欠けた心を埋めるもの 作:歌川
「よく考えたら触覚のパラメーターならこの部屋で直せました!」
下腹部の修理を終え、地獄のような快楽から開放された私の耳に信じられないような言葉が聞こえた。
「そ…そうか…のらさんは…悶える私を見て楽しんでたってことか……」
「そんなんじゃないです、本当に忘れてただけなんです!あまり使う機会がもありませんし、
しょうがないじゃないですか」
そして私が息を整えるのを待ってから、寝かされている台の下からヘッドギアを取り出し、私の頭に被せる。
私の見えない位置にあるモニターをポチポチと何か操作をしているが、
「そもそも基準値ってどんなものでしっけ…」「多分こうかな?多分大丈夫」と不安になる呟きが聞こえた。
「はい、これで元に戻るはずです、少しだけビリッってするんで我慢してくださいね」
「ちょって待て!本当にそれでッッッッ!」
少しだけ、という範囲では収まらない衝撃が頭に走る、先ほどとは違う種類の感覚で同じように悶える。
「ぉぉぉぉぉぉ……全然少しじゃないぞ!頭が割れたかと思ったぞ!」
「凄く痛いと言われても不安になるだけじゃないですか、まあそんなにピリピリしないでくださいよ。
だってほら」
彼女の指が私のお腹の上を滑るが、先ほどまでと違い過剰な感覚が訪れることはなかった。
「うん、問題ないみたいですね」
話を聞いただけでは怪しい感じのした修理剤だったが効果は本物だったようで、
先ほどまでとは見間違えるように、つややかな皮膚になっているように見える。
「皮膚のほうも問題ないみたいですね」
つんつんと先ほどまで穴の開いていた箇所を突かれるが、柔らかく皮膚が伸縮する感じがした。
「スベスベですよ、スベスベ」
機嫌良く、そして確かめるように、体を撫で回される。
「ふっふふ、そんな風に撫で回さないでくれ、くすぐったいたいってば」
「少し我慢してくださいね、遊んでる訳じゃなくて傷が残ってないか確認してるんですよ。」
「それは良いけどこっちだってくすぐったいんだ、手早く頼むよ」
気を紛らわせるために天井を見つめて、彼女の手つきを意識しないようにする。
それでもワサワサと念入りに体中を弄られるのは気持ちが落ち着かない。
ボーっと天井を見つめていると、こんなに見える景色が変わる事なんてどれぶり位だろうかと頭に過ぎる。
今私は、正に身も心も満たされ行っている、全て彼女のおかげで。
それなのに、礼を返せていないばかりか、文句ばかり言っている自分に気がついた。
「なんか私、良くしてもらってばかりなのに悪態ついてばかりだな…」
「別にいいんですよ、あなたはとても辛い目にあったんですから・・・
今は好きに振舞っていてください、私へのお礼とかそういうのは元気に動けるようになってから考えてください」
「そうか…そうだな、今はただ好き勝手にしてればいいんだな……」
今の私はどれだけ弱っているんだろうか、彼女の心遣いに我慢出来ずに涙があふれてくる。
「でも今は泣くのを我慢してくださいね、顔の修理もしちゃいますから」
軍人が人前でボロボロ泣くんじゃない。
育ての親の隊長からはそう教えられた、今となっては親とは思えない存在だが。
それを別にしても、人の前で涙を流すことが私にとっては恥ずかしいと言うのは変わらない。
情けなくも弱みを彼女に見せ続けている自分が情けなく感じる。
そんな情けなさで、モヤモヤとした気持ちを抱えながら私はリビングのソファーに座っている。
座るというよりは立てかけられている、が正しい。
晩御飯の用意をするので待っていてください、と点けられたテレビを眺めている。
あまり大きくのない事件に時間を割き、ニュースの合間にどこ出かけるのが良いだとか、そんな情報も伝えてくる。
それを見ていると、彼女の言っていたとおりに戦争はもう終わっているのだと実感できた。
本当に私達アンドロイドが身を粉にしなくていいんだと安堵した。
数年ぶりの食事はカレーだった。
口に運ばれるスプーンから食べるというのはとても恥ずかしいものだったが、
そんな恥が馬鹿らしいと思う位、美味しいカレーだった。
久々に味わう最初の味があのコーヒーではなくこのカレーだったなら、その一点は強く惜しく思う。
食事を済ませ、リビングでのんびりとすごしてからベッドに運ばれる。
四肢の欠損から水が内部に入る可能性が高いので風呂は流石に遠慮した。
ベッドの上で私に布団をかけ、その横に彼女も横になる。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
人と寝食を共にする事、それがどんなに素晴らしい事なのかと噛み締めながら目をつぶる。
しかし眠れなかった、気が逸るばかりで逆に目がさえて来る。
眠れない理由は分かっている、私が恐れているからだ。
暖かいはずの布団の中にいるのに体は震える、心はどんどん凍えてくる。
「眠れそうにないな……」
ベッドに入ってから十数分、そんな独り言をつぶやく。
「眠れないんですか?」
「なんだ、起きてたんだ」
彼女を心配させたくない、そのつもりで寝た振りをしていたのだが意味はなかったようだ。
「起きてるなら、話を聞いてもらっていいかな、私は今凄く不安なんだ」
「いいですよ、どんどん話しちゃってください」
「のらさん、あんたは本当に存在するのかな?」
「哲学的な話ですか?そういうのはアンドロイドにとっては深い問題ですよね」
頭に手を当て考え始めている。
「いや、そういう難しい問題じゃないんだ、単純に今そこにいる存在なのかって。
今この状況は、本当は私が死ぬ直前に見てる幻なんじゃないか、それが不安でしょうがないんだ」
「それは・・・そんなことはありませんよ、だってほら」
彼女の腕が私の頭を優しく撫でる。
「幻にはこんな事できませんよ」
「……ありがとう」
一言だけでは私の気持ちは伝えきれない、だけど今の私にはそれしか返す言葉が見つけられなかった。
私を撫でていた手が胸元に下ろされる。
「眠れるまでこうしてますから、安心して眠ってください」
その言葉を聞くと一気に眠気が押し寄せてきた、もう少しお礼を言いたい、そう思ったが口を開く事はできなかった、
思考するよりも先に眠気に飲まれてしまった。
胸に伝わる熱に心地よさを感じながら私は眠った。