私を魔王軍参謀と知ってのことか 〜訳あり魔族は幼女を拾って養育するようです〜 作:サンボ
――殺しても構わないから勇者倒すのよろしく。
きっかけはそんなふざけ倒した軽い言葉からだった。よもや戦闘職でない参謀の私がそのようなことを言い渡されるとは思わないだろう。
しかしそれが私を穏やかな日常から遠ざける混沌の渦へと誘う発端になるのは、事実なのだ。
魔王城にて、飽きもせず攻め入る者から策を弄して守りに徹し、時には反撃の計画を練る役割を私は担っていた。
今は魔王様に呼ばれ王の間で跪いている。鮮やかながらも荘厳な赤い絨毯に守られ膝は痛くない。良心設計万歳。教会の硬い床で、信者はよく何時間も祈りを捧げられるものだ。
「いかがなさいました? 魔王様」
「あー、それが勇者がもうじき来るそうでさ」
「なるほど、対勇者の布陣を構えよとのことですね」
「いや……ちょっと行って止めてきてほしいんだよね」
「……は?」
突拍子のないその発言に私は耳を疑う。今、魔王様は私に向けて会話をしていると捉えて本当に間違いないだろうか。
「思うんだけどさ、勇者が我を攻めてくるのをわざわざ待ってるなんて芸がなくない?」
「はあ、しかしそれが様式美かと」
「そういう様式美とか慣習なんて正直つまらないよ。物事は常に革新、変遷が必要だ。ってわけで、殺しても構わないから勇者よろしく」
魔王様は足を組みながら私を送り出そうと顎で外を示した。いや、勇者を殺すとか無理なんですけども。
「あの……私が何者かご存知ですよね?」
「え、中堅とかじゃないの? 前は東の塔守ってたよね」
「はい、しかしながら当時も今も警備や軍備に手を加えていましたので」
「えっ、そうだったの?」
「本気で知らなかったのですね……」
軽く驚いた様子の魔王様に私は呆れた。今まで王座に到達する前に処理した賊だっていたはずなのに。
「だってどれだけ城の守りを堅くしても我が敵わないなら結局無意味じゃん。だからわざわざ気にしなくてもいいかなって」
「それでも体力や戦力を削ったりする役割が――」
「回復の泉」
「え?」
「兵士のために設置したのかしらないけど、回復の泉が賊に使われたおかげで向こうは爽やかそうに我に向かってきたね」
私の設けた救済用のポーションプールが、まさか賊の役に立ってしまっていたとは思いもよらなかった。心には大きな裂傷が生まれるように、衝撃が走った。
「ああ、あの時そんな裏話があったんですね……」
「うん。それよりはやくしないと勇者きちゃうからね。連れてって」
再び魔王様が顎で示すと扉の前に立っていた竜兵士二人が屈強な腕で私を引きずる。いや、この人達は一緒に来てくれるんだろうな、その際私は必要なくなるんだろうけれども。
すると、彼らは私を連れ去りながら申し訳なさそうに眉を下げた。
「いやぁ、ほんとありがとうございます。正直あっしらも勇者に怯えてしかたなかったんでさあ」
「魔王城まで攻めてくる勇者なんて相当強いっすからね。感謝が尽きないっすよ」
いやいやいや、彼らに太刀打ちできない勇者に私がどうにかできるわけがないだろう。
それこそ、私が画策した城内の罠の方がよほど有効と言えるほどだ。
しかし、こうなってしまっては仕方がない。私も今まで隠しておいた取っておきを出すしかあるまいな。
「もう結構ですよ。ここからは自分の足で歩きますので」
「そうですかい。健闘をお祈りしますよ」
「魔王様が認めていたっす。スブュイ様は我が目で追えないほど速いのだと」
はて、魔王様はいつの間に私の走る姿を見ていたのだろうか。
「確かに情報収集を自ら行う場合もあるので脚力だけは鍛えていますが、魔王様のお褒めに預かる程ではありませんよ」
「ご謙遜が過ぎるんじゃないすかねぇ? スブュイ様の実力は兵士の俺らもよく知ってるっすよ」
「あのですね……そもそも私は参謀という身でして、実力は知性で示すものなのですが……何か誤解が広まっていませんか?」
全く、城内のどいつもこいつも私を事務職と見ていない事が嘆かわしい。本来なら部屋から一歩も出なくても済ませられるような仕事が大半なのに。
「誤解も何も事実ですがねえ」
「む……腑に落ちませんが、いいでしょう。そろそろ発つとします」
「へえ。いってらっしゃいやせー」
竜兵士達は淡白な態度で私を送り出すが、冗談じゃない。勇者と相見えたら再びの邂逅は叶わなくなるかもしれないというのに、軽く頭を下げるだけで済ませるのはやめてほしい。
もっと、別れを惜しんで涙を流すとかあるでしょう。
「どうせ私は使い捨ての駒ですよ。結局は拠点が危うくなったら突き出されるのは私ですし。私が生き残ったら祝杯でもあげてもらいましょうかね」
私はやけに段数の多い城内中央を下りながら独白する。なに、切り札なら魔王様にも気づかれていないようだったし、2割方いけるだろう。
「……ふう、久々の外の空気、あまり心地の良いものではないが」
それでも清らかな風に深呼吸を促されてしまうのは我々生物の性と言えた。
すると、どこからか泣き声が聴こえた。女児の、必死に声を噛み殺したような嗚咽である。
声の発生源はすぐ隣にあった。城壁にもたれるようにして少女が、服と一体になった頭巾を深く被って蹲っている。
見たところ歳は20か30、いや、人間だとすると倍以上若いのか。
「……お父さん?」
彼女は私の存在に気づいたようで、顔を上げ私を見つめる。そして発した第一声がそれだった。
「お父さん!」
「いや、違いますよ? 私は参謀ですので日々城や兵士の運営に努めてますから」
私は努めて平静を装い――意味不明な返答の時点で平静ではなかったが――少女と視線の高さを合わせる。
頭巾から覗く髪は一束の乱れも許さないほど真っ直ぐに流れ、透き通るような肌と瞳のコントラストがその金色の糸をさらに強調している。
「魔王城前に不審人物を確認。排除しますか? ユシアスさん」
「うん。魔王を倒すのに、一切の障害もなく臨みたいからね」
くっ、勇者か。なんとタイミングの悪いことだろう。
私は少女の頭を撫で、大人しく座って待っているよう告げてその方へ向かう。
さて、彼ら勇者は既に視察済みであるため素性は全て明かされている。構成は勇者の他に戦士、魔術師、神官と最もオーソドックスな型だ。
「なるほど、お前が魔王城の門を守る中堅ってわけか」
「あ、いえ、私そんな風に見えますかね。普段は城内勤務であるわけなのですが」
「魔王に仕えるだけでなくあんな小さい子を連れ去ろうだなんて最低な魔物よ! すぐに焼き払ってしまいましょう」
焼き払うとはまた物騒な話だ。
戦士と魔術師はかなり好戦的なようで、得物を構えて私を睨んでいる。
「否定したいことは山々ありますが、まずは話し合いといきましょう」
「『電光斬り』!」
私が歩み寄ると勇者は雷鳴をその剣に纏わせ横薙ぎに振るってきた。なるほど拳で語り合おうって寸法か。
「ちょっ、死ぬじゃないですか!」
私は身の危険を感じたために勇者達の後ろへと逃げ込むことに成功し、溜飲が下がる思いだった。一歩間違えれば死も覚悟せねばならなかっただろう。
「速いっ……!」
「回り込むなどそこらの魔物でも皆一様に長けているでしょうに、勇者一行が何を驚いているのです」
「いや、それと比べても段違いでしょ……」
また誇張されているな。恐らく他の魔物とは状況が違うからだろう。私には動作を行うだけの十分な猶予があった。
「ともかく、私には交戦の意思はありません。話し合いをしたいだけです。武器も持ち合わせていませんし私はただの参謀ですから」
「今のを見て信じられると思うか!」
勇者は牙をむく猛獣のように私を見据えながら吠える。
やれやれ、説得には骨が折れそうだ。