私を魔王軍参謀と知ってのことか 〜訳あり魔族は幼女を拾って養育するようです〜 作:サンボ
「なぜ、私が……」
今の状況、それは極めて奇妙だった。それは幼女の下着を手にキノミに履き方をレクチャーするというもの。
本当は給仕の女性にでも頼みたかったが、人見知りなキノミがそれを許容しなかったのだ。
「そもそも下着くらいでしたら見様見真似でできるでしょうに……」
キノミに自ら履かせようとしたのだが、片足を両穴に通したり捻れたりと正解とは程遠い。
キノミの家庭は裕福なんてものじゃなく、世話人が複数名いたとは伺っていたがまさか下着すらも他人の手とは予想外だ。
「仕方ありませんね、一度しか手伝いませんから、しっかり覚えてください」
「分かった」
キノミは頷いて両手を広げる。いや、手を動かす必要はないのだが、真剣な様子に少し微笑ましく思いながら「足を上げてくださいね」と続ける。
「……覚えたよ!」
「それは良かったです」
すぐに覚えられるということは、物覚えが悪いという訳ではなく単純に覚える気がなかっただけのようだ。
全く、族長だから仕方ないかもしれないが、娘をまともに自立させる気はないのか。
そう、キノミの母は木の香族の長であった。いつのことか、彼女と婚姻を結び大出世をしたものだとメシウルムと笑いあったものだが、思えばあの頃からあれの冷淡な視線を感じていた。
「上も着させてほしいな」
願い出るキノミに、袖の通し方を教えてやり、一先ず本件は解決か。
「念の為、私以外の人がいる場合は先程と同じように頭を隠しておいてください」
この部屋は自由に使っていい旨を伝え、私は早速キノコ狩りへと出掛けることにした。いかに魔王様の厚意といえど彼女を危険に晒すのは憚られる。
後は信頼できる部下に事情を話しておけばいいだろう、と私が考えているとキノミが立ち塞がった。
「キノミも一緒に行く」
「……ええと、キノミさん。森や山には危険が多くてですね」
「キノコの見分け方なら、知ってるよ」
「それは頼もしい限りですが……」
「お父さんに、いっぱい教わったの」
キノミは次第に涙を目の縁に浮かべながら私を見つめてくる。
「えっと……」
「おいていかないで?」
懇願するようにキノミは私を見上げる。私もいけないな、頼まれては断りきれないなど、良いように扱われて当然ではないか。
「仕方ありませんね。ですが私にはキノミさんを守り切る力などありませんから、危ないと思ったらすぐに逃げてください。これが条件です」
私の言葉にキノミは大きく頷いた。もちろん、私も彼女の死守に抜かりのないようにするつもりだ。
「あらスブュイ、いつの間に小さい子がお気に入りになったのね」
「妙な事を言わないでください、セキュリア」
私が訪問したのは同郷の馴染みに声を掛けようとすると間髪入れずにからかいが飛んでくる。
「ふふ、口は平静を装っても、動揺を隠しきれないようね。スブュイのそういうとこ、私は好きよ」
「はあ……勘弁してください。なぜ魔王様といい、私の周りは質の悪い人ばかりなのでしょう」
「あら、悪魔族はみんなそういうものよ。むしろあなたが特殊な部類なんじゃない」
セキュリアは悪びれた様子もなく大きな瞳で私を射抜く。確かにそうかもしれないが、心まで見通すようなこの視線が私はあまり好きではない。
「それで、この子を守ればいいって話でしょ?」
「流石に情報がはやいですね」
「まあ、あなたのことは常に把握済みだからね」
「……狂気の念を禁じ得ません」
彼女は口端を上げながら、僅かに色気を放つが、これが彼女の通常なのだ。悪い大人にキノミが巻き込まれないように「あまり彼女に近づいてはいけませんよ」と忠告をしておく。
「でも、スブュイがずっとそばにいるなら危険も何もないと思うけど……ええ、あなたが一番自分自身を信用できないって思ってること、分かってるわ。キノミちゃんなら私に任せて」
「助かります。他に頼めそうな方もいませんでしたので」
「あっ、ひょっとして私頼りにされてる? よし、わかったわ、いつでも見守ってるからね!」
そう言ってセキュリアは姿を消す。普段から視線を感じてはいたが、こいつが犯人だったか。
思わずため息が漏れてしまう。見兼ねたキノミが私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「……ええ、平気です。しかしキノミさんはあまり関わりを持たないようにお願いしますね」
「でも悪い人じゃなさそうだったよ?」
「確かに根は優しいんですけどね……」
どうして表に出るのは変態気質なのか。それが悪魔族の定めというやつならば私は里を捨ててしまいたい。
「国の人達はあんまりだったけど、あの人とは仲良くなりたいって……思えたかも」
キノミがそのようなことを言うものだから、それを聞き逃さなかったセキュリアがどことなく現れて少女を抱きしめた。
「キーちゃん、あなたって子は本当にいい子ね!」
「んむぅ……キー、ちゃん?」
「ええ、あなたのことよ。親しみと愛情を込めてそう呼ばせてもらうわ。私の事も気軽にお姉ちゃんと呼んで構わないわよ」
セキュリアの豊満な胸に包まれてキノミが窒息寸前になっているが、興奮状態の彼女はそれに気づいていないらしい。
「セキュリア、落ち着きなさい。キノミさんが苦しそうです」
「あら、ごめんなさい」
「凶器……そうかも」
キノミは息も絶え絶えにそんなことを言う。確かにある種彼女はそれを武器として使うこともあるのだが。
「キノミもいつかおねーちゃんみたいになる」
そして出掛ける直前に、両拳を握って気合十分に宣言するキノミ。
「キノミさんはどうかそのままでいてくださいね」
「えっと……ス……お兄ちゃんは小さい方が好きなの?」
純真な目で尋ねられ、私はギョッとした。どう返答したものか。
「ぷっ……あははっ! スブュイ、これはキーちゃんに一杯食わされたわね」
セキュリアは非常に楽しそうに、高らかに笑っている。私の魔族生に関わるため、決して笑い事ではない。
「キノミさん、私が言ったのは心の話ですので、成長はもちろん楽しみにしてますよ」
「そっか。キノミ、頑張る」
「ふふふ、キーちゃんには特別にボリュームアップの秘訣、教えてあげるからいつでも遊びにおいでね。あとこれ念の為」
セキュリアは、愛らしさたっぷりにウインクを決めるとキノミに両手を向け、「『防御結界・龍鱗』」と唱えた。
途端に彼女の魔力が薄膜のようにキノミを覆い、あらゆる攻撃をも防ぐ強靭な鱗となった。
「可愛いらしい見た目が台無しになるから、心配かもしれないけど魔力は透明にしとくわね」
魔力における色とは、その属性への傾倒を表している。つまり無色ならば属性なしとなる。
しかし龍の鱗とは本来魔力を通しにくいものであるため、心配は不要とも言えた。
「躊躇いもせず上級魔法を……恩に着ます」
「当然じゃない。可愛いキーちゃんに何かあろうものならスブュイの首を一回刎ねるくらいじゃ足りないもの」
「末恐ろしいですね」
これは一層警戒を強めなければいけないな。
「さてと、私は二人の邪魔をするなんて野暮なことはしないわ。影から見守ってるから、魔王様のご期待に沿えるよう頑張ってね」
セキュリアは城門から大きく手を振り、私達を見送った。いや、どこかから見ているのだから、送るという表現は誤りか。
そして隣ではキノミが何やら呟いて、思案を重ねていた。
「お姉ちゃんは大きい。けど、お兄ちゃんは小さい方が好き。一杯食わせる。心。ボリュームアップ。……そっか。キノミ、お腹が空いててもご飯一杯分け与えられるような、心の広い人になるね!」
何かを履き違えている気がしないでもないが、心の広さとは必要なものだ。ただ、これがセキュリアの影響を受けての結果だと思うと、憂慮も捗るのだった。