「言っておくけど、蟻みたいに壁を容易くよじ登れる奴は多分難しいからな? 本来必要なモノがねぇし、餌の樹液なんかも少ねぇし」
「はいはい」
今自分がやっているのは、適当なサイズの穴を掘る作業だ。
傍には、アシュリーが用意した木の板や樹皮、大小様々な平たい石が並んでいる。
今俺が掘っている穴よりやや大きめで、真ん中の部分に少し穴が空いている木材や樹皮。これが罠の蓋になる。
今掘っている……深さは大体二十センチ前後くらいか。そこまで深くはしていない。
その上に穴の空いた樹皮を被せて適当に土で埋めて固定する。
そして、その両端を抑えるように小ぶりの平たい石を起き、その上に大きい石を乗せる。
これで完成である。
本当は穴の部分にはコップとか背の高い缶詰とかを埋めるのがベストらしいのだが……まぁ仕方ない。
「言っておくけど、これは魚の餌を確保するためであって食うわけじゃないからな?」
虫は基本的に、石の下などの物影に隠れる修正がある。
それを利用したのがこの罠だ。
石の下に隠れようとした虫は、そのまま穴の中へと落下する。
やや大きめに穴を開けているとはいえ、蓋は蓋。
逆さになっても張りつける蟻や蜘蛛じゃない限りは二度と抜け出せなくなる仕掛けだ。
うん、蜘蛛は捕まえられないというのは素晴らしい。絶対に来んな。
「はいはい、分かっているわよ。……本当に虫が苦手なのね」
「苦手っつーか食うって事にすんげー抵抗があるんだよ」
「……トール君知ってる? 環境にも依るけど、人は寝ている間に――」
「そっから先を口にするなら女だろうと美人だろうと全力で顔に一発かますからな!? マジだからな!?」
「……出会った時もそうだったけど、君って時々すごく愉快になるわね」
なにボソっと「遊びたくなっちゃう」とか呟いてんだテメゴルァ。
おいアシュリー、お前分かってんだろうな? マジだからな? これマジで言ってんだからな!?
「まぁ、気持ちは分かるわ。アタシだって、食べるのは基本的に肉と魚と野菜だったもの」
「虫食う文化を否定はしないけど、俺ん所はそれに抵抗がある環境だったってのは分かってほしいなぁ……特にアオイ」
今この場にいないけどさ。
俺たちは拠点と湖の間に、虫捕獲用の罠を作っていた。
アシュリーは一応俺の護衛……というか、この後一緒に湖の方の罠の確認に行く予定だ。
俺自身が罠の場所を把握するのも兼ねてだ。
で、アオイ達は同じ理由で獣用の罠を確認しに行っている。
万が一罠に獲物がかかっていた場合、獲物にトドメを刺すには現状石斧で殴り殺すか、アオイの刀で刺し殺すかの二択だ。
結局砥石の代わりになりそうな物は見つからなかったため、切れ味は落ちる一方なのだが、それでも突き殺すのは可能だとアオイ自身が断言したため、石斧を持ったゲイリーと共にそっちに向かわせた。
――まぁ、罠の大きさ的にそんな大物はまずかからないのだが……どちらかというかアオイの役割は解体か。
「アタシ達が捕まえたバッタ、貴方のスキルで食べられるって分かったらあの子早速食べようとしてたわね。足と羽毟って、枝に刺して……」
「『あ、トールさん食べます?』って焚火の近くに刺しながら言われた時は本気でリアクションに困ったぞ、マジで」
ちなみにその後マジで食いやがった。
カリカリしてて結構美味かったらしい。
スッゲー満足そうに『ごちそうさまでした!』とか抜かしてやがった。
…………。
くそっ、緊急時以外は絶対食わんからな!
「まぁ、アタシも正直魚や肉が食べたいのよね。多少臭くても野草と大きな葉っぱで包んで焼けばそれなりの味になるし」
「ゲイリーが言ってたが、肉なら直接炭の上に置いて焼いても美味いらしいぞ。炭とか灰も、焼いてから適当な草の上で少し払えば取れるらしいし」
正直腹の減る会話だったが、今の俺たちにとっては夢のある話だった。
魚を捕まえたらこうやって料理しようとか、食えるキノコあったら良いよねとか油が欲しいとか。
うん、ああいう会話なら悪くない。
「……ゲイリーとは上手くやってる?」
「あぁ、アシュリー達には悪いが同じ男同士だからな。やっぱり気楽な所があって話しやすい」
「……まぁ仕方ないわよ。男同士なんだし」
「それに気安く話せてな。思った以上に……こう、なんていうかそんなに偉ぶらないし、男特有の悪乗りもないし、話してて楽なんだよなぁ」
前に同じシェルターで寝た時とか、傍に寄られても……男同士でっていう嫌悪感も湧かなかったし……あれか、中性的な顔だったからか? 筋肉質ではあるけど、太ってるのとは違うし。
体臭は現状しょうがないけど、それもそんなに濃くないし。
「――うん。その……よかった……わね?」
「…………なんで明後日の方向いてんだアシュリー」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
罠をそれぞれ確認してきたが、引っかかっているのは無し。
一応また、目に付いた虫――アオイが美味そうに食ってたあのバッタ等だ――を罠の奥に突っ込み、仕掛け直してきた。
メダカはこっちでもちらほら見かけるんだけどなぁ。
「で、今日はバケツを作るの?」
「バケツっていうか、水貯めておける器な。例の小さい巻貝――なんだっけ、なんとかスポイルって名前だったんだが……まぁソイツの泥抜き用に作っておかねーと。度々水を変えなきゃいけないらしいし」
出来れば二つ。片方は煮沸用にして、泥抜きには出来るだけ湯ざましの水を使う。
いや、よくわからんが湖の水をそのまま使うよりそっちのほうが良いだろうという判断だ。
最終的に口にする物には出来る限り慎重に行きたい。
(しっかり調理しないと病気にかかるって事だし、念には念を入れておいて損はねーだろ)
一応、すぐさま完全に飢えるというわけではないのだ。
前に調べた時に食える木の実がある事は分かっていたし、それなりに確保している。
「とりあえず、ここの拠点で最低限の基盤を揃えないとなぁ」
「生活の安定?」
「あぁ。何かあった時に、ここに戻ってこれればなんとかなるって状況にしたいんだよ」
寝床はある。火も水もある。飯は……今の所はあるが、やっぱり万が一の時の事を考えて、蓄えを作っておきたい。
「となると、君が重視してるのは魚――漁の方かしら?」
「あぁ、だからアシュリーのサバイバルパックが見つかってくれると本当にありがたいんだが……」
一応現状でも釣竿は作れる。が、強度に関して強い不安が残る。
竿や釣り糸として使う紐ではない。釣り針のだ。
「一応、トラッパーの中で一個、現状でも出来そうな釣り罠はあったけど……こう、確認のために移動するってのが面倒なんだよなぁ」
「でも、釣りも確実性という意味ではかなり低いんじゃないかしら。アタシ達の中に、釣りの経験があるのは――あ、君はあるんだっけ? 海で」
「しっかりした道具に、川でも海でも釣りまくってた爺ちゃんのアドバイス付きだった。それに、餌ばら撒いていたのか結構群がっていて、糸を上下に動かすだけでホイホイ釣――いや、引っかかってくれてんだ。とても経験とは言えない」
あれもう完全に遊びだったからな。
どっちかというと小学校の時にイトコと二人して川にダイブして、当時の俺の上半身くらいの魚を直接捕まえた時の方がまだ経験と言えるだろう。
……や、現状なんの力にもならないけどさ。
「前に聞いたけどさ」
なんとなく当時を思い出していたら、アシュリーが声をかけてくる。
「実際、アタシ達ってこれからどうすればいいのかしらね?」
「……帰る手段か?」
「えぇ。現状、まずは生きるための基盤を整えるという君の方針には賛成するけど……」
「事態が訳分からなさ過ぎてどうしていいか分からない?」
「……まぁ、そんなところ」
「そりゃあ俺も同じだよ」
いやホントに。
「正直に言うけどさ、アシュリー。俺は今、先の事なんてほとんど考えてない。考えられないって言うべきかな」
口にしてから思ったが、この発言はリーダーとしてどうなんだろう。
「そういう事を考えられる状況を作っているってのが今かな……いや、うん。そもそもなんで俺たちがこんな森に放り込まれたのかも分からない。原因が分からねーから何を目指して活動すればいいかもさっぱり……で……」
ふと、思いついた事が一つある。
「? どうしたの、トール君」
「ん、あぁ、いや……一個だけ可能性が……いや、でも……ん~~~~~~」
取りたくない。正直取りたくはないのだが、、そう言えばスキルの中で訳の分からん物が一つあったじゃないか。
「……魔法、あのスキルの奴を取ったら何か分かったり……しないかなぁ?」
ふと思いついた事を口にした俺を、アシュリーは複雑な顔で、じ……っと俺を見つめていた。
いや、あの……ホント思いついただけなんで。
そんな冷たい目でこっちを見ないでもらえませんか?