おまけ話2つ目。修が緑川にボコボコにされ、空閑がボコボコにし返す話のオリ主視点です。
衝撃の入隊式から数日後。
朝の防衛任務を終えた
「……あぇ? なんで二人が戦ってんだ?」
おもわず首を傾げる。巨大液晶画面が設置された広間にはやたら観客が多かった。そのほとんどがC級だが、なかにはB級の隊員も混じっている。みな興奮した面持ちで画面を見上げていた。
ふと、先日の風間戦を思い出した。二十五回目の勝負で修は見事引き分けに持ち込んだが、正直なところ、かなり運の要素の強い試合運びだった。風間がもう少し慎重に戦っていれば、修には二十五個目の黒星がついていた筈である。
「もっと強くなりたくて駿坊に試合申し込んだのか……?」
そこまで積極的な性格には見えなかったが。
腑に落ちないものの、特に用事もないので、じっくり見せてもらうことにした。
「んー……まあ、こうなるわな……」
腕組みしながら火乃音が呟く。
結果は緑川の全勝。なんというか、予想通りの展開だった。
緑川駿は経歴こそ浅いがすでにA級四位に名を連ねる凄腕だ。グラスホッパーを多用した《ピンボール戦法》で数々の敵を屠ってきた俊敏な攻撃手であり、スコーピオンのポイントは確か九千を超えている。
レイガスト使いの修とは元来相性の悪い相手だ。
そもそも、あまりに実力差がありすぎる。一勝でもしたらそれこそ奇跡だろう。
ブースから出てきた修に声をかけようと腰を浮かせたら、お子様ふたりに先を越されてしまった。
「こらおさむ! 負けてしまうとはなにごとか!」
「なんか目立ってんなあ」
玉狛の名物お子様陽太郎と、一秒切りの空閑だった。かたや叱咤、かたや笑いながら修を囲んでいる。修が答えようとしたところで、緑川が上から声をかけた。
「お疲れメガネくん。実力はだいたい分かったから、帰っていいよ」
あまりといえばあまりの言い草に、陽太郎が青筋を立てるのがここからでも見えた。
「うわあ……超上から目線……」思わず火乃音も頬を引き攣らせる。
年齢に関係なく腕次第で昇格するボーダーは、あまり礼儀礼節に厳格ではない。
歳上にタメ口をきく歳下などは珍しくないし、そもそも誰が何歳か分からない隊員が多いくらいだ。
それにしたって、あの言いようは流石に酷い。
ちょっと叱ろうかと思ったら、またまた先を越されてしまった。
「なあ、このギャラリー、お前が集めたんか?」
空閑が問う。緑川はふっと鼻を鳴らした。
「ちがうよ。そのひとが風間さんと引き分けたって噂に寄ってきたんだろ。オレは何もしてないよ」
「へえ……」
空閑の目が据わる。
瞬間、まわりの温度が下がった。
「おまえ、つまんないウソつくね」
「「……っ!?」」
緑川と火乃音の背筋がぞくりと粟立つ。
その"冷気"はすぐに霧散したが、緑川の人を小馬鹿にした笑みを消すには充分だった。
左手甲のポイントを見せながら空閑が提案する。
「おれとも勝負しようぜミドリカワ。おまえが勝てたらおれの点を全部やるよ」
「……はあ? おまえC級だろ? 訓練用のトリガーでオレに勝つつもり?」
「うん」
雪のように白い髪の下でにこりと笑う。
「お前相手なら充分だろ」
今度は、緑川のこめかみに筋が浮かぶ番だった。
「……いいよ、やろうよ。そっちが勝ったら何点欲しい? 三千? 五千?」
「ポイントは要らん。代わりに──」
親指で修を指差すと、空閑ははっきりと宣言した。
「おれが勝ったら、うちの隊長を先輩と呼べ」
売り言葉に買い言葉、二人はさっさとブースへと入っていく。
困惑した修が止めようとしたところで、ようやく火乃音は声をかけることができた。
「まーまーオサムン。止めない方がいいって」
「えっ、わっ、平、さん」
「かのんでいいよ。みんなそう呼ぶし」
「おっす かのん!」
「おっす陽太郎〜」
お子様のもみじみたいな手とハイタッチを交わす。そこに更に米屋 陽介が混じってきた。
「くそー。白チビは俺が先約だったのに」
「あれ、よねやん。空閑ちゃんと戦う予定だったの?」
「そうだよ。なのに緑川にとられちまったぜ」
「あーあ。んー……そしたら、あたしとする?」
提案に、米屋がぱっと笑顔になった。
「まじか! よっしゃ」
「ソロ戦久々だなー。なにで来て欲しい? 攻撃手? 銃手? 射手? なんでもいいよ」
「アタッカーでよろしく」
「おっけ」
腰のポーチからホルダーを取り出すと、攻撃手装備に換装した。修が目を瞬かせる。
「ホルダー、たくさん持ってるんですね……」
ポーチにはざっと見ただけでも五本のホルダーが収まっていた。
ふつう、隊員はホルダーを一つしか持たない。武器や装備を変えたければその都度ホルダー内のチップを変えるのが常道である。
「ん? ああ、まあねー。あたしいろんな武器極めたくてさ。弧月もレイガストもスコーピオンも使えるよ」
グっと親指を立てる。そうこう話しているうちに、二人の試合が始まった。
最初の二戦は緑川が圧倒した。空閑の不意をつき、背後を取り、一撃で両断する。その動きに無駄はなく、あまりに素早い身のこなしに、見ていたC級隊員たちがぽかんと口を開けていた。
「空閑が負けるなんて……」
修も驚きに絶句する。火乃音と米屋は、にやにやと笑いながら画面を見ていた。
「いやー、中々経験の差がありますなあ」
「容赦ねえなー」
その言葉に、陽太郎がぷんぷんと小さな拳を振り回した。
「けいけんの差ってなんだ! ゆうまもミドリカワに負けるというのか!!」
「ああ、違う違う。逆だよ。空閑チャンのほうが、ずっと上ってこと」
「え?」
修が振り向く。火乃音の目には、空閑の目論見が分かりすぎるくらい見えていた。
米屋が後を引き継ぐ。
「見てな。そろそろ空閑が勝つぞ」
──果たして、その通りになった。
緑川が勝てたのは最初の二戦だけ。あとはずるずると負けが立て込み、八対二の大差で負けてしまった。
バムスターをコンマ四秒で倒したあの身ごなしは伊達じゃない。相手の隙を見つけ、即座に叩ける者の動きだった。きっと最初の二回はわざと負けて、緑川の油断を誘ったのだ。そうして彼の仕草、癖をじっくり観察し、隙を見つけた。
上手くいっているときほど相手の企みには気づきにくい。緑川が空閑の狙いに気づいたのは、おそらく、ラストの二戦あたりだろう。
A級がC級に負けたとあれば大層屈辱だろうに、ブースから出てきた緑川は存外スッキリした顔をしていた。圧倒的強者を前に、つまらない見栄は消し飛んだらしい。
つかつかと修に近づくと、なんのてらいもなく頭を下げた。
「……すみませんでした、三雲先輩。オレ、あなたに恥かかせようと思ってわざと対戦挑んだんです。みんなの前でボコボコにしてやろうって……」
「あ、そうだったの?」修が目を丸くする。
子供らしい幼稚な作戦である。やられた方はたまったもんじゃないだろうが。
修はどうでる? 怒るか? それとも嫌味のひとつくらい言うだろうか?
わくわくしながら見守っていたが、修はそのどれも選ばなかった。
「──まあ、よかったよ」と言って、笑ってさえ見せたのだ。
「……え?」
緑川が戸惑う。火乃音もおやと眉を上げた。
「なんか、実力以上の評判立ってたしさ。間違った噂がこれ以上広まらずにすんで、ほっとしたよ。だいたい、風間さんとはいきなり引き分けたわけじゃなくて、二十四敗一引き分けだから!」
最後の言葉は聞き耳を立てていたC級たちへのものだろう。火乃音はちらりと目を走らせ、緑川を見やった。
「……」
一つ下の少年は、毒気を抜かれた顔をしていた。彼も自分のした事が卑劣な行いだという自覚があるのだろう。それだけに、修がこうもあっさりと流してくれたことが信じられないのだ。
「なかなか素直でよろしい」
空閑の言葉に緑川が肩を竦めた。
「そういう約束だからね」
「大勢の前でボコボコにして悪かったな」
「いいよ。自分で集めた観客だし。次はボコボコにし返すから」
「ほほう。お待ちしてます」
たわいないやりとりに、火乃音が頬をほころばせる。するといきなり後ろから、頭をわしゃわしゃと乱された。
「ぎゃっ!?」
「よう、青春だねえ諸君」
「迅さん!」
緑川がはなやいだ声をあげる。火乃音が両手をぶん回した。
「迅!? ちょっと!! やめろ!! 髪がもつれる!!」
緑川はそれまで話していた空閑をあっさりと放って迅にまとわりつく。昔助けられて以来熱烈な迅ファンになった緑川のいつもの光景だった。
「迅さんオレも玉狛にいれてよ!」
「草壁隊どうすんだおまえ」
「どっちもやる! 兼業する!」
「無茶言うなあ」
「その! まえに! 髪をわしゃわしゃするの! やめろ! コラーーーー!!」
ワイワイガヤガヤピーチクパーチク。
騒がしい三人を米屋と空閑は笑い、修は困った顔で見つめていた。
迅は空閑と修、それから陽太郎を連れて会議室に上がっていった。途端に賑やかさが減る。
緑川の顔を覗きこみ、にひっと笑った。
「慰めてやろーか?」
お子様がぷいっと顔を逸らす。
「……いいよ。そんな気分じゃない」
「お姉さんに甘えていいんだよ〜?」
「一コしか違わないだろ!」
ふくれる緑川にけらけらと笑って、まだまだ小さい背中をぽんと叩いた。
「まあまあ。いまからよねやんと対戦するから、どっちが勝つか見てけよ」
「俺が勝ったらたい焼き奢ってやるぜ」
「……絶対勝ってよね。米屋先輩」
「任せろ」
米屋と火乃音がブースに消える。
戦闘が始まるまでの間、緑川は空閑との戦闘を思い返していた。
思い通りに動けたのは最後の二回だけ。後はいいようにやられっぱなしだった。
動きを操作された節さえある。操作というより、誘導か。
「まだまだ弱いなー……オレ」
掌で目を覆う。こんな敗北を味わったのは何ヶ月ぶりだろう。
悔しい。でもそれ以上に、強くなりたいという欲求が胸の内に起こっていた。
「……絶対あのひとより強くなってやる」
呟き、身を起こす。
画面には、槍を構えた米屋と弧月を手にした火乃音が映し出されていた。
──ちなみに、勝負は六対四で火乃音が勝ったが、途中で会った冬島さんに三人ともたい焼きを奢って貰えたことを記しておく。