欠けた心を埋めるもの 作:歌川
森の中で一人ぼっちで震える夢を見た。
孤独に震え、眠る事すら恐怖している私がそこにはいた。
朽ちていく事を受け入れるしかない自分の無力さが怖かった。
永遠の眠りにつく事をずっと恐れていた。
死にたくない、死にたくないとずっと心の中で叫び続けていた。
口に出せば私の心を壊してしまいそうな恐怖を延々と押し込み、震え続けていた。
真夜中にふと目を覚ました、私はカーテンの隙間から見える星空を眺めながら考えていた。
あの森にいる時の私はなんであんなにも死ぬ事を恐れいていたのだろうか。
安穏とした生活、死という概念から離れたことでそんな事が頭に浮かんできた。
幾年も前の出来事、しかものらさんに拾われる少し前からは思考を放棄していた事もあり、
記憶はかなりおぼろげになっている。
いくら頭を働かせて考えてもただ死にたくなかった、それしか思い出せなかった。
人間の模倣として作られた存在だとしても、忘却までも機能としてつける必要もないだろうに、
ままならない自分の体に思わずため息がこぼれた。
目を覚ましてから4日ほどが経った。
目が覚ませてすぐの拷問のような皮膚の修復を終えて以来、衝撃的な出来事はない。
生きていた中で、平穏で命を掛ける必要も無い日々というものは経験した事がなく新鮮だった。
のらさんに全てを頼りきりというのは申し訳ない気持ちで一杯だったが、だんだんとそれで良いと思いつつある自分が心配になる。
体が戻るまでに変な癖が付いてしまいそうで不安だ。
「そろそろ散歩にでも行きたいですね」
昼食を終えた後にのらさんが呟く、確かに私が目を覚ましてから、ずっと私と一緒にいたのだから羽を伸ばしたい頃合だろう。
「そうだね、好きにして来たらいいよ。テレビでもつけておいてくれたら私はそれでいい」
「何いってるんですか、タマさんも一緒に行くんですよ」
「私も?でも私なんか連れ歩いたら重いし邪魔だろ?」
「そこはちゃんと考えてますよ、車椅子を用意しておきましたから」
私は家にいるだけで十分だと断ったが「私がタマさんと一緒に行きたいんです」と脇に抱えられてしまった。
体をくねらせ、文句を言いながらどうにか脱出しようとするが全く意に介さない、そこは元戦闘用といった所だろうか。
抵抗は無駄に終わり、ガレージに置いてある車椅子に座らさせられてしまった。
「そんな不機嫌そうにしなくてもいいじゃないですか」
「別に不機嫌な訳じゃない、恥ずかしいだけだ」
カタカタと小刻みに揺れる車椅子の上で私は顔をしかめている。
「戦時中の負傷なんですから、恥じること無いじゃないですか」
少し悲しそうな声で私を諭す。
しかし私も自分の状況を恥じるものではないと自負している、ただそれ以外の問題がある。
のらさんに頼りきりという状況を、甘えているのを他者に見られるのが恥ずかしい。
彼女に横にいる事が出来ない今の自分を見られるのが恥ずかしかった。
だけどそれを彼女に伝える事もできないでいた、この気持ちがなんなのか自分でもわからない、
そんな気持ちを相手に伝えても意味が無いような気もする、
言葉にできない気持ちをどう伝えたらいいのか、悩んだまま返答はできなかった。
綺麗に整えられた歩道の上を車椅子で進んでいく。
最初は妙な恥のせいで目に入っていなかったが、落ち着いて周囲を眺めてみると以外に悪いものではなかった。
戦後に区画整理などの都合で作り直されたとのらさんは語る。
どの家も綺麗に整った外見をしており、手をかけて作られているような庭も多く見られ、それらを見ているだけで楽しめた。
「そういえば、これからどこに行くつもりなんだ?」
「別にどこに行くっていうのは決めてませんよ、歩き回って疲れたら帰ろうかなって感じです。
行ってみたい場所があるなら聞きますよ」
「行きたい場所って言われてもね…じゃあのらさんのオススメの場所でも行ってみようか」
「私のオススメですか?じゃあ……あそこでいいですかね?」
「あそこって?」と聞いてみたが「秘密です」と言われはぐらかされてしまった。
あそことやらに行く最中、何度か人とすれ違った。
人間だけでなく私達のようにのらきゃっと型アンドロイドも見えた。
その内の一人のメイド服を着たのらきゃっと型はこちらを見つけるとパタパタと駆け寄ってきた。
「こんにちは、のらちゃん!」「こんにちは、レイちゃん」二人で挨拶を交わすと簡単に紹介される。
「こちらは私の友達のレイちゃんです、家が近いのでたまに遊んだりしてるんですよ」
「そう私はタマ、今のらさんの所にお世話になってる、まあ……よろしく」
「タマちゃんですか。僕はレイ、メイドをやってます」スカートを両手で摘み、軽く膝をまげて挨拶をする。
「ところでタマちゃんは噂の樹海で拾われた子なんですよね?」
話を聞いたところ、ボロボロの私を背負って帰って来たのらさんの姿は大勢に見られていて、
私が目覚めるまでの数日間で噂になっていたらしい。
「ええ、そうですよ。とっても元気ないい子なんですよ」
「私はあんたの子供になったつもりはないぞ」
軽く会話をした後レイさんは買い物に行くからと別の道を行った。
「あんな感じのアンドロイドって結構いるのかい?」
「あんな感じ?ああ、人間と暮らしてるってことですか?まあ結構いますね」
「ふーん、機械と人間でね」
その話を聞いた時、心の奥にチクリとささる物があった。
レイちゃんと別れてから、タマさんは何かを考えるように黙ってしまった。
何を喋っても聞いてるのか聞いてないのわからない感じのまま歩き続け、目的地へと到着する。
「着きましたよ!ここが私のとっておきの場所です!」
ブランコとシーソーと砂場、そしてベンチの有る小さな公園、いつも通りそこで遊ぶ子供の姿はない。
「ここが?なんか…普通の公園って感じだな」
「ここはただの公園じゃないんですよ、区画整理の結果、路地の奥まった場所になってしまい、
近所に子供がいないので誰も使わない場所になってしまったんですよ。
しかも日当たりの良いので外でお昼寝するのに最適なんです!」
「ここまで来てするのが昼寝?」「はい、タマさんも好きでしょう?」
嫌いじゃないけどさ、と短く答えるのを聞き、ベンチの前に車椅子を止めてその前に座る。
日は少し強いが、風も出ていてそのおかげで心地よい気温だった。
心地よさにゆられてうつらうつらとしていると突然声をかけられた。
「なあ、のらさん……話ておきたいんだ」
突然真に迫った雰囲気に驚く、眠いから後にしてとは言えない空気に頭を振って眠気を飛ばす。
「突然どうしたんですか?」
「私がこうなった原因、何時までも黙ってる訳にはいかないだろ」
ーーー
とても無謀な戦い方をして仲間を守る、タマさんが語ったのはそういう話だった。
空中戦闘用の装備を何も付けずに空を賭け、戦闘機を落とすのは私でもやろうとは思えないような無茶な戦い方だ。
「なるほど、その戦いの結果、四肢が破損してしまったんですね」
「両手は事故みたいな物だけどね、あそこでちゃんと回避してれば這ってでも移動できた訳だし」
自嘲するように笑った後に空を仰ぎ、ため息をつく。
「問題はその先さ、生死の確認も出来ていないのに部隊の奴らは私を助けに来なかったんだ。
あいつらとの関係は悪くなかったと思うんだけどな、そう思ってたのは私だけだったみたいだ」
「それは……あれですよ、戦争中に一人のために救助隊を出す訳にもいきませんから……」
「じゃあ戦争が終わって何年も経っているのに私があそこにいた理由は?
輸送機の空路をさかのぼれば、私がどこにいるのか割り出すのだって難しくないだろう?見捨てられたんだよ!私は!」
自分の境遇、過去の出来事を今まで語ろうとしなかった理由、それはきっと私に話せば嫌でも思い出しまうからだろうか?
少しでも頭の中に置きたくない記憶、それと向き合うのが嫌で語らなかったのか?
名前を教えてくれないのはそれが原因だというのは理解できた。
「だから私は驚いたよ、私達を使い捨ての機械でなく、一人の人間として見てくれてる人がいるって事にさ。
のらさんとレイは本当に運がいいよな……本当に…」
抑えていた気持ちを吐露したせいだろう、彼女は泣き始めてしまった。
少しでも悲しみを和らげられるなら、と彼女を抱きしめる。
大切な人達から裏切られたという悲しみ、命を懸けた結果が地獄へと続いていたのだからそれは辛いものだろう。
あの境遇に落ちた不運が、真に自分を大事にしてくれる人に出会えなかったのが原因だと答えを出したのか?
だとしたら私にはその悲しみを癒す方法はない。
孤独に沈んだ気持ちを少しでも埋めるにはどうしたらいいのか?
何をしたらいいのか、考えを巡らせるが耳元で聞こえる泣き声に思考を遮られる。
そうしている内になんだかイライラしてきた。
私はタマさんの事を思って色々考えているのに、昔の仲間たちの事で涙を流し続けている。
自分を捨てたかも知れない人の事で泣いている。
今のタマさんの中に私がいない、そう思ったら段々ムカついてきた。
言葉にならない嗚咽ばかりを生み出すその口を見つめ、衝動的に動いてしまった。
不思議な味がした、涙の味とはこういうものなのかと少し冷静になった頭で考える。
重なっていた唇を離し、一息つく。
「落ち着きましたか?」
「落ち着くもなにも……何をするんだ!私の……私の初めてだったんだぞ!」
顔を真っ赤にしながら叫んできたその発言に、申し訳ない気持ちもあるがなんだか面白くて思わず笑ってしまう。
「ふっふふふ、あはははははは」
「おい!笑ってるんじゃない!本気だぞ!どう責任をとるつもりだ!」
そのまま少し笑い続け、笑いを収めてタマさんの方を見るととても不機嫌そうな顔をしていた。
「ごめんなさい、なんだか笑えてきちゃって」
「笑えるような事は言ってないだろ、本当に…なんて事をするんだか……」
思っていたよりタマさんの貞操観念が固いもののようだった、無作法な事をしてしまい申し訳ないと思った。
うつむきながらブツブツと文句を言い続けているが、先ほどよりはマシな状況だろう。
「確かに私も酷い事をしてしまいましたね、でもタマさんだって酷いです」
「私が?私はただ……」再び過去のことを思い出したのか暗い空気をまとう。
「それですよ!その昔の人を思い出して泣くのを止めてください、どこにいるのかも分からない人達よりも私を見てください。
昔の事を思い出して孤独を感じる暇があるなら私をもっと見つめてください」
両手で彼女の肩を掴み、彼女の目をジッと見つめる。
勢いよく迫りすぎたせいなのか、彼女に目を背けられてしまった。
「私じゃ…駄目……ですか?」
「駄目なんてそんな……良いも駄目、私はこんなだし、のらさんに従うしかないだろ」
恐る恐る顔を上げ私の目を見つめ返す、私の赤い瞳とは違う、青い瞳に私の顔が映っている。
「何の質問なんだよ、好き嫌いで言ったら当然好きだ、嫌いだったらキスされた時に噛み付いてやってるよ」
何の質問だったか、確かに考えて見ると妙な質問なような気がする、私は何が聞きたかったのだろう。
「そうですね、変な質問でした、さっき聞いた事は忘れちゃってください。
それじゃあ、もう帰りましょうか、なんだかここでお昼寝って気分じゃなくなりましたし」
「うん、それでいいよ。今はとりあえず甘い物でも食べたい気分だよ」
「帰りにコンビニでも寄りましょう、新しいスイーツがあるかもしれませんし」
ともすれば彼女の心は私に開かれることが無くなってしまう様な、そんな危機感を覚えたが杞憂だったようだ。
コンビニのスイーツに目を輝かせている彼女を見る限り、そんな不安は感じられない。
衝動的な行動だったが、それで全部上手い方向に回ったように感じた。
ただ私はやはり違和感を感じていた。
タマさんの話に嘘偽りはないだろう、だけど部隊の人達が全滅したという可能性も十分あるはずなのに、
彼女の話の上では全員が今も生きている前提で語られていた、恐らく彼女の願望なのだろう。
先ほどまでの彼女の様子から考えると、恐らくとても信頼関係の深い部隊だった。
そんな人達がいつまでも助けにいかなかった、その理由は考えるに、あまり良い理由は思い浮かばない。
恐らく彼女はそれを受け入れる事が出来なかった、だから彼女の中では部隊の人達は自分を見捨てる冷たい奴らだと自分に言い聞かせ続けた。
まるでそれが真実であるかのように。
私の推測はそんな所だが、それを彼女に聞く事はないだろう。
でも、もしかしたら。
良い情報を得る事はできないと思うが、明日は軍部に足を伸ばす予定を頭の中で立てた。
「よし!私この大きな大福にする!」
「それ、タマさんが食べるのはちょっと難しいと思いますよ」
中に苺のショートケーキが入った大福、柔らかくて口だけで食べるのは難しいと思い忠告する。
「別に難しくてもいいさ、せいぜい顔が汚れる位だ」
ウキウキした表情でそう答える、私が顔を拭いてあげれば良いだけか。
そう思いながら二つ入りの物を手に取りレジへ向かった。