修学旅行二日目。グループ行動である。八幡達は結衣のいるグループと行動を共にし、男子は翔の、女子は優美子のサポートをさり気なくするという名目も一応存在している。
が、しかし。
「おい、ガハマ」
「うひゃぁ!?」
朝から結衣の様子がおかしかった。どことなく、というレベルではなく、誰がどう見てもおかしいのだ。具体的には優美子か姫菜、あるいは沙希の影に隠れて八幡を見ないようにしていた。
そんなあからさまにおかしい姿を見た男性陣は流石に不審に思い、代表として無理矢理押し出された八幡が彼女に声を掛けたわけなのだが。そのあまりにもリアクションに、彼の手は虚空をさまよった。
「……悪い。配慮が足りなかった」
「いや、違うし! そうじゃなくて」
ぐ、と何かを飲み込んだ八幡はそれだけを言うと視線を逸らす。いや間違いなくお前のそれは間違っているぞと隼人と彩加の目が述べていたが、彼はそこを見なかった。
当然結衣もそれに気付き、慌てて彼の手を掴む。動きを止めた八幡が振り向くが、しかし結衣はその動きで再度フリーズしてしまった。
「……ガハマ?」
「な、なななな何!? あたしハ全然大丈夫だヨ!」
「いやどう考えても大丈夫じゃないだろ」
ブンブンと手を振り回しながら必死で大丈夫アピールをするのだが、それで納得出来るのは余程の節穴の持ち主でなければ無理である。なにせ彼女は彼の手を掴んだままそれを行っているのだから。猛烈な勢いで振り回される八幡の手を見ながら、優美子はこれどうしたものかと頬を掻いていた。
「間違いなく昨日のアレだよなぁ……」
「アレだねぇ……」
優美子のボヤキに姫菜も同意する。なんのこっちゃと首を傾げる沙希へ、彼女達は耳打ちし件の内容を伝えた。ピシリと動きが止まった沙希は、次いで結衣と八幡、二人を交互に見やる。
「……とりあえず放置で」
「そうだね」
「それしかないかぁ……」
じゃあ行くか、と女子グループは男子グループに述べる。八幡を含め男子連中もそうなるだろうと大体の予想はしていたらしく、それに頷き最初の目的地まで向かうこととなった。
「で、お前はいつまで俺の手を掴んでるんだよ……」
「へ? あ、え? い、うぇ!? お、あう……」
ぷしゅー、と蒸気機関でも積んでいるのかという勢いで真っ赤になる結衣を見て、本当にこれどうしようもないんじゃないのかと八幡は溜息を吐いた。
手は離れない。
映画村である。ここに至るまでずっと繋ぎっぱなしであった手はそこでようやく我に返った結衣により離された。自由になった手を軽く振っていた八幡は、それでこれからどうするんだと視線で問い掛ける。
「え? あ、あたしに聞いてる?」
「他の誰に聞くんだよ……」
お前本当に大丈夫か、と呆れたように溜息を吐いた彼を見て、彼女はあははと笑いながら顔を逸らした。うん、大丈夫大丈夫。そんなことを呟きつつ、気合を入れると結衣は八幡へと振り返る。
「とりあえず見て回ろう」
「……ああ、そうかい」
そういうわけで八人は映画村をぶらつきながら、そこかしこのものを眺めてあれこれとはしゃぐ。普段の景色とまるで違うそれは、一種の異世界へ迷い込んだような錯覚をさせてくれるのだ。
「お、着付け体験だって」
「へぇ……。時間があればやってもいいとは思うが」
翔の言葉に、隼人は店を眺めながらそう述べる。どうだ、という視線を受けて、姫菜も優美子も少々名残惜しそうに同意した。同じように頷いた彩加と沙希は、そのままちらりと視線を残る二人に向ける。八幡は当たり前のように面倒くさいと一蹴した。
「……着物とか着たら、ヒッキー、可愛いって言ってくれるかな……」
ぽつりと。とても小さな声で、無意識に。そんな呟きを耳にしてしまった八人の内の一部は、スケジュールを無理矢理にでも変更させようかと真面目に悩んだ。
悩んだ結果、まあ少しくらいならいいかという結論に達した。
「……何でだ」
そういうわけで、坂本龍馬の格好をした八幡は自身の姿を見てぼやく。超絶似合ってない。そんなことを思いながら、ちらりと横目で男性陣を眺めた。
翔は同心姿、見た目やキャラを踏まえるとアンバランスが過ぎており、殿様姿の隼人もお前はどちらかといえば捕まる側だろうと中々に酷いことを言っている。あははとそんな三人を見ているのが戸塚彩加。彼の姿は新選組、その服装でこの顔というのはつまり。
「沖田さん大勝利だな……」
「何が?」
「あ、いや、こっちの話だ」
そんなことを言っているうちに、女性陣も着替え終わったらしくそれぞれ思い思いの姿でこちらへとやってくる。姫菜は町娘、沙希は芸者。同じ着物でも結構違いがあるもので、思った以上に地味だ、と笑う姫菜を見て、翔はいやいやと笑いながら手を横に降っていた。
「海老名さんマジ可愛いって」
「お、おう……。ありがと、とべっち」
グイグイくる翔に若干圧された姫菜は、こほんと咳払いするとまあそれよりもと視線を後ろに向けた。歩きにくい、と恐る恐る足を踏み出している優美子の姿は花魁。派手な着物と彼女の持っているオーラがそこはかとなく融合していた。おお、と同じようにやってきていた客もどよめくほどだ。
「ど、どうかな……隼人。あーし、変じゃない?」
「あ、いや、そうだな」
しゃなり、と着物のせいなのかどこかしとやかな動きで顔を隠しながらそう問い掛けた優美子を見て、思わず隼人も言葉に詰まる。普段一緒にいるはずの友人の少女を見て、思わずドキリとしたことを隠すかのごとく、ほんの少しだけ視線を逸らした。ついでに幼馴染の悪魔が嘲笑している姿を思い出してほんの少しだけイラッとした。
「似合ってるよ、優美子」
「あ、あんがと……」
飾ることもなければ、お世辞もない。そんな彼の言葉を聞いて、優美子の顔が熱くなる。やっぱこれ熱こもるわ、と言いながら、手で顔をパタパタとさせていた。
そんな二組を見ていた八幡は、とりあえずいい感じになっているからもういいかと溜息を吐く。自分やっぱりいらないだろ、と一人ぼやきながら、くいくいと袖を引っ張る隣を見た。
「何だガハマ。あれは別に俺達がちょっかいを出さなくても――」
「えと、その、ね。ヒッキー、これ、どうかな?」
姫姿の結衣が、恥ずかしそうに彼の袖を引っ張っていた。俯いているために表情は分からないが、しかし耳が赤いので大体察することは出来る。出来るからこそ、八幡は何を言っていいのか分からず途方に暮れた。これはどういう反応を求めているのだろうか。普段のように軽口を言えばいいのか、それとも。
「……三浦ほどじゃないが、歩き辛そうだな」
「うん、そだね。値段の関係で写真撮影だけだけど、ちょうどよかったかも」
あはは、と笑いながら結衣が顔を上げる。顔の赤みは収まったようで、それにしても、とこの服装についての愚痴を語った。なんでも、せっかくだからと三人に無理矢理選ばされたらしい。
「うー……。あたしなんかより、沙希とか姫菜の方が似合うのに」
「そうか? 俺はお前の方があの二人より似合ってて可愛いと思――」
油断していたらしい。一瞬緩んだ空気に普段の回りくどい言い回しを忘れたらしい。気付くと八幡はストレートに感想を述べていた。我に返った時にはもう遅い。隣に立っていた結衣は完熟リンゴのような顔で口をパクパクとさせている。
駄目だ、誤魔化せない。それを悟った八幡は、大きく息を吸い、そして吐いた。
「さて、写真撮影して別の場所行くか」
「なかったことにした!?」
「……させてください、お願いします」
一部始終を見ていた店内の客は、いや無理だろと心の中で皆一様にツッコミを入れたとかなんとか。
「戸塚、あたし無性に壁殴りたいんだけど」
「ぼくもブラックコーヒーが欲しいかなぁ」
「あら、奇遇ね」
「げ」
「げ」
映画村での一幕も終わり、仁和寺を過ぎ、龍安寺へとやってきた時のことである。枯山水の庭を眺めつつ廊下を歩いていた一行は、そこで休憩も兼ねて座ることにした。その時隣にいたのが、何を隠そう悪魔、もとい雪ノ下雪乃である。八幡も隼人も、もはやそれを隠そうともせず思い切り嫌なものを見る目で彼女を見やる。
そんな二人に、周りにいるわよ、とさり気なく自身の横にいる女生徒から顔を隠しながら彼女は口角を上げた。
「二人共、どう? 調子は」
「何のだよ」
「言ってもいいのかしら?」
雪乃の返しに八幡はバツの悪そうに視線を逸らす。その拍子に彼女と同じグループらしい女生徒が彼らを見ているのに気が付いた。そりゃあこんな冴えない奴が知り合いだと不審に思ってもしょうがない。そう思いながら、八幡は溜息と共に視線を庭に。
「『愛の人』だわ」
「『愛の人』ですね」
「『愛の人』よね」
思わず庭へとダイブしかけた。ギロリと死んだ魚の眼で雪乃を睨むと、知らんとばかりにそれを受け流す彼女の姿が。この野郎と立ち上がりかけた八幡を、隼人が肩を掴んで止めた。
「落ち着け比企谷。二年の間では既に周知の事実だ」
「それを聞いて何をどう落ち着けというんだお前は」
枯山水に新たな波紋を打ち込むほど長い溜息を吐いた八幡は、そのまま無言で隼人と位置を入れ替えた。やめろお前、と抗議をする彼を気にすることなく、八幡はぼんやりと庭を見る。
「あら隼人くん。私の隣は嫌かしら」
「嫌だよ」
「そう。……じゃあ、誰の隣がお好み? 三浦さん? それとも、一色さんかしら」
「……昨日の今日でこういうのも何だが」
静かな口調で隼人は隣を睨む。雪乃のグループの女子はさり気なく距離を取り聞いていないアピールを取っていた。きちんと根回ししてやがって。そんなことを追加で考えつつ、彼はそれを口にする。
「余計なお世話だ。俺は俺で、自分で決める」
「そう。それは良かった」
はっきりと言い切った隼人を見て、雪乃は満足そうな笑みを浮かべた。どうやらきちんと踏み出せたようで何より。そう続け、彼女はゆっくりと立ち上がった。
「それなら、私の手助けはもういらないわね。……ちゃんと、応えなさいよ、隼人くん」
「言われなくとも」
手をひらひらとさせながら、雪乃はグループの女子達とその場を去っていく。いいのかよ、とそれを横目で見ていた八幡は、ふと我に返るといいに決まっているだろうと頭を振った。
向こうに合流しようと隼人が立ち上がる。先に行ってろと彼に返した八幡は、そのまま暫し庭を眺めるとよっこらせというジジ臭い掛け声と共に立ち上がった。
「言い忘れていたわ」
「うぉぉお!?」
背後から声。思わず振り向くと、そこには先程去っていったはずの雪乃とグループの女子達が。何故皆でいるのか、という疑問をさて置き、いきなり湧くなこの野郎と彼は彼女に悪態をついた。
「それはごめんなさい。あなたに言いたいことがあったのに、忘れてしまったから、つい」
「つい、で気配消して近付くなよ……」
それで何の用だ。そう述べた八幡に、まあ大したことではないのだけれどと雪乃は返す。そうしながら、今日由比ヶ浜さんの様子はおかしくなかった? と問い掛けた。
「あれはやっぱりお前の差し金か」
「人聞き悪いわね。あれは、そうね……由比ヶ浜さんの自爆よ」
「は?」
「詳しいことは言わないけれど。あなたも、そろそろ覚悟を決めるべきではないかしら」
「……何言ってるか分かんねぇよ」
ガリガリと頭を掻きながら八幡は顔を逸らす。嘘だ、分かっている。この修学旅行で、その話にならなかったことなど一度もないとばかりに、空気はそこに漂っている。
だが、それでも。八幡はそこに至るのを躊躇していた。分かっていても、既に決めていても。言われなくとも分かっていると心の底では叫んでいても。
「ガハマと俺は、別に、そういうんじゃないだろ」
「ヘタレ」
「慎重と言え。俺は石橋を叩いて、割れなくとも渡るのを諦めるくらいには慎重派だ」
「どうしようもないヘタレなのね」
やれやれ、と頭を振った雪乃は、ならば見ていろと指を突き付けた。その石橋を次々に渡る奴らを見て、お前もその身の振り方を考えろと言い放った。
「人の後に続くくらいは出来るでしょう? ヘタレ谷くん」
「直前の人が無事だからって、次の俺が落ちないとは限らん」
「大丈夫よ。その時は」
あなたの周りの皆が、支えてくれるから。だから落ちない。そうとだけ言うと、雪乃は今度こそ踵を返した。いい加減認めておきなさい、と振り向かずに続けた。
ぺこりと会釈をし、頑張ってください愛の人というエールをついでに加えた彼女のグループの女子達の姿も見えなくなると、八幡は力尽きたようにへたり込む。勘弁してくれ、と廊下の木目を眺めながら彼はぼやいた。
「そういうのは、人に言われてやるもんじゃないだろ……」
だからこそ、雪乃は敢えて言ったのだろう。捻くれ者の自分に刺さるように、わざと焚き付けたのだろう。それを感じ取った八幡は、こうなれば意地でも告白しないと心の中で宣言した。
告白をするとかしないとか、既にそういうレベルであるということを認めさせられた時点で己の負けだということは、考えないことにした。
騒々しい二日目も、なんだかんだで過ぎ去っていく。大広間で男子生徒は騒ぎながら夕食を取り、女子生徒もお喋りをしつつ食事を楽しむ。
それが終わると、生徒達は部屋で各自何かしらの自由時間を楽しむ時だ。麻雀やカードをカバンから取り出し、ワイワイと騒ぎ。
そんな喧騒の中心にいるはずであった隼人は、少し疲れたのか旅館の外で涼んでいた。流石にそろそろ冬も近い。夜となれば京都でも冷える。風邪をひく前に建物にでも入るかな、と考えながら夜空を眺めていると、その背中に声が掛かった。
「あ、隼人」
「……優美子か」
どうしたんだ、と振り向く。日中の制服姿ではなく、私服の、恐らく気の緩んだパーカー姿で、彼女は小さく笑っていた。
ちょっと寒いね、という彼女の言葉に、隼人はああそうだなと返す。だから戻るか、どこか建物の中にでも行こうかと思っていたと続けると、彼女も同じだったようではにかんだ。
「ね、隼人。今……時間あるかな?」
「……ああ」
優美子はホテルの中庭へと移動する。夜のそこには人もおらず、しかし殺風景でもないそれはどこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。まるで世界には自分達しかいないような、そんな錯覚を持ってしまうほどに。
「修学旅行、楽しい?」
「ああ、楽しいよ。友達と一緒に馬鹿やれる機会ってそうそうないからな」
「友達、か……」
「優美子は違うのか?」
「んー? そんなことないかな。あーしもみんなでいるのは、結構楽しいし」
そう言いながら、優美子は近くにある机を手でなぞる。今この瞬間が、皆と友人で、変わらない関係でいるのは、楽しい。それは間違いないし、出来ることならば壊したくない。
でも、それでも。それを理由に踏み出さないのは、違うから。それを、皆が、友達が、教えてくれたから。
他の誰でもない、壊れるのを嫌うあいつが、背中を押してくれたから。そして、ずっと一緒にいてくれた親友が、応援してくれたから。
「ねえ、隼人」
「ん?」
振り向いた。それは完全なる不意打ちだったのだろう。別段警戒していない隼人のその表情を見ながら、優美子は柔らかな笑みを浮かべた。
「あーしは、隼人が好き」
「……っ!?」
「友達としてじゃなくて、彼氏彼女的な、そーゆーやつで。好き」
目を見開いた隼人を見て、優美子は先程とは違う笑みを浮かべた。何でそんなびっくりしてるの、と彼女は笑った。
「ぶっちゃけ知ってたっしょ?」
「……ああ。でも、まさか今このタイミングで、とか」
「不意打ちの方が効く、ってアドバイスもらったし」
誰から、は言わずとも分かった。あんちくしょう、全部織り込み済みかよ。そんなことを考えつつ、しかしそれを決めたのは間違いなく目の前の彼女で、そしてその決断が必死であったのも間違いなくて。
普段着飾る彼女だ、告白するのならばもっとムードを考えたはずだ。服装だってあんな部屋着に毛の生えたものにしないはずだ。それらをかなぐり捨てても、優美子は今ここで、隼人に告白することを選んだのだ。他の誰でもない、自分で。
「……俺は、好きだった人がいた」
「うん、知ってる」
「その人に振られてから、そういうのは、考えないようにしていた」
「それも知ってる」
「だから……」
隼人の言葉が止まる。だから何だ、だから、気持ちには答えられないのか。そんなことはない、と。雪乃とのやり取りで、前に進むことを決めたのだから、それを理由に断ることはないと、彼は自分で断言出来る。
「だから、まだ、俺は決められない」
「……うん、知ってる」
「忘れられない、ということじゃない。でも、そこに辿り着くには、まだ、少し遠いんだ」
「知ってる……」
優美子の視界が滲んでいく。眼の前の、告白した相手の顔が、だんだんとぼやけていく。ぽたりと地面に雫が落ちて、雨でも降ってきたのかと空を見上げた。月も、星も見えて、ああそうか、と彼女は理解した。
今、自分は泣いているんだ。
「ごめん」
「謝らないでよ……あーしが、惨めじゃん……」
「違うんだ。そうじゃなくて」
「……?」
ぼやけた視界で、彼女は彼を見た。何がどう違うのか、とその顔を見た。
赤い。あの隼人が、顔を真っ赤にしている。それに気付いた優美子は、パーカーの袖でぐいと目を拭い涙を拭き取った。
「……いや、その。改めて、考えると。嬉しいというか、物凄く照れるというか。思った以上に、破壊力があったというか」
「隼人……?」
「だけど、だからこそ、俺は。…………俺は、今から最低なことを言う。それでも、いいかな?」
「へ? ……いい、けど」
涙が引っ込んだ。なんだか自分より隼人の方がテンパっているような。そんなことを思い、冷静になった。
一体何を言い出すのか。そんなことを考え身構えた優美子に向かい、彼はこんなことを言い出した。
「……いろはも、俺のことを好き、なんだよな?」
「……隼人、それは流石に」
「だから最低なことを言うって言ったじゃないか! あーもう! この際だから言っておくぞ。俺は、こう見えてヘタレで、腹黒で、ほどよくスケベだ!」
「何で堂々と言うし……」
「それが俺だから。取り繕った『葉山隼人』を好きになられても、俺は嬉しくない」
その顔は真剣だ。なんとも情けないことを言いつつ、その表情はどこまでも真面目だ。お前は知らないだろうけど。そんなことを言外に述べつつ、だからと彼は言葉を続けた。
「それでも、本当に、俺を」
「はぁ……」
溜息を吐いた。やれやれ、と頭を掻いた優美子は、そのまま真っ直ぐに彼を睨んで、そして真っ直ぐに指を突き付けた。
「知ってる」
「え?」
「知ってる。あーしはそんな隼人が、好き」
そう言って、ニコリと微笑んだ。他の誰でもない、そういう素の隼人が好きなのだと言い切った。勿論、いろはもそうだと彼女は続ける。上辺を好きになったわけじゃないと、二人共本気だと彼女は述べる。
「だから、いいよ。隼人が一色の告白を聞いてから決めるってんなら、あーし待つし」
「……いいのか? 俺今最低なこと言っているんだけど」
「いい。そういう最低な隼人が好きだから。あーしも、一色も」
そう言いながら、彼女は一歩近付いた。そうは言っても、と少しだけふくれっ面で彼との距離を詰めた。
「先に告白したんだから、少しくらいボーナスもらってもいいじゃん?」
「ボーナス?」
「そ。ボーナス」
そう言って更に距離を詰めた彼女は、そのまま彼との距離を一気にゼロにした。隼人の視界一杯に、優美子の顔が広がる。そして同時に、唇に、柔らかで、甘い何かの感触が。
一瞬のそれを理解する間もなく、二人の距離は再度離れた。へへへ、と悪戯っぽい笑みを浮かべた優美子は、そろそろ冷えるから戻ると言うと小走りでホテルへと戻っていく。
そうして残されたのは、肌寒い風を感じる少年が一人。
「……」
だが、そんなことを気にしないほどに、彼の体は火照っていた。熱に浮かされたように、その顔を真っ赤にしていた。
女子部屋
優美子「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
結衣・姫菜「「優美子が壊れた!?」」