欠けた心を埋めるもの   作:歌川

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日の光に包まれて

 新たな同居人を向かえ入れて初めての朝、目を覚ましてすぐに環境の変化に少しばかり胸を躍らせる。

落ち着いた寝息を立てる同居人がまだ目を覚ます気配がないことを確認すると、呑気そうな寝顔でまだ眠っていた。

毅然とした態度を崩さないようにはしているつもりなのだろうが、昨日の交流でどこか抜けているのもなんとなく理解できたし、

それも間違ってなさそうだった。

ノビをして眠気を飛ばしてからカーテンを開けて朝日を部屋に入れる。

「おはようございます、もう朝ですよ」

日の光に照らされ、これで彼女が起きるだろうと思っていたが布団の中で身じろぎ一つしないままだった。

「もう、しょうがない人ですね」少し呆れつつ起こす為に彼女の体持ち上げる。

「起きないと感覚元に戻しちゃいますよ」意地悪を言いながら高い位置まで掲げると何か可笑しい事に気がつく。

息をしていない、先ほどまではしていたはずの呼吸が完全に止まっている。

開かれた目蓋の先には、青ざめた私を移したまま動かない瞳が見える。

理解できない状況に固まっているとゴトリと何かが落ちる。

ゴロゴロと転がっていくそれに視線は釘付けになる。

目で追っていくうちに、それが白い髪の生えた何かだと認識した瞬間、私は思わず目を閉じた。

アレがもし私が思っている通りの物だったら、今はその恐怖から目をそらす事しかできなかった。

 沈黙に包まれたままの部屋の中、抱きかかえたままの体は段々と冷たくなっていく感じがする。

何故、どうして、理解できない状況に私は固まってしまう。

そこで考え方を変えてみる、彼女はあんな状況で生きていたんだから、

意外とまだ大丈夫なんじゃないかと前向きに考える。

私は意を決して目を開らくと、そこにはがらんどうになった瞳で私を見つめる彼女の頭が転がっていた。

パクパクと口を動かし、何かを喋ろうかと思ったが私の口からは何の言葉も出ず、

体からは力が抜け彼女の体を落としてしまう、その場に崩れるようり座り込んでしまった。

 恐怖や後悔に体が支配され、私を見つめるその虚空から目を離せないでいると口が開かれ何かを私に伝えようとしてくる。

「お……ろ……」

何かを喋っているのは分かるがなかなか聞き取れない

恐る恐る四つんばいで、近づき耳を傾けると大きな声が私の耳を貫く。

「おい!起きろ!もう朝だぞ!」

 

 「うわあ!」

突然の大声に飛び上がると私はまだ布団の中にいた。

横を見ると不機嫌そうな顔をしている彼女が見える、昨晩見たままの姿で私を睨んでいた。

「夢……だった…」肺の中にある空気を全て吐く勢いで息を吐く。

「はあぁーーー・・・良かった…夢で本当によかった…これ大丈夫ですよね?変な暗示だったりしませんよね?」

彼女の首の全体を確かめるように探るが特に問題は見当たらない。

「起きてすぐ人の首を絞めるのは止めてくれないか、苦しいんだけど」

「おっとすいません、首を絞めてるつもりはなかったんです、ちょっと嫌な夢を見てしまって……

 あなたの首がもげる夢を……」

「私の首……首は大丈夫だ、激しいダメージを負ったりした記憶はない」

首だけでブリッジをして大丈夫だとアピールをする、確かにその様子から見て問題は無いようだ。

「まっ整備をしてないから万全かどうかは別問題だけどね

 それにしても妙にうなされてると思ったらそんな夢を見てたのか」

「安心して眠ってください、なんて言っておいて私の方が心配かけちゃうなんて不甲斐ないですね」

夢のせいとはいえ、迷惑をかけてしまい申し訳なくなる。

彼女にとっては特別な朝なのだ、出来れば気持ちよく目を覚ましてほしかった。

「そんなの、私の方こそ迷惑かけっぱなしだ、気に病まなくていいさ、それよりも…」

嬉しそうに、口角を上げながら口を開く。

「おはよう、私は挨拶できる相手がいるって事がたまらなく嬉しいんだ」

 

 パンをトースターにいれ焼きあがるのを待ちながら、先ほど彼女が見せた笑顔を記憶の中で反芻する。

彼女の見せた笑顔はなんだかとても素敵な笑顔に見えた。

ただ笑いかけるのではなく、本当に幸せだと思える時にしか出ないような表情、心からの笑み。

彼女の境遇を考えればそんな表情にもなろうというのは簡単に理解できる。

でも私がその笑みに心が激しく乱されている、その理由はわからない。

トーストの出来上がる音で現実に戻され、答えの出そうに無い悩みは放っておく事にした。

 

 焼いたベーコンとスクランブルエッグ、それらを一口大に切ったトーストの上に乗せる。

「はい、あーん♪」それを彼女の口元に持って行き食べさせる。

「……ん…」恥ずかしそうにしながらも口を開き食べた。

彼女がモグモグとしている様を見つめながら自分の分を食べる。

「うん!良い感じですね」彼女はご飯の時は喋らない性質なのか、「ご馳走様、美味しかった」以外は喋らなかった。

 朝食を終え一息ついてから、そろそろはっきりさせておくべき問題を問う。

「そろそろ名前を教えてくれてもいいんじゃないですか?」

聞いた瞬間、心底嫌そうな顔を作る。

「……名前は忘れたって言っただろ、好きに呼んでいいって言ってるだろう」

昨日もそうだったが、彼女は特定の話題について話す時に言いよどんだりする時がある。

とくに名前については昨日から何度か聞き伺ってみたが、その話については拒絶に近く、全く取り付く島がないように感じた。

彼女の名前は聞き出せそうにない、しかし名前がないのも非常に不便だ。

頭を悩ませている間彼女は一切口を開かない、完全に私へ丸投げしている感じだった。

もう直感で行こう、次に思い浮かんだ単語を呼び名にしようと心に決める。

ざっと部屋の中を眺め取っ掛かりを探ると、黒ブチのある白い猫のグッズが目に入り、そこでピンとひらめく。

「決まりましたよ!タマです!今日からあなたの名前はタマ!」

 

 

 ─── 

明らかに投げやりな考えで出したであろうその名前に戸惑いを覚える。

ありがちな名前だとは思っていたが、まさかいきなり本名を被せてくるとは思わなかった。

自分から好きに呼んでいいと言った手前、その名前以外で頼むというのおかしい。

断った所で理由を問われれば結局私の名前がタマであると言うのは割れてしまうだろう、

その上で別の名前で呼んでくれというのも酷な話ではないか?

それにのらさんがタマと名付けてくれるのなら、受け入れられる。

不思議とそう思った。

───

 

 

 再び顔をしかめると黙ったままなにやら考えこんでいる様子だった。

流石に猫型だからってタマというのは安直過ぎただろうか?

断られた時の為に次の名前を考えていると「それでいいよ」と彼女が答えた。

「ちょっと安直じゃないかって思ったけど、まあ私はお世話になってる身だしね。

 それでいいよ」

ハニカミ、少し嬉しそうにしている。

言葉とは裏腹に気にってくれているようだが念を押して問う。

「嫌だったら他に考えますよ、私ネーミングセンスには自信がありますから!」

「じゃあ参考までに聞かせてもらうけど、タマの次はどんな案があったんだ?」

「ドラちゃん!」

 

 私の会心の案は一笑に臥されてしまった、

タマが駄目だった場合は本当にそう呼ぶつもりだっただけに少し残念に思う。

そして何時までも裸のまま過ごさせるのも可哀想なので、いい加減服を着させてあげた。

大き目の白地のTシャツ、以前変なTシャツを作った時の余りで無地のままの物があったので丁度良かった。

「服って久々に着るとこそばゆいんだな」とタマさんは語る。

アンドロイドも野生に帰るのかと何か感慨深いものがあった。

 

 所用を片付けて気がつけば昼下がり、部屋の中には暖かい日の光が差し込んでいる。

ソファーの上でタマさんを横に座らせてテレビを眺めながのんびりと過ごす。

「そういえばタマさんって食事の時、妙にしずかですよね」

「ん……それはただ人の手から食べるのに慣れてないだけだ、恥ずかしさで一杯になって喋る余裕がないだけさ」

「ああ、そんな理由だったんですか、てっきり食事中は喋らないって教育を受けたのかと」

「そんな行儀の良い教育はされてないよ」

会話を重ねていくと、少しづつタマさんが言いよどむタイミングが見えてくる。

どうも過去の事に関連する事を喋りたく無いようだった、あんな所に放置されていたのと関係のある事なのだろう。

だからといってその事を聞きだすつもりはない、

本人が私に話したいと思った時に聞いてあげればよいだけの話なのだから。

 彼女を労わりたい、そんな気持ちも有るには有るが、それとは別に頭を撫でたいから頭を撫でる。

「どうしたんだい、急に」

「何でもないですよ、ただ可愛がりたいなーってだけです」

口から笑いを漏らしながら「なんだそれ」と一言だけ喋ると私に体を預けるように倒れた。

それを受け止め、足の間に運ぶ。

「暖かいな、こんな風に日の光を浴びるのも何年ぶりかな……なんだか眠くなってきた……」

「そうですね、丁度日差しの気持ち良い季節ですから」

「うん…悪いけどちょっと眠らせてもらうよ……」

ゆらゆらと頭を揺らしていたと思うとその場で眠り、可愛らしく寝息を立て始める。

昨晩と違い、すっかり眠る事への恐怖はなくなったようで私も安心する。

安心感から私にも眠気が訪れた。

眠ってしまう前にタマさんを抱き、ソファーの上に深く座りなおす。

「あったかい…」

日の光と彼女のぬくもり。

幸せな暖かさに釣られて私も眠りについた。

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