馬酔木の花   作:あばちみゃかむ

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第10話

 本来の用途を十全に発揮した代償は大きかった。数多の鬼道に耐え続けた的は根元のうえから消失し、周囲には焦げ目のついた破片が散らばっている。

 霊術院生が鍛錬のために鬼道を放ち続けた的は、完全に破壊されていた。

 常ならば己の技術を磨くため、鍛錬場には多種多様な鬼道の詠唱が木霊している。しかし、いまは異様な静寂に支配されていた。

 鬼道の授業でも鍛錬場は利用される。放課後、自主的な鍛錬のために訪れる霊術院生の数も多い。当然ながら、鍛錬場に設置された的の耐久力は容易く破壊される脆弱なものではない。付け加えるならば、正規の死神ではない未熟な霊術院生ならばまずもって破壊すら困難な代物だ。

 

「どうしよう、反省文とか書かされるのかなあたし……」

 

 ばつの悪い表情を浮かべながら雛森は肩を落としていた。心情を反映してか、二つに結って下ろされた黒髪も艶が消えうせている。呆れた口調で声をかけられることはない。傍らには誰もいなかった。

 遠巻きに雛森の様子を観察していた人影の間から、次第に囁き声が拡大してゆく。それらは驚愕と奇異に満ち溢れていた。上級生に至っては羨望の眼差しを向けてすらいる。

 鬼道の天才は、己の才覚に更なる磨きをかけていたのだ。

 

 

 ▽

 

 

 授業態度が劣悪か、あるいは補習の常連として教師から要注意人物と睨まれていれば、相応の処罰が与えられていた可能性はある。

 反省文を書かずに済んだが、経緯については詳細を説明せねばならなかった。教師は納得した上で次から気を付けるよう注意したに留まった。成績、素行、ともに優秀であるうえに五番隊の藍染隊長から目をかけられていた雛森は、教師からの覚えもよい。

 既に一夜が明けた。学年中に噂が広まっていた。多くの霊術院生に見られていたから仕方ないが、当分は鬼道の鍛錬場に足を運びづらくなったのは否めない。

 

「よう雛森、優等生のお前にしては珍しくヤらかしたな」

「阿散井くん、もしかしてそれは嫌味なの? あたし、これでもかなり気にしてるんだけど」

 

 教室に顔を出せば一番に声をかけてきた級友に対して、雛森は腰に差した浅打の柄へわざとらしく手を遣る。

 授業で使用しない限り帯刀する必要はなかった。常に浅打を携える霊術院生は少数派に位置しているほどだ。

 雛森は当初、多数派に属していた。特に深い考えは持たず、身近な級友たちもそうしていたからだ。小柄なこともあり、教材だけでなく浅打を常時持ち歩くことが面倒という側面もあった。

 きっかけは単純だった。己の斬魄刀を解放したい、その為にはどうすればよいのか。教本に記載された知識と、友人の実例を参考にした。

 即ち己の半身として扱えばよいのだ。寝食を共にし、常に浅打の存在を意識する。むろん、一朝一夕で成果が出ることはないが、不思議と認識が変わってゆく実感は抱いた。既に雛森の浅打はただの道具ではなく、かけがえのない仲間のような存在だった。

 

「わるかった、だから刀は抜くな」

 

 冷や汗をかきながら恋次が慌てて謝罪をすれば、冗談だと雛森は苦笑する。ただしその瞳は輝きが消えうせ、声音にも色が籠っていなかった。

 

「ほんとうにわるかったって。しっかし、鍛錬場の的をぶち壊すなんざ普通じゃできないだろ、一体どんな鬼道を使ったんだ?」

 

 空気を取り繕うようにした恋次の疑問に答えることはできなかった。廊下から雛森を呼ぶ声が聞こえたからだ。

 

「行ってやれよ」

「ごめんね、またあとで教えるから」

 

 廊下の外で待っていたのは面識のない三人の霊術院生だった。幼さが残る初々しい顔立ちをしている。月に一度しか顔を合わせていない弟のような幼馴染みを思い出させた。

 同期ならばどこかしらで見覚えがあるはずで、まさか上級生でもないだろう。緊張したように強張った表情を浮かべており、下級生かと雛森は推測する。

 

「えっと、あの、雛森先輩に頼みがありましてっ!」

 

 張りのある声は廊下を震わせるほどのものだった。何事かと、二組の人間が雛森たちを窺う様子が感じられた。

 

「うん、まずは落ち着こうよ。ほら、胸に手を当てて深呼吸してみて」

 

 微笑ましい三人の後輩は頬を赤らめつつも深呼吸を繰り返した。頃合いを見計らって雛森は会話を再開する。

 

「それで、あたしにお願い事があるんだっけ」

 

 大方の予測はついていた。過去にも何度か、面識のない霊術院生が雛森の下へ訊ねて来たからだ。用件の殆どが二つに大別されていた。一つは単身で教室まで乗り込んで来た男子生徒に共通していたから、複数で、尚且つ頼み事となれば必然的に予想はつく。

 

「は、はいっ! 雛森先輩にぜひとも鬼道の稽古をつけてもらいたくっ!」

「私っ、鍛錬場で見てたんです!」

「もう六十番台(・・・・)の破道(・・・)を修得するなんて、教本では席官でもない限り修得が難しい鬼道なのに。本当に先輩は鬼道の天才なんだと」

 

 瞳を輝かせ、興奮した様子で口々に語り出すのを両手で押し留める。今回のように、鬼道の稽古をつけてもらうべく下級生が訪れるのは珍しくない。

 放課後が訪れると鍛錬場に通うのが日課だ。鬼道に限らず斬術や白打、歩法の鍛錬場にも足を運んでいる。鬼道の天才という評判もあいまって雛森の顔は幅広く伝わっていた。

 

「天才じゃないよ、あたしは。それに昨日の件も、まだ完全に制御できてなかったし」

 

 本物の天才とは特筆すべき点を持ち、己の斬魄刀を難なく解放し、そして既に霊術院を去っている。しかし雛森は飛び級するほどの能力ではなく、斬魄刀の声を未だに認識できず、目標に向かって学び舎で己を高めているだけだった。

 それを目の前の後輩たちに告げることはないが、天才と人から向けられる度に雛森は思い返す。

 

「そ、それでも僕たちにとって雛森先輩は目指すべき目標なんです! だから、どうか」

 

 留年を免れるため、雛森に頭を下げて鬼道の稽古を頼み込んだ少年がいた。飄々と雛森をからかい、斬術では同期でも抜きん出た実力を誇った掴み所の無い少年だった。

 

「あたしでよければ教えるよ。ただし、今日の放課後だけになるけどそれでもいい?」

 

 異論が返ってくることはなかった。

 

「これでも稽古は真剣にやるからね、放課後まで元気を残しとくこと。それじゃまた鍛錬場でね」

「はっ、はい、ありがとうございます雛森先輩!」

 

 後輩たちの背中を見送り、思わず笑みが零れる。雲の上よりも高い、手の届かない場所に位置する存在を目標にするべきだ。下級生ならば授業の内容も初歩的なものであるから、鍛錬場で失敗した六十番台の鬼道は充分手の届かない範囲なのかもしれないけれど。

 雛森の目標とする人物は命の恩人だった。手の届かない場所、即ち護廷十三隊の死神だ。いずれは傍らに並び立ち、支えることができる日を実現すべく日々鍛錬に勤しんでいた。

 偶には身体を休める必要がある。最近は六十番台の鬼道を修得すべく、寝不足にならない範囲で猛烈な鍛錬を繰り返していた。下級生に稽古をつけるのは丁度いい休息になる。

 

「よくもまぁ慕われてるな。特に最近は色々と声をかけられてるじゃねぇか」

 

 教室に戻れば、なんともいえない表情で恋次が溜め息をついてみせた。

 

「そうかな? 稽古のお願いは週に一回は聞いてると思うけど、それでも毎日じゃないよ」

「ちげぇよ。あぁくそっ、つまりだな」

 

 珍しくも恋次が言い淀む。なにやら言葉を探している様子だが、会話の流れや意味を理解したとは言い難い雛森は助け船を出せるはずもない。

 遂には唸りはじめ、真剣な表情で額を抑え始めた。座学の成績は級友の吉良イヅルが面倒を見ることで赤点を回避する恋次が、その脳内思考力の全てを振り絞ろうとしてまで伝えようとする言葉はどんなものだろうか。

 

「えーと、つまりだな、あれだ。うん」

「ゴメンね阿散井くん、筆と墨を持ってくるから伝えたいことを紙に書いてみよう?」

 

 幼子をあやす口調で雛森は言った。

 

「ほら、言葉に出なくても紙ならすぐに出て来るかも。大丈夫だよ、癖のある文字は祐輝くんで見慣れているし阿散井くんの絵もちゃんと解読してみせるから」

「流れるように俺と朝霧のやつを罵倒したな!? っていうか、俺が言いたかったのは朝霧のことだよ!」

「えっ、祐輝くんがどうかしたの?」

 

 互いに斬術の好敵手と認め合う二人は鍛錬場で手合わせをすることが度々あった。時には吉良イヅルや二組の生徒も輪の中に加わり、回道の鍛錬も兼ねて雛森が生傷の治癒を担当していたものだ。

 

「朝霧の勉強を見なくなってからじゃないのか、色々と声をかけられるようになったの」

「あ、言われてみれば確かに」

 

 得心が言ったと掌を叩く。

 祐輝は一回生の頃に留年の危機に陥った。雛森が勉強の面倒を見ることで無事に進級を果たしたが、その後も勉強会と称して雛森が祐輝の面倒を定期的に見ていた。

 選択科目で二人が同じものを受講してからはその頻度も多くなり、必然的に雛森の傍らには祐輝の姿が常にあった。

 思い返せば下級生に稽古をつけるようになったのも、勉強会をやめたあとからその頻度が増えている。いや、以前はお世辞にも座学の成績が良くない祐輝を優先すらしていた。

 

「時間ができたからね。人にものを教えることは祐輝くんで慣れたから、なのかな。疲れないし、丁度いい休息になるの」

「休息って、お前は毎日どっかの鍛錬場に顔を出してるじゃないか。木刀で素振りをしていると思えば、白打で組手をしているしよ。流石に倒れるんじゃねぇか?」

「心配してくれてありがと阿散井くん。でも大丈夫だよ、充分な睡眠時間は取ってあるから」

 

 寝不足は天敵だ。思考の回転が鈍り、些細な失敗を連発してしまう。塵も積もれば山となる、失敗を重ねることで致命的な事態を招かない為にも睡眠時間には細心の注意をはらっていた。

 だって祐輝くんに心配をかけてしまうから。ほんと、いつもは意地悪でからかうのに、妙に気が回るんだから。その優しさを普段から向けて欲しいんだけどなぁ。

 

「吉良も心配してるんだ、ほどほどにしとけよ。まっ、目指すべき目標があるお前の気持ち、俺は理解してるつもりだからよ」

「だったらまた斬術の手合わせをお願いしてもいい?」

 

 右腕の袖をまくり、腕を回しながら不敵に宣言をする。学年で尤も斬術の腕が立つ恋次を相手に雛森は未だに一本も取れた試しがない。

 

「おうよ、軽く揉んでやるぜ」

 

 獰猛な笑みを湛えて恋次は快諾した。級友が斬術の腕前をどれほど上達したのか、純粋な興味を抱いていた。

 雛森の日常は鍛錬に打ち込むことで過ぎ去ってゆく。下級生への稽古や、級友たちとの手合わせを繰り返し、驕ることなく己の才覚を磨いてゆく。

 だがその傍らに寄り添う者はいなかった。

 

 

 ▽

 

 

 放課後、鬼道の鍛錬場はある種の賑わいを見せていた。各々が鬼道の詠唱を行い、あるいは見事に失敗しながらも集中力が欠如している。当然だった。雛森が三人の下級生を相手に、鬼道の稽古をつけていたからだ。

 可憐な容姿もあいまって、雛森の存在は目を引く。小柄な鬼道の天才から技術の一片でも盗もうと、或いはただその姿を拝もうとする輩は少なくない。

 

「そっか、三人とも鬼道が苦手なんだ」

 

 稽古をつける三人は同じ特進学級の後輩だった。入試の成績や霊力といった死神に必要な素質は同期でも上位に位置するが、どうやら鬼道の成績は芳しくないらしい。

 

「昨日も、授業で赤火砲(しゃっかほう)をうまく撃てなくて……」

「誰でも最初は失敗するものだよ。それじゃあ、取り敢えず的に向かって一発撃ってみよっか? 大丈夫、皆がどれくらいできるのか把握するためだから、構えすぎないで」

 

 緊張をほぐすため、敢えて穏やかな口調を心掛ける。

 やがて三人の後輩は詠唱をはじめ、前方へ突き出した両腕へ霊力を集中させてゆく。仄かに紅い燐光が漂うも、それは酷く不安定で儚いものだった。

 

『破道の三十一、赤火砲っ!』

 

 同時に放たれた霊力の焔は暴発せずに前方へ飛翔した。不安定な軌道を描きながらも発動者から数歩の距離までは鬼道としての形を保っていた。

 

「うん、お見事」

 

 素直に雛森は称賛した。適性を持たない者は鬼道に関して絶望的にならざるを得ない。縛道が必ず爆発してしまう、特進学級でありながら全般的に鬼道を発動できない、そういった実例が雛森の身近に存在していた。

 鬼道が苦手と訊いていたが、適正に関しては心配しなくてもよさそうだった。流石に恋次と同等であれば、雛森といえども諦めた方が良いと言わざるを得ないからだ。

 

「でも私、途中で爆発しましたよ……?」

 

 詠唱を終えて暴発はしなくとも的に届くことはなかった。赤火砲の発動は失敗したに等しいが、構わないと首を振る。もとより今の技量、そして未熟な部分を把握するためなのだ。

 

「もう少し肩の力を抜いて、でも集中して霊力を練り上げて。例えば」

 

 右腕を掲げ、掌の上に一個の球体を浮かび上がらせる。淡い色を帯びた球体は弾けるような熱が込められていた。

 

「これが練り上げた霊力。じゃあ、試しに投げてみるね」

 

 遊戯をするように雛森は的へ向かって霊力の球体を放り投げる。空中でその色合いが変化してゆき、的に着弾すると同時に小さな火球へと転じた。

 もちろん、的が破片と化すことはない。

 

「こんな感じで、安定して霊力を練り上げれば途中で爆発することはないよ」

 

 その後も稽古は穏やかに、けれども雛森による適確な指導によって過ぎてゆく。

 ひび割れた玉を浮かび上がらせた後輩には満月や餅など、円形状の物体を意識するよう伝えた。外見的には完璧でも、霊力の密度が塵のように薄いものもあった。当然、それは耐久性の観点からすぐさま消滅する。

 思考錯誤しながらも霊力を練り上げることに集中し、ようやく雛森から合格を貰えば本番へ移行した。

 詠唱と発動が繰り返される。霊力は安定し、遂には的へと命中するようになってゆく。

 持ち前の霊力だけで不完全ながら赤火砲を発動できたのだから、恐らく、初歩的な鬼道に関しては難なく行使できるだろうと考える。

 素質に優れた特進学級の弊害かもしれない。なんでも容易く行えてしまうが故に、霊力の扱い方が未熟だということに気づくことはなかったのだろう。

 

「凄い、赤火砲がこんなに簡単だったなんてっ!」

 

 あ、今の感想を阿散井くんに聞かせたいかも。鬼道は要らない、って絶対に言いそう。それで吉良くんが珍しくからかうんだよね。

 でも、祐輝くんなら教え方が上手いって褒めてくれるかな。

 

「雛森先輩、ありがとうございましたっ!」

「いつか私たち、先輩みたいに鬼道の熟達者になってみせます!」

 

 汗を流し肩で息を吐きながらも、疲れの色を見せることもなく感謝の言葉を捧げる後輩たち。筋は悪くないため、あとは雛森が指導しなくとも自分たちで鍛錬を重ねれば鬼道は上達してゆくだろう。

 

「あのっ、最後に一つだけお願いしてもいいですか?」

 

 怯えるように上目遣いの視線が向けられ、できることならばと頷いて見せる。

 

「昨日の鬼道、もう一回見せてくださいっ! 六十番台の鬼道は席官や鬼道衆でもない限り修得が難しいと聞きました!」

 

 鍛錬場に設置された的を破壊した鬼道のことだ。個人的には制御を誤ったから的を破壊してしまったのだと悔いてる代物だ。教師からも注意を受けている。

 精密な加減ができるほど扱いに熟達していない。僅かに逡巡し、閃く。的に当てなければよいのだ。地面へ下降してゆく軌道を描けば、的を破壊する危険性はない。

 

「いいよ、ちょっとだけ離れていてね?」

 

 聞き耳を立てていた他の霊術院生たちからも視線が注がれる。苦笑を堪え、一瞬だけ感情の矛先を腰の斬魄刀に、そして霊術院の外へ向ける。

 次は失敗しない。この程度で歩みを止める訳にはいかない。

 

「散在する獣の骨、尖塔、紅晶、鋼鉄の車輪」

 

 雛森の輪郭が朧気に揺れる。それは膨大な霊力の奔流が周囲の空気を震わせているものだった。

 

「動けば風、止まれば空、槍打つ音色が虚城に満ちる」

 

 厳かに紡がれてゆく詠唱が終わり、鮮やかな閃光が轟く。

 

「破道の六十三、雷吼炮(らいこうほう)っ!」

 

 朱と桃が重ね合わさった、不思議な色合いの雷だった。

 

 

 ▽

 

 

 中庭に設置された掲示板の前に、多くの霊術院生が群がっていた。興奮した面持ちで、或いは失意に叩きのめされた様子が至るところで見受けられた。

 群がる人の波を押しのけて掲示板まで辿り着こうとするも、小柄な背丈が災いしてそれは叶わない。ことわりを入れる雛森の声は周囲の熱狂によってかき消されてしまう。

 足を踏まれ、或いは肩がぶつかることで漸く雛森の存在は認識される。

 浅打を離さないよう柄を抑えながら、疲れた様子で掲示板の前に辿り着いた。以前までならばここまでの苦労をすることはなかった。仕方がないものと割り切っているが、それでも一抹の寂しさを覚える。

 邪魔にならない範囲で背を伸ばす。もっとも、どれだけ背伸びしたところで視界の邪魔にはならないが、それでも配慮を忘れないのが雛森だった。

 

「えっと、雛森桃、雛森桃……あっ」

 

 名前を探して彷徨っていた視線が固定される。己の名前が記された位置には、主席の二文字が併記されている。

 

「やったぁっ! あたし、一位だよっ!」

 

 両手を振り上げ、全身を使って喜びを表現する。ともすれば周囲に向かって自慢するような言動かもしれない。それでも雛森は構わない。

 

「待っててね祐輝くんっ!」

 

 

 ▽

 

 

 定期試験が行われる度に成績上位者の順位が掲示板に張り出される。科目ごと、そして学年での総合的な順位が張り出されるため、必然的に総合順位の一位は学年主席とみなされる。

 座学や鬼道の成績が散々な恋次は総合順位に名前が載ることはないが、斬術の科目では常に上位へ位置していた。

 雛森の学年では常に吉良イヅルの名前が主席に記されていた。鬼道の天才が雛森、斬術の使い手である恋次と並べば実技科目でこそ見劣りするが、殆どの科目で成績上位者として名前を載せている。一回生の頃から学年主席の座を降りたことはない。

 だが、それは変わった。紛れもなく、雛森桃という名前の横に首席の二文字が記されている。吉良イヅルは学年の次席だった。

 

「学年主席おめでとう雛森君」

 

 週に一回のみ執り行われる授業の終了後、憧れの人物にかけられた言葉は祝福だった。

 

「ありがとうございます藍染隊長っ! でも、あたしはまだまだです。吉良くんはずっと主席でしたから」

「吉良イヅル君か、彼も見込みのある生徒だね。それでも、君が努力を重ねて主席へと至ったのは紛れもない事実だろう?」

 

 その言い方は卑怯です、藍染隊長。

 

「一度の結果に驕ることなく高みを目指す姿勢は好ましいが、それも過ぎると謙虚ではなく傲慢となってしまうものだ」

「隊長がそうおっしゃられたら、反論できませんよ」

 

 だって、否定したらそれは吉良くんの、他の人の努力を貶すことになるじゃないですか。

 全てを包み込んでくれる暖かい人だと思っていたが、良い意味で意地の悪い言葉を投げかけて来る。その全てが正しいのだから、隊長の持つ清廉な人柄であるとは理解しているけれど。

 

「盲目的に人の言葉を信じるものではないと忠告しておくよ。それとも彼ならば、君は反論していたのかな?」

「祐輝くんは意地悪ですから、あたしをからかうだけです」

「ははっ、その信頼感が雛森君の原動力か。だけど、重ねて言うよ。盲目にならないことだ、君はまだ若く未来がある。焦る必要はない」

「大丈夫です。あたしは、祐輝くんの傍に立つのを目標にしているだけですから」

 

 同意を求めるように腰へ差した浅打に視線を落とす。

 

「一歩や二歩じゃ済まない、どれだけ走っても手で掴めない場所にあたしを置いて行ったんです。しかも一緒に甘味処に行く約束をしたのに、ですよ?」

 

 実習のため現世へ赴く背中はまだ手の届く範囲だった。虚に襲われながらも生き延びた姿には痛々しい傷痕が残っていた。

 飄々とした意地の悪い笑みを湛え、座学の授業は隙あらば居眠りを敢行する祐輝の存在は日常に不可欠な存在と化していた。それ故に、日常から欠けた破片の喪失感は大きい。

 

「あたし、約束を破る人は許しません。だから、早く追いかけて祐輝くんを怒らなきゃいけないんです」

 

 霊術院を卒業して死神になり、喪った日常を取り戻す。他愛のないことでからかわれ、不真面目な態度を叱責し、食事を一緒に取る日常だ。もちろん、甘味処に行く約束も果たしてもらう。

 残るは斬魄刀の解放のみ。それさえ叶えば、たとえ飛び級できなくとも霊術院を去ることができる。

 仮に卒業までに己の斬魄刀を解放できなくとも、優秀な成績を修めていれば護廷十三隊には希望した隊へ入れる確率が高いと聞いていた。

 

「ならば僕にできるのは過った道に進まないよう導くことだけだ。愛情は人の力を引き出す大きな糧だが、災いを呼び寄せることもあるからね」

 

 

 









斬魄刀異聞篇を見返すと、飛梅は本当に雛森らしい斬魄刀だと思います
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