馬酔木の花   作:あばちみゃかむ

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第12話

 隊舎の廊下を倦怠感に満ちた身体で歩く。両腕に抱えた書類の重みが原因とは言い切れない。

 角を曲がり、目的の部屋に辿り着く。室内に人の気配を感じた。書類を届けに来た部屋の主はいるのだろうと確信し、祐輝は扉を開けた。

 

「副隊長からの書類を持ってきましたよ、虎徹五席」

 

 呼び声は軽やかな響きを持っていた。室内の先客から胡乱気に向けられた視線は努めて無視する。

 霊術院から引き抜かれた新参者であり、朽木ルキアの級友。面倒事を嫌ってか、親しく接してくれる隊士は少ない。

 

「お使いありがとうね朝霧君、よければお饅頭食べる?」

 

 十三番隊の第五席を務める虎徹清音は数少ない例外だった。入隊当初のルキアにも分け隔てなく接しており、当然とばかりに祐輝のことも同じ隊の仲間として扱っている。

 折角の好意を無下にするつもりはない。しかし先客の瞳が険を帯びていた。長居して欲しくはないのだろう。人付き合いが良いとは言い切れぬのだから、進んで嫌われる真似をしようとは思わない。

 

「すみません、この後も海燕さんから使い走りにされるんで今日は遠慮しときます」

「そっかあ、副隊長も人使い荒いなぁ。辛くなったら朽木さんも連れてあたしのことを頼っていいからね! 新人や後輩の面倒を見るのもあたし、つまり五席の務めだからっ!」

「そん時は頼らせていただきますよ、んじゃ俺はこれで」

 

 だが五席を強調したのには何かしらの意味があったのだろうか。首を傾げたい欲求を抑え込み、先客の隊士にも軽く頭を下げる。

 

「待て朝霧、話がある」

 

 妙に耳を震わせる迫力の声に、背を向けようとしていた祐輝の動きが止まる。

 浅黒い肌と額の鉢巻が特徴的な隊士は顎髭を撫でりつつ、その眼光が鋭く祐輝を睨んでいた。

 臆することなく祐輝は眼光を受け止めた。掴み所の無い表情で応じる。その内心では疑問符が湧き起こった。おいおい、睨まれる真似はしてないだろうに。

 普段の課業は書類の整理に使い走り、他にも雑用を任される。歓迎されない、或いは微妙な態度を取られることは多くとも問題を起こした記憶はない。

 わざわざ五席の好意を無下にしたことが癪に障ったのだろうか。

 悩む必要などなかった。半ば怒鳴るような声量で答えは返ってきた。

 

「俺とこのちんちくりん、どっちが四席に相応しいとお前は思うかっ!?」

 

 勢い込んで肩を揺さぶる隊士は小椿仙太郎という六席だった。大柄な体躯と声量の大きさが特徴的で、廊下を歩いてるだけでも隊舎の何処かしらから声が聞こえる程だ。

 これまでに言葉を交わした数は少ない。書類を届けに訪れても険の籠った表情を浮かべていることが多く、歓迎しない側なのだと祐輝は思っていた。

 

「ちょっと何いきなり訳の分からないこと言ってんのよ! ごめんね朝霧君、コイツ酒の飲み過ぎで可笑しくなったみたいで」

「あんだと虎徹!? お前が五席なら空いてる四席は当然この俺だろうが!」

「ちょっと意味分からないし、席次の順番なら四席はあたしでしょ」

「お前は七席から昇進したばかりだろっ!?」

 

 眼前で繰り広げられるのは喜劇の類だった。小柄な女性と強面の男性が互いに己の長所を賛美し、相手の短所を罵倒する。面映ゆいのは傍観者にしてみれば同類の類にしか捉えられない。

 既に放置されたも同然の祐輝だが、黙ってこの場を後にするのは気が引けた。

 

「あの、俺もう仕事に戻っていっすか?」

 

 十三番隊の五席と六席の仲が険悪だなんて聞いたことないぞ。理由なんざ推測したくもない。

 先に声を発したのは小椿だった。険の和らいだ声音で六席は確認する。

 

「おう、見苦しいところを見せちまったな。ま、面倒事があったら朽木ともどもこの小椿仙太郎に頼れよ。なんたって次の四席になる男だからな、お前もそう思うだろ?」

 

 当然のごとく虎徹が否定した。五席は打って変わって祐輝を気遣う神妙な態度で申し訳なさそうに表情を曇らせる。

 

「だからっ、次の四席は席次からしてあたしだってのっ! ごめんね朝霧君、こんな莫迦のことは放っておいていいから仕事に戻っていいわよ」

「んじゃ俺はこの辺で失礼します、虎徹五席、小椿六席」

 

 背後からは収まる気配のない喧騒が続く。廊下ですれ違った隊士が呆れのため息をついていた。十三番隊では日常の一部になっているのだろう。

 つまり自分一人が何も知らなかったわけか。たまたま、二人の喧騒をこの目で見る機会に恵まれていなかっただけで。

 頭を振り、今しがたの光景を打ち消す。祐輝には海燕の使い走りという課業が立派に残っている。

 普段はルキアと二人一組で仕事が与えられる。だが朽木家の用事で隊舎に顔を出せなければ、残された祐輝は主に海燕から雑用を押し付けられる。

 文句はなかった。たいして親しくもない隊士と仕事をこなしても、互いに気まずくなるだけだ。忙しく身体を動かした方が祐輝は良かった。

 

「あの二人は放っておけ」

 

 海燕の呆れた声が隊首室に響いた。

 本来ならば十三番隊を預かる浮竹が執務を執り行う場所だった。だが本来の主は病弱な身体を療養するため、滅多にこの部屋へ訪れることはない。

 広くて便利だからという理由で、海燕は許諾を得たうえで隊首室に腰を落ち着けている。

 今も机の上には書類が積み重ねられ、その傍らには急須と椀が置かれていた。

 

「あと小椿は悪いヤツじゃねぇぞ、お前や朽木のことを気にかけているし、顔が悪いのは生まれつきなんだ」

「いつも睨まれてたら誰だって嫌われてると思いますがね」

 

 軽口を祐輝は叩いた。相手を非難するというよりも、一般的な認識を語るような口振りだった。

 

「だったら覚えろ、小椿は顔が悪い。んで、次はちょっと八番隊まで行ってこい」

「ほんと、海燕さんは口が悪いっすね。それで」

 

 勝手知った様子で備え付けの棚から饅頭を拝借する。海燕の恨みがましい視線を軽く受け流す。疲れを癒すための甘味を隠した場所は十三番隊の紅一点から内密に教えられていた。

 

「地味に遠い八番隊まで俺は何をしに行けば?」

「うちの隊長の手紙を届けて来い。京楽隊長とは霊術院の同期で、かなり親しいからな」

「あぁ、霊術院の」

 

 小動物のように愛らしい少女の姿が脳裏を過ぎった。

 

「朝霧、お前どうせ暇を持て余してるだろ?」

「それが今日は人使いの荒い副隊長のせいで過労死寸前なんですよ。いやぁこの饅頭のおかげで辛うじて命を繋いでる次第で」

「次の鍛錬でお前の生意気な性根を叩きなおしてやる、ほらさっさと行ってこい。あぁ、それと」

 

 厳重な封がされた手紙を懐に仕舞い込んだ祐輝は、見せつけるようにして茶を啜る海燕を見遣った。

 

「その手紙を届けたら今日は上がっていいぞ。お前に任せる仕事はもう残ってない」

 

 

 ▽

 

 

「あぁ、十三番隊からか、お疲れさん。ま、雑用を押し付けられるのは新人の特権だから頑張るんだな」

 

 弛緩した空気を漂わせる八番隊の守衛は気さくに言った。霊術院に通っていてもおかしくない祐輝の風貌を目にして、新任隊士としか思わなかったらしい。

 数年たてば、いやでも退屈な仕事が割り当てられるのさ。へぇ、雑用からしたら守衛は天職に思えます。違いない、だが君が昇進すればもっと忙しくなるだろうね。それは勘弁願いたいっすわ。いやはや全く。

 軽く談笑を交わし合うのは新鮮だった。何も考えずに済む、これほど気が楽なことはない。

 

「それで京楽隊長は隊首室に行けば会えると思います?」

「おいおい、どうして当たり前のことを聞くんだ」

 

 言葉と裏腹に守衛の口角は歪んでいた。八番隊の隊長が昼間から酒臭い息を吐くのはそれなりに知られている。

 

「まだうちの副隊長が大声を挙げていないから、隊舎の中にいると思うぜ。俺も隊長が出ていく姿を見ていないからな」

 

 丁重に感謝の意を示して隊舎の廊下を歩く。すれ違う隊士は心なしか女性が多い。見慣れぬ他所の隊士が歩いていようとも、気さくに会釈が返された。

 途中、僅かに空いた扉の隙間からは仕事の手を休め一服ついてる光景が見られた。廊下に腰掛け、何をするでもなく談笑を交わし合う男女の姿もあった。

 隊長の素行が気風として現れているようだ。祐輝は他の隊に興味を抱いた。例えば、霊術院で授業を受けた藍染の五番隊はどのような感じだろう。

 学者のように物腰が柔らかい藍染だから、隊士たちは八番隊以上に穏やかなのか。雛森みたいに生真面目な性格の集団かもしれない。

 

「おや、珍しいねえ朝風君。もしかして八番隊に異動を希望かい?」

 

 呂律の怪しい声は足元からだった。視線を向ける。太陽の恵みを受けるが如く、陽の光に照らされながら肩ひじをついて横になる桃色の羽織が目についた。

 

「朝霧です、あ、さ、ぎ、り。相変わらず俺の名前を憶えてくれませんか、京楽隊長」

「いやぁボク男の子はあまり興味が沸かなくてねぇ」

 

 杯を傾けた京楽は下品な音を口元から立てて言葉を続ける。

 

「それで君がいるってことはわざわざボクと呑みに来たのかな? もし本当に異動が希望でも、女の子じゃないからちょっと」

「仕事ですよ、仕事。ほら、浮竹隊長からの手紙っす」

 

 隊長を見下ろし続けるのは礼を失するが、身体を起こす気配は一向に感じられない。仕方なくことわりを入れてから横にしゃがみこみ、懐から少し皺のできた手紙を見せる。

 酒臭い息をはきながら手紙を見詰める京楽の瞳は潤んでいた。既に酩酊状態らしい。

 果たして手紙を渡してよいものか。不安は的中した。

 

「それ、七緒ちゃんに渡しといて。隊長のボクが怠けるのは平和の証拠、だからボクと呑もうよ」

「いや、流石に昼から呑むのは遠慮しますよ。ほら、手紙受け取ってください」

「ヤダ、それボク受け取らないから。つれないなぁ朝霧君は、入隊したら呑もうって約束した仲じゃないか」

「先約があるって言ったじゃないですか」

 

 甘味処に行くという、雛森と交わした約束のことだった。結果的にそれは半ば強制的とはいえ祐輝が霊術院を去ったことにより実現していない。

 悔いを滲ませたのは一瞬だが、心残りであることに変わりなかった。ならば他の誰かと交わした約束を守る訳にもいかない。それが祐輝なりの雛森への罪滅ぼしだった。

 

「あぁ、女の子との約束だっけ、それは仕方ないよねぇ。うん、仕方ない。だから今日は呑もうじゃないか」

 

 話を聞いていたのかこの人は。完全に酔いが回っている。

 甲高い足音を立てながら近づく霊圧を感じ取った。腰に差した鈴葬が警鐘を鳴らす。冷や汗が湧き出る程に緊迫した空気が漂い始めた。

 京楽は編み笠を目深に被り、わざとらしい寝息を立て始める。

 日頃から酔っ払っている京楽が隊長を務めても、八番隊は護廷十三隊として機能する。当然だった。風紀を正す生真面目な副官の手腕によるものだった。

 

「三日分の仕事が溜まっています。隊長、いい加減に仕事をしてください」

 

 副隊長を務める伊勢七緒は冷ややかに告げた。道端に転がる石ころを見詰める眼差しだった。脇に抱えた帳簿が斬魄刀のように振り下ろされる。

 

「わぁ待って七緒ちゃんそれちょっと洒落にならないから」

「起きてたのなら返事をしてください。ほら、隊首室に戻りますよ」

「えぇ、それくらい七緒ちゃんやっといてよ。ボク今日は十三番隊からお客さんがいるし」

「あら、貴方は」

 

 素直に京楽の言葉通りにすればよかったと後悔した。酔いの回った酒臭い隊長ではなく、生真面目な副隊長に預かった手紙を渡せばこの場からは逃れることができた。

 傍らの隊長は編み笠によって表情が伺いしれない。飲酒の大義名分として巻き込んだのか。それでこの副隊長が納得するはずもないだろうに。

 

「朝霧君、こんなところで油を売ってないで仕事に戻りなさい。今ならまだ大目に見てあげます」

「あ、一応俺は浮竹隊長の手紙を届けに来たんですけど」

「隊長は見ての通りですので手紙は私が預かります。他に用件はないのでしょう?」

 

 有無を言わさぬ迫力だった。凍てついた空気によるものか、眼鏡によって瞳の色が隠されている。

 

「七緒ちゃんもっと優しく言わなきゃ、折角の可愛い顔が台無しだよ」

 

 矛先が向けられてはたまらない。退散すべく祐輝は手紙を七緒に手渡し、即座にその場を離れた。

 背後から未練がましい京楽の声が粘り着く。徳利でも取り上げられたのだろう。もし次の機会があれば、今度は生真面目な副隊長に直接手渡すことにしよう。

 さて、本日分の仕事はこれで終えた。思案する。余った時間はどうしようか。隊舎に備え付けの道場では始解の鍛錬などできない。まず稽古の相手が存在しない。

 隊舎の自室で昼寝をするのも、勿体無く感じた。霊術院にいた頃と異なり、死神となってからは課業と鍛錬に追われる日々だ。自由に使える時間は貴重なものだった。

 

 

「やぁ、久しぶりだね朝霧君」

 

 柔らかな声が背後からかけられた。霊圧や気配といったものは一切感じられなかった。今日は隊長に縁がある日だなと祐輝は感じた。

 振り向いた先には穏やかな物腰で見下ろす眼鏡をかけた隊長の姿があった。雛森の恩人で、霊術院では祐輝も授業を受けていた五番隊の隊長を務める藍染だった。

 

「もし時間があればお茶でもどうだい、雛森君の近況も聞きたいだろう?」

 

 

 ▽

 

 

 五番隊の隊首室は掃除が行き届いていた。贅を尽くさない程度の細やかな調度品が室内を彩る。

 達筆な掛け軸が特に目を惹いた。見覚えのある文字だった。祐輝の視線を辿った隊首室の主人は穏やかに説明した。

 

「渾身の作品でね、僕のお気に入りなんだ」

「霊術院を思い出します。隊長の文字を板書したら、俺の字が上達したのかと錯覚しましたよ」

「僕の記憶が確かなら、君はいつも雛森君に起こされてなかったかい」

「まさか、隊長の授業だけ(・・)最前列で受けてましたから寝ることなんてできませんよ」

「意外と正直だね、君のそういう性格に雛森君は惹かれたのかな」

 

 遅まきながらに祐輝は失言に気づいた。他の授業では居眠りをしていたと白状したも同然だった。ばつの悪い表情を浮かべると、藍染は朗らかな笑顔で受け流した。

 応接用の長椅子を促され、恐縮しながらも腰掛ける。他隊の隊長と二人きりなど、平の隊士としては考えられないことだった。

 もし雛森だったら歓喜で一杯だな。そして直接対面した途端に緊張で固まる。うん、真面目が損をする性格だな。

 

「茶菓子は好きなものを口にしなさい。隊士たちからの差し入れが多くてね、とても僕一人では食べきれないんだ」

「それだけ隊長が慕われてるって証拠ですよ」

「十三番隊もそうだろう? 浮竹隊長を支えるために、皆の結束が固いじゃないか」

「はぁ、まぁ海燕さんが隊を取り仕切ってますからね」

 

 煮え切らない態度で誤魔化した。何かしらの問題が起きても誰かが支え補う。互いの気配りが上手い。病弱な隊長と、代わって隊を取り仕切る副隊長、二人の存在が隊士たちの結束を強めているのだ。

 逆に言えば、異物などに対する反応も似たような形となって現出する。良い例がルキアの存在だった。朽木家の養子でありながら平の隊士という矛盾した立場が影響し、隊士たちの殆どが距離を置いている。

 席次は同じでも、相手は五大貴族の末席。問題を起こせばどうなることか。そのような心理が作用し、ルキアと対等以上に接するのは必然的に海燕を筆頭に上位席官ばかりだ。

 

「僕としては、教え子の君を五番隊に迎え入れたかったのだけれど。志波君たっての要望でね、流石に僕としても折れざるを得なかったんだ」

「要望って、ルキアのことですか?」

「それだけじゃないよ朝霧君。見ず知らずの他人に囲まれるのと、一人でも知人が隣にいるのと、君はどちらを選ぶかい?」

「そりゃ、まぁ知ってる奴がいた方が気は楽ですよ。つまりそういうことですね」

 

 二人しかいない同期なのだから、せめて同じ隊に配属させる配慮。恐らくそうだと考えていたそれが、隊長である藍染によって肯定された。

 

「それでもやはり、という気持ちはあるよ。霊術院の生徒が始解を修得したのは五十年ぶりだからね、その才能を五番隊で発揮してほしかったのさ」

「それは買い被りですよ隊長」

 

 祐輝は鈴葬へ視線を落とした。死の淵に陥ったからこそ漸く解放できた力だ。これが才能と言うならば、誰でも命の危機を感じることで斬魄刀を解放できる。

 斬術の腕前も、鍛錬を重ねた結果だ。身のこなしは、流魂街時代に生きる糧を得るため盗みを働き続けた結果だ。

 それ故に己は才に乏しいものだと断じる。過程を積み重ねても、本来ならば祐輝は鈴葬の名を知ることはなかったのだ。

 死にたくない、だから名前と力を与えられた。斬魄刀の意思によるもので、それは祐輝が自ら掴み取ったわけではない。

 

「謙遜は時に礼を失するものだ。朝霧君が自分を認めなければ、君の背中を追う者の努力をも否定することに繋がる」

「努力は否定しませんよ、でも俺の後ろを追うのは明確な間違いです」

 

 即ち斬魄刀に情をかけられた哀れな存在を目標とすることだ。己の才覚を否定すればその事実へと繋がる。

 

「君の考えや在り方を変えるつもりはない。ただ、心の拠り所にする存在もいることは忘れないでくれ。君の言葉は不可視の刃となって誰かを傷付けるかもしれないよ」

 

 不可視の刃、まるで鈴葬の能力じゃないか。

 

「すまないね、説教じみたことを言ってしまって。僕の中ではまだ教え子として映っていたらしい」

「俺はまだ知らないことの方が多いですよ。だから、藍染隊長の言葉は勉強になります」

「ならばさっそく悩み事を僕に相談してみたらどうかな、日々の出来事や君の持つ斬魄刀について、僕なりに力になれるはずさ」

 

 心の僅かな機敏でも隠し通せず、全てを見透かされているような気分に祐輝は陥った。この人の洞察力はどこまで見抜いているのだろうか。

 

「無理にとは言わないよ。それでも雛森君から頼まれていてね」

「まさか俺が悩んでたら力になって欲しい、とでも」

「その通りさ。どうだろう朝霧君、五番隊の隊長では力不足かな」

 

 祐輝は苦笑を堪え切れなかった。霊術院を去って尚も雛森に面倒を見てもらうのか。不快ではなかった。遠く離れても、傍に温もりの残滓を感じたのは気のせいだろうか。

 であるならば、腹を割って相談してみよう。多忙な隊長がこうして時間を割いてくれる意味、そして雛森の好意を無下にするわけにはいかないのだ。

 思い返せば人生はそういうものだ。放っておけなくて面倒を見るつもりでも、実はその逆である場合だ。流魂街にいた頃は、家族となった少女が生きる糧そのものだった。

 

「まぁ、悩みっていうんですかね、これは。十三番隊は確かに結束が固いですけど、その」

「あまり良い関係を築けていない、そういうことだね」

「えぇ、俺は対外的には霊術院から引き抜かれてきたことになってますし、同期のルキアは朽木家の養子ですから」

「だから、他の隊士は君たち二人を扱いかねている。ふむ、副隊長や上位席官の皆は違うのだろう?」

「そりゃもちろん」

 

 祐輝は即答した。特に副隊長と第三席を務める志波夫妻については熱心にその人柄を説明した。一方で交流の殆どが上位席官に限られていることも包み隠さずに打ち明けた。

 耳を傾けていた藍染は顎を撫で、暫し思案顔を浮かべる。どのような言葉が返ってくるのか祐輝は興味を抱いた。やがて眼鏡が輝き、安心感のある声で言葉が紡がれる。

 

「同じくらい、他の隊士のことは知っているかい?」

 

 言葉を疑った。仕事上で接する以外、他の隊士とは殆ど交流を持たないことは確かに説明した。当然ながら趣味嗜好など、そして性格といった面を知る由はない。

 藍染の意図を図りかねた。すると、眼前の隊長は微笑を打ち消した。霊術院で授業を受けていた頃でもこのような表情は見たことがない。

 

「周囲が拒絶する、だから孤独を受け入れる。それが今の君たちだ。自ら歩み寄ることもせずに不満を抱くのは、傲慢だとは思わないかい」

「それ、は」

 

 祐輝は呻いた。事実だった。分け隔てなく接してくれる少数の存在に甘え、他の隊士と積極的に関りを持とうなど考えたこともない。

 面倒事を嫌って距離を置かれた。ならばこちらも問題を起こさないように立ち回れば良い。そうして祐輝の周囲には同じ境遇のルキア、海燕や都など若干名の席官しかいない。

 

「僕の副官を務める市丸君も、昔は君たちのようなものだった。霊術院を一年で卒業し、入隊して即座に三席を務めたからね」

 

 あまりにも若く、当時の五番隊では古参の隊士を中心にして相応の反発が起きたのだと藍染は語る。

 

「三席に相応しい実力を示したから理解はされたよ。それでもまだ子どもの市丸君が上官という事実は心情的に納得できなかったみたいでね。実力で全てが決まる十一番隊なら話は別だったと思うけど」

 

 当時は副官を務めていた藍染の下へ苦情を送る隊士が後を絶たなかったと、苦労話を漏らす。

 

「十三番隊は結束が強い隊だ。朝霧君と朽木君、二人が自ら歩み寄る態度を見せれば、そのうち仲間として迎え入れてくれるはずさ」

 

 目が覚める思いだった。同時に己の愚かさを叱責する。単純だった。人付き合いで誰もが通る道ではないか。最初から全てを知るはずがない。名前を知り、言葉を交わし合うことが必要だったのだ。

 

「ありがとうございます、藍染隊長。俺がどうしようもない莫迦だと分かりました」

「人は地に足を付けた存在だ。道に迷い、ともすれば足を踏み外すこともある。それを正しく導くのが僕の務めさ」

 

 この人に憧れを抱く気持ちが何となくわかるな。全てに答えを用意してくれる気がした、ならば信じて背中を追い続けることが正しいのかもしれない。

 少なくとも、そう思わせる存在だ。これが隊長になる人物の器か。

 

「さて、固い話はここまでにしておこうか。折角のお菓子も不味くなるからね」

「勉強になりますよ、いや、隊長の授業をもう少し真面目に受けてればよかったかな」

「ならば五番隊に異動しないかい、僕はいつでも歓迎するよ」

「せっかくだから、もう少し十三番隊に残りますよ。俺、まだ仲間たちのこと何も知らないですから」

 

 そう言えばと祐輝は切り出した。藍染に誘われて五番隊の隊首室まで訪れた本題をまだ聞き出していなかった。

 

「雛森の様子はどうですか」

 

 

 






年内に茜雫篇の投稿が間に合わなかった……
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