セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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シリアス「キタキタ! 来た、よね?」


その4

「いやー、やっぱアシストマジ助かる」

「今日は俺別段何もしてないだろ……」

「おみくじを高いところにくくりつけるって下りはいいアイデアだったじゃないか」

「……三浦に頼まれてたよなお前」

「そうだな……余計なことはしない方がいいぞ比企谷」

「お前手のひら返しがドリル並みだな」

 

 旅館のロビーの隅でそんなことを話す三人組。戸部翔、比企谷八幡、葉山隼人である。なるべく目立たない、かつ隠れ過ぎないという条件の結果、作戦会議をここでやることに至ったらしい。今日の成果を話しつつ、明日の計画についても進めていく。

 とはいえ、そこまで相談するほどでもない。結局その場で臨機応変に対応するくらいしかやることがないからだ。翔の頑張り次第といえば聞こえがいいので、八幡はそういうことにしておいた。

 

「うっし。俺の生き様見せてやんよ!」

 

 それでいいらしい。翔が気合を入れるのを見て、八幡は小さく溜息を吐く。まあ精々頑張れ、そう言って彼は少しだけ口角を上げた。

 そんなこんなで作戦会議は終わりを告げた。通りすがった大岡と大和が翔を誘い、部屋で麻雀でもやろうと連れて行く。二人はどうだ、という彼の提案に、八幡は基本ゲームで点数計算を任せきりだったから物理では出来んと断った。

 そして隼人は。

 

「ああ、ちょっと用事があってね。俺もパス」

 

 なんだー、と言いながら自身の部屋に戻っていく三人の背中を見ながら、八幡は目の前の彼の放った言葉を反芻していた。こんな修学旅行の、旅館で過ごす夜に一体何の用事があるというのか。それを考えあぐねていた。

 

「どうした比企谷?」

「いや、本当に用事があるのか疑わしくてな」

「雪乃ちゃんじゃあるまいし、本当だよ」

 

 そう言って笑った隼人は、予め持ってきていたらしい上着と財布を持って立ち上がった。その準備を見る限り、どう考えてもこれから旅館を抜け出す算段である。

 

「いいのか優等生」

「いいさ。元々優等生はあの二人に足元をすくわれないようにするためだけだったからな。……もう今更貫く必要もない」

 

 ははは、と乾いた笑いを上げた隼人は、そういうわけだからと辺りを見渡す。監視の目がこちらに向いていないのを確認すると、では行くかと足を動かした。

 が、その前に、と彼は振り向く。先程の作戦会議、さりげなく八幡は優美子と隼人のことも押しているような言動をしていた。それが気になり、つい口にする。

 

「それを知ってどうするんだ?」

「いや、別に? ……ああ、でも一言くらいは言っておくか」

 

 人のことばかり構う前に、自分の心配もしておけ。それだけを言い放ち、隼人は今度こそ旅館を抜け出すべく歩いていった。自身で築いた優等生像と位置取りで、すいすいと彼は去っていく。

 そんな彼の後ろ姿を見ながら、八幡は小さく舌打ちをした。そもそもお前らが巻き込んだんだろうが。そんなことを小さく呟いた。

 

「余計なお世話だ。……分かってんだよ」

 

 独り言を口にした自分に、自分で驚いた。今何を言った、と八幡は思わず口を押さえた。

 分かっている、と。まるで自分が認めてしまったかのような言葉を、零してしまった。あれだけ勘違いするなと言い聞かせていた想いを、自覚してしまったような気がした。

 ぼすん、とソファーに体を預ける。乗せられただけだ、そんなことは思っていない。そう言い訳じみた言葉をぶつぶつと述べながら、八幡は暫しそこで天井を見上げ続けた。

 

 

 

 

 

 

「いい感じにいってたんじゃない優美子?」

「そー、かな?」

「あの隼人くんにおみくじ結んでもらう下りは確かによかったね。ヒッキーナイスだったなー」

「へぇ……。その場面、見たかったわね」

 

 所変わって女子の部屋。作戦会議、ということで借り受けたそこで、海老名姫菜、三浦優美子、由比ヶ浜結衣、そして雪ノ下雪乃が今日の戦果を話し合っていた。ツーショットとおみくじ。普段とは違う優美子の攻勢に、これは結構いいのではないかと三人は太鼓判を押す。

 

「とはいえ、隼人くんのことだから、きっと今頃ヘタれているでしょう」

「そういう判断出来るの雪ノ下さんだけだからなぁ」

「そだね。ゆきのん的には明日はどういけばいい感じ?」

「行動は今日と同じ路線でいいでしょうね」

 

 問題なのは向こうのメンタルだ。踏み出すのを恐れている相手を引っ張るには、何か心を動かすきっかけが必要だ。そんなことを言いながら、いっそ告白を明日するのはありかもしれないと彼女は締めた。

 

「あ、明日ぁ!?」

「ええ。彼はきっと、勝負を決めるのは三日目だと思ってるわ」

「とべっちがそんな感じだし、向こうはその予定だろうね」

「そう。だからこその奇襲よ」

「それ、大丈夫なの?」

 

 不安そうに結衣が問う。が、雪乃は不敵な笑みを浮かべながら勿論よと豪語した。覚悟を決める前に、相手がバリケードを築く前に、攻める。それこそが、勝利の鍵だと宣言した。

 

「……成程」

「えぇ……? 優美子それ大丈夫なの?」

「どーせ早いか遅いかだし。だったら雪ノ下さんのアイデア信じてもいいんじゃね?」

「そうだね。私も賛成かな」

 

 姫菜のそれは、若干別の思惑が混じってそうではあったが、ともあれ賛成多数で明日の作戦は決定した。攻めて攻めて、告白をぶつける。ある意味優美子らしい脳筋な行動である。

 

「とはいっても、そこで普通の告白ってのも何かムードないかも」

「そうなの?」

「そうね。その辺りは三浦さん次第だけれど……どうかしら?」

「んー。とりあえずネタ聞いてから考えるし」

 

 では、と姫菜はメガネをクイと指で上げる。ここは一つ有名なアレをやるのもありじゃないかと拳を振り上げた。

 

「有名なアレ?」

「そうそう。まあ私がリアルで見てみたいっていうのもあるけど」

「なんだそれ……。まあとりあえず言ってみろし」

「んー。ユイも優美子もピンときてないのかー。雪ノ下さんは」

「夏目漱石でしょう? それとも二葉亭四迷かしら」

「お、流石」

 

 いえい、と二人でハイタッチをする。が、意味の分かっていない結衣と優美子はなんのこっちゃと首を傾げた。そんな彼女らの様子を見て、解説してやろうと雪乃も姫菜も口角を上げる。

 

「夏目漱石が、昔生徒がアイラブユーを『我君を愛す』って訳したのを聞いてダメ出ししたってエピソードがあってね」

「漱石はこう言ったそうよ。『日本人ならば、そんなことは言わない。訳すならば』」

 

 瞬間、一人の少女の記憶の引き出しが開け放たれた。それは今から三ヶ月ほど前、夏休みの出来事だ。花火大会の会場を後にし、彼女と彼が夜道を歩いている最中、ふと見上げた夜空に浮かんだそれを眺めながら、口にした言葉。

 

「『月が――』」

 

 

 

――すっごい、月が綺麗だね

 

 

 

「『綺麗ですねとでもしておけ』と。まあエピソード自体は後世の創作という可能性が高いらしいのだけれど、気取った告白では有名なものよ」

「ふーん。隼人も当然知ってんだよね?」

「そうじゃなければ提案しないわ。彼は案外そういうロマンチックなものにグラっと――由比ヶ浜さん?」

 

 様子がおかしい。急に喋らなくなった結衣を覗き込むと、何やらテンパった表情であたふたしているのが見える。何故か顔は茹でダコのように真っ赤であり、一体全体何がどうなってそんな状態になっているのかさっぱり分からない。

 

「何か顔真っ赤でオーバーヒートしてるね」

「何で? 意味分かんないし」

「何かあったのかしら……?」

 

 ううむと首を傾げる三人。原因が分からないので対処のしようがないが、しかし放っておいても何か問題があるかといえばそうでもない。とりあえず落ち着くまでそっとしておこうという結論になった。

 とりあえず告白の言葉は考えておくということにして、後は明日の予定を踏まえて攻めポイントを見繕い、大体こんなものかと作戦会議は終りを迎えた。結衣は未だフリーズ状態のままである。

 

「ユイ、ユイー、戻ってこーい」

「ダメだ。ま、ここあーしらの部屋だし、あとは寝るだけだから問題ないっちゃないけど」

「とりあえず倒れてもいいように布団に移動させましょう」

 

 よいしょ、と三人で結衣の布団へと運ぶと、あまり長居しても悪いからと雪乃が立ち上がる。この後予定も入っているからと言いながら、彼女は部屋の入り口へと向かった。

 

「何かあんの?」

「ええ。ちょっと平塚先生とラーメンを食べに。良かったら来る?」

「私は太るからパス」

「あーしもこの時間にラーメンはちょっとなー」

 

 とりあえず画像だけLINEで送って、と手をひらひらさせた二人は、了解と去っていく雪乃を見送り、もういいよと部屋の他の面々に連絡を取った。そうしながら、煙でも吹いていそうな結衣を再度見やる。

 

「ぶっちゃけ、雪ノ下さんも気付いてたよね」

 

 姫菜がぽつりと呟く。まあ、そうだろうと優美子も同意した。だからこそ、とりあえず再起動まで放置でという結論になったのだ。最初こそ分からなかったが、会話を思い返し、理解したのだ。

 

「……言ったのかな?」

「言ったんじゃね? で、今気付いた」

 

 八幡はその手の知識は恐らく持っているだろう。そう判断していた二人、そして雪乃は、恐らく言ったタイミングも察した。そして同時に、彼が今どういう状況なのかも大体理解した。

 

「あーしらのこと考えてる場合じゃなくね? こいつら」

「あはは。ま、いいんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 それは、偶然という言葉で片付けるにはあまりにも出来すぎであった。陽乃のオススメということでやってきたラーメン屋で注文の品を食べていると、カウンター席の隣にやってきた客が腰を下ろしたのだ。そしてその客は、あろうことか彼を見てこう言ったのだ。

 

「あら、奇遇ね隼人くん」

「…………そう、だな」

 

 見るとその横には平塚静の姿もある。やってきた二人を確認した隼人は、そこでようやく陽乃に嵌められたのだと気付いた。人聞きが悪いなぁ、と笑う彼女の幻影が頭にちらつき、いや絶対仕向けただろうと叫びかける。

 

「いや、本当に奇遇だぞ。まあ確かに陽乃にオススメのラーメン屋を教えたのは私だが」

「どこを切り取っても奇遇じゃない……!?」

「わざわざタイミングが合ったのは偶然、ということよ」

 

 言外に、そういうことにしておけという空気を感じ取った隼人は、もうそれでいいやと肩を落とした。麺が伸びる、と言及するのを諦めた。

 程なくして雪乃と静のラーメンが運ばれ、雪乃はそれをとりあえずスマホで撮影する。それを会話アプリで発信すると、さてでは食べましょうと箸を割った。

 

「何をしたんだ?」

「三浦さん達に画像を送ったのよ。頼まれていたから」

「……仲が、いいんだな」

「そうね。大切な友人だから」

 

 ぴろりん、と音がなる。優美子と姫菜の返信と、同じグループなので巻き込まれたいろはが夜に何送ってきてんですかと怒りのメッセージを発信していた。

 

「楽しそうだな」

「ええ。友人と笑い合うのは、楽しいわ。あなただってそうでしょう?」

「勿論。……だから、そのままでいたい。っていうのは、わがままかな」

「いいえ」

 

 即答。え、と隣を見ると、隼人の方を見ることすらなく、雪乃はラーメンを啜っていた。そのまま無言でラーメンを食べていた彼女は、ある程度食べ終わり多少喋っても伸びる心配をするレベルではなくなったあたりで再度口を開く。それはわがままなどではない、と述べる。

 

「あなたのそれは、逃げよ」

「……それの何が悪い」

「悪いわよ。だってあなた、それを本人に告げないのだもの」

 

 ぴたりと隼人の動きが止まる。残っていたスープを見詰めながら、それは仕方がないだろうと声を絞り出した。

 

「向こうは、俺のことが好きで。そこから、変わりたいと思っていて。それにノーを突き付けたら……結局、変わってしまう」

「そうかしら?」

「失ったものは、戻らない。……俺の恋心は、あの時から無くしたままだから」

 

 ポツリと呟いた言葉を、雪乃は鼻で笑った。何を言っているのだこいつは、という風に笑い飛ばした。

 

「……なんだよ」

「ああ、ごめんなさい。ちょっとツボに入ったわ。何を言い出すかと思えば、今の関係が好きとか、そういう理由でもなんでもなく、ただのヘタレだったのね」

「……好きに言えよ」

「この粗チン」

「言っていいことと悪いことがあるからな断崖絶壁」

 

 雪乃の隣で静が吹いた。気管支に入ったらしくゴホゴホとやっているのを尻目に、彼女はスープをすくいながら口角を上げる。それを器に落としながら、笑う。

 

「隼人くん。あなた、バカにしているの?」

「何を……?」

「あなたは、私の友人をバカにしているのかしら、と聞いているのよ」

 

 空になったレンゲを隣の隼人に突き付け、雪乃は真っ直ぐに彼を見た。その眼力に思わず気圧された隼人は、それでも彼女に問い掛ける。友人とは、バカにしているとは。優美子と、いろはのことを言っているのか、と。

 

「勿論。彼女たちが、そんなことで関係を壊すような人に見えるの? バカにしないで頂戴。三浦さんも一色さんも、この、雪ノ下雪乃の友人を自分から名乗るのよ?」

「……説得力凄いな」

 

 ははは、と乾いた笑いを浮かべた隼人は、レンゲを置いて水を飲む。そうしながら、そんな力強い彼女たちが、どうして自分みたいな薄っぺらい奴を好きになったのだか、と自虐的に零した。

 

「ほら、またバカにした」

「いや、俺は別に――」

「私の友人が好きになった相手を、それ以上貶さないで。二人の見る目がないと言っているも同義だわ」

「……っ」

 

 言葉に詰まる。何かを言いかけ、飲み込み。吐かないように水を飲み干した。

 そしてそんな彼を見て、彼女は尚も言葉を続ける。それだけじゃない、と彼に述べる。バカにした友人は、三人だと告げる。

 

「え?」

「あなたは、私の幼馴染をバカにしたわ。確かに無駄に取り繕うくせにヘタレだし、意外とスケベだし、爽やかを気取っているくせに私と姉さんのやり口を真似て汚い手段を使うけれど」

「おい」

「でも、前に進もうとする奴よ。逃げても、きちんと戻ってくる奴よ。三浦さんと一色さんが、好きになるだけの魅力を持った奴よ」

「雪乃ちゃん……」

 

 分かったか、とレンゲを器にぶつける。キン、と澄んだ音が鳴り、それが返事を促しているようにも思えて。

 

「……ああ。ごめん、俺が悪かった」

「分かればいいのよ。それで? あなたはどうするの?」

 

 片目をつぶり、口角を上げる。それがどこか彼女の姉である陽乃の仕草に重なって、隼人は思わず吹き出した。ああ、やっぱり自分はこの姉妹には敵わないのだなと思い知った。

 そういえば、と思い出す。ここに来る前、自分は友人になんと言ったのか。人に言う前に、お前こそ自分のことを考えろ。死んだ魚のような目をした友人の幻影が、そう言って肩を竦めるのが見えた。

 

「――ああ、そうだな」

 

 明日は、少し違う景色を見れるように頑張ろうか。そんなことを言いながら、彼は先程の彼女のようにレンゲとカツンと器にぶつけた。

 

 

 

「いいなぁ……若いって。私も、ああいう青春、したかったな……」

 

 なお、雪乃の隣の女性の呪詛染みた呟きは、聞かなかったことにした。

 

 


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