Prologue.
貴方は誰かを愛したことがありますか?
胸が締め付けられ、息が苦しくなり、少しずつ早くなっていく鼓動が全身に真っ赤な命の流動を巡らせて、生きている、愛していると。
愛とは、人間の根源的感情。全人類において普遍的であり、人格的な交わり。あるいは人格以外との交わりを可能にする力。
それは、神のように優しく、暖かく、心が清らかな光に包まれ、幸福な時を、其の人と過ごすことで、人と人の精神と肉体を繋げる、人間のあるべき姿を示してくれる。
愛してる。ただ一言なのに、その言葉が持つ力は人の歴史を作り上げてきた。そしてその前には神の意志があった。
神学概念の1つのアガペー。
神は無限の愛(アガペー)において人間を愛しているのであり、神が人間を愛することで、神は何かの利益を得る訳ではないので、「無償の愛」とされる。また、それは不変の愛なので、旧約聖書には、神の「不朽の愛」として出てくる。
神が人間を愛するように、人間が人間を愛することが望ましい。それが人間のあるべき姿であり、その力が家族を作り、家を作り、街を作り、歴史を作り、未来を創る。確かにそこには慈しむ心、愛でる心、綺麗で純粋な神と人間の意志がある。
しかし人は時に、悪魔のような狂気に取り憑かれ、愛欲しさ故に孤独を憎しみ、肉体な快楽に愛を感じ求め、愛が愛を葬る猟奇的な感情を、心の闇を顕にしてしまう。
それは自己愛が成熟する前に、他者からの愛を求めてるが故。
自分で自分を愛せない。だから誰かに愛してもらうことで、その欠落した部分を補おうとする。愛してもらう側はなんとも言えない幸福に包まれるが、愛す側は無償の愛を一方向に向け続けなければならない。それが時に、
自分はこんなに愛しているのに、何故見返りがないという孤独感を産み。
性愛という、1つの煩悩、生物としての欲求に忠実になり、肉体の繋がりが愛だと誤認し、
自分以外に向けられた愛を目の当たりにして、自分への愛は偽りなのかと憎しみと悲しみに溺れ、本質を見失い、けれど自分自身を愛せない。
ついには、愛ゆえに、愛が、愛を葬ってしまう。
神の意志ではなく、人間の意志でもなく、それは悪魔の啓示のように、人を悪魔の化身に変えてしまう。
愛とは神と悪魔の優しくも邪な人と人を繋ぐ、唯一の心。
貴方は愛する人に貴方の愛を伝えられていますか?
欲するものは与えてこそなのです。
清き魂よ健全であれ。
では、貴方は、
「殺したいほど誰かを愛したことがありますか?」
貴方の狂気は、まだ眠っているだけで起こしてしまわないように鎖で縛り付けていませんか?
いいではありませんか。
憎しみでなく、愛を伝えられるのですから。
そう、それもまた愛。
欲するなら与えてこそ、なのです。
貴方が御自身の愛と向き合った先に、幸があらんことを。
初めまして。Mr....です。
プロローグなので、特に言いたいことはありませんが、何かの縁で手に取ってくださった読者の方々へ、敬意と感謝を込めて。
向き合い過ぎにはご用心を。これからよろしくお願い致します。