セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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葉山のキャラがファンに怒られるレベルでアレ過ぎる


その2

 翌日の昼休み。昨日の雪乃との会話のこともあり、八幡は教室で昼飯を食べていた。頼まれたからには自分で伝える、と結衣が言っていたのでとりあえず見守ることにしたのだ。

 

「『ざまぁ』」

「……」

 

 開口一番に罵倒された葉山隼人は絶句した。しかもそれを言ってのけた人物、由比ヶ浜結衣は笑顔である。一体全体何がどうなってこうなった。それがさっぱり分からないため、彼は突然の彼女の豹変についていくことが出来なかった。

 げし、とそんな彼女の後頭部にチョップが叩き込まれる。思ったより痛かったのか涙目で振り向いた結衣は、それを行った相手を睨み付けた。が、その視線を受けた方は何やってんのお前と言わんばかりに彼女を見ている。

 

「ヒッキー酷い」

「酷くねぇよ。お前があまりにもアレ過ぎて思わずしゃしゃり出てきちまったじゃないか」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は、視線をそこで隼人に向けた。状況がいまいち飲み込めていないようで、そもそもこれは一体何なのだという表情を浮かべている。

 さてどうするか。正直ああいう爽やかでイケメンの人気者と喋るのは苦手だ、と彼は思っている。別に自分が惨めになったような気がするとか、向こうに見下されているような気がしてムカつくとか、そういうわけでもない。

 ただ単に、余計な会話で長引きそうだからだ。

 

「あー、っと。葉山、今のはこいつの言葉じゃなくてな」

 

 それでも、今回の場合は仕方ない。何故自分がフォローせねばならないのかと思わないでもなかったが。あの場にいたのだから、彼女がやらかしたから。だから、仕方ないと自分で自分で言い聞かせた。

 

「雪ノ下雪乃は知ってるか?」

「……ああ、知ってるけれど」

「それなら話は早い。今のはそいつからの伝言だ」

 

 怪訝な表情を浮かべていた隼人が、その名前と伝言であるという説明を聞いた途端呆れたような顔になった。普段常に余裕を持っているような彼がそんな顔をしたということで、結衣は思わず目を見開く。ついでにその様子を見守っていた彼の周囲の面々も驚きの表情を浮かべていた。

 

「からかってるのか、罵倒してるのか……どっちもか? ……ちっ」

 

 葉山隼人が舌打ちした。マジカヨ、という顔を浮かべている彼の周囲の面々の一人戸部を尻目に、彼はスマホを取り出すと何やら操作をし始めた。そうしながら、すまないが、と八幡と結衣に声を掛ける。

 

「それで、それ以外には何を話したんだ?」

「え?」

「いや、流石に彼女もいきなり現れてその俺への伝言だけ頼んで去っていったわけじゃないだろう?」

「行動を端的にまとめるとぶっちゃけそれだけだ」

「いやいやいや。もうちょい話したし。調理実習の班決めの話とかしたし」

 

 そこの部分だけ説明すれば別にもういいだろうと投げやりになりかけた八幡に代わり、結衣がそんな言葉を続ける。最初からそれを言っとけよ、と彼はそんな彼女をジト目で眺めた。

 

「調理実習の班決め……?」

「うん、えっと……隼人くん、ちょっといいかな?」

 

 ちょいちょい、と結衣が手招きする。スマホの画面を彼の眼前に突き付けると、そういうことなのと隼人へ告げた。だから最初からそういう風に行動しろよ、と八幡の彼女を見る目が更に鋭くなった。

 画面を見た隼人は、成程ね、と息を吐く。事情は大体分かったと頷いた彼は、それで何かあるのかいと彼女を見た。それらを踏まえて、結衣の伝言『ざまぁ』が用意されたのだとすれば、そこに至るまでのヒントが散らばっているはずだ。

 

「……何だっけ?」

 

 頭にハテナマークでも浮かんでいそうな表情で首を傾げた結衣を見て、よし撤収と八幡は踵を返した。もう自分は関係ない。何も知らないし何も言いたくない。何よりとてつもなく面倒だ。

 が、勿論そんな彼を彼女が逃がすはずもない。がしりとその腕を掴むと、半ば無理矢理自分の方へ向けさせた。

 

「ヒッキー……」

「お前その辺頭から抜け落ちてるんだったら伝言も言いに行くんじゃねぇよ……」

 

 呆れたように溜息を吐く。相も変わらず優美子から睨まれているが、八幡はそこはもう気にしないことにした。視線に込められている意味が普段とはまた違うように思えたが、そこを気にする余裕も当然ながら持ち合わせていない。

 視線を隼人へ動かした。まあどのみち自分が補足なりなんなりをしなければいけなかっただろうから、大して変わりない。

 

「主語ははぶくぞ」

「ああ、その方が助かる」

 

 ちらりと視線で周囲を見やる。そこにいる連中をどうハブるか、という相談を本人達の目の前でやるのだ。そこで気にしないとなったのならばそもそも悩みは解決であるし、彼の周りに人は集まっていない。

 

「奴らは主体性がない。ということを分かっていれば問題は解決する、って話だ」

「……成程」

「まあ、そこに至るまでをわざわざ俺に言わせたがな。というか何なんだよあいつ、頭おかしいんじゃねぇの?」

「姉の方がたちが悪いぞ」

「そうか……」

 

 さらりとそう返すということは、彼はその辺の事情をよく知っているのだろう。あるいは、付き合いが長いのかもしれない。ほんの少しだけ隼人に同情してしまった八幡であったが、まあ見た目は極上であったのでやっぱり有罪だなと思い直した。きっと彼女の姉も負けず劣らず美人に違いあるまい。決してお近付きになりたくないが。

 まあいいや、と彼は息を吐く。とりあえず伝えることは伝えたし、これ以上よく知りもしない相手と関わると疲れる。そんなことを思いながら、八幡はじゃあなと踵を返した。隼人も何となく察したのか、ああと頷き悪かったと言葉を続ける。

 そうして彼から視線を外した八幡は、目の前にゴルゴンが立っていることを認識すると短く悲鳴を上げた。

 

「あーし見て悲鳴とか、ヒキオのくせに生意気だし」

「い、いきなり後ろに立たれりゃ誰だってビビるだろ……」

「ふん。まあそれはどうでもいいけど」

 

 ジロリと八幡を睨み付けた。彼が再度短く悲鳴を上げるのを見て、優美子の目が益々細められる。会話を終えて去ろうとした相手が眼の前で友人に襲われている光景を目の当たりにした隼人は、しかし何となく予想がついたのでとりあえず傍観することにした。いざとなったら宥める準備は出来ている。

 

「あんた、ユイ殴ったな」

「へ?」

 

 何の話? と彼は目を見開く。が、それを聞いていた当事者がそうだよそうだよと会話に乱入したので八幡の逃げ道はなくなった。わざとらしく頭をさすりながら、ここここ、と結衣は指を差す。

 

「さっきヒッキー思い切りチョップしたし。酷くない!?」

「へ? ……あ」

 

 しまった、と彼の表情が青褪める。それを見てようやく自分のしでかしたことを自覚したのかと獰猛な笑みを浮かべた優美子は、さてではどうしようかと指をコキリと鳴らした。明らかに女子高生のやる動きではない。

 対する八幡、死を覚悟した。ああこれはきっと国際条約第一条に則り頭部を破壊されて失格になるな、と自身の結末を予想した。

 

「一応言い訳があるなら聞くけど」

「……いや、無い。軽率だった。俺が全面的に悪い」

 

 いかなる理由があろうともいきなりクラスメイトの巨乳美少女の頭をチョップとか許されざる行為である。つい気が緩んでいた、とそんなことを言ったところで罪が減刑されることなど何もないのだ。

 

「ていうかヒッキー、何であんなことしたし」

「いや、つい気が緩んで……いつもクソ野郎にやってたみたいなことお前にやってしまっただけだ」

「は? 何それ、意味分かんないし。てか言い訳ないとか言っといて結局するんじゃん」

 

 おっしゃる通りで、と八幡は優美子に全面降伏する。誰かに助けを求めるようなこともせず、後はただじっと死を待つのみ。そもそもこの状況で助けてくれるほど仲の深い相手などこのクラスに存在していない。一応頭に過ぎった顔はあるが、生憎それは今目の前で自分を責める側だ。

 

「……ん?」

 

 そう思っていた八幡は、結衣が目をパチクリとさせていることに気が付いた。先程彼が言っていた言葉を反芻し、そして何かに気が付いたように目を見開く。

 

「ヒッキー!」

「うお、な、何だ?」

「あたしを、例の腐れ縁の人と同じ扱いにしたってこと?」

「いや、そういうつもりじゃ……まあ、でも結果的にはそうなるのか?」

「それってさ、つまり……友達として、扱ってくれたってことだよね?」

 

 いや俺はあいつを友達扱いとか虫唾走るぞ。そう言いかけて、やめた。この言い方だと結衣も虫唾が走る相手だと言っているような気がしたのだ。少なくとも、目の前の彼女はそういう相手ではない、と思ってしまったのだ。

 ちなみに、彼は絶対に認めないがそうは言いつつ腐れ縁の少女との付き合いも嫌だとは思っていない。

 

「あー、まあ。そうなる、かもな」

「そ、そーなんだ。うん、そっか」

 

 うんうん、と頷いていた結衣は、次の瞬間満面の笑みを浮かべた。そういうことならしょうがないね。そう言って、話についていけない優美子の背中を押した。

 

「ちょ、ちょっとユイ。あーしの話はまだ」

「あたしは怒ってないから、大丈夫だし。ね」

 

 有無を言わせぬ何かがあった。というか物凄い幸せオーラを出していたので優美子は思わず口を噤んだ。はぁ、と溜息を吐くと、次は殺すと視線だけで八幡を脅しつけ去っていく。

 どうやら助かったらしい。それを自覚した時には、彼は全身の力が抜ける気がした。思わず膝から崩れ落ちそうになり、いかんいかんと持ち直す。そもそも何故高校二年生をやっているだけのはずなのに死にかけねばならないのか。そんな理不尽さを感じながら、彼はよろよろと席に戻る。そういえば今昼休みだったっけ。そんなことを思いながら、机の上に残っていたパンを口に押し込んでMAXコーヒーで流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

「で、だ」

「どうしたんだい?」

 

 どうしたもこうしたもあるか、と八幡は眼の前の相手に文句をぶつける。ぶつけられた相手である隼人は仕方ないだろうと苦笑していた。

 放課後、人も殆どいなくなった教室の一角。二人の目の前に置いてあるのは家庭科の調理実習の班決めの用紙である。当日でいきなりやっぱり組む人変える、とならないように予め提出することになっていたのだが。

 

「何で俺がお前となんだよ」

「一番しがらみが無さそうだったから、かな」

 

 さらりとそう述べられ、八幡は思わず唸る。確かにクラスメイトとの仲が悪くもなければ良くもない彼は今回の問題解決に丁度いい相手であろう。が、それは隼人から見た場合でしかない。

 八幡にとっては完全なるいい迷惑だ。立っているだけでも存在感のある隼人と同じ班ということは、否応なしに目立つことに巻き込まれるということである。彼にとって自分に関係ない余計なことで時間を食うのは五本の指に入るほど気に入らない出来事だ。

 

「断る。お前なら他にも組む相手がいるだろ」

「いないさ」

「は?」

 

 即答されたことで八幡は思わず隼人を見た。顔は相変わらず笑顔であったが、しかしどこかしてやったりという表情にも見える。その顔に不吉なものを覚えたのか、思わず眉を顰めた彼に対し、隼人は机の上の用紙を手に取るとゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「残っているのは、俺と、君と、そこに記入してあるもう一人だけだ」

「なん……だと……?」

 

 残っていた連中と組めばいい。そう考えていた八幡にとって、その言葉は詰みに等しい。そんな彼の驚愕の表情を見ながら、隼人はわざとらしく肩を竦めた。

 

「意外と戸部達との話し合いに時間が掛かってね。気付いたら他の皆は班が決まっていた」

「んなもん、お前が一声掛ければすぐに変更が」

「誰かを弾かないように選んだ答えで、別の誰かを弾くことは出来ないさ」

「……」

 

 だろうな、と八幡は思う。わざわざそのために隼人が抜けたのに、別の場所で同じことをするのならば何の意味もない。彼としてはそもそもそんな状況にならないよう生きるつもりなので、その苦労に共感することは出来ないが、それでも理解は出来るつもりだ。

 隼人の持っている紙を奪い取る。彼の名前と、一年の頃からのクラスメイトである人物の名前を確認した八幡は、思い切り盛大な溜息を吐くと残っている枠に自身の名前を記入した。

 

「ほらよ。これで文句ないか」

「ああ。ありがとう」

 

 じゃあ、提出してくるか。そんなことを言いながら彼はそれを受け取り踵を返す。部活にあまり遅れてもいけないからな。そんなことをついでに続けた。

 部活。その言葉を聞きああそういえばと八幡は気が付いた。本来ならばサッカー部のエースである隼人がこんな時間にまで教室に残っているはずもない。つまりわざわざ部活を遅刻してまでこんなことをしていたのだ。それを意味することはつまり。

 

「嵌めたな……」

「さて、何の話かな?」

 

 既に記入を終えた用紙は彼が持っている。ここで奪い取って名前を消すほど八幡はバーバリアンでもない。何かの敵でも見るような目で睨み付けていた八幡であったが、しかし隼人がああそうだ、と教室の扉の眼の前で立ち止まったことで思わずビクリと肩が跳ねた。

 

「ゆきの――下さんからの伝言だ」

「あん?」

 

 何か今一瞬言い淀まなかったか。そんなことを思った八幡であったが、しかし出された名前の重要性に比べればそんなことは些細な問題だ。思わず身構え、一体あれが自分に何を伝えるつもりだ、と振り向く隼人を睨み付ける。

 

「随分警戒しているな」

「当たり前だ。まだ二回しか会ってないが、それだけで十分警戒するに値する相手だと判断出来るぞ」

「この間も言った気がするが、彼女の姉の方が酷いからな」

「会ったこともない相手なんぞどうでもいい」

「そうか。そうだな」

 

 隼人は笑う。その笑みは、まあこれから出会うだろうがなと言っているように見えて、八幡はその表情を益々険しくさせた。当然そのつもりだったのだろう、隼人はそんな彼の表情を見て楽しそうに笑った。

 

「……お前って、意外と性格悪いんだな」

「あの二人に付き合ってれば嫌でもこうなる」

 

 はぁ、と笑みから一転して疲れたような顔で溜息を吐いた隼人は、まあそれはどうでもいいと顔を上げる。表情を再度笑顔に戻すと、彼は改めてと八幡に向き直った。

 

「『ざまぁ』」

「あ?」

「伝言だよ。君に『ざまぁ』と伝えるように言われている」

 

 呆気に取られていた八幡は、しかしすぐに死んだ目をして溜息を吐き肩を落とした。ここで、このタイミングでその言葉が出るということはつまり。

 ご明察、と隼人が笑う。つまり八幡が彼と同じ班になったのは彼女の入れ知恵というわけなのだ。

 

「何だよあいつ……俺に何か恨みでもあるのか?」

「さて、どうだろうね。それは本人に聞けばいいさ」

 

 それじゃあ、と隼人は去っていく。そうして残された八幡は、平穏からかけ離れた日常に放り込まれたことを自覚し、力なく椅子に座り体を預けた。

 ああ、癒やしが欲しい。そんなことをぼんやりと考え、家に帰って妹でも愛でようかと彼はゆっくり立ち上がる。癒やし、というキーワードで一瞬だけ脳裏に浮かんだ人物を見なかったことにしながら。

 

 


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