」
ぶふぅ、と優美子がお茶を吹いた。ぎゃー、とそれを躱した結衣が彼女を見るが、その表情を見てまあ仕方ないと諦めた。
「一色ぃ! いきなり何を」
「いや、何をも何も。このチャンス逃したらいつやるんですか?」
「ぐっ……」
言葉に詰まる。そのタイミングで、優美子が吹いたお茶を掃除し終わった雪乃が確かにそうねと会話に加わった。結衣と姫菜はとりあえず野次馬を貫く腹積もりである。
「あ、雪ノ下さんごめん。てかそれはそれとして何が!?」
「だから、隼人くんに告白するなら丁度いいイベントよ、という話だけれど」
「だから何でだし! そんないきなり告白とか」
今更だろ、と姫菜が口を挟んだ。まあそうだよね、と結衣が同意したことで、流石の優美子も再度黙る。あの時自身の恋心を自覚した日から、雪ノ下雪乃に相談した時から。彼女は好意を隠していない。友達として接しながらも、男女の関係になりたいという気持ちは、バレバレなほどに筒抜けであった。だからこそ、いろはもそれに便乗し隼人と更なる接近を果たしたのだ。
「三浦先輩、何でこういう時ヘタレるんですか。それだと先輩笑えませんよ」
「何でヒキオが出てくるし。いや、いい、言うな」
察したのでいろはの言葉を手で制した。分かってるならいいですよね、と言う彼女の言葉を聞いて苦い顔を浮かべながら、しかし優美子は視線を落とす。そんな事言われても、と零す。
「告白して、隼人に拒絶されたら……離れられたら、嫌じゃん」
「まあそりゃそうでしょうね」
でも、といろはは優美子に述べる。わたしはそれでもやりますよ。そうはっきりと言い切った。
「今回はせっかくのイベントだし先に三浦先輩に譲ろうかなって思ったんですけど。そっちがそんな状態なら、わたし先に言いますね」
「ちょ! それは……」
「それは、なんです? こういうのは早いもの勝ちでしょう?」
「……」
いろはの言葉に彼女は黙る。ここ茶化す雰囲気じゃないよね、という姫菜のヒソヒソ声に、そりゃそうだよと結衣は返した。
そんな中、悪魔、もとい雪乃は平然と会話に割り込んだ。まあこれはどうでもいい情報なのだけれど、と指を立てた。
「多分一色さんは振られるわ」
「唐突に絶望を告げられた!?」
「ああ、心配しないで。もちろん三浦さんも振られるから」
「何の心配だし!」
がぁ、と自身に食って掛かる二人を見て笑みを浮かべた雪乃は、話の続きが当然あるのだと二人を宥める。これで無かったらぶん殴ってるところだ、と優美子は憤慨しながら座り直した。
「……あのバカは、まだ引きずっているのよ」
「は?」
「へ?」
何の話だ、と二人は、否、野次馬の姫菜と結衣ですら呆気に取られた。はぁ、と溜息を吐いた雪乃は、そんな四人のことを気にせずに言葉を続ける。これは自分が中学生の頃の話だけれど、と前置きをした。
「私と姉に玩具にされている一人の男子生徒がいたわ」
「ツッコミ入れないから」
「それもう入れてるも同然だよ優美子……」
「その哀れな生贄は、きっと精神に異常をきたしてしまったのでしょうね。よりにもよって私の姉に惚れてしまったの」
救いようのない馬鹿だ、と雪乃は溜息混じりに述べる。まあ姉さんはスタイルよかったし、どうせ私はこんなだから。となぜか突如自虐を始めた。
「一度相談されたわ。『陽乃さんに告白したいけれど、どうすればいい』と。まあ何をやっても無駄でしょうから好きなようにするのが一番と言っておいたけれど」
「何か葉山先輩が気の毒になってきました」
「体育祭気合入れるわけだ……」
いろはと姫菜の言葉に、だってしょうがないでしょうと彼女は述べる。実際問題、相手にされることは無いと確信していたのだからと続ける。
「私と姉さんにとって、隼人くんは弟分でしかないわ。男として見るのは、天地がひっくり返らない限り無理。そのレベルよ」
「天地がひっくり返ればいけるんじゃん」
「そうね。……でも、それをするのは彼でなければならなくて。そして彼は、天地をひっくり返すことは出来なかった」
話しながら淹れていた紅茶を皆に振る舞う。全員が紅茶に口を付けるのを見届けてから、雪乃は再度口を開いた。引きずっているのはつまりそういうことで、今告白しても振られるというのは要はそういう意味なのだ、と。
「あの隼人くんが、振られた相手のことをいつまでも、か……」
「普段は取り繕っているけれど、彼はああ見えて女々しいし、根に持つし。スケベよ」
「学校にいる葉山先輩のファンが聞いたら卒倒しそうな情報ですね」
「そういうあなたはどうなのかしら? 一色さん、今の話を聞いて幻滅した?」
クスリと口角を上げながら、雪乃はいろはに問い掛ける。そんなものは決まっている、と彼女はその質問に対し笑みを浮かべ答えた。
「いいじゃないですか。わたしが葉山先輩の失恋の傷を癒やしてあげますよ」
「おお、いろはちゃん燃えてる」
「で、我らが親友さんは、と」
ちらりと姫菜は優美子を見る。少なくとも、今の会話で幻滅することはないだろう。そう彼女は確信を持っていた。三浦優美子が葉山隼人に惚れた理由は、まさにそこだからだ。
学校で見せる完璧超人の仮面の下で、案外女々しく、根に持つタイプで、適度にスケベな等身大の葉山隼人だからこそ、好きになったのだから。
「……ねえ、雪ノ下さん」
「何かしら」
「今告白しても振られるっていうのは、隼人があの陽乃さんのことを引きずっているからだったよね」
「ええ、そうよ。でも、だからこそ」
「……あーし達が告白すれば、隼人はこっちを見るようになる?」
「そうね。少なくとも、一歩前には進むんじゃないかしら」
隼人は気付いている。それでも、はっきりと口にされないことを理由に、失恋の呪縛を振りほどかず蹲っている。だから、その縄を無理矢理解く。つまりはそういうことだ。
分かった、と優美子は呟いた。何かを決めたような顔をした彼女を、いろはは真っ直ぐに見やる。いいんですか、と目で問い掛ける。
「あったり前だし。一色、修学旅行終わってあーしと隼人が付き合ってても泣くんじゃねーぞ」
「面白い冗談ですね。失恋して泣いてる三浦先輩の横で、見事ゲットしてあげますから」
そう言うと、お互いに笑い合う。負けない、と笑みを浮かべたまま睨み合う。
そしてそんな二人を、雪乃は嬉しそうに眺めていた。本当に、あのバカにはもったいないくらいにいい娘達だ、と心の中で呟いた。
八幡は今日の昼のことを思い返しながら、ぼんやりと天井を眺めた。告白するとかされるとか、自分にはもう無縁だと思っていた。だが、こんな形で関わる羽目になるとは思わなかった。
「……めんどくせぇ」
ベッドに寝転がりながら、一人呟く。修学旅行なんか適当でいいと考えていた彼にとって、今の状況はとてつもなく億劫だ。
それでも頭から離れないのは、他人の恋路をどうこうということだけではなく、ぼんやりと浮かんでくるそれ。
結衣は今日の昼のことを思い返しながら、ぼんやりと天井を眺めた。告白するとかされるとか、自分にはそれほど関係ないと思っていた。だから、こうやって関わることになるとは思わなかった。
「んー。どうすればいいのかなぁ」
ベッドに寝転がりながら、一人呟く。修学旅行はぶっちゃけ沖縄辺りがよかったなどと考えていた彼女にとって、今の状況は降って湧いたようなイベントだ。
だが、それとは関係なしに、あるいは関連して頭に浮かんでくるのは。
『告白、か……』
何故か自身の隣を歩く、いつも一緒にいる、異性の顔。