馬酔木の花 作:あばちみゃかむ
真央霊術院で進級・卒業するには規定の成績を修める必要があり、当然ながら成績が芳しくない者には補習が組まれる。しかしその補習すら組まれなければ、成績不振者は留年、或いは退学へと至る。
二組の気分屋な問題児は親善試合への意欲は欠片も持ち合わせていない。代表として参加しなければ補習を取りやめると教師から通達され、仕方なくという事情があった。完全に自業自得である。
代表は、科目一つにつき二名であり、各学級から合計して八名が選出される。科目ごとに別れ、勝ち抜き形式で試合を行い、総合的な順位の高い学級が優勝となる。そのため試合の展開によっては、同じ学級から選出された者で一位と二位を争う場合も考えられた。
祐輝はもう一人の級友と共に二組の斬術の代表として試合に臨む。白打、歩法の代表も既に選出されたが鬼道のみ、未だ誰も選ばれていない。
鬼道の天才として名高い一組の雛森を相手に勝てる見込みを持たないこと、そしてもう一つ。
「短い間だったが世話になった。親善試合も、二組の皆ならば良い結果を残せると信じている」
色褪せた瞳に、乾いた笑みを浮かべながらも気丈に振る舞う一人の少女。朽木の名を与えられた存在は最後に深く礼をして、教室を去ってゆく。
気まずい沈黙に教室は包まれた。流魂街出身者は羨望と嫉妬の入り混じった複雑な感情を抱き、貴族出身者は程度の差こそあれ侮蔑の念を隠さない。
天才には劣るが鬼道を得意としていた、今は朽木ルキアを名乗る少女は二組の鬼道代表に相応しいとの声が上がっていた。しかし、瀞霊廷の
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名目上は全ての学級で行う合同授業である親善試合に向けて、学年中が湧き立っていた。各学級の代表者が知られると共に優勝を推測し、または学級の総出を上げて代表者を応援する動きまで見受けられる。
学業に追われる霊術院の生徒にとって娯楽は乏しく、今回の親善試合は祭りにも等しい。現世で実習中に虚に襲撃され、多数の死傷者を出した悲劇から日も浅いため、生徒の精神状態を立て直す教師たちの思惑は成功したも同然だった。
一回生で行われる親善試合の空気に当てられたのか、上級生たちの間では親善試合を題材にした賭け事が流行っており、それらは教師の目を掻い潜りながら一回生にも拡大しつつある。
「よぉ、一回生だろ? お前の意見で構わない、鬼道はどこの組が優勝すると思う?」
「鬼道に関しては天才で有名な雛森のいる特進じゃないのか。俺の組の代表は雛森に勝つ自信がないから、準優勝狙ってるし」
「また雛森か、檜佐木先輩もそう言ってたし、鬼道は雛森一択かなぁ。番狂わせが欲しいが……ありがとうよ一回生、気が向いたらお前も誰かに賭けてみろよ」
上級生からの聞き込みも適当に受け答えをするが、鬼道に関しては顔見知りの雛森をそれとなく口に出す。やはり鬼道の優勝者は雛森という見方が強いことに、他の鬼道の代表者に半ば同情する。
ちなみに、斬術の優勝候補は幾つか別れていたが祐輝の名前は挙がっていなかった。
曰く、他の学級に名前が伝わるのは悪評のため、曰く、卑怯な手を使うから正々堂々と戦えば負ける、曰く、馬鹿で単純だから戦いの駆け引きに弱い、など。
座学の授業を抜け出して補習を受ける普段の行いが、まさかここまでの悪評に変貌しているとは知らず、祐輝は呆れのあまり笑いが零れた。
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そして休日明け、待望の親善試合が開催された。
上級生は通常の授業が行われているため観戦するのは一回生のみだが、試合会場は膨大な熱気に包まれている。
斬術、白打、歩法、鬼道、それぞれが白熱した試合を見せ、敗者は肩を落としつつも勝者の健闘を祈り、勝者は学級と敗者の想いを背負って次なる戦いへと臨む。
「やっぱり、雛森さんに勝てる人いないわね」
「当り前だろ、二重詠唱とか俺ら凡人にはできないって」
「鬼道は特進の連中が一位と二位を独占だな」
会場の一角で行われた鬼道の試合で大きなどよめきが起こる。並行して二つの鬼道を連発した二重詠唱で華麗に勝利した雛森は決勝戦へ進出する。
既に決勝戦へと進出していたもう一人の一組代表と最後の試合が開始する。同じ特進学級の代表だけに苛烈な試合は接戦だったが、破道と縛道を巧妙に織り交ぜた雛森の勝利によって幕を閉じた。
大多数の予想通り雛森が優勝したが、二組をはじめとする学級は落胆した様子を隠し切れない。一位と二位、その二つを特進学級たる一組に独占されたからだ。
鬼道の試合の結果を受けて、他の科目での応援は更に激しさを増す。成績上位者は伊達ではなく、残る三科目でも一組は順調に勝ち進んでいた。
番狂わせが起こったのは斬術の試合だった。
「疲れた、寝たい」
手ぬぐいで汗を拭きとりながら切実に零す。それも束の間の贅沢で、二組はもちろんのこと三組や四組など、他の学級からも盛大な歓声で出迎えられた。
「凄いぞ祐輝! 特進の連中から一本取りやがったっ」
「他の組の奴ら見てみろよ、あれだけお前の悪口を言ってたくせに調子のいい連中だ」
優勝候補に名前が全く挙がらなかった二組の朝霧祐輝が、優勝候補の一人である一組の吉良イヅルとの試合に勝利した。一組を除く全ての学級を熱狂させるには充分過ぎるほどの快挙だった。
俄然、二組に続けとの声が聞こえ始めるが祐輝は次の試合に備えて身体を休める。
雛森の様に名前が知れ渡っていなくとも、吉良イヅルの実力は授業で相手取る二組の級友たち、試合で対峙した他の組の代表とは隔絶していた。現世の実習で、虚の襲撃を生き延びただけのことはある。
試合展開を崩し、主導権を奪い取れなければ敗北を喫したのは己だと祐輝は振り返る。
「このまま決勝まで勝てば、阿散井と当たるのか」
残る一組の代表、阿散井恋次も吉良イヅルと同等以上の強敵だと推測される。幸い、試合の組み合わせで決勝戦に進出しない限り対峙することはない。
確実に決勝戦へ勝ち進むだろう、元々優勝候補の一角として名前が挙がっていたのだ。
眼前で行われる試合は苛烈な攻撃であっけなく決着がついた。勝者は言わずもがな、阿散井恋次だった。
二組の代表として試合に参加し、更には一組に対して勝ち星を挙げたのだから次の試合で負けたとして誰も、そして教師も文句は言うまい。
補習は取り消されることもなく、祐輝は阿散井恋次を相手取らず、級友たちは一組に勝ったことを誇らしく思うのだから、誰も損をしない。
「恨むぞ雛森、俺が負けるところお前に見られたくないんだよ」
恐怖に屈した自分を許さない優しさと、それでも前を向いた芯の強さを持つ鬼道の天才。誰であろうとも彼女が見ている前で敗北した姿を晒したくない想いが燻っていた。
試合は進んでゆく。阿散井恋次が獅子を彷彿とさせる勢いで決勝戦へと進出を決め、自身の相手を待ち構えている。その視線の先には、準決勝を制した祐輝の姿がある。
「よぉ、俺はお前が勝ち残ると思ってたぜ。正直、この場所に立つのは俺と吉良の筈だったからな」
「わるいな、俺も男だから無様な姿は見せたくないんだよ」
「はっ、雛森のことか? なら少し気の毒なことをするが、俺はこんなところで負ける訳にはいかないんだよっ」
闘志を燃やす恋次の瞳は祐輝の姿を捉えていない。それは遥か遠く、決して手の届かない場所を見詰めている。
学び舎を去った級友の姿を思い出し、祐輝は木刀を静かに構えた。
「お前なら勝てるはずだ朝霧っ!」
「阿散井っ、調子に乗ってるそいつを叩きのめせ!」
「祐輝くんも阿散井くんも、どっちも頑張って!」
優勝候補の一角として名前の挙がっていた恋次と、番狂わせを起こした祐輝が対峙する。試合の行く末がどうなるか、誰にも予測ができない戦いが幕を開けた。
「うおぉぉぉぉぉっっっ!」
雄叫びを上げながら瞬時に距離を詰めた恋次の振り下ろし。それを最短で最小の動作で躱すが、反撃を打ち込む間を与えられない。素早く引き戻された恋次の木刀は更に一撃、二撃と打ち込まれる、
身体をずらす、捻る、傾ける。躱す動作に徹し続ける姿は恋次の攻撃を前にして手も足も出ないように見受けられた。
感心と同時に獰猛な笑みが恋次の口元を歪ませる。
刹那、恋次の木刀が僅かに逸らされた。切っ先が向かう先は、既に身を傾けた祐輝の右肩。
「やるじゃねえか、躱すだけが取り柄の野郎と思ってたぜ」
「お前みたいな力で押し切る奴とまともに打ち合ったら負けるから、なっ」
重い打ち込みを木刀で受け止めるが、掌に大きな痺れが残る。
僅かな攻防で、攻撃の瞬間に祐輝が躱す動作を始めていると恋次は見抜いた。ならば、それに合わせて攻撃を逸らして当てれば良い。単純で強引な解釈だが、結果として祐輝は回避を断念し木刀で受け止めざるを得なかった。
力負けすると分かりきっており、敢えて木刀に込める力を弱める。一気に押し込まれるが、勢いを利用して足払いをかけ、大柄な相手の体勢を崩す。その隙に上段から振り下ろしをかけるが、片手で握りしめられた木刀に受け止められる。
反撃が失敗した瞬間に祐輝は後方へ跳躍する。間一髪、握りしめられた拳が虚空を薙いだ。
態勢を立て直し、再度恋次は攻勢を仕掛ける。一撃ごとに速度、切っ先を巧妙に変える。
徐々に袖や裾を掠り始める。右へ身を捻るが、即座にその箇所へ木刀の切っ先が置かれる。勝利を確信した恋次の一撃は、雲を掴むように祐輝の脇を
躱しきれないのならば、敢えて隙を晒すことで相手の攻撃を誘導すればよい。
「なっ、この野郎っ!」
視線を肩から胴へ投げる。瞬時に振り下ろしを警戒した恋次は胴を後方へ逸らすが、生憎と祐輝が取った手段は木刀の突き技だった。
鈍い音が響く。逆手に持ち替えた木刀から伝わる痺れを気取られぬようにしながら歯を食いしばる。
「畜生っ、仕留め切れなかった……っ!」
「こんなところで負ける、その程度の力じゃルキアの隣に立てないんだよ、俺はァっ!」
交差する二つの影、揺れる祐輝の身体を何度も木刀が通り抜けてゆく。接戦の攻防が繰り広げられ、多くの者が立ち上がり二人へ声援を送り込む。
「祐輝くんっ、阿散井くんっ、頑張って二人ともっ!」
聞き慣れた少女の声は、対峙する相手にも向けられていた。それは胸の奥に、微かな痛みを生じさせた。
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食堂からは相変わらずバカ騒ぎを続ける楽し気な声が聞こえていた。疲れの溜まった身体を癒すこともできず、次から次に訪れる人の波に辟易とした祐輝は食堂を抜け出し、浅打を片手に一人、寮の屋上で夜空を堪能していた。
名も知らぬ他の組の人間から惜しみなく試合を称賛された。賭け事の胴元らしき上級生からは番狂わせを起こしたことに感謝された。
顔に傷を負った、六回生の檜佐木という先輩からは励ましの声をかけられた。
試合直後ならいざ知らず、夕飯くらい満足に取らせてくれないだろうか。
「風邪ひいちゃうよ祐輝くん」
「いいのかよ、鬼道の優勝者がこんなとこにいて」
「祐輝くんを探しにきたんだよ」
「騒ぎが落ち着くまで俺は戻らないからな」
分かってる、とばかりに雛森は傍らへ腰かける。
「あたしも、ちょっと騒がしいから抜け出してきたんだ」
「いつからそんな悪い子になったんだ」
「偶には我が儘でもいいって祐輝くんが言ったでしょ?」
反論のしようもなく不機嫌そうに黙り込んでみせる。普段、飄々と小言を受け流しているだけに気まずくなるが、雛森は嬉し気な様子だった。
「やっと祐輝くんがあたしの言うことを聞いてくれた」
「まて、それは違う」
「ううん、違わないよっ」
どんな言葉を投げかけても聞き入れてくれないだろうなと、祐輝は話題を変える。
「それはそれとして、優勝おめでとう雛森」
「えへへっ、ありがとう。祐輝くんも、お疲れ様」
一転して照れたように微笑みながらも、祐輝の奮戦を雛森は湛える。その際、視線が重なり、どちらともなく顔を逸らす。
沈黙が訪れた。視線だけを動かして傍らを覗き込めば、同じように盗み見る雛森の瞳が重なる。
頬が朱色に染まったのは、気恥ずかしさが原因だろうか。すぐさま横を向いた雛森の様子が可愛らしく、笑い声を抑えきれない。
「試合中の祐輝くんはかっこよかったのに、笑うなんて意地悪」
「そりゃ雛森が応援してくれてんだから頑張ったんだよ」
「もうっ、調子に乗る意地悪な祐輝くんは嫌いだからねっ!」
腕を組み、朱色に染まった頬を膨らませる。けれども、澄んだ瞳で祐輝を見上げてくる。
「ほんとに、真剣な祐輝くんかっこよかったんだから」
可憐な笑顔を向けられて、鈴の音を転がす声を聞かされて。熱に浮かされる祐輝を冷やすように、風が肌を撫でていく。
▽
「ほんと、真剣な祐輝くんはかっこよかったのに」
いつも持ち歩く斬魄刀を抱いて、あどけなく眠る祐輝の表情を見ながら雛森は呟いた。
心地良い風に撫でられながら二人で夜空を見上げ、気づけばこうしてまた祐輝が眠っている。
決勝戦まで勝ち進み、恋次と熾烈な戦いを繰り広げたからには相当に疲れが溜まっているはず。仕方がないと、雛森は祐輝の傍らに腰を下ろしたまま、寝顔を堪能していた。
「シロちゃんもだけど、男の子って寝顔で凄く変わるね」
弟として接する幼馴染みの少年も、普段は斜めに構えてかっこつける割に、寝顔は年相応に可愛らしいものを浮かべる。
飄々として掴み所の無い普段と、試合中に見せた真剣な表情、そしてあどけない寝顔。
「こんなところで寝たら風邪ひいちゃうのに。全くもう」
口では文句を垂れながら、眠りこむ少年の頭を抱き上げ、膝を枕代わりに提供する。
▽
休日が訪れた。
「優しくて、安心できる、それで沢山の虚を倒せるくらいに強いのっ! だからあたし、絶対に藍染隊長の五番隊に入るっ!」
瞳を輝かせ、五番隊の隊長がいかに素晴らしいか力説するも、白髪の少年は
種を吐き出し、行儀が悪いと年上の幼馴染みに注意されても無視する。日番谷冬獅郎にとって、その藍染という死神の話題は実に面白くない。
「なぁ、アイツはいつもこんな感じなのか」
尚も藍染の素晴らしさを口にし続ける様子を指し示し、雛森が連れて来た友人に訊ねる。
茶を啜っていた何を考えてるか分からない男、つまり祐輝は肯定とも否定とも取れる表情を浮かべた。
「普段は真面目だけど妙に阿保なところがある」
「ちょっと祐輝くん! 誰が阿保なの、あたしが何度も注意してるのにいつも授業を抜け出してっ」
「ふうん、アンタら仲が良いんだな」
休日の度に顔を見せていた雛森も、忙しさを理由に最近はその頻度が減っていた。久しぶりに顔を出したと思えば、友人と称した男まで連れてきている。
面白くない、雛森に男の友人ができたこと、わざわざ連れて来たこと。話題と言えば、先ほどから続く藍染のこと。
不機嫌だと意思表示をするべく雛森のことは無視し、けれども構って欲しい。そんな日番谷の気持ちを察しているのが、この何を考えているか分からない男である。それがまた悔しい。
「なぁ雛森、せっかく実家に帰ったんだからこのチビっ子にも構ってやれよ」
「だから、あたしの霊術院での様子を話してるでしょ?」
藍染という死神の話しか口にしていないだろう。
しかもさりげなく身長が小さいことを馬鹿にされ、余計に腹が立つ。祐輝にとってそのような意図はないのだが、日番谷が知る由もない。
世話焼きで、一緒に祖母と慕う人物の手伝いをしたり、水汲みや御使いをしていた日々は雛森の隣に日番谷がいた。それが、死神になるために家を離れ、知らない男のことを嬉しそうに話し、これまた知らない男の友人が当然のように雛森と連れ添っている。
「そうそう、ちょっと前に親善試合があったんだけどね。祐輝くんも凄かったんだよ、斬術の試合は決勝戦まで出たのっ!」
「ちなみに雛森は鬼道の試合で優勝してるからな」
家族が遠く離れてゆく寂しさと、会話の内容を共有できないもどかしさが入り混じり、つい意地の悪い質問をぶつけてしまう。
「アンタも大変だな、アイツは藍染って奴ばかり話すんだろ?」
「そりゃ死にかけたところを助けてくれたんだ、感謝や憧れを抱くのは普通だろ」
「死に、かけた……?」
食べかけの西瓜を皿へ戻し、のうのうと茶を啜る祐輝へ詰め寄る。
「おい、雛森が死にかけたってどういうことだよっ」
帰ってきた雛森が口にしたのは、祐輝が友人ということと、藍染という死神についてのみ。故に現世で行われた実習と巨大虚襲撃による惨劇など、日番谷は知らない。
口を滑らしたことに気づいた祐輝は一瞬だけ後悔し、知る限りのことを隠さずに教えた。例え血が繋がっていなくとも、家族には知る権利があると。
「現世での実習中にな、本物の虚に襲撃されて引率の先輩たちや同級生が死んだんだ。何人もな。んで、尸魂界から救援で派遣されたのが五番隊の藍染隊長と市丸副隊長」
「ったく、死にかけたのにどうしてあんな元気なんだよ」
日番谷は、死にたくない。それ以上に雛森が死ぬことを許容できない。だから嬉し気に死にかけた時のことを語る雛森の気持ちが理解できない。
「それはね、藍染隊長があたしの目標だからだよ、シロちゃん。優しくて、皆を安心させることのできる、シロちゃんやお婆ちゃんを守ることのできる死神になるのが、あたしの夢なの」
雛森も、死にたくない。大切な存在を喪いたくない。だから家族を守るために力を求め、その理想が窮地を救ってくれた死神なのだ。
「でも、死神になっても虚と戦うんだろ、死ぬかもしれないんだろ」
「あたしは死なないよ、シロちゃんたちを守れる立派な死神になるんだから」
昔、まだ幼い頃のこと。小さな姉代わりの少女は必死に世話を焼いてくれた。寒ければ身体を温めてくれた。重い物を代わりに持ってくれた。
そんな少女の優しさが嬉しくて、けれども素直に接するのは気恥ずかしかった。いつまでも一緒に過ごせる、そう思い込んでいた甘えがあった。
子どもは成長し、やがて大人になる。日番谷にとっての小さな姉は、死神を目指して遠く離れていく。
▽
お使いの手伝いと称して無理矢理連れ出された祐輝は黙って少年の背後を歩く。歩幅の関係で通り越しそうになるが、その度に背後へ戻る。お使いの道のりなど祐輝は知らず、横に並べば身長差から見失う危険があった。
尤もらしい理由を並べ立てたが、先ほどから悶々と言葉を濁す微笑ましい少年を背後から眺め続けるのが楽しい、というのが本音だった。
「なぁアンタ」
「どうしたチビっ子」
「俺は日番谷冬獅郎だっ!」
「おう、俺は朝霧祐輝だ」
「アンタ、俺をからかってるだろ!」
「名乗られたら名乗り返すのが礼儀なんだよ」
足を止め振り返った少年はゆで卵のように顔を真っ赤に染めていた。勢いよく指をさし、上目遣いで高圧的な態度を取る。微笑ましく見守れば睨まれる。
「友だちなんだろ、だったら、その、俺じゃできないから、アンタに頼む」
「何が出来なくて、俺に頼むんだ? うん?」
「だからっ、俺じゃアイツを守れねぇ。けど死神になるアンタなら、守ってやれる。それを頼んだって言ってるんだよ」
己の無力を噛み締める悔しさと、大切な家族を思い遣る優しさが入り混じった雫が零れ落ちた。出会って間もない男に家族を託す日番谷冬獅郎の想いを祐輝は受け取る。
「おうよ、お前の姉ちゃんは俺が守ってやる。だけどな」
目線を合わせるようにしゃがみ込み、涙を流す小さな男の胸に手を当てる。冷たい熱、矛盾した表現が似つかわしい霊力が確かに存在した。
「お前の中にも力が眠っている。それを忘れるなよ、