セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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きっと原作のような重さや深みは微塵も出ない


お料理ロンリーグローリー
その1


「ヒッキーは調理実習どうするの?」

「あん?」

 

 昼休み。あの一件以来殺人視線を向けられることこそなくなったものの相変わらず三浦優美子が怖い八幡は、定期的に教室を離れ自称ベストプレイスで昼食を取っていた。気が向いたら結衣もそれに同行する、というパターンも出来、何だかんだで高校二年生が一ヶ月を過ぎようとしていた。

 今日もそんな状況で、結衣が弁当を食べ終わり買ってきたジュースを飲みながら世間話をしている。が、その話題提供が中々に唐突なため、彼は言葉の意味を理解するのに数瞬掛かった。

 

「ああ、家庭科のあれか」

「そうそう。三人組の班作るんだよね」

 

 あてはあるのか、と言わんばかりの目で彼女は八幡を見る。三人組、という時点で既に結衣は決まったも同然なので、この辺りは余裕をぶっこいていた。もしそうでなくとも、彼女ならば別段困ることなく三人チームが出来上がるであろうことは想像に難くない。

 一方の八幡は、というと。知り合いはいる。クラスメイトとして認識もされているだろう。が、わざわざ声を掛けてチームを組むような相手がいるかと言われれば答えは否。知っているだけのクラスメイトと仲のいい友人なら当然後者を取るからだ。

 

「ま、どっか余った場所に放り込まれるんじゃねぇの?」

「それでいいの?」

「良いも悪いも。授業で一緒に作業するだけの相手なんざどんな奴でも知ったこっちゃない」

「……むー」

 

 何やら不満そうに結衣は頬を膨らませ、そしてじっと八幡を見詰める。そんな顔をしたところで考えが変わるわけでもなし。そもそも前に言っただろうが、と彼は肩を竦め視線を彼女から空に向けた。

 

「学生の頃の繋がりなんざ卒業すればサクッと切れる」

「……あたしも?」

「は?」

「卒業したら、ヒッキーはあたしとも縁切れちゃうの?」

 

 ジト目で。しかしどこか悲しそうな表情で。結衣はそう八幡に問う。視線を彼女に戻し、ふざけている様子は見られないその顔を見て、彼は苦い顔を浮かべた。溜息を吐き、ガリガリと頭を掻いた。ああもうこういう時のこいつは本当に。そんなこともついでに思った。

 

「……一%は、残るだろ」

「あたしはそこに入ってる?」

「知るかよ! その時になってみないと分かんねぇよ!」

 

 がぁ、と八幡は叫び、結衣はその叫びを聞いてどこか満足そうに頷いた。彼の表情を見て、うんうんと頷いた。

 少なくとも今は、縁が切れる相手だと思ってはいないのだ。そんな彼の思考を感じ取り、彼女はニンマリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「ってか俺の心配よりお前らのグループの男子連中の心配しとけよ」

「へ?」

「あいつら四人だろ。どうすんだ?」

「あー……。そういえば、そうだね」

 

 ふん、と鼻を鳴らしながら八幡は視線を彼女から外し自販機で買っておいたMAXコーヒーを飲む。話題逸らしが六割程度であったが、思った以上に結衣には効いたらしい。何やら考え込んで一人ううむと唸っていた。

 

「そこまで考えることか?」

「結構考えることだし。四人で集まってる中で三人組はキツいよ」

「一人だけハブるわけだから、まあ、そうかもな」

 

 他人事のように言いながら缶に口をつけた。実際他人事である。そんな風に毎回毎回集まってるから悪いんだろうがと思ったりもした。

 

「ヒッキーから言い出したのに何でそんなやる気なさげ?」

「適当に話題逸らしたかっただけだからな。あいつらのことなんざ知ったっこっちゃない」

「酷くない!?」

「おう、酷いぞ」

「開き直った!?」

 

 そう言われても実際自分がやれることなど何もない。むしろ彼らの友人であろう結衣にこうして問題提起をしてやった時点で十分働いたとも言える。そんなことを思いつつ、ついでに口に出しつつ、八幡は残っていたMAXコーヒーを飲み干した。

 

「まあ、向こうでもうその辺話付けてる可能性だってあるしな」

「んー。どうだろ。隼人君はともかく、残りは微妙じゃないかなぁ」

 

 四人のことを思い浮かべながら結衣はそう呟く。それを聞きながら、一人大丈夫なら丁度いいな、と彼はぼやいた。

 

「全然大丈夫じゃないし、それ」

「そうか、まあ頑張れ」

「……うー」

 

 不満げに彼女は八幡を睨む。頬を膨らませて見上げる仕草は怒っていますと主張しているものの、傍から見る限り大変可愛らしかった。睨まれている八幡ですら無意識にそんな感想を持つくらいには。

 ついでに彼にとって見下ろす形になったので谷間が丸見えであった。ちょっぴりピンクの布が見えた。

 

「あら、昼間からお盛んね」

「っ!?」

 

 思わず目を見開いたのと同時、どこからかそんな声が掛かる。弾かれるようにその方向に向き直ると、八幡も以前見た覚えのある黒髪の少女がそこに立っていた。相も変わらず、ポーカーフェイスで二人を見詰めている。が、その口元はほんの少しだけ上がっていた。

 突然の乱入者に呆気に取られていた結衣は、そこで我に返るとぶんぶんと首と手を振りながら立ち上がった。そんなんじゃないし、と顔を真っ赤にしながら否定の言葉を彼女に述べる。

 ええ、分かっているわ。そう言って少女は口元だけをしっかり笑みの形にした。

 

「彼に何か弱みでも握られたのかしら?」

「待て」

「冗談よ。比企谷八幡くん。あなたはそんなことをする度胸もないでしょう」

「……」

 

 断言されるとそこはかとなくムカつく。が、その言葉を否定するということは通報ものな行為をする人間だと肯定することになりかねない。非常に苦い顔を浮かべながら、八幡は無言を貫き視線を逸らした。

 

「ヒッキーはそんなことしないし」

「あら」

 

 そんな八幡に代わって反論したのが結衣である。真っ直ぐに彼女を見ながら、迷うことなくそう言ってのけた。

 が、生憎言っていることは先程の少女と別段変わりがない。若干罵倒寄りかそうでないかでしかないのだ。

 

「そうね、由比ヶ浜結衣さん。彼はそんなことをする人間ではないわ」

「そうだよ雪ノ下さん! 雪ノ下さんの言う通り、ヒッキーはそんなことする人じゃ……あれ?」

「ガハマ……気持ちはありがたいが、お前の頭じゃフォローは無理だ」

「酷くない!?」

 

 がぁん、とショックを受けたリアクションを取っている結衣を横目に、八幡は溜息を吐きながら少女に向き直った。何だかんだで、彼女の行動で思考に冷静さを取り戻したらしい。

 

「で、雪ノ下雪乃さんよ。あんたは俺達に何か用か?」

「用がなければ話し掛けてはいけないの?」

「知り合いでもないのに唐突に話し掛けられると困るからな」

 

 そう、と雪乃はほんの少し考え込む仕草を取る。が、すぐに視線を彼に戻すと、なら何も問題はないと言い放った。

 

「は? だから」

「私の名前を呼べるということは、あなたは私を知っている。そして私もあなたを知っているから、名前を呼べる。……ならば、これは知り合いと言っても問題ないでしょう?」

「一方的に知ってる同士が出会っても知り合いにはならんだろ」

「ふふっ。なら、これはどう? 私達はこの間出会って会話を交わしたわ。お互い面識があって、名前も知っている。さて、この関係を何と呼ぶの?」

「知り合いではないな、確実に」

 

 ふん、と鼻を鳴らしながらそう言い放った八幡を見て、雪乃は何がおかしいのかクスクスと笑い始めた。その笑みがどうにもわざとらしいものに思えた彼は、顔を顰めるとそんなことはどうでもいいと彼女に述べる。

 

「用が無いなら帰れよ」

「あら冷たい。……そうね、少しお節介を焼きに来たくなったの」

 

 表情を再度ポーカーフェイスに戻した雪乃は、そう言って視線を結衣に向けた。ビクリと反応した彼女を見て、別に何もしないわと優しい声色で言葉を紡ぐ。

 

「あなた達の会話が聞こえてきたのだけれど。グループ決めに困っているようね」

「困ってるのは俺じゃない。こいつの連れだ。というかそもそも困ってるかどうかも知らん」

 

 くい、と指で結衣を指し示す。分かっているとばかりに一瞬だけ視線を八幡に向けた雪乃は、良かったら力になると告げ事情を尋ねた。

 当然のごとく八幡は胡散臭げに彼女を見、結衣はありがとうと疑うことなく彼女に話した。まあこうなると思っていた、と彼は一人こっそり溜息を吐いた。

 

「成程。確かになるようにしかならないわね」

「うーん。やっぱり、そうだよね……」

 

 しょぼんと落ち込む結衣を見た雪乃は、大丈夫よと言葉を紡ぐ。所詮一時の繋がりなど簡単に無かったことに出来るのだからと続けた。

 

「ヒッキーと同じようなこと言ってるし……」

「あら。……それは困ったわね」

「何でだよ」

 

 まるで自分の答えは絶対不正解だと言っているようではないか。そんな思いを込め視線を向けたが、彼女は平然とそれを受け流す。ついでにそう言っているのだと言い放った。

 

「では逆に聞くわ。あなたは自分の意見が正しいと言えるの?」

「少なくとも、これについては俺の中で正しけりゃいい。他人に間違ってると言われようが、俺の中で正しいんだから、そこを捻じ曲げられる謂れはねぇよ」

「そう。なら、それでいいじゃない」

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

 思わず人間広告塔と同じ名前のお笑い芸人みたいな言葉を述べてしまう。それを聞いた結衣は思わず吹き、雪乃は顎に手を当てあなたには分かりにくかったかしらと呟いていた。勿論どちらも八幡のフォローではない。

 

「あなたはそれが正しいと思っている。私はあなたの意見と同じだと不正解だという確信を持っている。だから困った。それだけでしょう? ほら、それでいいじゃない」

「世界の中で俺だけ間違ってるみたいな言い方やめろ。傷付くだろ」

「あら、それはごめんなさい。あなたに傷付くような心があるとは思わなかったの」

「ねえ何でお前俺にそんな塩対応なの?」

 

 別に大した繋がりもない相手である。八幡にとってはそんな相手に何を言われようが結局関わらないのでどうでもいいと言えばそうなのだが、しかし。そんな相手にこの対応はいさかか気にはなった。

 対する雪乃は、それを聞いて口角をわずかに上げる。知りたいのか、と言わんばかりのその表情を見た八幡は、だったらいいとばかりに視線を逸らした。

 

「さて、話が脱線したわね。由比ヶ浜さん」

「はぇ!?」

 

 急に話が戻されたことで結衣が素っ頓狂な声を上げる。ビクリと反応した彼女を見ながら、その男子は一体どんな面々なのかと問い掛けた。ああ相談の続きか、と気を取り直した結衣は、そんな雪乃の質問に暫し考え込む仕草を取る。

 

「えっと、とべっちは賑やかでノリがいい感じかな。大岡くんは――」

 

 大体こんな感じ、と彼女は男子連中の名前と特徴を述べていく。成程、と頷いていた雪乃であったが、最後の一人の名前を聞いた時ほんの少しだけピクリと眉が上がった。葉山隼人、グループの中心人物であり、イケメンのスポーツマンで性格も爽やか。結衣の説明はそれほどではなかったが、しかし他の三人と比べると随分な高評価なのは間違いないであろう。

 そんな人物であからさまに反応をした。それが意味することは。

 

「何だ、お前葉山が気になるのか」

「そうね」

「即答かよ」

 

 もう少しそういうのじゃないとか女子らしい反応見せろ、と思わないでもなかったが、しかし八幡の見る限り、彼女の答えと表情は恋する乙女とは程遠い。どちらかというと、むしろいつも自分がしているような顔に近い気さえした。

 

「まあそれはどうでもいいわ。比企谷くんと話していると常に会話の列車が脱輪してしまうもの」

「俺がお前と長い会話したのはこれが初めてだ」

「さて由比ヶ浜さん、そのグループには共通する特徴があるわ」

「無視かよ」

「ヒッキー、共通する特徴って?」

「お前はお前でもう少し考える素振りを見せろ」

 

 何故自分は昼休みに二人の女子へひたすらツッコミをしていなければならないのか。そんなことを思いながら溜息を一つ。そうした後、結衣の頭を軽く小突き、雪乃へと向き直った。代わりに答えるぞ、と彼女に述べた。

 

「ええ。どうぞ」

「じゃあ遠慮なく。葉山はどうだか知らんが、残り三人は主体性がない」

 

 そうね、と彼の言葉を聞いて雪乃は頷く。一方の結衣は頭にハテナマークを浮かべているがごとく首を傾げていた。

 

「お前まさか主体性が何か分からないとかじゃないよな。シュタイ星とか変換してないよな?」

「バカにすんなし。それくらい分かるって。分かるんだけど」

 

 そう言われてもピンとこない、と彼女は腕組みをしながらううむと唸る。ちなみにとてつもなくどうでもいいが彼女が腕組みをしたことで胸部の二つの膨らみがぐいと押し上げられた。思わずそこに目が行ってしまった八幡を責めることは誰にも出来まい。

 

「その辺りは、そうね。本人達か葉山くんが分かっていれば問題はないわ。というよりも、それが分かれば自ずと答えも出てくるでしょうし」

「……あー、成程な」

「え? 何が? どゆこと?」

 

 雪乃の言葉で何か思い当たったのか、八幡はめんどくせぇとぼやきながら肩を竦めた。が、まあどうせ自分には関係ないと思い直しすぐに戻る。こういう時濃い繋がりを持っていないのは便利だな、とついでに考えた。

 

「本当にそう言うほど持っていないのかしらね、あなたは」

「持ってねぇよ。この学校だと精々が」

 

 こいつくらいだ、と頭にハテナマークが飛び交っている結衣を指差す。幸か不幸か考えることに全力であった彼女は八幡のそれを聞いていない。雪乃はそんな結衣の状態も含めて、それはよかったと口角を上げた。

 

「さて、由比ヶ浜さん」

「んー、むー……はぇ!? あ、何? 雪ノ下さん」

「昼休みも終わるから、私はそろそろ行くわね」

「あ、うん。またね、雪ノ下さん」

「ええ。また」

 

 そう言って手をひらひらとさせた雪乃は、そこでああそうだと声を上げた。八幡を眺め、こいつでは駄目だと判断したのか即座に視線を結衣に動かす。微妙に癪に障ったがどうせ碌な事ではないと思った八幡は何も言わずに傍観していた。

 

「もし、今回のことを葉山くんに話すのならば、ついでに伝言を頼めない?」

「伝言? うん、いいよ」

 

 そう言って笑顔を見せる結衣を見て、ではよろしくと彼女は述べる。葉山隼人と話すのならば、今回のことを告げるのならば、こう付け加えろと結衣に述べる。

 

「『ざまぁ』、と」

「……へ?」

「葉山くんにこの件を伝えるのならば、雪ノ下雪乃が『ざまぁ』と言っていたと、伝えて頂戴」

「……え? うん、え?」

 

 それではまた、と雪乃は今度こそ手をひらひらとさせて去っていく。そうして後に残されたのは、全く状況が飲み込めない結衣と、何だったんだあいつと呆れたように溜息を吐く八幡の二人。

 

「……ねえ、ヒッキー」

「何だ?」

「雪ノ下さんと隼人くん、仲良いのかな?」

「悩んで出した答えがそれかよ。いやまあ、あの口ぶりからするとそんな感じはしないでもないが……」

 

 このまま彼としてはもう少し文句を言いたいところではある。先程の会話のヒントなり何なりを伝えておいた方がいいかもしれないと思ったりもする。が、時間というのは無情である。

 八幡が口を開くよりも先に、残念ながら予鈴が鳴り響いた。

 

 


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