私を魔王軍参謀と知ってのことか 〜訳あり魔族は幼女を拾って養育するようです〜 作:サンボ
さて、近日中に木の香族の属する
それではキノミの多大なる負担になり兼ねない上に、命を狙われている可能性がある以上、あれへ向かうのは急務でない気がした。
魔王様の助言を蔑ろにしてしまうのには気が引けるが仕方がない。
ひょっとしたらそれを予期して無期限休暇などと言ったのかもしれない。あながち、あの魔王様のことだから有り得そうだ。
「今日も嵐の人たち、来るかなぁ?」
「毎日のように遊びに来られるのは非常に厄介ですけどね……」
キノミは頬杖をついてテーブルの下で足をバタつかせる。いつの間にか『嵐の人たち』で定着してしまっている勇者一行だが、まさか暇のあまり彼らの訪問を待ち望んでいるのではあるまいな。
「でも、おかげでお兄ちゃんの美味しいお料理が食べられたから、キノミちょっぴりありがとうって気持ちなの」
「はあ、どうやらキノミは誰にでもお優しいようで。少しばかり彼らには勿体なくも感じます」
いかにキノミの優しさが無限に湧き出る源泉だとしても、無作為に振りまいていいわけではない。人々を苦痛へと誘う数多の病、世に蔓延る魑魅魍魎を払い除けるほどの効能を持つ温泉は、正しく規律を守るものがいて、より良く回っていくものだろう。
さて、噂の誘うは星が瞬きという諺の通り、勇者達の姿が既に見えたようだ。
「あっ、きたきた! お兄ちゃん、早く料理で追い払ってよ!」
どうやらキノミにとって彼らは料理を得るための引換券でしかないらしい。しかし少女は一度「ううん、だめだよね」と自身の言葉を否定した。
情状酌量の余地があるかと思われたがしかしそうではないらしい。
「お料理じゃないほうが新しいはっけんがあるかも!」
納得したように手を叩いたキノミは私の手を引き、「いこいこー!」と彼らを迎え入れるのだった。
結局またしても調理場を借りることになってしまい、通称「嵐の人たち」は黙々と運ばれた品々を頬張っている。尚、ウエイターは可愛らしいキノコ少女である。
「おまちどーさまです。こちら『シェフのちまみれソテー』になります。おあついうちにおめしあがりください」
ぺこりとお辞儀をする少女にマユも笑みが絶えない。少々引きつっているのは何らかの衝動を抑えているからか。
「血まみれって、文面通りなら血に濡れたシェフの肉片が出てくるわよ……」
「まあいいじゃないですか。些細な違いですよ」
「どこが些細なのよっ。気まぐれで殺人が起きてるじゃない! 間違いを正してあげない大人なんてサイテー!」
妙な部分で激昂するマユを不思議に思いながらも、私は面々を見回し出来栄えを窺う。
不服そうな戦士と、終始無表情の神官は文句の一つでも吐き捨てそうな様子ではあったが、食事の手を休めることなく瞬く間に完食に至った。
しかしそれ以上に気になったのは、俯いたまま考え込むように動かなくなった勇者だ。以前の、仇敵を見るような眼差しは見る影もなく、今はただ佇む石像の如く静かだ。
「口に合いませんでしたか?」
「あ、いや……」
「すみません。食材はこれだけしか頂けませんでしたので、お出しできるのは以上になってしまいます」
「……そうじゃなくて」
ユシアスは視線を料理と私の間で往復させ、やがて何かを決意したように立ち上がる。迷いのない、真っ直ぐな目で私を射抜いていた。
「お願いします! 僕を鍛え直してください!」
腰から上が垂直に曲がるほど、彼は頭を下げた。
「ユシアス? 一体何を言っているんだ……」
「件の人物は魔王の手の者。信用は不可能です」
マユ以外の二人は、突然態度が改まった勇者に驚きを隠せないようだった。かくいう私も、同様に固まってしまったのだが。
「僕には分かるんだ。その人が悪人かどうかなんてすぐにさ」
「勇者の持つ力ってやつか」
「いや……美食家としてのスキルで、料理を作った人の善悪が判別できるんだ」
「何それ……ってか、ユシアスはその美食家ってのだったわけ? 勇者じゃなくて?」
「勇者の力を得るまではね。元は世界中の食を求めて歩き回ったただの村人だったんだよ」
「普遍的な村人の行動範囲と不一致。特別な力を獲得しうる適格者だと示唆しているのであれば、納得はしますが」
要するにただの村人なら世界中を飛び回ったりしない、と言いたいのだろう。その頃から実力はともかく、常軌を逸する行動を繰り返していたと言う訳か。
しかし彼が美食家だったとは驚きだ。
「なるほど、道理で街にてユシアスさんの事を尋ねても大半は今年の飲食店ランキングがどうとか、水の味が分かる男だとか言っていたわけですね」
「えっ……勇者になる前に既に美食家として有名だったの⁉ というか水の味ってどういうこと⁉」
マユは勇者の成り立ちについて非常に興味があるようだ。しかしその好奇を断ち切ったのは、当の勇者であった。
「僕の事は今はどうでもいい。昨日、あの人の料理を口にして僕は衝撃の事実を知った」
「しょ、衝撃の……? 衝撃的に美味しかった……ってわけじゃなさそうね」
「確かに調味の細部まで拘り、舌触りや歯応えまでも追及された繊細な品々には僕も舌を巻いた。でもそれ以上に、あの人の実力がとんでもないものだったことに気づいたんだ……!」
いつの間にやら勇者の表情や立ち居振る舞いがいつものそれではなく、姿勢はやけに正しく、何かへ感謝を全身で訴えるような、まるで食を享受するだけの人形へと変わっていた。
目の奥から沸き上がる食への熱意のようなものは、美食家としての彼を最大限に表しているようだ。
「敏捷は以前に確認した通り。でもそれどころか筋力や魔力、知力だって僕らとは段違いに高いことが、僕のスキルで判明した」
「そ、そんなになの?」
「うん。万が一にも有り得ないけど、舌間違いを起こしたかと思って今日も確認してみたら、今度は練度は低いもののマユの魔法を軒並み習得してた」
「不可解。一晩の習得可能数を圧倒的数量でマユは超過させています」
「そうなんだ。でも現にそれを成しているし、それだけの
そしてユシアスは勇者たる果敢な様相で私を見据える。
「彼に圧倒的な差をつけられている以上、魔王なんてとても僕には勝ち目がないんだ。……だから、人間と魔族とはいえ恥を忍んでお願いします! 僕を鍛え直してください!」
再び頭を下げるユシアス。この男、私に何を期待しているのだろうか。仮にも参謀に、戦闘の師事を乞う勇者がどこにいるものか。
「分かりました。さては私をからかっていますね? 会話で隙を作る策謀や、内部から攻める方針は評価に値しますが、一国の参謀だと思って一方的に武力で弾圧するのは倫理に反すると思いますよ」
「え、策謀? ……え?」
「話が通じねえな」
私の言葉に何故か困惑気味の勇者。その横では戦士が呆れたように肩を竦めている。演技……と言うには流石に無理があるか。
「論点の齟齬が生じています。至急、疎通の便宜を図るべきです」
「もう勝手に攻撃して実質的な修行にしちゃいなさいよ。そもそも敵に何かを頼むこと自体がおかしいんだから」
人に菓子を用意させておきながら、どの口が言っているのか。そして勇者はそれに納得して頷いているなんて冗談がすぎる。
「そうだね。なら、僕の剣に直接教えてください!」
勇者は携えた剣先を私の鼻頭に向け、高らかに宣言した。