しがない英雄に喩えてお話しましょう
こつ。こつ。
石と石が小突き合う音だけが鳴り響くこの川で今日も僕は石を積む。今までと変化なく、そして未来永劫同じようにだろう。積むのを辞めれば地獄に落ち、石の塔を完成させれば菩薩の救いを受けることが出来ると云う。故にひたすらに積む。
そしてまた、遠くから鬼が石の山を蹴り崩す音が聞こえる。じきにここまで来るだろう。ここはそういう場所で、鬼はそういう存在でしかない。今まではずっとそうだった。故にこれからもずっとそうだろう。此処は地獄ではない。苦痛は無いが蜘蛛の糸も無く、諦めが満ちる澱んだ空気がそこに満ちる。ただ地獄に堕ちぬよう、諦めて石を積む。新たに来る子も初めこそ希望に満ちた顔で石を手に取るが、鬼に一度塔を倒されるとそのほかの子供の諦念の訳を知り目の色を亡くす。鬼の手により希望は亡く、救い無くして願いは無い。
26610号と呼ばれる自分もその一人である。それ以上でなく、それ以下でしか無い。ただし私は諦めていない。只其れだけの違いである。
だが転機は未だ訪れず、突破口は見つかっていない。
そんなことを考えていると鬼がまた来た。しかし今回は塔を崩す音がしない。もしやと思い顔を向けると見知らぬ顔の子を連れていた。
「さぁ、行け。後は任せた26610」
鬼はそう一言言い残し去っていく。またいつものように教育係をその場の子に任せる。鬼は連れてくるまでで説明は何もしない。逃げ道もない癖に脱走防止とか言っていたがここに来る子は知る由もなく、来て後に知りその気も失せる。
聞くところによると、この新たな子は心中で此処に来たらしい。自分の死因すら忘れてしまったとはいえ、あまり心中という話は聞かない。少なくとも一度も実際に心中でここにきた子は見て来なかった。
新たな子にこの地を教え、為すべきをを教える。すると一時呆然とした後、新たな子は突然咽び泣きながら云う
曰く、不治の病を患っていたと
曰く、家も苦しく父母も働き詰めで笑う余裕など無かったと
曰く、動けぬ己に耐えきれず1人で死を選ぼうとしたと
曰く、止めに入った父母が心中を提案し、即時に実行されたと
曰く、父母は子殺しで地獄に送られたと
曰く、父母の裁判を終えてからここに送られたのだと
曰く、ここに来るまでの間に地獄に向かう父母を見たと
新たな子は父母を自らが地獄に堕としてしまったと泣き喚く。
自分は新たな子に表面では同情しつつ、内心、喜んでいた。なにせ、この地獄より救いのない場から逃げられると理解したからだ。
地獄を通じて現し世に逃げれば良い。ただそれだけのことに気付けぬ自分に憤りながらも思考を巡らせ、記憶を辿る。
現し世に出た死者は死霊となって生者に取り憑き肉体を奪うことがあるという話を生前に聞いた。ならばもう一度生き、この地獄より希望無き無間の諦念を作り出す神に挑み打ち倒す。
人の力で天に御座す神を天を貫く塔で突き滅ぼす。それでこの地は救われると信じて。
そして僕は石積みを怠り、地獄へと落ちる。
灼熱の地獄に堕ち、走る
走る。走る。走る。希望と復讐の未来の元へ。
さあ塔を築くのだ。神を、天を穿つ怨嗟の塔を。
煉瓦を作り、その頂を天へ届かせよう
我が根源は怨みなりやと
Therefore its name was called -----