欠けた心を埋めるもの 作:歌川
何度目の目覚めだろうか。
月日の流れを数えるのが不毛に感じてからは、色々なものが曖昧になっていった。
重い頭を動かして周囲を探る。
そこには何度も見たとおりの光景、鬱蒼とした木々、わずかに射す日の光、無残に千切れた自分の手足が目にはいるだけだった。
輸送機の護衛、それが私に任された任務だった。
直接戦う事は少なく、護衛と言うよりも輸送の手伝いと言う方がただしかったと思える。
そしていつも通りの輸送任務からの帰還中の出来事だった、敵側の飛行部隊に襲われたのだ。
最低限の自衛用の装備しかない状態だったが、
敵は無人の戦闘用ドローンのみだったので、弾は使い果たしたがどうにか迎撃できた。
そんな状況で敵の第2陣、有人の戦闘機部隊を相手にすることは不可能に思えた。
そこで私は刀を持ち出して輸送機から飛び出した、自分の脚力のみ飛び敵の戦闘機に攻撃をしかけた。
敵部隊の3機の内2機は何も問題なく撃墜できた、しかし3機目に飛び掛かろうとしたとした瞬間、ミサイルが発射されてしまった。
唯一の武器である刀を投げ、ミサイルを破壊する、そして素手のまま3機目に飛び掛った。
一連の行動全てが間違いじゃないかと言われればそうだと思う、だけど決定的なのはその行動だった。
私は飛び掛りながら、コクピットを殴り壊すことはできないだろうか、そんな事を考えているとバシュンと弾けるような音が聞こえた。
パイロットが脱出装置を使い逃げ出した音だった、それに気をとられた一瞬、尾翼の存在に気がついた時には回避は不可能だった。
両手で防御姿勢をとり直撃を防ぐ事はできたが両手は完全に破損してしまった。
空中に投げ飛ばされ、元々絶望的だった帰還が不可能だと悟るが、そのまま死を許容できるほどの潔さもなかった。
といっても何の装備も無い状況で出来ることは何も無く、
地面に衝突する瞬間に、思い切り地面を蹴って落下のダメージを殺そう、そんな案しか思い浮かばなかった。
地面を蹴った瞬間、強すぎる衝撃に頭の中に強いノイズが走り、気を失ってしまった。
気がつき、辺りを見渡すと着地の衝撃に耐えられず、太ももから千切れ、地面に刺さったままの両足が見えた。
そして落下の抑えきれなかった衝撃で転げまわったせいなのだろう、破損しかけだった腕もバラバラになり、辺りに散らばっていた。
こうして運が良いのか悪いのかわからないが、私は生き残ることができたがそれが幸運だとは思えなかった。
森の中でただ一人、来るはずのない救助を待ち続ける事になったのだから。
延々とただ待ち続けること、私にはそれしかできなかった。
数々の衝撃のせいだろう、内臓されているオンラインシステムは全て使用不可能な状態になり、救助を呼ぶ事はできない。
エネルギーが潤沢だったのなら、這い回って人のいる所まで行けたのかもしれないが、
先ほどの戦闘のせいでそれをほどのエネルギーも残っていなかった。
日光での充電もこの薄暗い森の中では生命維持が精一杯だろう。
何も出来ない状態で出来る事を考えた結果、
私はスリープモードで眠りにつき、1週間毎に目を覚まし、自分の無事を確認する。
それを救助が来るまで続ける、この状況ではそれ以外にとれる行動は思いつかなかった。
全ての機能をシャットダウンしてしまおうか、とも考えたがもしそのまま救助も来ず、永遠の眠りについてしまったら、
そう考えるとシャットダウンするという選択肢を選ぶのは恐ろしかった。
そして私はどれ位の月日の間ここにいるのかわからないほど、救助を待ち続けた。
風雨に晒され続けた軍服はズタボロの布切れになり、皮膚も劣化し段々とボロボロなっていった。
秋には落ち葉に埋もれ、冬には雪が積もり、春になるたびに顔を出す私の手足はどんどん色あせ、私の中に絶望を深くさせる。
最初の1年が過ぎた頃からもう理解はしていたのだが、こうしてハッキリと年月により示されると心も沈んでいくものだと実感する。
軍は私を死んだものとして扱っているという事実を受け入れるのは、難しいものだった。
所詮私は切り捨てる事が容易な戦闘用のアンドロイドなのだという事が深く、深く私の気持ちを悲しみに沈めていく。
そんな中思い返すのは家族の事だった、最初は彼等の無事を願うのが数少ない希望だった、それすらも年月は絶望に染めていく。
部隊の皆は私にとっての家族だった、私を含めて5人しかいない小さな部隊、猫型だから「タマ」だなんて安直な名前をつけるような人達だったが、
共に戦い、寝食を共にし、励ましあい、時には笑う、そんな暖かい場所だった。
だけど、こうして何年もの間ここに残されたままだという事実が、あの部隊で感じた温もりは、仮初のものだと感じさせた。
所詮は換えの利く兵器との、都合の良いだけの関係だったのだと。
そう思うとタマという名前、それにすら名前を考える価値の無い兵器つけられた投げやりな名前なんだと感じるようになった。
ただ、死なないだけ
絶望に飲まれながらも私はただ死なないだけの作業を続けていた。
もう私の中にあるのは、あの日生き延びた奇跡には何か意味が有るんじゃないかという、
何の理もない理由だけど、それにすがるしか生きていく意味を見出せなかった。
それ以外のものは散りゆく自身の体のように、ゆっくりと削られていった。
目を覚まし、辺りを見渡し、何の変化もない周囲を探り、眠る。
「次に目が覚めたら、違う景色が見れますように」
そう願いを呟き、何度目かわからない眠りについた。
目を覚ました瞬間、辺りの空気が違う事にすぐに気がつく。
暖かな日の光に、森の中のとは違う、湿り気のないさわやかな風が頬を撫でる。
「ここは…どこ?」長い間私を苦しめ続けてきた悪夢のような光景とは違う、
辺りを確認すると私のいる部屋は広めの寝室のように感じた、その部屋のベッドで私は寝かされているようだ、
大きな窓から見える景色は、今まで見たことの無い和やかな空気を感じる。
私はどういう状況におかれているのか、狼狽しつつも改めて部屋の中を探った。
何故今まで気づかなかったのだろうか、黒いドレスを着た少女がベッドの横で椅子に座り眠っているのに気がつく。
「あの…すまない…、起きてくれないか」と声をかけると目の前の少女はゆっくりとノビをし、目をこする。
ふと、少女の頭の機械で出来たネコミミが目に入る、彼女も私と同じアンドロイドだと気づいた。
「おっと、すいません、日差しが心地よくてつい眠っちゃいました………あっ…目…、覚めたんですか?」
「あ…ああ、私は今どうなっているんだ?そしてここは?
何故修理をしないで私は放置されてるんだ?こんな状態では任務も何もないだろう?」
そう質問を投げかけると、少女は無言で私の頭を抱いた。
「大丈夫ですよ、今はゆっくり休んでください、もう戦争は終わったんです」
「終わった……?」
諭す様に語りながら、少女の柔らかな指が私の髪をなでる、安心感のせいだろうか、段々と目蓋が熱くなってくる。
指はだんだんと下のほうに移り、頬を撫でる。
「こんなにボロボロになって……安心してください、もうあなたが傷つく必要も、戦う必要もないんです。
だから我慢しないで、泣きたいだけ泣いてください」
その言葉を聞くなり、抑えきれなくなった感情が爆発した。
死に近づいていくだけの恐怖、それを抑える為にも私は涙を流すこともなく、そういった感情はないものとして押し込んでいた。
もう我慢する必要が無いとわかると涙を抑える事はできなかった。
今までの恐怖と悲しみ、そして生き残った事の喜びの涙を延々と流し続けた。
取り出したハンカチで、涙に濡れた顔を少女が拭いてくれた。
「すまない、取り乱してしまって…それに服もずいぶん汚してしまった」
「大丈夫ですよ、洗えばいいだけです。ところであなたの名前を教えてもらっていいですか?」
一瞬タマ、と口から出そうになるが、私のことを見捨てた彼らからもらった名前をつかうのは憚られた。
「名前……忘れてしまったな、好きに呼んでくれていいよ」
そういうと少女は少し悲しそうな顔をする、私の内心を読まれている様な気がして少し気まずくなる。
「そういえば、あなたの名前はなんて言うの?」
「私ですか?私はのらきゃっとです」
「のらきゃっと?それって名前じゃなくて機体名だったような…」
彼女は笑顔を作りなおし、私の疑問に答える
「そんなの気にする必要ないじゃないですか、私はのらきゃっとで私なんですから!」
よくわからない理論だが、自分の名前を言うつもりがないのだけは理解できる、
しかしそんな彼女の奔放な様をみて少しだけ元気が沸いてきた。
「じゃあのらきゃっとさん、私も出来れば自分で動けるようになりたいんだけど、修理用のパーツはないの?」
少し気まずそうな顔をするとくるりと回り、背中を見せる。
「それにはですね…戦争の終結が原因といいますか、必要の無い物ってそんなに作らないのが常識っていうか…
私達の予備パーツってあんまり作ってないんですよね」
「え?そうなの?」
「機体の生産自体も終わってますからね……でも早ければ一週間ぐらいで来るかもしれないって」
「そう、一週間…」
「でも安心してください!その間の面倒は私がしっかり見てあげますから!」
「いいよ、そんなの。またスリープモードにでもなってれば──」
そう言い掛けた時、ベッドをバンと叩く衝撃が走る
「それは駄目です!あなたはせっかく生還したんですよ!最悪だった日々が終わってやっと幸せな日々が始まるんです!
その始まりを怠惰に寝て過ごすなんて駄目ですよ!もっと有意義に使わなければ!」
突然まくし立てるように言葉を並べ始める
「有意義っていってもね、こんな状態で何すればいいのさ」
「そんなのは簡単ですよ、プロデューサーさんの出張で寂しい私の会話相手です!」
あんまりにも自分勝手な理由、だが目の前にいる少女は私の命の恩人で間違いないのだ。
不便ではあるがわがままにつき合って上げるのが義理というものか。
「わかったよ、のらきゃっとさん、動けるようになるまではよろしく頼むよ」
「ありがとうございます、じゃあ早速お話しましょう。とりあえずあなたを拾ってきた時のことでも」
こうして私は彼女と共にすごす事になった。
彼女からは破天荒な気配を感じたが、同時にこの子と一緒にいたい、そう思わせる何かを感じた。
だけど表には出さないようにした。
だって何かくやしいじゃないか、出会ってすぐに惹かれる物を感じてしまったなんて。