欠けた心を埋めるもの   作:歌川

7 / 8
電気猫の見た夢

 「すいません、今日は用事があるのでお留守番をお願いします」と頼まれたので申し受けたが、

留守番と言っても非常事態時に私に何ができるのか、そんな事を考えながらリビングで一人ボーっとしている。

「暇だったらテレビでも見ていてください、音声入力で何でもできますから」と言われたが、私の声には反応しなかった。

どうやら声帯が認証されていない私の声には反応しないようだった。

「テレビ、つけ」「テレビ、起動」「テレビ、開始!」「テレビ、始動!!」

もしかしたら単語が悪いのでは?私の声が小さかったのか?思いつく限りで試してみたが、やはり私の声には何も反応しない。

のらさんの普段の態度や物腰で騙されてしまうが、やはり彼女はどこか抜けているなと思わず笑いがこぼれた。

 その笑い声を最後に部屋には静寂が訪れる。

暇を潰す方法は何も無く、不完全な私の体を映す液晶をただ眺める事しかできなかった。

夕方までには帰る、というのらさんの言葉を思い出し時計を見るが、まだ1時を少しすぎた位だった。

「はぁーー……暇だな」溜め息と共に思わず愚痴がこぼれる、どうにかこの暇を潰す手段は無いものかと考えると一つの案が浮かんだ。

「久々に使うか、スリープモード」あまりお世話になりたくない気持ちは強いがこのまま待つほうが辛いと感じ、使うことにした。

ただの睡眠をしようにも今は眠気がなく、眠れそうな気配もなかった。

目をつむり、自身の機能のメニューから電源に関する物を表示させる。

今まではスリープの期間が7日に設定されていたが今はそんなに眠る必要が無い、ただ数時間眠れば見知った顔に出会える。

そう考えるとなんだかとても暖かい気持ちになれた。

 そうやって少し気分がよくなったのもつかの間、今では眉間に皺を寄せてテレビの画面を睨みつけている。

「まさか日数単位でしか設定できないとは……」

樹海に落ちたあの日まで一度も使うことがなかった機能だっただけに、こんなに使い勝手の悪い物だとは思っていなかった。

 いっその事、丸1日寝ていようかとも考えた。

しかしそう考えた時に浮かんできたのは彼女の寂しそうな顔だった。

家に帰り、同居人から「おかえり」の声を期待して「ただいま」と言う。

しかしその声に応える声は無く、同居人は目をつぶったまま動かない。

そんな姿を見たら彼女はどう思うだろう、悲しむだろうか?怒るだろうか?

ベッドに運び、優しく布団を掛けて私が目を覚ますのを待つのだろうか?

答えの出ない疑問を延々と考える、

自分でも馬鹿な事を考えているのは分かっているが、他にやる事もないので延々と自問自答をし続けた。

 

 ふと気がつくと、不思議な空間にいた。

白い地面が地平線まで続いていて、空は太陽がないのに青く澄み渡っている。

一瞬私が死んでしまって天国に来てしまったのかと焦ったが、過去に何度か見覚えのある景色だと気がつく。

たしかここは夢の中、夢というよりは身体的な眠りと意識の齟齬が生み出すバグに近い現象、

アンドロイドの見る明晰夢のような物だと以前聞かされた、その空間の中に私はいた。

 自分の体を見ると自分の手足を久々に確認することが出来た。

しかし自分のイメージする自分、軍服を着た姿を私の姿として記憶していたはずなのに何故かのらさんの着ているドレスを着ていた。

「ははは、私にはこんなの似合わないって」少し恥かしくなりながらもその場でクルリと回る。

そのまま2度、3度その場で踊るように回った、地を踏む感触はないがそれでも自分の力で動ける事がとても嬉しかった。

 自分の望むままに体が動くということが楽しく、ただ駆け回っていたがふと思いつく、

夢の中なのだから自分の思うがままに出来るのではないかと。

降って沸いてきたイメージがそこに現れるように願う、目を閉じてそこにいるんだと自分に言い聞かせる。

「どうしたんですか?タマさん」不意に声を掛けられて驚き、目を開くとそこには彼女が立っていた。

私の想像の彼女は私に声を掛けてから、その場でジーっと私を見つめ、目が合うと微笑む以外に動く気配はない。

あくまでここは私の頭の中でだけ存在している夢、仮想世界でしかない。

目の前にいるのらさんも私が頭の中で考えているだけの存在、私が意図しない限りは動かないようだった。

「こんな物作って私は何がしたいんだ……」

作り出してしまった手前、消してしまうのもはばかられとりあえず頭を撫でる、しかし私の中に頭を撫でられているのらさんのデータが無いせいだろうか?

目の前にいる彼女はただ平然とそれを受けているだけで何の反応も無い、それでも柔らかな毛皮の様に柔らかな感触はあった。

 撫で続けていると動きのなかった彼女は突然口を開く。

「いいんですよ、私の事を好きにしてくれて」

突然の発言に頭が真っ白になりそうになる。

「好きにって……別にのらさんにしたいことなんて何も……」

「本当ですか?実が昨日からずっと考えてたじゃないですか。

 私にファーストキスを奪われて、どうにか仕返しできないかって」

体を屈め、手を後ろに回して私を見上げるような姿勢をとった、思わず見下ろしたその顔は私をからかう様な笑みを浮かべている。

「ほら、少し手を伸ばせば届く距離ですよ。それとも私じゃダメですか?」

「ダメとかそういう話はじゃなくて…えっと……のらさんの事は好きだよ、だけど…」

「なら何も問題ないじゃないですか」

その言葉で私の中の何かが切れた感じがした、真っ白になった頭でただ自分の欲望に従う。

両手で彼女の頬を包み上を向かせた。

「痛いことはしちゃダメですよ?酷い事されたらきっと嫌いになりますから」

「酷い事先に酷い事をしたのはそっちの方だろ」

彼女は私の手の中で、やはりからかう様な笑顔を作る、のらりくらりと私の言葉を躱すように。

誘ってきたのは彼女の方が今ある衝動を抑える必要は無い、私は思うままに彼女の唇を奪った。

先日の、公園のあの時感じた柔らかな感触が蘇る、私の心を救ってくれた暖かさを。

 

 その暖かさに浸り、満たされた気持ちのまま目を開くと、そこには飽きるほど睨み続けていたテレビの液晶が目に入る。

夢は終わり現実に戻ってしまい、憂鬱な気持ちになる。

時計を見ると4時を回っていたがのらさんはまだ帰っていない。

「何を考えているんだ私は……」

夢の中を思い返し、顔がどんどん赤くなっていく。

 ここまで数日の間、その中で今まで自分の中で理解できない感情を何度か抱いていたが、

それが何なのか今まで理解できないでいた。

だけどあの夢の中での出来事で私は気づいてしまった。

家族とも友人とも違う、もっと違う種類の絆を彼女に求めている自分に気づいてしまった。

彼女を、のらきゃっとを愛してしまっているんだと。

 

ーーー

 

 夕焼けに染まる公園、ベンチで一人物思いに耽る。

足を運んだ時に響いていた子供の声はどこにも無く、お土産にと思って買ったアイスは溶けてしまっていた。

 調べたい情報自体はびっくりするほど簡単に終わってしまった。

元々タマさんは戦死者として扱われていた事もあり、生存が確認された彼女に関するデータの修正を行っていた為、

そして仮の保護者として私が登録されていたのであっさりと完璧な情報を手に入れてしまった。

その内容は要約すると、彼女が輸送機から飛び出した後、更なる追撃にあい不時着、爆散してしまったという。

不時着時、逃走時に3名死亡、生存者は1名、その1人も負傷により退役。

何時までも助けが来ない理由、死んだ者として扱われたのも納得がいった。

 1名生存、その事実が私の頭を悩ませた。

全滅ならば、彼女の妄想に口裏を合わせて黙っていれば良いだけの話だった。

しかし生きている、1人になってしまったが今でも生きている。

その真実を知った時、彼女はどうするのだろうか?

彼女の幸せを考えたら真実を伝え、残った家族の元に送るのが最善の選択なのだと思う。

その場合は当然、私との生活は終わる事になる。

そう考えた時から私の胸はキリキリと締め付けられるような痛みを発し続けている。

 

 彼女の為に私はどうしたらいいのか。

それを考え続けていたら日は赤みを帯び始めていた。

悩んでいてもしょうがないとベンチから立ち上がり、帰ろうとしたその時メールが届いたので内容を確認する。

『パーツの製造が完了しました、お越しいただければすぐに修理に取り掛かれます』

重い気持ちになるばかりだったが、一つだけでも明るくなれる話題が届き、胸が軽くなる。

アイスだった物をゴミ箱に捨て気持ちを切り替える。

「悩んでたってしょうがないですね、とりあえず帰りましょう。

 代わりのお土産はどうしましょうか?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。