セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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長くなりそうな気がしてきた。


その3

「……」

「……」

「………」

「…………」

「二人共、気になるんなら向こう行けばいいんじゃないかな?」

 

 通路を挟んで向かい側、二人席を向かい合わせたそこには、勝負を決めんとする四人が座っていた。葉山隼人と戸部翔、三浦優美子と海老名姫菜である。なお勝負を決めようとしているのは翔と優美子のみだ。

 そしてその後ろの席で聞き耳を立てているのが由比ヶ浜結衣である。おまけで比企谷八幡がセットだ。そんなわけなので彩加の言葉は至極もっともといえた。

 

「でもまあ、優美子は頑張ってるし、ヘタにちょっかい出すと逆にマズいっていうか」

「だったら見守っとけばいいんじゃない?」

「うー、沙希までそんなこと言うし……」

 

 若干不満ながら、結衣はそう言って引き下がった。それに伴って八幡も終わった終わったと聞き耳をやめる。お前は何でやってたんだよ、という沙希の視線が突き刺さった。

 

「……戸部と葉山が、何かサイン送ってくるんだよ。知るかってのに」

「ほえ?」

 

 マジでか、と結衣がちらりと向こうを覗き込む。一見和やかに談笑しているようなその空間を見て、しかし彼女はうわぁと顔を引っ込めた。

 

「――って感じで、どうよ海老名さん」

「んー、それは――あ、優美子は――」

「んー、ま、あーしは――なんだけど、どうかな隼人」

「そうだな。うん、それは」

 

 助けて。誰が発したのかは不明ということにしておくが、そんなサインを感じ取ったのだ。ああこれ暫くグルグル回るやつだと結論付けた結衣は、何も見なかったことにした。

 翔は姫菜を意識して話題を出す。姫菜はそれを優美子にパスをする。優美子はそれを受けて隼人にシュート。隼人は翔に回したところで目的に向かわないので甘んじてそれを受け止めて。

 

「さらば葉山。ざまぁと言っておこう」

「それはそれでどうなの……?」

「そう言われてもだな。ぶっちゃけ俺に何を期待してるって話だ」

「そこは八幡が愛の人だからじゃない?」

「戸塚、それはもう忘れてくれ。いやマジで」

「無理でしょ」

 

 小さく笑っている沙希の追い打ちで、八幡はガクリと項垂れる。人の噂は七十五日。大体三十日おきに更新されたおかげで、その消滅には多大なる時間を要する状態だ。勿論修学旅行の今の時点ではがっつり根を張っている。

 

「どちらにせよ、俺に今出来ることはない」

「んー。まあそれは確かにそうかも」

 

 頑張れー、と小さくエールを送った結衣は、じゃあこちらは普通に新幹線を楽しもうと窓を見た。目まぐるしく変わる景色を眺め、早い早いと彼女ははしゃぐ。それを見て、お子様だな、と八幡は鼻で笑った。

 そうして四人で雑談をしていると、彩加が何かに気付いたように声を上げた。どうしたのだと彼を見やると、窓の外をくい、と指差す。

 

「お、富士山」

「え? あ、ホントだ」

 

 視線を窓に向けた八幡がそう呟き、結衣もそれに合わせて彼の隣から窓を見る。おお、と目を輝かせながら、彼女はそのままずずいと窓へと近付いた。

 

「ガハマ、ちょ、おま」

「やっぱ富士山大きいなー。ヒッキーもそう思わない?」

「いやそんな押し付けなくても大きいのは分かってんだよ」

 

 言ってからはたと気付く。あ、これアウトだ、と。案の定向かい側、彩加の隣の沙希は何唐突にセクハラしてんだお前という目で彼を見ている。彩加は聞かなかったことにしたらしい。

 当事者は我関せずである。ぐいぐいと己の富士山を二つ八幡へと押し付けながら、顔を彼の肩に乗せながら暫し無言で富士山を眺めている。

 

「富士山きれいだね、やっぱり。よっと」

 

 満足したのか、結衣はそういうと彼から離れた。写真撮っておけば良かったかな、と呟きながら、向かい側の二人へと視線を向ける。

 あはは、と苦笑する彩加と、途中で意見を変えたらしく額を押さえている沙希の姿が目に入った。

 

「どしたの?」

「……いや、こっちも大概だなぁって」

「フォロー必要なのむしろこっちなんじゃ……」

 

 ん? と首を傾げる結衣と体ごと窓の外に向けて頑なに動かない八幡を見て、二人はそんな感想を持った。

 

 

 

 

 

 

 修学旅行の初日はクラス単位での行動である。向かうのは清水寺、言うまでもない有名所で、修学旅行の定番でもある。そして定番ということは、人が多いということでもあり。

 

「時間かかりそうだね」

「そうだな」

 

 彩加と共に列をぼんやり眺めている八幡は、集合写真を撮った時の話を思い返していた。新幹線の席とは違い、これからの行動はフォローが出来るはず。そう結衣に言われたのだ。現状、フォロー役に回れるのが八幡と結衣の二人しかいない。優美子のフォロー役の姫菜は翔のターゲットで、翔のフォロー役の隼人は優美子のターゲット。お互いの情報交換をしつつ動けるのが現状この二人なのだ。彩加と沙希も一応事情は知っているが巻き込むのは忍びないと見守る要員で、悪魔は別クラスなので今日はいない。

 そんなわけで何か、と結衣が考えているらしいのだが。八幡はそこはかとなく不安であった。

 

「あ、ヒッキー」

「おう」

 

 ててて、と結衣が駆け寄ってくる。向こうはいいのか、という言葉に、彼女はそっと目を逸らした。

 

「まさかまた新幹線の時みたいなのになってんじゃないだろうな」

「あ、いやそれは大丈夫。というか、いつもの面々でいつものように喋ってたから何も進展してないっていうか」

 

 隼人と翔の他に、大和と大岡も混じったことで恋愛スパイラルは終わりを告げたらしい。そんな六人編成から抜け出した結衣は、とりあえず今なら作戦会議が出来るねと意気込む。

 当たり前だが八幡は心底嫌そうな顔をした。

 

「何でその顔だし」

「自分のことでも精一杯の人間が他人に口出しできるほど余裕があると思うなよ」

「そう言いつつ割と助けてるよねヒッキー」

「たまたまだろ。後は雪ノ下に騙されたか」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡はここにいない悪魔をボロクソに言いながら、とりあえず今日はなるようにしかならんと結論付ける。幸いにして清水寺ならば色々頑張れるポイントも多い。そんな割と適当なことを言いながら、八幡は結衣を優美子達のいる場所へと押し戻した。

 

「自分のことで精一杯、か」

「……何か含みがある表情ですね戸塚さん?」

「口調変だよ。……まあ、そうだね。八幡が自分で考えたことなら、それでいいんじゃないかな?」

「考え、か」

 

 ガリガリと頭を掻く。どうもこの間から、『そういうこと』を意識する出来事が多過ぎる。それが八幡の中では毒のようにジワジワと広がり、そして苛むのだ。否定するのだ。否定しろ、と、勘違いするな、と。言い聞かせてくるのだ。

 

「ぼくはさ。あんまりそういう経験ないから手助けにはならないかもしれないけど」

「戸塚……」

「でも、多分八幡のそれは、まちがってないよ」

「……いや、俺のこれは、まちがっているだろ」

「そんなことない」

 

 思わぬ力強い口調に、八幡はそちらに目を向ける。真っ直ぐにこちらを見詰める彩加を視界に入れ、彼は少しだけ気圧された。

 

「戸部くんも、三浦さんも。……八幡も一緒だよ。まちがってなんか、ない」

「そう言われても……やっぱり、はいそうですかと納得は出来ねぇよ」

「ははは。うん、そうだよね」

 

 苦笑しながら頬を掻く彩加を見て、八幡も小さく息を吐いた。とりあえず、自分のこれは置いておこう。蓋をすることはない、捨てることもない。けれど、持ち上げることもない。

 今はまだ、今日はまだ、置いておこう。そう八幡は決めた。

 前を見る。列の待機時間は終わったらしく、ようやく清水寺へと進めるらしい。ゾロゾロと歩きながら、八幡は彩加と先程の会話を打ち切って適当に駄弁る。

 そうして到着した清水の舞台。京都の街並みが遠くまでよく見えた。流石に高いなと八幡が一人ぼんやりしていると、彼の背中に声が掛かる。彩加は先程別のクラスメイトに連れて行かれた。つまり該当者は彼の知る限り一人。

 

「お前は向こうで集まってろよ」

「酷くない!?」

 

 溜息と共に振り向いたそこに立っていたのは当然結衣。いやいやあれを見るがいい、と彼女が指差した先は、成程いつの間にか翔・姫菜ペアと隼人・優美子ペアの新幹線と同じ面子になっている姿が。

 

「お前フォローしきれないからって逃げてきたんじゃないだろうな」

「違うし。ていうか案外向こう上手く行ってるし」

 

 確かに見る限りそこまで切羽詰った空気ではない。隼人も極々普通に優美子と話している。普通じゃ駄目だろ、という八幡の言葉に、それはそうだけどと結衣は視線を逸らしながら頬を掻いた。

 

「まあ、とりあえず今は清水の舞台だよ舞台!」

「誤魔化したな」

「誤魔化してないし! ていうかヒッキー何か遠くない? 怖いの?」

「はぁ? 俺がどうやって怖いって証拠だよ」

 

 若干支離滅裂な文章を口にしながら、八幡は結衣の隣に立つ。どうだ、と横を見ると、少し見上げるような形で彼女が微笑みかけていた。思わず顔を逸らし、その拍子にバランスが崩れる。

 ゴス、と柱に腰をぶつけ、八幡はその場で悶絶した。

 

「ひ、ヒッキー、大丈夫!?」

「超いてぇ……」

 

 まあ落ちなかっただけマシだろう。そんなことを言いながら立ち上がった八幡は、結衣が腰を擦ろうと近付いてきたので慌てて押し留めた。人目を気にしろ、と言いかけ、その言い方ではまるで、と飲み込む。

 

「でもヒッキー、これで修学旅行動けないとかなったら」

「そのレベルのダメージだとお前が腰擦っても無意味だからな」

 

 腰の調子を確かめるように回すと、それで何かするのかと彼は結衣に問い掛けた。それを聞き、彼女はああそうだとカバンからスマホを取り出す。

 

「写真撮ろうよ写真」

「了解。じゃあちょい貸してみ」

「いや二人でだから。それ確実にあたしだけ撮る気だったでしょ」

「ぐ、ガハマのくせに」

「ふっふっふー。何だかんだでいつも一緒にいるからね。ヒッキーの行動パターンとかお見通しだし」

「自惚れるな」

「酷くない!?」

 

 ぶうぶう、と文句を言いつつ、スマホを構えたまま結衣は八幡の隣に立つ。枠に収まりきれない、と腕を組むように密着した彼女は、出来た写真を見てご満悦であった。

 そんな光景は当然ながらクラスの面々は見ているわけで。二人を見てピンときた翔は、姫菜に向かって自分たちも写真を撮ろうと食い気味に提案していた。あまりにもバレバレなそれに、一応気付いていないふりをしている姫菜も若干止まる。そんな二人を見て溜息を揃って吐いた優美子と隼人は、全く同じタイミングであったことで顔を見合わせ笑った。

 

「悪いな、優美子。戸部のやつが」

「んー、ま、いんじゃない? 海老名も別に嫌がってない、と、思うし」

 

 後半は少しだけ自信なさげであった。とりあえずそうしておこう感が満載であった。

 コホンと咳払いをする。それはそれとして、と彼女は隼人を見た。その手をほんの少しだけ強引に引っ張ると、そのまま清水の舞台へと連れて行く。

 

「ね、隼人。あーしらも写真、撮らない?」

「あ、ああ。じゃあみんなも――」

「二人で。あーしと、隼人で、写真が撮りたいの」

 

 手は握ったままだ。そのまま、真っ直ぐに彼女は彼を見た。その瞳から目を逸らせなかった隼人は、暫しの沈黙の後に分かったと笑みを浮かべる。その笑顔が少しだけぎこちなかったのを、優美子は見逃さなかった。

 やっぱり、こういう時になると引きずるんだ。口には出さず、あの時の話を思い出しながら、優美子は思う。

 それがどうした、と。過去の恋など、今の恋で吹き消してやる、と。

 

「うし。んじゃ撮るよ隼人!」

「ああ。……近くないか?」

「こんくらいじゃないと入んないし! ヒキオとユイだってそだったじゃん!」

 

 差し当たっては、このツーショットを対抗馬に送ってやろう。そんなことを思いながら、優美子は彼の隣で弾けんばかりの笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 そうして清水の舞台を過ぎた後は、縁結びで人気の地主神社へと流れていく。当然ながらおみくじやお守りを買う修学旅行生も多く、例に漏れず彼らもそうであった。

 が、それとは別に人気のスポットにも向かおうというのがいかにも学生らしい動きなわけで。

 

「恋占いの石……」

 

 一対の石を目を瞑ったまま辿り着けることが出来たならば、その恋は成就する、というものである。女子がきゃいきゃいと挑戦する中で、男子もちらほら。その中にはある意味当然というべきか、翔の姿もあった。

 

「ヒッキー、どしたの?」

「ん? いや、伝承に則れば戸部の恋は駄目だな、と」

「……あはは」

 

 大和や大岡たちクラスメイトに適当な誘導をされ滅茶苦茶な方向に向かっている翔を見る。真面目にやればまた別じゃないかな、という結衣の言葉に、八幡は言葉少なくそうかもなとだけ返した。

 暫く恋占いの石に挑戦する人々を眺めていた二人は、列が途切れるのを確認するとそちらに歩み寄った。別段やる気はない。が、ほんの少しだけ気になった。

 

「やってみようかな」

「……お前、相手いるの?」

「バカにすんなし。あたしだって、気になってる男子くらい」

 

 そう言いながら声が小さくなっていく。顎に手を当て、何かを考え込むような仕草を取り。ぐりんと横を見てえへへと笑った。

 

「よくよく考えたら一番仲いい男子ヒッキーだった」

「お、おう、そうか。…………で、やるのか」

「この流れだとあたしとヒッキーの仲になるよね!? 超恥ずいじゃん!」

 

 もう、と唇を尖らせながら、結衣は八幡の脇腹を突く。地味に痛いのでやめろとチョップを叩き込んだ八幡は、周囲を見渡し、他に誰も注目していないことを確認すると石の片方に立った。

 え、と結衣が目を見開く中、彼はゆっくりと目を閉じる。まあこの流れならネタでやってもいいだろう。そんな言い訳じみたことを口にしながら、八幡は向こうにあるであろうもう片方の石へと歩みを進めた。

 目を閉じているので、何も見えない。己の感ずるままに、そこに辿り着くよう歩みを進めるのだ。ゴールがどこにあるのかも分からず、ただひたすら、進んでいるのか戻っているのかも理解できないまま。

 ただただ歩く。自分だけで、ゴールだと思う場所へ、一人で。

 

「ヒッキー、もうちょい右!」

「っ!?」

 

 声が聞こえた。足を止め、声に従い、彼は進路を右にずらす。一歩、二歩。そうすると足に何かがコツンと当たる音がした。

 目を開ける。しめ縄のされた石が目に入り、ああ辿り着いたのだと彼は小さく息を吐いた。

 

「やったじゃんヒッキー! 恋愛成就」

「アホ。相手がいないだろ」

「え? じゃあホントにネタでやったの?」

「そうだよ、悪いか」

 

 なんだそっか、と笑う結衣から視線を逸らし、八幡はおみくじの並んでいる場所へと向かう。優美子達が何やら騒いでいるようで、また面倒なことになっているなと彼は一人頭を掻いた。

 

「そういや、あれって誰かの助けで着くと恋も助けがいるらしいよ」

「……じゃあ、俺の恋はお前の助けがいるってことか?」

「あはは。かもね」

 

 そうか、と彼は呟く。それは面倒だな、と彼は述べる。

 なにせ、結衣の助けが必要な彼の恋とは、つまり。

 

 


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