私を魔王軍参謀と知ってのことか 〜訳あり魔族は幼女を拾って養育するようです〜 作:サンボ
セキュリアを影に押し込めることで黙らせた私は、大収穫のもとキノミの手をとって帰路についた。
「たくさん採れたね」
キノミが私を見上げて笑う。
「そうですね。これも全て、キノミとスライムさん達のおかげです」
「かわいいの、どこいっちゃったの?」
「みなさん故郷へ帰しました。また、いつでも会うことはできますよ」
「そっか」
ふんふんと頷くキノミ。果たして可愛いのはどちらだろうか。
「やあ、お帰り」
「魔王様、採集は滞りなく完遂しました」
「そうみたいだね。いやあ、仕事が早くて助かるよ。まあ今回はもう少し先延ばしても良かったけどね。母親のことも聞き出せていないみたいだし」
魔王様の仕方ないとばかりに肩を竦める姿に、私は冷や汗を額に伝わせた。
「そうだね……君には無期限休暇を言い渡すことにするよ。じっくりキノミとの親睦を深めるといい」
「えっ……」
つまり、それって……
「クビね」
セキュリアの部屋にて、彼女は爪の手入れを行いながら言い放つ。はっきりと言ってくれるな。
「やはり、そうですよね……」
「あ、結構な落ち込みようね。えっと……大丈夫よ、正式に役職の穴埋めがされるまではまだ除名と決まったわけじゃないし」
私の心が傷を負っていることに気づくと、途端にセキュリアは慰めの言葉をかけてくる。しかしそれは、効果のないものである。
「いえ。実はもう後継は決まっているそうで、紹介もされてしまいました」
そう言うとセキュリアはますます気の毒そうに眉を下げる。そもそも既に人員が決まっている時点で、始めから私を外すつもりだったのではないか。
「でも、魔王様は休暇って言ったのよね。……あっ、どこ行くのよ」
私が立ち去ろうと腰を上げると彼女はそれを引き止めた。
「いえ、ここへはキノミを引き取りに来ただけですので」
端からセキュリアに相談事など持ち入る気はない。滅多な事を言う彼女をどうして信用できようか。
「待って、キーちゃんも行かないでぇ」
「ありがとうお姉ちゃん。楽しかったよ」
「きぃちゃあああーーん!」
輝かんばかりの幼女の笑顔に、セキュリアは大号泣。だが、溢れ出た涙やらを私の袖で拭くとはどういった行動理念を持っているのか気になる。
「とはいえ、セキュリアには今回世話になりましたからね」
私は懐から菓子折りを取り出して手渡す。
「お納めください」
「あなたのそれ、いつ見ても便利よね。『積載代行』って言うんだっけ」
セキュリアは羨望の眼差しを私に向ける。この、魔力的な空間を現実に介入させ、ほぼ体積のない保存庫を作り出す魔法は確かにこの上なく便利ではあるが。
「私としてはそちらに興味を示してほしかったのですが……」
「ああ……ごめんなさいね。こんなこと言うの申し訳ないけど、私宝石とかしか分からないのよね。……え、と「贅沢の豊潤」かしら。大それた名前ね」
「宝石でなくてすみませんね」
「ううん違うの。詳しく知らなくてごめんなさい。嬉しいわ、ありがとね」
セキュリアが笑顔を私に向ける。こうした、素直な一面もあるから憎めない相手だ。
「ふあぁ……」
「あら、キーちゃん眠そうね」
彼女との会話の中でキノミが欠伸をこぼす。既に瞼が閉じかけており、立っているのがやっとらしかった。
「今日は色々なことがありましたからね。部屋に帰って休みましょうか」
「何なら私の部屋でもいいわよ」
「いえ。セキュリアは私以上に心配ですので遠慮しておきます」
私が丁重に拒否すると、彼女は「えー」と睨み返してきた。全く覇気の籠もっていないその視線を軽く振り払って私は部屋へと戻った。
「ゆっくりとお休みください」
くー、と可愛らしく寝息を立てて眠るキノミの頭を撫で、私は窓の外を見る。
小さく音を立てて窓の縁に降り立った影が、外から来訪を告げる。その口には一通の手紙が咥えられていた。
「お疲れ様です。夜遅くまで苦労をかけてしまいましたね」
窓を開け、その影を迎え入れると労いの言葉をかけて手紙を受け取る。対してそのカラスを象った影は「気にするな」とばかりの悠然な態度を示し、次の瞬間には闇に紛れた。
彼はスライムと同じく魔法により召喚した者だが、彼もまた私が従魔のように使役するには優秀すぎる魔物だ。
予め木の香族の里へ送り込んでいたが、十分な収穫を得て戻ってきたようだ。
「メシウルムの手紙ですか……」
中身を開けてみれば、それはどうやら私に宛てた物らしかった。『君のことだからこの手紙を見つけ出してくれたことだろう』との書き出しで綴られた文書は、キノミを私の側から離すなという旨が記されていた。
「……その言い方はずるいですよ」
手紙の一文に使用されたある文言への、言い返しようのない意地の悪さに私は独り言ち、文を置くとともに溜息をつく。
「分かりました。キノミは、私のこの命に代えても守り抜きましょう」
例え彼女自身にそれを拒まれたとしても、友と交わした最後の約束だ。力の限り、尽くしてみせよう。
私は「セキュリア、少し力をお借りしますよ」と呟いて、二種の魔法を唱えた。一つは、キノミを守る強固な防御結界を。一つは、周囲の怪しげな気配を探る感知用の結界を。
万全とは言えないが、万が一にも私の目が行き届かない場合には大いに役立ってくれるだろう。
「ん……お兄ちゃん、そんなに小さくなれないよぉ……」
その声に私は体を跳ねさせる思いでキノミを振り返る。窓の外を眺めていたが、少しの物音に目を覚ましてしまったのではないかと肝を冷やす。が、心配も杞憂なようで当の少女はしっかりと夢の中にいた。
しかし寝言まで私の好みについてを語るとは、セキュリアにはいずれ灸を据えねばならないらしい。
だがまあ、それはまだいいだろう。
夜明けは遠い。
今はただ、少女の傍らで平穏がいつまでも続くように祈りと我が身を捧げよう。
「『睡眠代行』」
魔法を唱えれば体の内が浄化されるように冴え渡った。しかしながら代行系の魔法は魔力を大幅に消耗するため、濫用には用心したいところだ。
清められた精神と引き換えに、ごっそりと力が抜ける感覚に陥った。だがこの程度、キノミを守るためならば取るに足りないものである。
魔力を体内で生成するためには十分な休息が必要だが、資金さえあれば生成を促すポーションを購入することができるためなんら問題はない。
キノミのために例え私財を擲つことになろうとも構うことは何もないのだ。
メシウルムの意志は確かに受け取った。私は今一度手紙を手に取り、自身の誓いを再確認するとともに世を明かしたのだった。