欠けた心を埋めるもの 作:歌川
今から数日前、私は普段行かないような所に行きたい、突然そう思い立ち遠出をしたんです。
それで普段は行かないような場所に冒険に出かけたんです。
気の向くままに樹海に飛び込み、何かないかと歩き回っていると妙な景色が見えたんです。
全く人の手が入っていない場所なのに、木が何本も折れていて何があったんだろうと調べてみると、
そちらに向かうと衝撃的な物が見つかりました。
「足が地面から生えてる!」
長い年月の間放置されてたせいでしょう、コケや錆で酷い有様でした。
まじまじとそれを見つめていると、ふとその形に見覚えがあるように感じました。
「これ…私の足と同じ?」そこでふと思いました、何でこんな所に足が生えているのかと。
もしかして近くで動けなくなっている機体がいるんじゃないか、そう思って辺りを探しました。
周囲を探すと、ひしゃげた腕を見つけました、
足からそう遠くない位置にあったソレから、この腕と足の直線状に誰かいるのではないかと歩き始めました。
いるとしたら動けない状態だろうと思い、
踏んでしまわないように恐る恐る探りながら歩を進めると、周囲よりも若干盛り上がっている場所がありました。
そこに近づき、確認してみると思ったとおりに動けなくなっている人、私と同じアンドロイドがそこにはいました。
「これは……生きてる…んでしょうか?」
風雨に晒され劣化が激しい皮膚、場所によっては内部が露出し始めている所も見えます。
そんな状態で四肢が破損し、転がっているんです、生きてるとは思えないしょう。
ですが念のため生態反応の確認をしてみると、驚くべき事に生きていたんです、
そうなったらもう見捨てる訳にも生きませんから、背負って家まで帰ったんです。
ーーー
「本当に大変だったんですよ、帰り道もわからないのに重い荷物まで増えてしまったんですから」
「いや…帰り道がわからないのは私には関係ないだろ…助けてもらったのは感謝するけど」
「あなたを連れ帰るのも大変でしたけど、帰ってからも苦労しましたよ。
軍に未確認の生存者がいたぞと文句を言いに行ったり、パーツを買おうにもそもそも置いてなかったり、
あなたは何時までも目が覚めなかったりで、私は気が休まりませんでしたよ」
「そうか、色々苦労させてしまったんだな…すまない」
私を気づかってくれる人がいる、今の私にはそれだけでとても心が満たされる。
それだけにその相手に苦労をかけた事が申し訳なく感じる。
「冗談です、苦労したなんて思ってませんよ。私達アンドロイドは姉妹のようなものですからね
家族を助けるのに苦労なんて感じません」
そういうと彼女は素敵な笑顔を私に向けた。
数年ぶりの雑談というものはとても愉快ものに感じた、
なんて事の無い会話でも目頭が熱くなり、涙が溢れそうになってしまうほどだった。
そんな会話の中、飲み物として出されたレモン味のするコーヒーにはかなり困った。
二つの味が口の中で喧嘩してなんとも言えないものだった、
彼女は嬉しそうに講釈を垂れているが、その内容は私には理解しがたいものだった。
そして口に運ばれたものを拒絶できない私はボトルの半分を飲まされた。
好ましくないお茶会が終わると、丁度チャイムが鳴る。
彼女はそれに出るために部屋を出る、荷物を片手に持ち戻ってくると私を背負い移動を始める。
「どこにいくんだ?」
「とりあえず、私に今できるだけの修理はしておこうかなって思ってちょっとした物を頼んでおいたんですよ」
寝室や廊下などの見える範囲から感じる家の雰囲気とは若干違う、荒れた雰囲気のある部屋の中に連れ込まれる。
工具や色々な計器の付いた機械からするとメンテナンスルームのように見える。
そして真ん中にあるいかにもな台の上にそっと置かれる。
「ここは?ずいぶん荷物が雑に置かれているが」
「見てわかると思いますけど、ここ私用のメンテナンスルームなんですよ。
といっても、修理が必要になることもありませんから、ほとんど物置みたいになってますけどね」
「で、私に何しようって言うんだ?修理しようにも物が無いとさっき言っていたけど?」
ススッと私のお腹の上に指を這わせる、柔らかい指の感触が少しこそばゆい。
そして肌が劣化し、露出している機械部分をコンコンとつつく。
「ほら、こうやって丸見えになってる箇所があったり結構酷いんです…
顔だってボロボロで可愛い顔が台無しですよ」
「可愛いって…のらきゃっとさんだって同じ顔だろ?」
そう言うと少し考えるような素振りを見せてから口を開く
「その、のらきゃっとさんって呼び方、堅苦しいですね……」
「それはそっちが名前を教えてくれないからだろ?」
「そういうのじゃないんですよ、もっと柔らかく、のらちゃんとかそんな感じで呼んでください」
のらちゃん、向こうからしたら何の気もなしに出した案なのは分かるが、
相手をちゃん付けで呼ぶなんて事は私の人生の中には無い経験だった。
そのせいで口を開いても、羞恥心から口をパクパクとさせるだけになってしまった。
「……じゃあ…のらさんって呼ばせて貰うよ」
顔を赤らめそっぽを向きながらそう返した。
「まあいいでしょう、新鮮な呼び方でなんか面白いですし」
なだめるように頭を撫でられる、足があったら私はもう逃げているだろう。
だが今の私はそれを受ける以外の選択肢はなかった。
身動きの出来ない状況を苦痛だと思うのは久しいことだった。
羞恥心からその場から逃げたいと願っても逃げることは出来ず、ただ顔を赤らめることしか出来ない。
そんな私の顔を見て彼女はさらに、かわいいかわいいと辱めながら、 撫でる手を加速させる。
「もういいだろう!修理するなら早くしてくれ!」
我慢できずに大きな声で抗議すると、しょうがないなという感じでため息を吐きながら手を離す。
「嫌だっていうならしょうがないですね、まあ何時までも遊んでないで早く始めましょうか」
先ほど届いた荷物を開いて大きめのチューブを取り出す。
「アンドロイド用の人工皮膚を修理できるっていう面白いものがあったんで買ったんですよ。
このナノマシン配合の液状特殊シリコン!」
「ナノマシン…?なんでそんなものが入ってるんだ?」
「これはですね、塗った箇所の周囲の形状を計算して、質感や色を再現して完璧に治す事ができるらしいですよ」
「なんだか…胡散臭いな、変な風になったりしないか?」
「塗りすぎると膨らんだりするらしいですけど、傷口からはみ出しすぎなければ問題ないみたいですよ?」
十分恐ろしいリスクだと思いつつ、自分の体を改めて見つめる、
ポツリポツリと露出している機械部分もそうだが、全体的に見ても酷く荒れている。
彼女曰く、顔も台無しといえる有様らしい、少し怪しいがせっかくの好意に甘えることにした。
私が肌の修繕を頼むと、汚れてもいいように作業着に着替え戻ってくる。
「じゃあ、とりあえず全体に塗りますね」と手袋をして、チューブの中身をお腹の辺りに塗り始める。
塗られた箇所が少しだけ熱を持ち始めている感じがする、しかしそれ以上に彼女に触られている箇所に熱とは違う感覚が走っている感じがする。
「んんっ!」
自分でも驚くような高い声が口から漏れる、その声を聞いた彼女は呆気に取られたように引きながら手を離す。
「どうしたんですか急に、喘ぎ声みたいな声を出して」
「喘いではいない!ただなんか…妙なんだ…のらさんに触られた場所から妙に…こう…ぞわぞわする感じがするんだ…」
「……それやっぱり喘ぎ声なんじゃ…いやそれはどうでもよくて、お腹に触っただけそんな風になりますかね?
感覚器が壊れてるのかも?」
「そんなの私のほうが聞きたいよ、ただ通信機能とか色々と壊れてはいるから頭に異常があってもおかしくはないか」
彼女は行き場のない手で空を掴みながら何かを考える、そして「じゃあ、我慢してくださいね」と笑顔で結論を出した。
ぬるりとした感触のものが私の体に塗り広げられていく。
ナノマシンが皮膚を形成して行く時の作用なのだろうか、薬を塗られた箇所から熱を感じる。
それ自体は激しい物ではなく、問題ではなかった。
問題は肌に軽くでも圧力を感じると私の体は快楽に近い物感じてしまうようだった。
頭を撫でられてもそんな問題は起きなかったので壊れているのは上半身の部分なのだろうかと分析する。
「んっ…くぅん…はぁ…」
別のことを考えて、体に走る快感から逃げようとするが断続的に体に走るそれに体が跳ねる。
ビクンと体が反応を起すたびに予期しない箇所に彼女の指が触れ、またそれが快感を生む。
「はぁ…はぁ…はあぁっ!」
一際大きく体を仰け反らせると、彼女は一旦手を離す。
「上半分は終わりましたけど…大丈夫ですか?」
「だい……大丈夫とは…言えない…な…」
肩で息をしながらどうにか返事をする。
最初のうちはただの快楽として受ける事が出来たが、
断続的に、しかも強烈な物は、いくら快感と言っても苦痛に感じるのだと知った。
許容できる限界は何にでもあるのかと、天井を見つめながら思う。
「そうですね、じゃあ少し休憩しましょうか」
そういって手袋を外し「何か冷たいもの持って来ますね」と部屋から出て行った。
ーーー
廊下に出て扉を閉めると足の力が抜けてその場に座り込んでしまいました。
「なんでしょうね…この気持ちは…」
私はやらしいつもりは一切無く、ただ修理をしてあげたいと思っての行動だった。
不具合が原因とは言えあんなに激しく悶えるとは思ってなくて、その姿にとても強く気持ちを動かされました。
快楽を一方的に受ける事しか出来ず、その恥辱を受けながらも逃げられない。
ただ我慢することしか出来ずに、悶えるその顔が、自分と同じ顔が恥辱に悶えている、その姿に私は──
「止めましょう、変な事を考えるのは」
気持ちを切り替えるつもりで、台所に向かいながらも色々と考えてしまう。
姉妹のような存在、取り立てて見た目の違いの無い量産機である彼女。
しかも出会ったばかりの彼女に親愛に近い気持ちを持ちつつある自分に驚く。
しかし今の彼女は身動きも出来ないような状態だ、これは彼女が全部私の手の内にあるから感じる感情なのか?
私が私を好き過ぎるナルシズムのひとつなのだろうか?
気持ちの整理が出来ないままに、冷蔵庫を占領するコーヒーのボトルを手にしてメンテナンスルームに戻った。