おまけ的なお話で、東さんと会話してるだけです。
背伸びしたがるお年頃。
新入隊員の指導演習を終えた
誰かしらA級が捕まるだろうと思ったのに、ロビーには誰もいなかったのだ。まさか訓練生やB級を相手に遊ぶ訳にもいかなくて、あてどなく基地内をさまよっていると、ジュースを買っている東春秋を見つけた。火乃音の顔がぱっと明るくなる。
「東さん!」
手を振り駆け寄ると、東は「よう」と笑って買ったばかりのコーラをくれた。両手を伸ばして大事に受け取る。
「へへー、あざす」
「新人の案内おつかれさん。疲れたろ?」
「全然っすよ」
プルタブを引き、冷えた液体を流しこむ。しゅわしゅわの炭酸が喉に染み渡った。
「んま〜い」
「はは。飲ませがいあるなあ」
笑いながら、東は自分用のコーラを取り出した。
彼の方も新人指導はひとまず終わったらしい。
「やばかったすね、アイビス砲」
水を向けると、東が苦笑した。
ボーダーの基地が出来て四年。東も火乃音も同期入隊の古株だが、アイビスで壁をぶち抜いたという話はちょっと聞いたことが無い。
よほどのトリオンの持ち主なのだろう。
「トリオンいくつでした? あの子」
問いに東が首を振る。
「分からない。玉狛で測定してるはずなんだが、報告がなくてね」
「……迅か」
「おそらくな」
なにかと秘密を持ち、暗躍したがる男の顔が浮かぶ。空閑といい修といい、玉狛の隊員はなかなか謎が多そうだ。
「玉狛からもうひとり新しいのが来たんですけど、知ってます?」
「バムスターの戦闘訓練で一秒切ったって子だろ?」
「さすが。めっちゃいい動きしてましたよ。あれ絶対シロートじゃないす」
たぶん他県からのスカウトだと思うんだけどな〜何者なんだろーなー……と呟く火乃音の頭を、東の手が優しく撫ぜた。
「新人が増えてこれから忙しくなるぞ。正月明けでしんどいけど、よろしくな」
「……! はいっ! まかしてください!」
瞳をきらきらさせて火乃音が頷く。
同期の中で、そしてボーダーの大人達のなかで、火乃音は東に最も大きい信頼と愛情を寄せていた。
東のあたたかく大きな手が髪を撫でてくれる瞬間が、いちばん好きだった。
東はコーラを飲み干してくれるまで話してくれ、夜間の防衛任務出発時刻には玄関まで見送ってくれた。
「最近、また防衛任務の回数増やしたのか?」
「貯金が趣味なんで」
「あんまり根を詰めすぎるなよ」
「だいじょーぶ!」
ぐっと拳を固めると、東がそっと顔を近づけて囁いた。
「俺はしばらく諏訪のとこで麻雀やってるから、戻ったら声掛けてくれ。家まで送るよ」
「〜〜っ! ほんとですか!」
「ああ。だから一人で帰るなよ?」
「了解ですっ」
火乃音は胸の中心がぽかぽかするのを感じた。
東と出逢って4年。11歳だったころから、火乃音はずっと東にアプローチし続けてきた。好きです、付き合ってくださいと、もう何回言ったかしれやしない。さすがに昔は子供すぎて相手にしてもらえなかったけれど、最近は少し背も伸びたし、東もちょっとずつ意識してくれているような気がする。
家に着くまでなるべくゆっくり歩こう。
たくさんたくさん、話をしよう。
今日の自分はたとえモールモッドが千体来ても負ける気がしない。
さっさと終わらせて、東さんと帰宅デートだ。
どんな話をしようか、期待で胸をふくらませながら、火乃音は任務地へと走りだした。
火乃音を見送った東は、入れ違いで帰ってきた諏訪と出くわした。
「よう」
「うっす。玄関で何してんすか」
「火乃音が防衛任務に行くから見送りしてた」
「あー……」
ぽりぽりと頭を搔く。道理であの小娘がやたらハイテンションで駆けて行くと思った。
「なんかあいつに言いました?」
諏訪の言葉に東はきょとんと首を傾げた。
「特別なことはなにも言ってないが……ああ、帰りに送ってくって言ったんだ。夜道は危ないからな」
「それだ」
「え?」
「いや、こっちの話」
小さく息をつく。火乃音が東にベタ惚れなのは公然の秘密だ。誰もが知っている。もしも火乃音に犬の尻尾があれば、ちぎれんばかりに振りたくっているだろう。それほど分かりやすい恋心を、知らないのは東だけだ。
元A級一位の隊長で、最初のスナイパーで、高い指揮力と指導力で多くの隊員から慕われる男のくせに、自分に向けられる好意にはからっきし鈍いときたもんだ。
そのくせ、火乃音が落ち込んでいれば慰めてやり、頑張っていれば褒めてやる。今夜のように夜の防衛任務が入った時は、家まで送ってやるという徹底ぶりだ。
A級9位の火乃音が夜道で危ない目にあうこともないだろうに、まったくこの男は。
「罪なヤローだ」
呟きに、東は首を傾げるばかりだった。