馬酔木の花 作:あばちみゃかむ
校舎に続く道のりを緩やかな風が吹いていた。季節を象徴する桃色の花弁が何枚も舞い散る空間を、期待や興奮に満ちた若者たちが駆け抜ける。
定期試験を終われば成績上位者が掲示板に張り出されるのは常と変わらないが、生憎と春を迎えたこの日に限れば様子は違った。
張り出された結果を一目見ようと学年を問わずに多くの生徒が掲示板へ群がる。一歩でも進もうとすれば手足がぶつかる有り様で、混雑は一向に解消される気配がない。
桜が舞い散る霊術院は、出会いと別れの季節だった。研鑽を重ねた若者たちが己の目指す道へと歩を進め、そして新たに死神を志す若者を迎え入れる。
卒業を控えた六回生にとっては最後の定期試験であった。多くの生徒が掲示板に群がるのも、学年主席の座を掴んだのが誰であるのか確認するためだった。
六回生の主席は学年を代表して学院長から卒業証書を授与される。賓客として招かれた護廷十三隊の隊長から直々に言葉を賜る栄誉があった。
注目される原因は他にもある。主席の座を巡り、常に二人の生徒が熾烈な争いを繰り返していたからだ。同期生よりも多くの下級生が掲示板に群がる事実は、件の人物たちが慕われる人柄だという証左であろう。
「卒業式で壇上に登るのは雛森先輩なのかな」
校舎の窓から中庭の光景を見下ろしていた男子生徒が口にした。恐らく一回生だろう、子どものような風貌をしていた。
「吉良先輩じゃないかしら」
話しかけられた女子生徒は相好を崩した。自身が口にした言葉が啓示であるかのように陶酔した様子だった。
「入試も主席で、三回生の途中までその座を手放さなかったらしいわよ。卒業式でも六回生の代表を務めるに違いないわ、絶対にそうよ」
「どうだろう、今の六回生は雛森先輩と吉良先輩が主席を争うのが風物詩みたいなものだし」
男子生徒は異を唱えた。その頬が朱に染まっていた。腹を立てたというよりも、特定の個人に感情を抱く者に共通した表情だった。
「それに、雛森先輩は鬼道の天才だよ。護廷十三隊の隊長からも目を掛けられてるって教官たちが話していた。実習の途中で虚に襲われた時も勇敢に立ち向かったらしい」
「でも全ては結果で決まるのよ。入学式と卒業式、その両方で学年の代表を務めるのは素敵じゃない」
「まだ直接この目で確かめたわけじゃないだろう。ま、掲示板があの様子じゃ誰かに聞いた方が早いだろうけど」
途端に醒めた様子で男子生徒は続ける。
「二人は六回生でも指折りで優秀なんだ。僕たちとは天と地ほどの差があるし、もうすぐ霊術院を卒業する」
「そうよね、先輩たちは互いに意識しているのかしら」
対照的に女子生徒の口調は興奮を帯び始めた。好奇心を宿した瞳は爛々と輝き、己の夢想を現実化するように言葉を紡いでゆく。
「同じ学級で、学年主席を争い続ける関係。下級貴族の吉良先輩と流魂街出身の雛森先輩、二人の間には淡く情熱的な想いが燻ってるに違いないわ」
「どうかな、雛森先輩は誰にでも分け隔てなく優しいから。あぁ、でも一人だけ違うか、うん、話に聞いたあの人だけは」
勿体ぶるように訳知り顔で呟き、納得の頷きをする。自己完結した男子生徒に対して、続きを促すように女児生徒が詰め寄った。
「僕たちが入学する前に、護廷十三隊から引き抜かれた人がいるんだ。朝霧って名前の先輩なんだけど、雛森先輩はその人にだけどうも違ったらしい。いつも説教をするけど、他の誰よりも仲が良かったのだとか」
「まさか、雛森先輩が説教しても言うことをきかない人だって聞いたわよ。荒くれ者だから十一番隊に気に入られて、教官たちも喜んで霊術院を追い出したって」
同性間では学年を超えて構築された情報網が存在し、そこで仕入れた話を得意げに女子生徒は語った。
ただし、信ぴょう性というものは人の口から伝達される度に薄れてゆき、原型を留めないまでに変容する場合もある。
「朝霧さんがいた頃は、一緒に稽古をつけていたらしいよ雛森先輩」
「どうせ根も葉もない噂でしょ。吉良先輩の他に、雛森先輩に釣り合う人はいないわよ」
「だけど、僕が五回生の先輩から聞いた話だと――あっ、おい」
男子生徒は廊下の向こう側から歩いてくる雛森に気づき、慌てて背筋を伸ばした。女子生徒も蒼くなってそれに続く。どちらともなく顔を寄せ合い、会釈のみで足早に去ってゆく。
苦笑を抑えきれずに雛森は頬を掻いた。内心は複雑な色が渦巻いている。下級生の二人が周囲に気が回らなくなるほどに熱中して言葉を交わした内容は、殆ど人の気配がしない廊下に響き渡っていた。
後輩たちの話題に名前が挙がるのはもはや慣れたものだった。一回生の頃ですら、鬼道の天才として噂に華を添えていたのだ。
雛森はいま、下級生から級友である吉良イヅルとの関係についてどのような視線を向けられているのか、正直な姿を見せつけられた。
同時に、学年の浅い後輩たちから見た朝霧祐輝という個人についても。雛森が三回生の半ばで霊術院を去ったのだから、今の一回生や二回生が伝聞でしか知らないのはある意味で当然であるけれど。
「祐輝くんはあたしの言うことを聞かなかったり、護廷十三隊に引き抜かれて先生たちが喜んでたのは嘘じゃないんだけどなぁ」
実技科目だけは優秀、座学は抜け出す問題児。留年の危機を乗り越えてからは出席こそするようになったが、平然と居眠りをするなど授業態度は真面目と言い難い。
扱いの面倒な祐輝が霊術院を去ることで教官たちが喜んだのは雛森も把握していた。だがそれは好意的なものだったと記憶している。
無事に卒業を迎えるよりも、事情があったとはいえ護廷十三隊から直接その身を引き抜かれたのは栄誉なことだからだ。
「三年もかかったけど、でもやっと追いついたよ祐輝くん」
先ほどまで下級生たちが密談をしていた場所に立ち寄る。掲示板の周辺は相変わらずの込み具合で、小柄な雛森が自身の席次を把握するためには苦労するだろう。
もう、祐輝くんの所為なんだからね。意地悪だけど手を引いてくれた頃と違って、今は掲示板の前に行くまでも大変なんだから。
それに、この目で確かめたら祐輝くんに伝わる気がするの。だから他の人から聞こえないように、今すぐ結果を知りたい気持ちを抑えているんだよ。
「ねえ祐輝くん、三年間って長いけどあっという間に終わったね」
一刻も早く同じ場所で肩を並べるために鍛錬を重ねた。学年主席の座を掴み、更なる高みを目指した。飛び級をすれば卒業が近づき、斬魄刀を解放すれば霊術院を去れるだろうと淡い希望を抱いた。
現実は生易しいものではない。結果として雛森は飛び級も果たせず、己の斬魄刀は未だに
腰に差した浅打の柄を撫でる。当初は小柄な背丈も相俟って帯刀するだけでも大変だったものだ。だが月日が経過してゆくにつれ、腰の重みは馴染み深いものへと変化した。
未だに無銘であるけれども、雛森にとっては己の半身も同然だった。
「あの人だかりを見れるのも今日が最後だな」
背後から快活に声をかけてきたのは級友の阿散井恋次だった。妙に疲れた様子で、けれども感慨深げに雛森と同じく校庭を見下ろしている。
「で、お前はもう結果を知ってるのか?」
「ううん、流石にあの人混みだと無理だよ。あたし、誰かに聞くんじゃなくて自分の目で確かめたいもん」
「安心しろ、俺もまだ結果は知らない。まぁ、大方の予想通りお前か吉良のどっちかだろうよ」
「吉良くんは? てっきり一緒だと思ってたんだけど」
「後輩たちに囲まれてる。ったく、けしからん奴だぜ」
それだけで雛森は全てを察した。下級生の女子生徒は吉良イヅルを慕う者が多く、今ごろは本人の下へ押しかけているはずだ。恋次が疲れた様子なのも、人の輪を這い出て来たからだろう。
無情かもしれないが、懸命な判断だ。質の悪いことに、吉良の言葉を全て聞き終えることなく己の妄想でその先を補完してしまうのだ。後輩たちの熱狂は治めるだけ無駄であると雛森は身を以って経験している。
ある意味では掲示板の人混みよりも迫力ある下級生が群がった吉良に対し、内心で小さく合掌する。どうせ今日が最後なのだから、いい思い出になるのではないか。
「そういえば、斬術の一位はまた阿散井くんだよね。はぁ、あたし一度も勝てなかったよ」
鬼道は言わずもがな、学年主席を目指すにあたって他の科目でも雛森は優秀な成績を修めている。努力の果てに一位を掴み取った数も少なくない。
ただし斬術に限れば違った。立ち塞がった赤髪の級友とは幾度も手合わせを行ったが、終ぞ雛森の実力が届くことはなかった。
雛森は考える。何を考えているのか分からない、あの意地の悪い少年ならば斬術の一位を掴み取っていたかもしれない。吉良よりも腕が立ち、恋次と接戦を演じたのだから。
「男の意地ってもんだ」
「あたしだって意地があるもん」
「なら、これから一本どうだ? どうせ掲示板の人だかりは当分あのままだろうしよ」
「今なら鍛錬場も空いてるから、ってこと?」
二つに結われた黒髪が揺れた。闘志に燃えた瞳で不敵に笑みを形作ろうとするが、元々の顔立ちが影響してとても可愛らしいものになった。
「いいよ、卒業したら同じ隊に配属されると限らないし。あたし、今度こそ勝ってみせるからねっ!」
「上等だ、最後に俺から一本でも取ってみせろよ」
二人が移動した斬術の鍛錬場は閑散としていた。同級生らしい何人かが、名残惜しそうに素振りや手合わせを行っているだけだった。
六回生にとって後は卒業式を控えるのみだ。霊術院で過ごす日数も残されていない。
学年でも指折りの優等生と、斬術に限れば一番手の実力者。その二人が姿を表せば流石に視線が集中するが、しかしそれもすぐに外れる。
雛森が何度も斬術の手合わせを挑んでいるのは学年でも有名な話だったからだ。鬼道では他者を寄せ付けず、学年主席の座を掴み取っているのに、斬術でもその頂点に手を伸ばそうとする。
向上心に溢れた雛森の姿勢は好意的に見られていた。或いはそれは、親しくない者たちにとって己の妄想を具現化した真実だった。
斬術が得意な問題児と仲睦まじい姿は日常的なものだからだ。
「どうするよ雛森、折角だから本気でやるか」
「まるで今まで手加減してたみたいじゃない。それとも、あたしは鬼道を使ってもいいの?」
「当然、鬼道も歩法も白打もありだ。斬拳走鬼、俺たちが身に着けた力の全てを吐き出そうぜ」
等間隔に距離を置き、鍛錬場で貸し出される木刀を構える。
対峙する恋次は体格に恵まれている。小手先の技術ですら、腕にものを言わせた重い一撃で粉砕してくる人物だ。
小柄で腕力にも劣る雛森では明らかに分が悪い相手。だからこそ、斬術の頂点を掴み取るべく立ち塞がるのは吉良イヅルではなく阿散井恋次だった。
霊術院を去った祐輝が姿を現すはずがない。故に、雛森の眼前に佇む壁は一人しか存在しないのだ。
静寂が場を支配する。神経を集中させ、雛森は呼吸の間を読む。両腕に保持した木刀を正面に構え、片脚のみ半歩ずらしていた。
空気が揺れた。それは離れたところで観戦を決め込んだ誰かの息遣いだったかもしれない。だがこの瞬間の雛森にとっては狼煙に他ならなかった。
視界に映る恋次の姿が掻き消える。身に沁みついた動作によって
「よく防いだなっ!」
「当然でしょ、死角を狙うのは定石なんだからっ!」
力負けは必然だ。すぐに木刀が押し切られるのは明白だが、敢えて両腕に込める力を緩める。同時に体格の差を逆手に活かし、軽快な動作で今度は雛森が背後へ回り込む。
即座に振り向くことなく背後へと振るわれた恋次の
だが雛森の眼前には既に恋次の木刀が迫っていた。
白打を囮に用い、木刀で確実な一撃を叩き込むための巧妙な罠だった。口角が釣り上がった恋次の浮かべる会心の笑みは、既に勝負はついたも同然を意味する。
同時に雛森も小さく言葉を漏らす。瞳に宿す闘志は変わらず、しかしあまりにも場違いな可憐な微笑みを浮かべていた。
衝撃は一瞬だが、窮地を脱するには充分な時間が与えられた。
「あたしは鬼道が得意なの、まさか忘れてないよね阿散井くん」
縛道によって瞬間的に拘束された恋次は絶好の機会を逃したことに歯噛みする。すぐさまその表情が打ち消され、変わって心の底から感心するように吠えた。
「へっ、なら鬼道もぶった斬りゃいいってことだ、そうだろっ!」
互いの木刀が交差する。大柄な恋次の一撃に比して、雛森のそれは威力や重みで劣る代わりに速度で勝る。
剣圧によって発生した風が肌を薙いだ。はためく袖が視界の片隅に映る。対象の動きを封じる縛道の悉くが虚しく宙へと消えてゆく。
雛森が放つ鬼道が最大の脅威と認識され、贅沢にも瞬歩を間断なく繰り返すことによって縛道の狙いを狂わせているのだ。
内心で雛森は称賛する。鬼道を織り込んでの手合わせはこれが初めてだが、獣のような勘によるものなのか、恋次の動きは相手にしたくないものだ。
同時にそれは互角の戦いを演じている何よりの証でもある。斬術のみでは叶わなくとも、得意とする鬼道があれば実力は拮抗する。
つまり斬術の腕前は叶わないままかぁ。祐輝くんみたいな動きは真似できないし、自分なりに頑張ったんだけど。
「おらっ、余所見してる暇があるのかっ!?」
首元を僅かに逸らした傍で恋次の木刀が薙いだ。大振りの一撃はそれ故に回避された場合の隙が大きい。
致命的な硬直を補うべく足払いがかけられるが、真横に跳躍することで難を逃れる。すぐさま瞬歩で追撃を仕掛ける恋次が真正面に現れる。
身を竦め、相手の脇を即座に駆け抜ける。鬼道の狙いを崩されるならば、当てるようにこちらも動けば良いだけのこと。
執拗に側面や背後を狙えるように位置取りを心掛ける。そうすることで、致命的な差異が明確となってゆく。
瞬歩を併用し距離を詰める。だが恋次の身体が振り向けば即座に方向転換する。懸命に攻撃を叩き込もうとするも、真正面からの交戦を避けるべく一撃離脱に徹した動きだ。
傍から見れば戦況は膠着したも同然だが、徐々に雛森へ振るわれる木刀の
小柄な雛森の方が、方向転換が容易いだけという単純な事実。それ故に対応する恋次の動きは後手に回らざるを得ず、積み重なっていくことで負の循環へと陥る。
状況を打開するには強引に距離を詰めるほかにない。そして雛森は攻撃を命中させるために、自ら恋次へと近づかねばならない。
「上を見てんのはお前だけじゃねえぞ雛森。俺だって、ルキアの隣に立てる相応しい男を目指してんだよっ!」
心を大きく占める存在が遠く手の届かない場所へ離れて行ったのは同じなのだ。
「あたしも、祐輝くんを傍で支えるためにこの三年を無駄にしたわけじゃないよ」
懐に深入りし過ぎた雛森は咄嗟に両腕を頭上へと回す。鈍い痛みが迸り、敗北という甘美な響きが耳を舐める。木刀を手放すことだけは抑え込み、苦悶の表情を浮かびながら後方へ退く。
身体の動きが精彩を欠いた。恋次の攻撃を防いだ反動で応戦する呼吸が乱れる。その隙を逃してくれる容易い相手ではない。
裂帛の気合いと共に真正面から瞬く間に距離を詰められ、一閃。
丹念に施した策が漸く効果を発揮し、偽りの仮面を破り捨てた雛森が叫ぶ。
「縛道の六十一、
「なっ、どういうことだよこれはっ!?」
消失する寸前のように儚い霊子の縄が四肢の動きを束縛していた。瞬歩を封じられた恋次は成す術もなく雛森の放った
「
一撃離脱を繰り返したのも全てはこの策を発動させるためだ。着々と這縄という檻を構築し、また心理面でも恋次に焦燥感を抱かせる。
そして膠着した状況を打開すべく動いた瞬間に伏した罠を発動させ、六杖光牢の能力が発揮できる展開を作り出した。
「はじめてだけど、上手くできて良かった」
安堵の息を零しながら雛森は呟いた。元より構想は練っていた。単純な鬼道の組み合わせと応用なのだから成功率は高いと睨み、その結果は充分なものだ。
「まさか、最初からこれを狙ってたのか?」
「だって、悔しいけど斬術だけは叶わないもん。あたしこれでも考えたんだからね、鬼道で自分より強い人を相手にしたときはどうすればいいのか、って」
本心はそれだけではない。確かに雛森は斬術に限れば阿散井恋次という学年でも最強の使い手に実力が届くことはなかった。それは今回の手合わせでも確認できたことだ。
しかし雛森の思い浮かべる実力者は他にも存在した。二人の死神だった。命の恩人であり、特に白き羽織を纏う隊長が誇るものは現世で既に目にしている。
もう一人、雛森が後を追う少年の姿が脳裏を過ぎった。
「くそっ、これからは鬼道の対策も考えなきゃならねぇのか」
拘束を解かれた恋次は面倒だとばかりに呟いた。
「その必要はないと思うよ。だって死神の敵は虚なんだから。それとも、
「そのつもりじゃねぇんだ、ただよ。あぁくそっ、負けたら誰だって悔しいもんなんだよ、お前だってそうだろうが」
「そうだよ、あたしは祐輝くんに一度も斬術で勝ったことがないし……あれっ、なんでだろう」
どうして、祐輝くんの名前が出たのかな。もう三年も顔を合わせていないのに。
胸中に渦巻く困惑を持て余していると、意外にも助け船を寄越したのは恋次だった。
「ったく、朝霧の野郎ばかり見やがってよ。気づいてなかったのか、手合わせする時のお前はいつも俺の後ろを見ていた」
腑に落ちた。得心のいった面持ちで雛森は繰り返す。祐輝くん、うん、意地悪な祐輝くんだ。
「あたし、祐輝くんの背中を追っていたからね」
鍛錬場で行われた二人の試合てを見届ける幸運に恵まれたのは僅かな同級生だけだった。公的な記録として残されることのない結果に酷く残念な面持ちを浮かべながらも、紛れもない称賛の言葉を浴びせた。
漸く、雛森は意地の悪い少年と同じ大地に立つことができる。
最期に言葉を交わしたのは殺風景な病室だった。別れの挨拶もなく忽然と姿を消し、後に教官から簡潔な説明を受けるに留まった。
それから三年の月日が流れ、祐輝の背中へと手が届くまで残り僅かの距離だ。
「待っていてね、祐輝くん」
後日、桜の花が舞い散る日に執り行われた卒業式では檀上に果実が実ったという。弾けるように瑞々しく、桃と梅を合わせたような色合いをしていた。
それは少女が宿す感情が焔として現れたのかもしれない。
この世界の雛森はシロちゃんに胸を貫かれるほど弱くないはず