私を魔王軍参謀と知ってのことか 〜訳あり魔族は幼女を拾って養育するようです〜 作:サンボ
さて、切り札ならばいくらでもあるが出し方とタイミングによっては無効ともなり得る。
「おとーさん?」
気がつけば先程の少女が私の袖を掴み見上げていた。いや、断じてこの子の父親などではない。私はしがない参謀なだけだ。
「くっ、人質まで取る気なのね、なんて卑劣なの!」
魔術師が叫ぶ。どう見たらこれを人質と受け取れるのか伺いたいものだが、どうやら人間にも不自然に映っていたようで、
「いや、何か『お父さん』とか言ってたし人質とはちがうだろ」
「バカっ! こういうのは向こうが完全な悪者と決めつける方がやりやすいのよ! 問答とか面倒になるのがわからないの? そんなんだからあんたは戦士なのよ」
人間ながら魔族にも劣らない畜生ぶりである。おっと、魔族全体が該当するとは言っていない。
「会話が筒抜けなのですが……取り敢えず戦士さん、いえ、セシウさん。貴方には同情いたしますよ」
とはいえ姓名や出自その他秘匿事項など把握している私に、付け入る隙を与えたのは浅はかだったな。
「な、なぜ俺の名を……」
「名前程度ならば街の掲示板にでもいくらでも張り出されていますよ。そうですね……セシウさんは以前に弟さんを亡くされているそうで」
私が弟と一言告げただけで彼は目を見開き、「どうして知っている?」と先程から同じ台詞しか述べない。
それだけで私は情報の信憑性を得られたというものもあるが。
「弟さんが助からなかった理由には貴方が大きく関わっているのではありませんか?」
「や、やめろ。それ以上は話すな」
「そういうわけにはいきません。私にも命がかかっていますので」
私がそう言うと、戦士は覚悟を決めたように自らの斧に手を掛けた。
「なら、実力行使に及ぶしか……」
「いいのですか? こちらには人質がいるのではなかったのですか、そうですよね魔術師さん?」
「くっ……」
別にこの少女が人質だとは言っていない。しかし自身の発言と設定には責任を持ってもらいたいものだ。勝手に決めつけて、勝手に貶められるがいい。
「この卑怯もの! 魔族なら魔族らしく魔法とかで戦いなさいよ!」
「はて、魔族だからこそ狡猾に相手を翻弄するものだと私は思いますが」
この女は自尊心が高く、少し暴露してやるだけで戦闘を続行できなくなるだろう。それだけに再起も早そうなものだがいかがだろうか。
「ああ、そういえばマユさん、よく間に合わずに木陰で済ませてしまうそうですね」
「な、何のことよ」
「言ってよろしいのですか? それは、取り入れた食物の不要分、特にその水分が体内で分解を繰り返しながらやがて下腹部へと送られ、いん――」
「まっ、待って! も、もしかして見てたの!?」
私の言葉を遮り彼女は蹲り、顔を覆う。みなまで言う必要がなくて何よりだ。
「その件に私は直接関与していないとだけ言っておきますが、そうそう、丁度そんな体勢だったのではないでしょうか」
「――っ! 死ね! あんたいっぺん死ね!」
「女性が軽々しくそのような言葉を発してはいけませんよ」
「うっ……うっぐ……」
「私は異議を唱えます。女性へ不適切な発言を先んじて行う、配慮の欠如から貴方の発言こそ「軽々しい」に該当します」
次いで噛み付いてきたのは神官である彼女だった。こう、地中獣の破砕タイムアタックのようで一人ずつ相手していくのは楽しいな。
「シィカさんですか」
「私は不明確、隠匿された事実を保持していません。よって、貴方の手は通用しません」
「そうですね……確かに苦労しましたよ。シィカさんが教会の財務や人事を不正に操作したことを探るのはね」
「以降の発言は形勢不利と判断、口を慎みます」
若くして昇進する者は、余程実力が伴わなければ何か裏があるものだ。ましてや教会のような粛々と、伝統を重んじて運営が執り行われてきた組織の中ならば尚更。
「『空斬り・留』」
私が気づかないほどの声量で呟き、勇者が魔力を剣に滞留させ、斬撃を飛ばそうと剣を構えていた。
「魔力が使われれば嫌でも気づいてしまいます、ユシアスさん」
「……くそっ」
「貴方は幾分有名でしたからね。情報集めは捗りましたよ。どうやらユシアスさんは最近までお母様のことをマ――」
「ちょっ! それだけは言わないで」
村人のほとんどがその事実を知っていたというのに今更何を恥ずかしがっているのだろう。勇者は剣を捨て、膝を地につけ懇願してきた。
恐らくはパーティーにはいい顔だけを見せておきたかったのだろう。振る舞いの節々から、そういった傾向が見られる。
「まあまあ、私の目的は当初と依然、変わりませんよ。中でゆっくりお茶でもしましょう」
「……」
こうして、私は虚ろな目の勇者一行との一時的な和解に成功したのだった。
そしてようやく、私の袖を掴んでいる出自不明の小さな来訪者と、会話の続きができる。
「いえ、あなたもきっとお腹が空いていることでしょうし話はその後にしますか。……何か食べていきますか?」
少女は私の言葉にこくりと頷く。こういった、紛いとはいえ家族のようなやり取りには不慣れであるから自然に振る舞えてはいなかったが、彼女の反応を見るにいらぬ心配だったようだ。
「はっ、お帰りなさいませ。スブュイ様の事ですからご健勝のことと伺……え?」
「お客様です。客間へご案内するので先導お願いします」
「ああ……えっと、承知いたしました」
私の帰還を迎えた骸骨兵士は勇者の姿に驚きながらも、すぐに了承した。その間、幼女の左手には私の手が握られていた。私が何者かという事実はもう覆らないようで、今はこうして馴染んでしまっている。
「そういえばお名前を聞いていませんでしたね」
「……キノミ」
「キノミさん? ひょっとしてメシウルムの娘さんでしたか?」
少女は一度だけ頷く。やはりそうだったか。友人の娘だが久しく会わぬ内にここまで大きくなっていたとは驚きだ。
「しばらくお会いしていませんがメシウルムは元気にして……って、今は私がそうなんでしたね」
キノミにとって私が父親と映っているのでは、その父への質問は些か不自然だろう。
しかし、少女は首を振るとその場で立ち止まってしまった。
それがどういった意味を成すのか分かりかねてキノミの表情をしばらく眺めていると、ぐぅ、と死池蛙の鳴き声のような音が鳴った。
「そうですね、まずは腹ごしらえとしましょう」
私は勇者達に遅れて客間へと少女を引き連れると、すぐに使用人を呼び寄せ諸々を注文した。
テーブルにはすぐに紅茶とミルクが運ばれ、キノミの前には続々とシェフの腕をふるった料理が運ばれている。
「しばらく勇者さん方と話をしてくるので食べていてください」
そう言うとキノミは私と一度視線を合わせるが、すぐに元に戻してそのまま食事を続けた。肯定と捉えていいのだろうか。
一方勇者達は差し出された紅茶に手を出さずにいた。
「なるほど、毒を警戒しているのですか。惜しいですね、王都から仕入れた特別な菓子とともに召し上がって頂くつもりだったのですが」
私は非常に残念に思った。それを疑われては払拭しようにも私では力不足だろう。仕方がない、交渉は緊迫の中で行うしかないようだ。
落胆し、何気なく菓子箱をテーブルの上に置くと、すぐさま反応が返ってきた。
「ちょっとそれ! 一日100個限定の「メルティ・ブルーム」詰め合わせじゃない!」
「情報の不足が如実、さらなる説明を求めます」
「とんでもなく人気店の人気商品よ! 開店してすぐに売り切れるから、手に入れるには生半可な覚悟じゃ無理って話よ」
先程まで顔を伏せて唸っていた魔術師が勢いを取り戻して、半ば興奮状態と言えるほどに回復を見せた。
「まさか前日の夕方から待つことになるとは思いませんでしたがね……」
「えっと、その、いただくわ! ……いえ、いただかせてください! 毒なんて疑わないから!」
そう言ってマユは紅茶を一気に飲み干した。そんなに慌てずともよいのに、むせた勢いで吹き出していた。
それを見て仲間達はひどく心配していた。やれやれ、どうやら私の計画は飲食物関係では散々に打ちのめされるらしい。