私を魔王軍参謀と知ってのことか 〜訳あり魔族は幼女を拾って養育するようです〜 作:サンボ
私は早速木々の鬱蒼とした山へとやってきた。とはいえ、何の宛もなく探していれば時間を弄するだけなのは自明の理だ。
「さて、キノミさん――」
「むー」
私が呼びかけると、キノミは頬を膨らませて自分は不機嫌だと主張してきた。その懸命な様子に可愛らしさを覚えながら、私は「どうしましたか」と尋ねる。
「キノミって呼んで。『さん』は、何だか遠いみたいで嫌だよ」
「えぇ……呼び捨てをしろと?」
「お願い!」
キノミは正面から私の衣服を小さく掴み、潤む瞳で見上げてきた。そのように下手に出られると私も頷かざるを得なくなってしまう。
こうなっては、彼女は譲らないとその表情が語っている。まるであの男のように。
「分かりました。呼び方は変えることにしましょう」
「なんで笑ってるの?」
そのつもりはなかったがどうやら表情に表れてしまったらしく、キノミが不思議そうに首を傾げる。
「いえ、昔同じようなことをお父さんから言われまして。やはり親子だな、と」
後にも先にも私が友人で敬称を捨てたのはメシウルム一人だった……はずが、血は争えない物らしい。
かつて、相手に対して高圧的になってしまうようで私は敬称を省いて人を呼ぶことを嫌い、メシウルムの要求も拒んだのだが彼はそれを良しとしなかった。
結局私は強引に呼称を矯正されることとなる。
それでも彼は私の敬称に対する考えを改めさせるには至らなかったが、少なくとも親しい者との距離感は呼び名にも含まれているのだと、私にも理解できるようになった。
セキュリア。あれは特別だ。彼女には不遜な態度をとっても良いものと考えている。
「おっと、私としたことが配慮に欠けた発言を……すみません、キノミ」
亡き父の話で彼女の気を暗く落としてしまうなど、あるまじき行為。そう思い私が頭を下げると、キノミは存外にも頭をふるふると横に振る。
「ううん。お父さんとはもうお別れして、お兄ちゃんと一緒になるって、お父さんと約束したから」
「そうでしたか。でしたら、キノミは言いつけを守る偉い子ですね」
「えへへ」
私が頭を撫でると大層嬉しそうに顔を綻ばせた。ああ、何としてもこの笑顔、守らねば。
「しかしキノミは私を兄と呼びますが、実際には親と子ほども年が離れているのですよ」
私の為にはならないが、流石に改めた方がいいのではないかと提案すると、少女は何かを考えるような仕草を見せた。
「んー。お兄ちゃんはお父さんの匂いがするけど、お父さんじゃないし、おじさんでもないからお兄ちゃんなの」
「……よくわかりませんが、キノミがそれでいいというならそう呼んでもらいましょうか」
「うん、スブ……スブイ……スビーお兄ちゃん!」
「スブュイです。呼びにくくてすみませんね」
正しい発音を言ってやるも、どうやら訂正は利かなかったようで、私とキノミは諦めてスビーという名に改名することを検討することにしたのだった。
……多少冗談が入り混じっていることを許容してもらいたい。
「さて」
本題に戻るべく、私は手を叩く。その音にキノミが素早くこちらを向いた。
「キノミはこの、何の手がかりもない状況できのこを探し出すことはできますか?」
単純な疑問だ。キノミの教示された知識や探索の能力がどの程度のものか、一先ず知る必要があった。
「分かるよ!」
そう言うとキノミは目を閉じて両手を僅かに広げる。穏やかな表情で少し微笑んでいるようにも見える。
「……あっちだって!」
彼女はその行為を中断すると、目を開けて突然走り出した。しかしすぐに転びそうになり、バランスを崩して前傾になる。
私は瞬時にキノミの横へ駆け、両手でその体を支える。間一髪で地面との衝突を避けられたようだ。
「走ると危ないですよ。ここらの木は根をよく張っているようですから、躓きやすくなっています」
「うん。ありがとう」
彼女が笑顔でそう言うと、そのまま左手で私の手を握った。
「でもこうすれば安心だね」
繋がれた小さな温もりを右手に、私は頷いた。
「そうですね。では、連れていってくれますか?」
「うん! こっち!」
私はキノミに手を引かれ、時に体勢を崩す彼女を支えて森を進んだ。キノミは何かを聴くような仕草をして歩みを止めることもしばしば。
「何が聴こえるのですか?」
私も同じように目を閉じて耳を済ませる。
「声がね、聞こえるの。目を閉じればよく分かるでしょ」
「……本当ですね」
微かだが、聴こえる。これは話し声だろうか、木々や草花が風にそよぐ音に紛れて楽しげな声達が私にも届いた。
「あ、あった。これだよね」
キノミが手にとったのは、傘が球状に大きく膨らんだカオリタケだった。その名の通り芳しい食欲をそそる香りに、人々はこれを愛して止まないのだという。
「確かにこれです。これほど見つけにくいものをよく探し出せましたね」
「キノミ、がんばった」
誇らしげに胸を張る少女を撫でてやるとたちまち表情が緩んだ。なるほど、私の知る全メシウルムがこぞって自慢してくる気持ちもわからないでもない。
「おかげで早く済ませられそうです」
これらの形状や芳香については事前に調査済みではあったが、実物があると尚探しやすい。私は掌を上に向け、魔力を高めた。
「『眷属召喚・粘水』」
唱えると、手から溢れ出たスライム達が地面に落ちていく。地についた者から順に列を形成し、瞬く間に小さな軍隊が出来上がった。
「作戦は伝えた通りです。各自、小隊長への報告を怠らぬよう、お願いします」
私の指示を受け、まるで敬礼でもするように彼らは体の一部を瞬時に盛り上がらせ、次には散開していった。
「……かわいい」
「スライムの中でも小さい種ですからね」
「小さいってことは、お兄ちゃんも好き?」
「……その話はもういいでしょう」
そもそもその方程式はセキュリアとの会話がなければ成り立たなかったはずだ。
頼む相手を間違えたかと、私は猛省するばかりだ。
「えっと、キノミは小さい?」
隣から少女の熱い視線を感じる。
何なんだその質問は。どう答えても私が貶められるような質の悪いものではないか。
「そうですね……キノミはまだ小さいですが、これから成長していくと思いますよ」
「キノミ小さい? やった、お兄ちゃんはキノミのことが好きなんだって、お姉ちゃん!」
その最後の台詞に、奥の茂みがガサッと揺れる。そして草を分けて静かに去ろうとする影を、私は捕らえた。
「どこへ逃げようと言うのですか、セキュリア?」
すると、姿の見えなかったセキュリアがたちまち色を戻し、私達の視界に現れる。
「ひぃっ! ごめんなさい! 頼むから痛いことしないでぇ!」
「しませんよ。ただ、色々話を伺わせてもらいますがね」
「そ、そんなこといって、私を辱めるつもりでしょう? 無防備な体を容赦なく責め立てて! スブュイの愛読書みたいにッ! スブュイの愛読書みたいにぃッ――むぐっ⁉」
「少し静かにしてください。それ以上は身に危険がありますよ」
手で彼女の口を塞いで、威圧をかける。誤解を生むような発言をするんじゃない。
「私の愛読書とはもしかして、「猫の相棒」のことですか? 確かに友人に裏切られ復讐に走るメギンを師が止めるそのシーンは何とも人間味を覚える名場面ですが、どうしてセキュリアが言うとおかしなことになるのでしょうか」
本当に、口を閉じて過ごしていてもらいたいものだ。
「あ、帰ってきた」
すると派遣していたスライム達が隊形を崩さず徐々に帰還を遂げ始めた。その体には数々のキノコが担がれており、キノミはそれを受け取っては彼らに頬ずりをしていた。
「かわいい」
「スライムじゃなくて、キノコをすりすりしてたら、何かものすっごいぐっと来るものが――」
「二度と喋れなくしましょうか」
もうやだ、この悪魔族。