邂逅 -ワールドトリガー-   作:ぱぷりかーしゅ

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主人公・平 火乃音(たいら かのん)のお披露目回です。
時間軸はユウマとチカがボーダーに入隊した1/8頃。
オリ主の視点から見た玉狛第二の面々を描いています。
風間vs三雲戦の描写あり。


出逢い

 荒れた街並みが月光に照らされて侘しく佇んでいる。中天にかかる月は針のように細く鋭く、無慈悲な眼差しで世界を見下ろしていた。

 ひび割れたアスファルトの上を、白い巨躯がぞろりと尾を引きずって歩いている。大きさは二階建ての民家ほど、脚は象のように太く、大きく裂けた口には小さな牙が生え、この世のどの生き物とも似つかない風貌は、一昔前の特撮に出てくる怪物を思わせた。

 

 近界民。いずこからか、黒い穴と共に現れるもの。

 人を襲い、喰らって、またいずこかへと消えていく。

 

 この街の住民はかつて、こうした化け物によって崩壊の危機に晒された。特に被害の酷かったところはひと区画まるまる打ち捨てられて、もう誰にも顧みられることはない。

 しんと静まり返った冬空の下で、民家の群れはそっと肩を寄せ合い、歓迎されぬ客が歩いていくのを見るともなしに眺めながら、朽ちていく時を過ごしている。

 牙の奥、口腔の隙間から、ひとつしかない目玉がぎょろりと蠢いた。化け物の狙いは生きたヒトだ。それらが大勢いる方を探ろうと、太い首を巡らせた。

 ──すると、突然すぐそばにヒトの気配が現れた。

「目標確認。バムスター1体」

 声は若い。子供だ。声音の高さからして少女らしい。しかし姿が見えない。目玉──正確には目玉のように見える探査装置が姿を捉えようとぎゅるぎゅると回転した。

「こっちだよ」

 呼びかけは顎の下から。俯けばなるほど、足元に一人の少女が立っていた。

 茶色のカウボーイハットにボレロジャケット、チャップスカットのズボンを穿いて、手には漆黒の手袋を嵌めている。帽子のつばを押し上げて、少女がにっこりと微笑んだ。

 右眼を覆う黒布眼帯が、月光に鈍く光る。

「それじゃあ──おやすみ」

 右手が閃く。バムスターと呼ばれる化け物が視認できたのはそこまでだった。

 パキリ、と小さい音がして、目玉が縦に断ち割られる。バムスターは為す術もなく、二つに斬られた胴体を、それぞれ左右に倒れさせた。

 バムスターに脳はない。意思もない。しかしもしそのどちらかがあれば、きっとこう思ったことだろう。

『いま、なにをされた?』

 無造作に立つ少女の手には小太刀が一本握られていた。その、バムスターから見れば小枝のようにか細い武器で両断されたのだと気づくことは、化け物にはついぞ叶わなかった。

 刀を腰の鞘に収め、少女が耳元に手を当てる。

「終わったよ」

 通信機の向こうで、オペレーターが応えた。

 《おつかれさま。こっちでも討伐確認したわ。そのまま上がってちょうだい》

「了解〜」

 少女がバムスターの死骸に背を向ける。回収は本部の仕事だ。きっと朝には、欠片ひとつ残ってはいないだろう。

「今日も街の平和を守ったぞ〜、と」

 間延びしきった声で呟きながら、少女は大きくあくびした。

 

 

 

 

 一月八日、朝。

 ボーダーを志す若者にとって今日の朝日は記念すべき光である。

 なぜならば、年に三回しかないボーダー入隊日の、新年最初の一回目だからだ。

 筆記試験と体力試験、それから面接を乗り越えて、晴れて合格したひよっこが、緊張に顔を引き攣らせてボーダー本部に集合している。

 そんな彼らを迎えるのは精鋭の隊員たちだ。彼らに訓練用のトリガーを渡し、ボーダー隊員としての使命や今後やるべきことをとうとうと語るのである。この上なく先輩面ができる素晴らしい日に、(たいら)火乃音(かのん)は、ぼさぼさの髪に青ざめた顔でスマホを見つめていた。

「……やばい」

 現在の時刻、九時五分前。

 入隊式典開始時刻── 九時ジャスト。

 寝坊した。完っ璧に、寝坊した。

「やばあぁああああい!!」

 布団を蹴りあげ猛ダッシュで洗面所に駆け込む。泣きそうになりながら顔を洗い歯を磨いた。

 けたたましいアラーム音を鳴らすはずの目覚まし機能はきっちりオフになっていたから、寝たまま器用に解除したらしい。脳内でしこたま自分を罵りつつ、放り出してあったトリガーを掴んだ。

「トリガー・起動!」

 声をあげた刹那、火乃音の全身が光を放つ。

 二秒後、そこには昨晩バムスターを倒した時と寸分違わぬ姿の少女がいた。

 ベランダの窓を開け、七階建てマンション最上階から外を見下ろす。

 頬をなぞる風は冷たい。三門市はめったに雪の積もらない街だが、正月を過ぎると霙まじりの雨が頻繁に降ることがある。今日の雲は薄く、青空も見えている。この分なら、天気が崩れることはなさそうだ。間近に聳える基地が、威風堂々と白い壁を魅せている。

「間に合えーー!!」

 がん、と柵を踏み越えて、火乃音は空中に身を踊らせた。

 

 

 基地にはすでに大勢の訓練生が集まっていた。

 興奮している者、不安に顔を曇らせている者、余裕たっぷりに構えている者、顔つきや雰囲気はまさに十人十色といったところ。時枝充が人数を数えていると、やや息を切らせた火乃音がやってくるのが見えた。

「は、はよーっす……」

 よろよろと歩く火乃音の背中を時枝がぽんぽんと叩いてやる。

「おはようございます。ぎりぎりセーフですよ」

「よ、よかったぁ〜……」

 入隊日にはいつも最初に忍田本部長の挨拶がある。もしも遅刻したところを見られようものなら軽いお小言では済まないだろう。というか、新人の前で説教されようものなら今後しばらく馬鹿にされること請け合いである。ほっと胸を撫で下ろし、C級隊員たちの前に立った。

 今回のオリエンテーリングは嵐山隊、諏訪隊、荒船隊、それから東さんが参加している。主導するのはもちろん嵐山だ。各々に目顔で会釈して、居並ぶひよこたちにざっと目を通していく。

 すると、一人ひときわ目立つ少年を見つけた。

 白い髪に赤い目、無造作に立っているように見えてその実、隙がない。明らかに、他の有象無象とは違う雰囲気を醸し出している。隣のB級隊員と話していても、彼の意識がすみずみまで張り巡らされていることはすぐに見て取れた。

「サトリン、あの子、何者?」

 すぐそばに居た佐鳥賢に訊ねる。佐鳥はタブレットでデータ整理を行っていたが、火乃音の問いかけに目をあげると、ああ、と頬を緩ませた。

「凄いっすね、もう気づいちゃいました?」

「そりゃ、オーラが違うもん」

「かれは空閑くんです。玉狛からの入隊っすよ」

「へえ……」

 火乃音が感嘆の吐息を漏らす。玉狛といえばボーダー最強の部隊が在留する支部ではないか。そこからの紹介ならば只者でないのも頷ける。見たことの無い顔だから、きっと他県からのスカウトなのだろう。

「なんかめっちゃ強そー」

 笑う火乃音に、佐鳥が目の端をきらりと光らせた。そこへ忍田本部長がやってきて、訓練生たちに挨拶を述べ始めた。

 しかつめらしく拝聴しつつ、こっそりと他のひよこたちの顔を伺う。空閑の他には、取り立てて目立った人物はいなさそうだ──そう思った矢先、やけに小柄な少女を見つけた瞬間、火乃音の背筋がざわりと震えた。

「────っ!?」

 己の手首をぎゅっと掴む。

 感覚としては、強烈な敵と相対したときに似ていた。肌が粟立ち、口の中がカラカラに乾いて、とてもその場にじっとしていられない。逃げ出したいのに逃げられない、そんなイメージが火乃音を捕らえて話さない。

「……サトリン」

 いまは忍田本部長から嵐山へと口上が移っている。広報として広く顔の知られた彼がB級昇格の条件を語っている後ろで、火乃音が囁いた。

「あの小ちゃいコ、なんて名前?」

「え? えーと……雨取千佳ちゃん、ですね」

「トリオン、いくつ?」

「いやーまだ測定してなくてわっかんないです」

「……そっか」

「なにかありました?」

 佐鳥の向こうに並んでいた時枝の問いに、火乃音が低く呟く。

「あの子、やべーよ。トリオン半端ねえ。

 ……下手したら、あたしより多いかもしんない」

 その言葉に時枝と佐鳥は目を丸くした。

「そしたら黒トリガーと同レベルってことになっちゃいますよ〜」

 笑う佐鳥に、火乃音もにひっと笑った。

「……かもな」

 ちょうど説明は区切りを終えて、狙撃手希望者は佐鳥の後をついていくようにと嵐山が伝えているところだった。件の少女・雨取はスナイパー志望のようで、列の最後尾をとてとて歩いている。白い髪の少年・空閑は残っているから、アタッカーかガンナー志望らしい。

 どちらを見るかしばし迷ったのち、火乃音は結局、空閑を見守ることにした。

 

 

 

 仮想戦闘訓練室が一望できる観覧席に腰を下ろし、空閑の番が回ってくるまでぼうっとしていると、突然肩をつつかれた。振り向くと、もさもさした男前が手を挙げていた。

「おー! とりまる!」

「お久しぶりです」

 烏丸がぺこりと頭を下げた。めったに笑うことは無いが、やけに整った顔をしているので、彼が目を向けるだけで色めきたつ女子は多い。隣に冴えない眼鏡が立っているので見つめていると、烏丸が紹介してくれた。

「俺の弟子の三雲修です。修、このひとはA級九位の平さんだ」

「A級……!?」

「弟子……!?」

 双方違う部分で驚きの声を上げる。あの何事も基本的に我関せずな烏丸が弟子を取るなんて、と火乃音が驚く一方で、修は彼女がA級であることに驚いていた。

 染めた金髪にそばかす顔、身長は千佳よりほんの少し大きい程度だ。トリオンでの戦闘に実体の大きさや腕力は関係ないとはいえ、こんな女の子が三十人足らずしかいないボーダー精鋭部隊の一人だとは思わなかった。

 右目を覆う黒布の眼帯が異様といえば異様だが、それ以外に特筆すべき点は見当たらない。

 お互い目を丸くしているところに、烏丸がさらなる爆弾を投下した。

「そういえば平さんは修と同い歳ですね。よければ色々見てやってください」

「「同い歳っ!?」」

 声がハモる。今度は双方の驚愕点が一致していた。

 二人の身長が二十センチ以上離れているせいで、火乃音は彼を歳上と、修は彼女を歳下だと思い込んでいたのだ。ぶっちゃけ、小学生かと思ったくらいである。

「よ、よろしく……」

「あ、こ、こちらこそよろしくお願いします……」

 なんだかぎこちない握手を交わしていると、会場がどよめいた。どうやら例の空閑が仮想戦闘で異常なタイムを叩き出したらしい。表示された時間を見て、火乃音があんぐりと口を開けた。

「バムスターをコンマ六秒で倒したんか……?」

 見れば他の訓練生が計測器の故障だと言い立てている。空閑はその言い分をあっさりと受け入れ、二度目の仮想戦闘に入った。

 地面を蹴って身を翻し、瞬きほどの素早さでバムスターのコアを斬る。今度のタイムはコンマ四秒だった。

 数多の戦闘をこなし、トップランカー達とも戦ってきた火乃音の目にすら彼の動きは速かった。並んでいるC級たちには何が起きたかすら分かるまい。

「す……っげー! なんだあいつ! とりまる、あいつどこで拾ったの?!」

 興奮もあらわに訊ねると、烏丸は親指で修を指さした。

「こいつが川から拾ってきました」

「まじで!?」

「いや、嘘です」

「なんだコラー!! 嘘つきやがってオラー!!」

 修の首根っこを掴んで揺さぶる。修はズレた眼鏡を抑えながら必死に弁明した。

「僕じゃない、僕じゃないですよ!!」

「烏丸先輩!」

 黄色い声に三人が振り向く。木虎が頬を染めながら階段を駆け下りてくるところだった。

「お、お久しぶりです烏丸先輩……!」

「よお木虎、久しぶり」

 烏丸の屈託のない話し方にますます木虎の顔が赤くなる。きょとんとする修に火乃音が耳打ちした。

「ボーダーの女子はだいたい一度は烏丸に惚れるんだよ」

「は、はあ」

「んで?」

「はい?」

「オサミンはいつからとりまるの弟子になったんだ?」

「お、オサミン……? え、ええと……」

「烏丸先輩の──弟子?!」

 木虎が素っ頓狂な声をあげる。火乃音はニヤニヤ笑いながら修の腕をぽんぽんと叩いた。

「そうなんだよ木虎ー。こいつ、とりまると毎日一緒の部屋であんなことやこんなことしてるんだってさー」

「あ、あんなことやこんなこと……!?」

「く、訓練です! ふつうの! やましいことは何も……!」

「やましいこと……!?」

 木虎がメラメラと瞳を燃やしながら修を睨めつける。修がたじたじと後ずさった。

 火をつけた火乃音が喉を鳴らしていると、空閑の姿をじっと眺める風間を見つけた。同期に入隊したこともあって、火乃音はなにかと風間に絡みたがる。話しかけに行こうとしたところで、様子が尋常でないのに気がついた。

「訓練室を貸せ、嵐山」

 トリガーを発動させ、隊服に換装しながら風間が言う。

「迅の後輩とやらの実力を確かめたい」

「……ほ?」

 風間が他人にこれほど興味を示すのも珍しい。なんだか今日は珍しいことがよく起こる日だ。バムスターを瞬殺した空閑が風間相手にどんなふうに立ち回るのか、非常に興味がある。事の成り行きを眺めていると、風間がおもむろにこちらを見上げた。

「俺と戦え。三雲 修」

「……っ!」

 修の身体が硬直する。風間の瞳はどこまでも冷徹に修を観察していた。

 

 

「……って、オサミンと戦うの? 空閑とじゃなく?」

 火乃音が小首を傾げる。必要がなければソロ戦すらやらない風間が誘うくらいだから、冴えないのは見た目だけで修も相当の実力者なのだろうか……?

 嵐山や烏丸が止めるのを制止して、修が頷いた。

「わかりました、受けます。やりましょう、模擬戦」

 風間が微笑し、訓練室に入っていく。修は大きく深呼吸してから彼の後に続いた。

 おもわず烏丸を振り返る。

「強いの? あのメガネ」

「弱いですよ」

「弱いんかい!」

「弱いです。はっきりいってB級のなかでも下の方ですね」

「……よく弟子に取ったな?」

「まあ、成り行きで」

「なりゆきか」

「成り行きです」

 釈然としないものはありつつも、ひとまず訓練室に目を向ける。風間たちが距離を取って対峙していた。

 風間はいつもどおりスコーピオンの二刀流。対する修は左手にレイガストを構え、右手で弾を生成している。おそらくはアステロイドだろう。防御寄りの射手らしい。

 風間もそれを看破するや、即座にカメレオンを起動した。見えなくなる風間に修が動揺する。

 そのままあっさりと供給機関を貫かれ、まずは修に黒星がついた。

「姿を消すトリガーか。ボーダーには面白いトリガーがあるなー」

 いつの間にかそばに来ていた空閑に火乃音が説明する。

「カメレオンって名前の隠密トリガーだよ。使ってるあいだ中トリオンを消費すっけど、まわりの景色に溶け込める。奇襲にゃもってこいだな」

「ほほう」

「普通は燃費悪ぃから必要な時だけ使うけど、訓練室はトリオン無限だからなぁ。タイマンで使われたらしんどいわ。カザミンも性格悪ーぃ」

 案の定、姿を消す風間に修は為す術もなくこてんぱんにされていた。既に黒星は二十を超えている。同輩の負け姿に堪らなくなったらしい木虎が、烏丸に進言した。

「やめさせてください。見るに耐えません。彼がA級に勝つ可能性なんてゼロですよ。早すぎます」

「──なんだ、修の心配か?」

 真顔で尋ねる烏丸に木虎が首を振った。

「ち、違います!」

「オサムだって今すぐ勝てると思ってないだろ。この先のために経験積んでんだよ」

 空閑の言葉に木虎が冷たい眼差しを向ける。

「ダメで元々、負けて当然ってこと? 勝つつもりでやらなきゃ勝つための経験は積めないわ。無意味よ」

「「おお〜」」

 火乃音と空閑が感嘆する。さすが木虎、厳しいけれどもド正論である。

「……ま、たしかに今のままじゃ百回やっても無理だろな」

 修は途中でカメレオンの攻略法に気づいたようだが、馬鹿正直にアステロイドを撃つ程度では彼の足は止められない。直線軌道を避けて回りこめばいいだけだからだ。広範囲に撃ちまくれば風間もやりづらかろうが、キューブの大きさを見る限り、修はトリオンに恵まれたタイプではないらしい。相性もレベル差もとことん悪い。いつまでやっても白星を上げるのは不可能だろう。

 腰を上げ、スナイパーの方を見てこようかと踵を返しかけたそのとき、空閑が呟いた。

「あれ、まだやるみたいだぞ?」

 驚き見れば、確かに二人がまた戦闘開始位置に立っている。火乃音は驚き半分、呆れ半分で肩を竦めた。

「根性はあるな」

 再び腰を下ろし、行方を見守る。

 修は左手のレイガストを握りしめると、上に向けた右手にアステロイドを出現させた。そのキューブが、端から少しずつバラけていく。

「……!」

 木虎が目を見張る。火乃音が口笛を吹いた。

「スローにして部屋にバラ撒いたのか……!」

 低速霰弾。訓練室ならではの無茶苦茶な戦法だが、これはカメレオンに対してとびっきりの手だ。

 カメレオン起動中は攻撃も防御も出来ない。ほかのトリガーが使えないからだ。これほどの霰弾、回避は不可能、風間は隠密を解くしかない!

 案の定、風間が姿を現し、両手のスコーピオンで叩き落としにかかった。すかさず修が次弾を装填する。風間の方が一手早い。周囲の弾を落としきった風間が修に向かって突進した!

 見る間に距離を詰められた修が半身を引く。誰もがアステロイドを撃つと思った瞬間、修の左手に力がこもった。

「スラスター・オン!」

 修がレイガストの盾ごと風間に激突する!

「シールド突撃!?」

 火乃音が立ち上がる。風間すら想像もしていなかったらしい。まともに喰らい、訓練室の壁に追い詰められた。

 反撃しようと伸ばした手はレイガストの盾に封じられる。そのまま盾がドーム様に変形し、風間を閉じこめた。風間がスコーピオンで破ろうとした刹那、ほんの小さな穴の向こう、修のアステロイドが光り輝く!

「アステロイド!!」

 間髪入れずのゼロ距離射撃、激しい音が訓練室にこだました!

 

 

 

「……っ!」

 誰もが、息を詰めて見守っていた。

 白煙が晴れていく。誰もが、修の勝利を確信していた──が、しかし。

 次の瞬間見えたのは、修の喉にスコーピオンが深々と突き刺さっている姿だった。

 審判を務めていた堤がマイク越しに宣言する。

 

 《伝達系切断──三雲、ダウン》

 

「ああ……っ」

 火乃音が呻く。惜しい。本当に惜しかった。あと一歩のところだったのに……!

 惜しむ火乃音に空閑が言う。

「まだだよ」

「え?」

 その一言に目を凝らすと、煙の奥から風間が現れた。左腕、修にとどめを刺した方の腕が、ぼろりと崩れ落ちる。

「あ……っ!」木虎が息を呑む。

 風間の左半身はアステロイドの直撃を受けて大きく損壊していた。シールドではなくスコーピオンを使ったために、被害を免れなかったらしい。

 堤の宣言が響き渡る。

 

 《トリオン漏出過多──風間、ダウン!》

 

「相打ち……!!」

 火乃音が呆然と呟く。まさか、二十五回目にして引き分けに持ちこむなんて。

「…………!」

 気がつけば、自然と拍手していた。久々に、本当に久々にいい勝負が見れた。こんなにいい試合は数年前、太刀川と迅のソロ戦を見た時以来かもしれない。

 火乃音は訓練室から出てきた修に惜しみない賛辞を贈った。

「よくやったオサミン! 面白かったぞ!!」

「あ、ありがとうございます」

「タメ口でいいよ、タメだし!」

「あ、ありがとう」

 ぶんぶんと握った手を振り、空閑と一緒に褒めあう。その横で、烏丸が風間に感想を聞いていた。

「どうでした、うちの三雲は」

「……はっきり言って、弱いな」

「うわ辛辣」

 火乃音が顔を顰める。風間はしれっと換装を解いて普段着に戻ると、真顔で頷いた。

「事実だからな。トリオンも身体能力もギリギリのレベルだ。迅が推すほどの素質は感じない。

 ──だが」

 風間の視線がじっと修に注がれる。

 

「知恵と工夫で己の足りない部分を補う戦い方は、嫌いじゃない。自分の弱さを自覚しているのもいい点だ。相手を読む頭もあるしな」

 

 もっと強くなれ。それだけ言うと、風間はさっさと階段を上がっていってしまった。

 姿が見えなくなってから火乃音が微笑む。

「……すげー。カザミンがあんなにべた褒めするの初めて聞いたかも」

「俺とは戦ってくれなかったなー」

 ちえ、と唇を尖らせる空閑に、火乃音は噴き出した。

「あはは! さすがに訓練生とは戦えねえよ! カザミンとやりたきゃ、頑張ってA級にあがるっきゃねえな〜」

「なるほどね。上に行く楽しみが増えたな」

「A級になったらあたしともやれよ! 約束!」

「おう。約束だな!」

 空閑と拳をぶつけあって、火乃音も訓練室を後にした。

 

 

 いい勝負を見て火がついた。いまならきっと、ロビーあたりで暇してるA級隊員がいるだろう。米屋とか出水あたりが。気が済むまでソロに付き合ってもらうとしよう。

「やーいいもん見れたー! ……あっ!」

 慌てて足を止め、射撃訓練場へと向かう。

 あの妙なプレッシャーを感じた雨取千佳なる少女を、もう一度見ておこう。もしかしたらあの感覚は気のせいかもしれないし──そうじゃないかもしれない。

 三雲修に雨取千佳、そして空閑少年。

「あの三人がチーム組んだりしたら面白ぇだろな〜」

 くすくす笑いながら射撃訓練場に入った、その瞬間。

 とんでもない爆風と爆音が火乃音の頬をぶっ叩いた。

「ぶえー!」

 たまらず耳を押さえる。視界が歪み、鼓膜がわんわんと反響して使い物にならない。見ればアイビスを構えた雨取千佳が、血の気の失せた顔で硬直していた。

 その先──広い広い訓練室の、さらにその先。

 だだっ広い壁に、どでかい大穴が開いている。

「まさか……」

 いまの爆音がアイビスの射撃音、ということだろうか。なら爆風は発射時の反動風?

 

「……ンなアホな……」

 

 あまりに規格外すぎて、もう笑うしかない。

 訓練生も佐鳥も、あの東でさえ、すぐには動けない様子だった。

 耳たぶを揉みながら、火乃音は自分の直感が正しかったことを悟った。

 間違いない。彼女のトリオンは、ここの誰よりもずば抜けている。

 計測すれば黒トリガークラスだろう。

 

 ──そう。

 あたしと同じに。

 

「これから苦労するだろな〜……あの子は……」

 きっと、騒ぎを聞きつけて鬼怒田さんあたりがやってくるだろう。その前に退散しといたほうがよさそうだ。

 火乃音はもう一度、穴のあいた壁を見てから訓練場を後にした。

 

 

 to be continued

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