『――――彼女を護衛するのが俺達の仕事だ』
強面の屈強なおっさんが俺と仲間たちに向けそう告げる。各々がその後ろを見やれば視線も向けずに携帯端末を触り続けている女性が映る。
見覚えのある癖のある髪色にケモ耳の様な何かを着けた女性、軍の護衛が必要なほどに緊迫した場所で平然としている辺り肝の座り方が違った。
いいや、この場合。アイツは恐らく気にしていないのだろう。
昔っからこんな奴だった。
仲間たちが小声で言葉を交わし、目の前のおっさんは話を早々に切り上げると彼女を乗せて装甲車が走り出した。ハンドガンにアサルトライフル、グレネードにマガジン、それなりに重装備だ。
揺れる車内で微塵も視線を上げずタブレットを見つめる対面の女性に思わずため息が漏れ、マスクとヘルメットを外すと俺はソイツの名前を呼んだ。
『コーヒーが無いとそんなにご機嫌斜めか? ぺルシカ』
『………ぇ…?』
間抜けた顔で自分の名前を聞いた瞬間に顔を上げた女性、ぺルシカリアに自然と笑みが漏れ、同時に車両が大きく揺れる。
死の直前でも、走馬灯を見るわけでもなくスローモーションになる光景に自然と答えが生まれた
……あぁ、夢か、コレは……。
目を開ければ黒い天井、淡く光る照明が部屋のドアから差し込みソコから流れ込んでくる冷気に眉が動く。
ナガンかぺルシカか、どちらかが部屋に入って来たらしいが半開きのまま出て行ったのだろう辺りを見渡しても誰もいない。
上体を起こせば身体からずり落ちる毛布、ソファに雑魚寝していた自分は何も掛けていなかったのを覚えている。なるほど、ナガン婆ちゃんがまた世話を焼いてくれたみたいだ。
懐かしい夢の反面、左腕が疼く。体温を発しない左手を開いては閉じ冷たい拳を包む様に右手で掴みあっていると小さな溜息がもれた。
時間は午後2時、一般人ならとっくに起きている時間だ、如何せんこの仕事を始めてから以前の仕事の反動かかなりぐうたらになった自覚はある。
重い身体を動かして立ち上がり欠伸をかきながら半開きのドアを閉め、照明を点けデスクのパソコンに触る。
「げっ……」
クルーガーのおっさんからまたメール来てる、何の用だよ。この前ハッキリ断っただろうに。
そのまま削除したい所だが恩人には変わりないので仕方なく開いてみれば、ヘリアンさんの件での感謝の言葉と案外重要な案件だった。
フリーとして雇われるのなら吝かでもない、しかし今は雇い主がいる番犬のような状態だ。自分では判断が出来ない、とりあえず返信し案件に関してはおっさん側からぺルシカに話を持って行ってもらわなければ俺にはどうしようもなかった。
まぁ、ソレが成功すればぺルシカにも利益がある。俺ももしかしたら知り合いに会えるかもしれない。悪い要件ではなかった。
一息ついて立ち上がり長袖のジャケットに着替え部屋から顔を出す、チラホラとこちらに視線を向ける研究員たちを尻目に、椅子の上で体育座りしているぺルシカに視線を向けると向こうも照らし合わせたように視線が重なる。
首を傾げながら小さな笑みを浮かべた彼女の元に向かい、口を開く。様子からみても今日の機嫌は良いようだ。
「おはよう、よく眠れたみたいね」
「おはよう、お陰様で、……さっきクルーガーのおっさんからメールが来てね、ぺルシカに直接話をしてくれるように頼んだからその内連絡が来ると思う」
「ふーん、何の用?」
「詳しい話は何も、おっさんから聞いてくれるか」
「わかった」
「お、スクラッチ。起きたのか、おはよう」
背中越しに聞こえた陽気な声に呼ばれ、振り返ると書類の束を両手で抱えるナガン婆ちゃんが見上げている。ニッコリと朝日の様な笑顔に心が洗われるような気持になる。
「おはよう婆ちゃん。今日は忙しそうだな」
「まったくじゃ、皆少しは年寄りを労わってほしいもんじゃ」
「婆ちゃんが頼りになるから仕方ないよ」
自分を老兵だの年寄りだと言うけれど、見た目に比例して褒められると笑顔を隠さずに頑張る姿は子供だと思う。
そこが婆ちゃんの良い所なのだが。
顔を綻ばせながら書類運びに戻った婆ちゃんを見送り、もう一度振り返るといつの間にか作業を再開していたぺルシカが映る。
仕事の邪魔をするわけにもいかないので自室に戻ろうかと思った矢先に、俺の目には予想外のものが飛び込んできた。
「……んー?」
「ぺ、ぺルシカ……?」
柄にもなく頭の中が音を立てて揺れ、声が震える。
「ん? どうしたのスクラッチ」
「そ、その手の、物は…!?」
「手? 誓約指輪だけど」
「――ッ!!?!??!?!???!??!?!」
「??? スクラッチ? どうしたの?」
「ん、固まってどうしたのじゃ? おい、おい……わわ!!」
「え、なに、どうしたの……」
「こやつ………気絶しておる」
「…………へ……?」
「……指揮官の中には誓約指輪を渡して、人形の所有権をグリフィンから指揮官に移し、性能リミッターを解除する役割があるの」
「な、なるほど。それの点検をしていたのか」
気が付けばソファにリポップしていた自分が起き上がった先で見たのは仏頂面のぺルシカだった。
椅子の上で不機嫌そうにコーヒーを啜りながら睨む瞳は何時もよりも圧が強く、何も言わずに俺に座れと指で指示してきた。
「そう、目の前のお馬鹿さんは何を早とちりしたのか、誓約指輪って言葉で卒倒して間抜けな顔を見せてくれたけど」
棘だらけの言葉が俺を突き刺すもソコはグッと堪える、何も友達が指輪を持っているだけで気絶したなんて失礼にも程があるだろう……
「あぁ……まぁ、ごめんよ。ぺルシカが指輪を持ってるってだけで驚いちゃって…」
「…………自分が凄く失礼な事を言ってる自覚ある?」
「……すみませんでした」
「まぁ、面白い物が見れたから許してあげる。それに―――」
「ん?」
「私が指輪を持っていただけで気絶するほど驚いてくれるって、色々と、面白いから」
素直に頭を下げて謝罪すると、あっさりと許してくれたぺルシカはいつもの表情に戻ると俺を見ていた瞳が徐々に細まり。口角が上がる。
意地の悪い笑みが浮かび俺を見つめてくる、言葉にしてご満悦、何がそんなに面白いのか、俺にはさっぱり分からん、まったく何も、分からん
「そうかい……」
何も言葉が浮かんでこない、ニマニマとこちらを見つめ耳が動くぺルシカに我慢が出来なくなって立ち上り、もう誰もいなくなったラボを見渡す。
熱くなった顔を冷やすのにはこの部屋の寒い位の空調が丁度良かった。
「それとクルーガーから話しは聞いたわ、確かに悪くない要件だった」
「じゃあ……」
「えぇ、シールドの替えは手に入ったから準備が出来たらG&Kに向かって」
「………良いのか?」
クルーガーの案件を請け負うのは良いが、それを実行するとなると数日はこのラボを空ける事になる。
婆ちゃんが居ると言えばそれまでなのだが、古い友人の一例もあって不安がぬぐえない。
「良いの、M1895も居るしそうそう簡単にテロを起こせるような場所じゃない。だから出来るだけ多く連れ帰って来て、データが多いに越した事ないから」
「了解、ぺルシカがそう言うなら従う」
「それから――――」
「どうした?」
「――ヘリアンに伝言、『合コン失敗14回目オメデトウ、パチパチパチパチ』」
「直接言いなさい、お馬鹿」
「お、起きたかスクラッチ、大丈夫か?」
「あぁ、ありがとうナガン婆ちゃん。何ともないよ」
「まったく、指輪を見たくらいで倒れおって………。そんなに驚く位ならさっさとぺルシカに言えばよかろう」
「…………………なんのこと?」
「はぁ……、そうやって誤魔化すのは構わんが。少しは素直になれよ? ……まったく困った奴らじゃ」
「………、そういや毛布ありがとう。朝もそれでグッスリだったよ」
「え? 何の事じゃ? ワシは毛布など運んでおらんぞ?」
「…へ?」
話し込むナガンとスクラッチを余所に、ぺルシカは自分のデスクでニッコリ笑ってコーヒーを飲み、その日は終わった。
特殊タグなるものに気が付いてこの作品で練習がてら使ってます。
表現の幅が広がるなと思いました(小並感)
義手のイメージはサイボーグ004から貰いました。殆ど別物ですが……
AR小隊と404小隊もそのうち出せたらなぁと思う今日この頃。