「おい本当に行くのか?」
先方を歩く若い男に付いていくこれまた若い男が落ち着かないように辺りを見ながら聞いてくる。
「あったりまえだろうが、お前だって気になるから付いて来たんだろうが。」
「そうりゃそうだけど・・・あの噂本当だと思うか?」
付いて来た男は身体を震わせて聞いてくる。
「それを確かめに行くんだろうが、何びびってやがるんだお前は。」
付いて来た別の1人が馬鹿にした様に、びくびくしている男を笑う。
周りは暗く波の音がやかましい海岸の岩場を3人は歩いていた、ある噂を確かめる為に。
この海岸では数ヶ月前から奇妙な噂が流れていた。
曰く夜の海に人とは見えない何かが泳いでいたとか、それが時に陸に上がり周辺を徘徊しているとか。
そして今3人の若者達が向かっている洞窟こそ噂になっている人とは見えない何かの巣窟だと言われている場所なのだ。
それだけに地元の者は決して近付こうとしないのだが、外から来た若者達はそんな事など歯牙にも掛けない。
事実彼らは泊まっていた宿屋の人間に言われていたのだ、夜のあの洞窟には絶対近付くなと。
しかしそれを無視しこうやって夜の海岸をその洞窟へ向かっているのを見ればそれが分かるだろう。
程なくして3人は洞窟の入り口に着くとそのまま入って行く。
「へっそれじゃそれとご対面と行こうじゃないか。」
先頭を歩く男はそう言って愉快そうに笑う。
「ほ、本当に大丈夫なのかあ?」
先程から怖気つている男にもう1人が呆れた様に言う。
「ったく何時までもぐたぐた言っているんじゃねよ。」
「だけどよ・・・」
怖気つている男が何か言おうとした瞬間だった。
「ぐ・・・おぅ・・・」
今まで聞いた事の無い唸りと言うか叫び声が前方から聞こえてきた。
「ひぃぃぃ!!」
「何だあの声?」
「さあな、俺達以外に入り込んでいる奴がいるんじゃないのか。」
悲鳴を上げる思わず座り込んでしまう男を他所にのん気そうに話す残りの2人。
「まあいい、ちょっと様子を見てくるわ、お前ら此処で待ってろ。」
そう言って先に進む男に座りこんでしまった男が慌てて止める。
「おい待てよ、あれは尋常じゃなえ、もう帰った方が・・・」
「馬鹿言え此処まで来て何にもねえんじゃ面白くねえだろうが。」
だがそんな声を無視し先に進んで行く男。
その姿が闇に消えた途端・・・
「ぎゃあああ!!」
先に進んだ男の悲鳴が洞窟内に響く。
「どうした・・・何かあったのか!?」
慌てて声を掛けるが返事は無かった、その代わり何かを引きずるような音が聞こえてくる。
「何だって言うんだよ・・・」
座り込んだ男は最早気が変になりそうだった、もちろんもう1人にも先程の余裕は無かった。
引きずるような音はどんどん近付いて来ると、その正体を現す。
「「ひぃぃ・・・!!」」
闇から現れたそいつに2人は恐怖の余り悲鳴を上げ、もう1人の男もその場に座り込んでしまう。
そいつは片手に先程闇に消えた男を引きずっており、もう片方の手にそれから分離された・・・身体の一部を持っていた。
「ぐぐぐ・・・がふぁ・・・」
そう唸ると両手に持っていたものを手放し2人に近付いて来る。
「・・・・・・」
「ひぃ!!・・・助けて・・・」
恐怖で顔を歪ませて2人は後ずさるが、もはや逃れる術は無かった。
やがて洞窟内に男達の断末魔の声が響き、唐突に途切れる。
後は静寂と闇だけが辺りを支配していた。
古びた漁村にこれまた古びたバスが一台やってくる。
最寄り駅のある街から日に数回来るそのバスが停車するとドアが開き誰かが降りて来る。
それを偶々見ていた漁師の男はまたかと言う顔をする。
元々この漁村の人間でこのバスを利用する者など皆無だ、つまり外から来た余所者と言う事になる。
そう村は今ある噂の所為で迷惑な観光客が増え、村人達は閉口させられているのだ。
だから男は不愉快そうな表情を浮かべ降りて来る人間を見ていたのだが、次の瞬間それは驚きに変わる。
バスから降りてきた者が滅多にお目に掛かれない美少女だったからだ。
およそこんな寂れた漁村には似合わない容姿の少女は、セーラータイプのシャツにショートパンツ姿でリックを背負っていた。
その少女はバスから降りて来ると暫し周りを見渡し男に気付くと近寄ってくる。
「あのすいません、ここに泊まれる所ってありますか?」
「・・・へっ、ああこの先の雫って飲み屋なら泊めてくれる筈だ、2階が宿屋だ。」
呆けていた男は少女に声を掛けられてようやく我に帰り答える。
「そうですかありがとうございました。」
美しい銀髪の美少女に微笑みながらお礼を言われ男は年甲斐も無くときめいて(笑)しまっていた。
礼を言った少女は言われた方へ歩いて行く、男の熱い視線を受けながら。
「・・・ほんと視線が痛いなあこの格好。」
そう言って自分の格好を見ながら溜息を付くのは言うまでも無く女神きりしまだった。
鎮守府を出発してから此処へ来るまでそんな視線をずっと感じていたのだ。
特にショートパンツから伸びる白くて細い足に強く感じておりきりしまは落ち着けなかった。
しかも視線を向けて来る者が先程の男連中だけでなく女性達からもあるので余計にだ。
まあ男達は邪な視線だが、女性達の方は純粋な憧れからと言う違いはもちろんあるが。
「任務なんだからもうちょっと地味な服装でも良いと思うんだけど。」
この服装は言うまでも無くはるなお姉さまの意向だった。
本来は一般人に偽装するのが目的の筈だったのだが、妹を着飾りたいと暴走してしまったのだ。
こう言った場合に諌める立場のこんごうお姉さまもひえいお姉さままでも一緒になって服選びをやっていたのだから困ったものだときりしまは溜息を付く。
「まあそれは良いとして、いや良くないんだけど今は任務を果たす事を考えないと。」
そうきりしまがこんな格好をしているのには理由があった、ずばり女神としての任務だからだ。
鎮守府・こんごうの執務室。
そこにこんごうとひえいに呼び出されたはるなときりしまが居た。
「急に呼び出してすまんな2人共。」
「それは構いませんが何か起こったのですかひえいお姉さま?」
ひえいの言葉にはるなは首を傾げて聞いて来る。
「そうだ・・・2人共これを見てくれ。」
そう言ってひえいが地図を広げ、ある場所を指し示す。
「ずいぶんとここから離れた所ですね。」
きりしまがその場所を見て言う。
その場所はきりしまが言う通り鎮守府からかなり離れた位置に有った。
「小さな漁港が有るだけの小さな村なんだが、最近妙な噂が流れているんだ。」
ひえいは腕を組んでそう説明する、はるなときりしまは地図から顔を上げて姉を見る。
「妙な噂ですか?」
「そうだ・・・村の近くにある海岸線に・・・化け物が出ると言う噂だ。」
はるなの質問にひえいは繭を顰めながら答える。
「ば、化け物ですか?」
「それは・・・」
はるなときりしまは顔を見合わせて言う、余りも突拍子が無かったからだ。
「まあ信じろと言うのが無理なのは分かっている、事実一部の者を除きそうだったからな。」
そう言ってひえいは肩を竦めると紙を一枚机から取るとはるなときりしまに見せる。
どうやら新聞の記事の様だが、その見出しを見て2人は驚いた表情を浮かべる。
『3人の若者惨殺される。犯人は未だに不明、地元に広がる不安。』
記事によれば3人の死体は、化け物が出ると言う噂の海岸線で発見されたとある。
「・・・まさかひえお姉さまは化け物が犯人だとおっしゃるのですか?」
はるなが新聞記事から視線を外しひえいを見て聞いてくる。
「私だって最初は信じられなかったさ、だがこれを見たらそうも言っていれなくなった。」
次にひえいがはるなときりしまに見せてたのは・・・『検死書』だった。
「3人は人間業とは思えない殺された方をしていたらしい、凶器も不明だ・・・いや使っていないのかもしれん。」
『検死書』を机の上に置きひえいは深い溜息を付いて見せる。
「まあ流石に人間以外が犯人とは結論していないが、それ以外に説明が付かない・・・ちなみにそれは見ない方が良い、私も暫らくものが喉を通らなくなったからな。」
手を『検死書』出そうとしていたはるなはひえいの言葉に止めてしまう。
「一応皇国警備隊が捜査しているが、何の手掛かりも掴めていない、いや例え犯人を突き止めても捕縛出来るかも分からん。」
お手上げだとひえいは両手を挙げて見せる。
「そこでこの件は皇王の判断により私達が調べる事になりました。」
今まで黙ってひえいの言葉を聞いていたこんごうがはるなときりしまに話し掛ける。
2人は再び顔を見合わせてしまう。
「ただ私達が、女神が出てきたとなれば騒ぎがさらに大きくなる可能性があります。」
確かに女神が乗り出して来たとなれば世間はただ事ではないと思うだろう。
「それでなくても化け物の噂で村は風評被害に苦しんでいます、更に火に油を注ぐことは避けたい・・・そこできりしま、貴女に調査を行ってもらうのが最適だと、私とひえいは判断しました。」
「ぼ、僕がですか?」
驚いたきりしまは思わず立ち上がってこんごうに聞き返してしまった。
「ちょ、ちょっと待って下さいこんごうお姉さま、まさかきりしま1人でやれとおっしゃるのですか?」
話の流れからそう気付いたはるなが慌ててきりしまの様に立ち上がってしまう。
「そうだはるな、それがもっとも合理的だと私とこんごうお姉さまは結論した・・・んだが。」
最後の方で歯切れが悪くなるひえい、どうやら彼女も色々葛藤がある様だった。
「私は反対です、きりしまは女神になってまだ日が浅いんですよ、だから私が同行した方が・・・」
何時もは姉達の決定に異義を挟まないはるなだったが、事がきりしまに係わる為かこんごうとひえいに思わず異義を唱えてしまう。
「同行は許可出来ませんはるな。」
こんごうは首を振ってはるなの異義を押さえる。
「貴女やひえい、私では駄目なのです・・・顔を知られすぎていますから、それは貴女にも判るでしょう。」
「そ、それは・・・」
こんごう、ひえいそしてはるな、きりしまの姉である3人は余りにもその存在が大きすぎた。
例え変装したとしても直ぐにばれてしまう、これは予想で無く、実際過去にそうだったからだ。
ある任務ではるなは髪型を変え、服装も思い切り地味にし、眼鏡を掛けるなどしたのだが・・・
数時間で正体を見抜かれ、はるなは任務所の騒ぎではなくなったしまった経験があった。
「その点きりしまは、はるなの言った通り女神になって日が浅い、つまり顔を多くの人々にまだ知られていません。」
今回はそれが幸いし、女神と気取られる事が無いとこんごうとひえいは考えたのだ。
「心配な気持ちは分かりますはるな・・・出来れば女神になったばかりのきりしまに任せるのは私達も悩みましたから、ですがこれも女神となった者の定めなのです。」
美しい顔を苦悩に歪ませながらこんごうは語る、傍らに居るひえいも同じだった。
「・・・分かりましたこんごうお姉さま、お姉さまの気持ちを考えず申しわけ有りませんでした。」
はるなは自分の思慮の無さを恥じて頭を下げる。
「いえ、妹の事を考えて事、気にする必要はありません・・・きりしま、頼めますか?」
落ち込むはるなを慰めると、改めてきりしまに向かいこんごうは語り掛ける。
「はいこんごうお姉さま、きりしま全力を持って当たる覚悟です。」
もちろん初めての単独任務と言う事で不安があるのは確かだが、数ヶ月と言えきりしまだってこなしてきてその重要性は分かっているつもりだ。
そして今自分にしか出来ないのなら全力で尽くす、それがきりしまの性分だった。
「きりしま・・・」
はるなは感激した表情を浮かべきりしまを見る。
「とは言え無理は禁物です、貴女は状況の調査が目的なのですから、何かあれば直ぐに連絡して下さい。」
こんごうもきりしまの姿を見て感動している様だったが、注意も忘れない。
「うんきりしま立派だぞ・・・お前にはこのひえいが女神として必用な事を全て教えたつもりだ、がんばれよ。」
ひえいもきりしまの姿に嬉しそうに激励する。
「はいこんごうお姉さま、ひえいお姉さま。」
こうしてきりしまの初めての単独任務が決まったのだった。