邂逅 -ワールドトリガー-   作:ぱぷりかーしゅ

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大規模侵攻2話目。


大規模侵攻Ⅱ 消失

 白刃が閃く。拡張された(きっさき)が目にも止まらぬ速さで風を切り、群れていたモールモッド達を両断した。

 焦げたようなにおいを靡かせて黒煙が立ちのぼる。煙の向こう、ビームを放ちかけていたバンダーの首が、ひと呼吸おいてぼろりと落ちた。

 

 火乃音(かのん)は踊っていた。

 地を壁を蹴って空を舞い、両手に握った弧月を振るう。それはまるで重力から解き放たれた円舞を思わせた。

 くるりくるりと舞いながら、白銀の軌跡で兵の骸を重ねていく。

 トリオン兵は彼女の姿を認める暇すらなく、ただ現れては死んでいった。

「──はっ」

 電気を失って久しい信号機の上に着地する。大通りを跋扈する者どもはあらかた片付けた。レーダーは前方300メートルあたりに新たな一群を感知している。

 そちらに向かって跳びかけた矢先、バムスターがアパートを薙ぎ倒しながら突進してきた。

 大口を開けて火乃音を飲み込もうとする。目玉の奥に広がる闇が火乃音を捉えかけた瞬間、バムスターのコアが撃ち抜かれた。

 傾げる死骸を蹴り倒し、振り返る。アイビスを構えた東が、油断ない目つきであたりを見回していた。「東さん!」

「すまない火乃音、遅れた。──奥寺、小荒井!」

 言われて、奥寺と小荒井が走り出す。ゲートから出現したばかりのバンダーを二人は瞬く間に斬り伏せた。

「数が多いな」

「手分けしましょう。あたしは向こうを──」

 言いさして、火乃音がぴたりと口を噤む。東の目が、一点を凝視していたからだ。

 首を巡らすと、先ほど倒したバムスターの腹が、ばきり、ばきりと音を立てて割れていくところだった。こんな現象は見た事がない。小荒井たちも異常に気づき、集まってきた。

「なんだ……?」東がつぶやく。

 バムスターの腹から現れたのは、初めて見る姿のトリオン兵だった。

 だらりと伸びた腕に短い脚、兎を思わせる耳をひくつかせ、ゆらゆらと体を揺らしている。他のトリオン兵と同様、ひとつしかない目玉は口の中に仕舞われていた。アイビスの引き金に指をかけながら、東がゆっくり後退する。

「全員下がれ、距離が近すぎる」

「こいつは俺たちでやりますよ。東さんたちは別の──」

「奥寺!」東の叫びに奥寺が振り向く。

 一瞬だった。

 新型が一気に距離を詰め、拳を振りかぶったのは。奥寺は弧月を構えたまま、人形のように吹き飛ばされた。何軒もの民家をぶち抜き、影すら見えなくなる。

「──!!」火乃音が腰を落とし、弧月を構える。その横から逆上した小荒井が斬りかかった!

「この野郎ぉ!!」

「よせ小荒井! こいつは分断が目的だ! 奥寺を待て!」

「コアラ!」

 二人の呼びかけは小荒井の耳に届かない。

 新型は大振りの剣を躱すと、無造作に両腕を伸ばし、あっさりと小荒井を捕まえた。すかさず東が援護射撃を放つ。一拍置いて、火乃音も旋空弧月で斬りつけた。

 東の狙撃銃は、三種のなかで最も威力のあるアイビスである。最高硬度を誇るモールモッドの刃すら容易く撃ち抜くが、しかし新型の手甲はそんなアイビスの弾をいとも簡単に弾いてみせた。火乃音の斬撃も同様で、ほんの浅い傷がついただけでビクともしなかった。

「…………!」

 東と火乃音が息を呑む。

 旋空もアイビスも効かない敵は初めてだった。

 おまけに恐ろしく早く、強い。

 明らかに、こちらの装備と練度を知っている者の生み出したトリオン兵だった。

「こ、このっ、くそぉっ!」

 新型は、暴れる小荒井の両腕を掴むや、無造作に断ち切った。小荒井の弧月が腕のついたままアスファルトに転がっていく。

「う、うわ、うわぁ……っ」怯えふためき暴れても、新型はすこしも拘束の手を緩めはしない。

 分厚い胸郭が開き、昆虫の脚のような触手が、小荒井に向かって伸びていく。それは攻撃というより、捕獲の仕草に似ていた。

(こいつ……隊員を……捕まえようとしてる……!?)

 火乃音が慄然とする。

 だが、新型が小荒井を獲るよりも、東のほうが早かった。

 銃口をわずかにずらし、照準を小荒井に変えて発射する。弾は見事、小荒井の頭をぶち抜いた!

 

 《戦闘体活動限界、緊急脱出(ベイルアウト)

 

 小荒井の肉体が光に変じ、基地へと飛んでいく。

 獲物を取りこぼした新型が、ゆっくりとこちらに向き直った。

「──ナイス、東さん」

 火乃音が体を開く。左手の弧月を逆手に持ち替えた。左足を引き、身体を深く沈めていく。

 深く、深く、深く──地を這うほど深く。

 東が本部に報告する声が、ぼんやりと聞こえる。

「忍田さん、こちら東! 新型トリオン兵と交戦中! 大きさは3メートル強、二足歩行で、両手の殴打は強力だ。アイビスを弾く硬度を持つ。特徴として隊員を捕らえようとする動きあり。各自注意されたし!」

 東がさらに二歩下がる。火乃音の真後ろに立つように。火乃音の太刀を、邪魔しなくて済むように。

(さすが、東さん)

 火乃音は、静かに両目を閉じた。

 

 沈め、と己に命じる。

 

 沈め、もっと。深く、暗く、なにもないところまで。

 真の闇しかないところへ。

 怒りと憎悪を煮詰めた先へ。

 

 ぎち、と柄を握る手に力が籠る。新型は東と火乃音を交互に見比べ、より近いところにいる火乃音に狙いを定めた。

 拳を固め、振り下ろす。接触する刹那、研ぎ澄まされた神経が、ビン、と震えた。

「──あぁあっ!」

 獣のような雄叫びをあげ、逆手の弧月を振り上げた。拳の内側、手首にあたる部分に斬撃が食い込む。新型が拮抗できたのは瞬きほどの間だけ、あっさりと押し負け、拳が腕から離れて宙を飛んだ。

 すかさず右の刃を振るう。無防備だった右拳も、同じように千切れ飛んだ。

 攻撃手段を奪われた新型が体勢を崩し──

 東の弾が、がら空きになったコアの中心を貫いた。

 

 

 念の為、コアにもう一度撃ちこんだ頃に奥寺が帰還した。殴られた衝撃こそあるもののダメージはないらしい。もの言わぬ新型を見下ろし、気味悪げに囁いた。

「なんなんすかね、これ」

「ラービット、って試作品だってよ。隊員を捕まえるためのトリオン兵だってさ」

 弧月を鞘に収めた火乃音が教えてやる。ついさきほど、忍田が開放チャンネルで全隊長に伝えたところだ。おそるべきことに、こんなトリオン兵があちこちに出没し始めているらしい。

 他の地域では風間隊と嵐山隊がラービットを撃破しているが、諏訪隊隊長の諏訪洸太郎が"喰われた"という。

 風間隊が奪還に成功したが、諏訪はキューブ状の塊になっていて、うんともすんとも言わないそうだ。

 

 これは、二つの事実を示唆している。

 ひとつは、ラービットは強い、ということ。諏訪は決して弱くない。彼らの使う散弾銃は近距離になるほど高い威力を発揮する。なのに喰われたということは、散弾銃を上回る攻撃の速度と密度が要求されるということだ。B級数人がかりではとても太刀打ちできないだろう。

 もうひとつは、一度喰われてしまったら、戦線復帰は絶望的になる、ということだ。

 万が一A級が一人でも喰われたら──最悪、戦線が崩壊しかねない。

 

「敵も随分イヤらしい作戦を立ててくる……」火乃音が嘆息した。

 

 ラービットの脅威に戦力を割けば、他のトリオン兵が市街地を襲う。かといって、トリオン兵の駆除を優先すればラービットが我々の背を脅かす。市街地の防衛に専念するにはチームが散りすぎて追いつかない。

 市民の安全を取るか、強敵の排除をとるか。強制的に二者択一を迫られている。

 敵はとことん、こちらを振り回すつもりのようだ。

「現状はまんまと敵の思惑どおりってことですね。くそっ」奥寺か忌々しげに吐き捨てる。

 忍田と通信していた東が顔を上げた。

「忍田さんからの命令で、俺はB級チームの指揮を執ることになった。全部隊合同で各地域を回り、トリオン兵の駆除にあたる。火乃音は新型を狩ってくれ」

「了解です」

「まだまだ情報が足りない。敵の目的も不明瞭だ。油断するな」

「任せてください」

「よし、全員、生きて帰るぞ!」

 東の号令に、火乃音と奥寺は力強く頷いた。

 

 

 

 

 基地南部で戦っていた三人は二手に分かれた。火乃音はそのまま市街地方面へ直進し、東と奥寺は後退しつつB級部隊と合流していく。すでに茶野隊、柿崎隊、来馬隊が集結したようで、火乃音は安堵の息をついた。

 東が指揮官ならば簡単に陥落とされることもあるまいが、非常時には何が起こるか分からない。それにこれが敵の勢力の全てではないだろう。まだ奥の手を隠し持っているはずだ。

 グラスホッパーで上空に跳ぶと、両腕をぐっと交差させた。

 前方のラービットに狙いを定め、技を放つ!

「十字旋空っ!」

 横薙ぎと縦斬りを同時に放つ技である。

 ラービットは咄嗟に口を閉じたが、口周りは腕と違って二連攻撃を防御できるほど硬くなかったらしい。最初の一撃で歯を、次の攻撃でコアを斬り破いた。くず折れる身体に止めの一撃を食らわせてから、ビルの屋上に降り立つ。

 離れたところにいたラービットが一体、こちらを見上げた。先の個体と異なり、背面が赤く光っている。どうするのかと思っていると、背中の噴出口からトリオンを噴き出し、ジェットのように飛行した。即座にビームが飛んでくる。横っ跳びに避け、弧月を二本とも投げ捨てた。

「へえ、お前は飛べんのか? まあ、どうでもいいけどさ」

 ポーチからホルダーを掴み、換装する。衣服が漆黒に染まり、全長が火乃音の背丈よりも長い重機関銃が発現した。

 膝をつき、隙だらけの飛行型に照準する。

「吹っ飛べ」

 引き金を引いた瞬間、凄まじい衝撃が火乃音を襲った。踏ん張った足が揺れる。銃口から飛び出た弾は飛行型の腹を粉微塵に撃ち砕いた。

 上下に分かれた骸が無様に落ちていく。残骸は地に落ちるや、くしゃりと崩壊してしまった。

「…………」

 手にした銃をまじまじと見やる。

「……いや、威力ヤバすぎんだろ」

 人に撃ったら蜂の巣どころか消えてなくなる。

 エンジニアの藤島いわく、チカ坊のアイビス砲を見てインスパイアされたそうだが……あまり多用すべきではないかもしれない。

「……まあ、ラービット用ってことで」

 己を納得させ、次の標的に足を向けた。

 

 

 その姿を、密かに観察している者達がいた。

 明かりを抑えた室内で天井は低く、卓上に大小様々の画面が並んでいる。

 一角に座す大柄な男が、火乃音の重機関銃を見て楽しげに頬を綻ばせた。

「ほう、火兵か! いい武器を持っている!」

 真向かいに座る黒髪の男が馬鹿にしたように笑った。

「原始的な武器だな。さすが猿の国だぜ」

「──ですが、あの威力は侮れませんな」

 黒髪の隣で老翁がゆったりと首肯する。

「ラービットをああも見事に潰すとは、いやはやなんとも豪胆な少女だ」

「トリオンの値は」

 それまで口を閉じていた、上座の男が問う。纏う雰囲気と立ち位置からして、この男が指揮官らしい。

 答えたのは真面に静座する女だった。

「使用しているトリガーは銃・剣ともに通常トリガーと思われますが、他の隊員と較べるとやや出力が高く、改造品である可能性が濃厚です。彼女自身のトリオンは黒トリガーほどではないにしろ、標準を遥かに超える値を記録しています」

「ふむ。"候補"に入れておくか」

「承知致しました」

 女が何事か記録する。その右側、最も年若らしい青年が指揮官を見やった。

「私が捕獲に参りましょうか」

 伺いに指揮官はしばし黙ったのち、首を振った。

「今はまだいい。もう少し場を混乱させよう」

「わかりました」

 青年の目が、画面の向こうで走る少女に注がれる。

 己ならあの銃器にどう対処するか、頭の中で幾通りもの計算を繰り返しながら。

 

 

 

 戦況は混迷を極めつつあった。

 本部から入ってくる情報は時間を追うごとに切迫していく。避難の進んでいた南西部でラービット数体が出現、現場にいた木虎が善戦するも囚われてしまったという。おそらくは諏訪と同じにキューブ状にされている筈だが、まだ救出できたという報は入っていない。

 東率いるB級合同部隊は南部で人型近界民と接敵した。詳しい状況は不明だが、五人が緊急脱出した光は、ここからでも見て取れた。

 火乃音はすでに市街地に到達している。いまから東たちのところに戻ったとして、果たして何人残っているか──

「くそ……っ!」

 もどかしくてたまらない。東たちがいるのは数十分前に自分が通り過ぎた地点ではないか。彼は火乃音に新型を倒せと命じたが、本当にそれでいいのだろうか。人型の装備は、武力は。合同部隊だけで勝てるのか。加勢に行くべきではないのか。

 だがそれではここら一帯のラービットを野放しにしてしまう。火乃音が倒したのは六体ほど、敵が今後増援を寄越さないとも限らないのだ。

 どうも敵方はワープトリガーを持っているらしく、こちらの状況を監視しているとしたら(いや確実に視ているはずだ)、火乃音が居なくなった虚を突くことは十二分に考えられる。

 街を傷つけてしまわないよう、例の重火器は仕舞って短機関銃(サブマシンガン)二挺で戦っていたが、銃把を握る手がじいんと痺れてきた。頭の中が酷くうるさい。

 

 なにをすればいい。

 どうすればいい。

 最適解はなんだ。

 あたしは、なにを────

 

 その時。

 目の前の空間が黒い雷光を発しながらぐにゃりと歪んだ。歪みは穴となり、瞬きするうちに大きな真円になっていく。穴の奥から、一人の女が歩み出た。

 額の上、左右一対の黒い角が鈍く煌めく。

「人型……っ!」

 咄嗟に短機関銃をぶっ放す。分厚い弾幕はしかし、女の前に現れた穴に虚しく吸いこまれていった。

「……!」

 後ろに飛び退る。こいつがワープの使い手か。ならば単純な攻撃は空かされる。武装を替えようとポーチに手を伸ばした束の間、腰から下の感覚が消え失せた。

「な、」

 倒れる間際、自分の脚を見下ろす。ふくらはぎも太腿も寒天のようにぐにゃぐにゃで、文字通り骨抜きにされたみたいだった。

 うなじに視線を感じて顧みる。赤褐色の髪の男が一人、掌に卵のような光を抱いて立っていた。

 

「アレクトール」

 

 男の言葉に、卵から、純白の鳥が羽ばたいて。

 火乃音の顔を直撃した。

 

「〜〜〜〜っ……!」

 

 反論も反撃も叶わないまま、火乃音の意識は、ふつりと途絶えた。

 

 

 

 to be continued

 

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