とある策士の外史旅(仮)   作:カツヲ武士

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さらっと流された洛陽の日々
ぼっちにとっては普段通りでも
他人はそうじゃなかった

そんな弟子称視点


吾輩は弟子である

ーー弟子視点ーー

 

師曰わく、学問所は学び舎に非ず。

 

うむ、最初は意味がわからず、思わず

何言ってんだこの腐れ目?

と思ったが、今なら分かる。

 

基本的な読み書き算術ができるのならば、確かにここは学び舎に非ず。書庫だ。

 

書で学んでいるではないか?

その通り。だからこそこの建物は、書庫ではなく学問所と言う名なのだろう。

  

初めて師にあったのは3年前であったか。

 

実家で書を読みふけり、この腐敗した漢という国はどのような道を辿るのかを考える日々。

 

光武帝劉秀の如き英雄が全てをなぎ払い、漢を立て直すのか。

 

はたまた殷が周にとって変わられたように劉氏ではない英雄によって漢が終わり、新たな国が興るのか。

 

それとも高祖劉邦と項羽が生きた時代のように、戦国乱世となりいくつもの国が乱立し争うのか。

 

少なくとも、緩やかに滅ぶなどという生ぬるいことだけは無いと確信があった。

 

ならば来る激動の時代、自分はいかに生きるべきか。 

 

そんなことをずっと考えていた自分に、母上はおっしゃった。

 

己を高めよ。と

 

どんな時代がくるにせよ、今も昔も弱者は喰われるのが定め。

 

少なくとも力の有る者と無い者では

前者の方が選択肢は多いだろう。

 

だからこそ自らを高める為に、洛陽の学問所の門戸を叩いた。

 

本来、この学問所は我が家の家格では通うことのなかった場所であろう。

 

ココを選んだのは、偏に今現在の私が師と仰ぐお方が居たからだ。

 

弘農の李家の出で、幼少の頃から神童と名高かったと言う、李文優殿

 

政を行えば李家の所有する荘園の石高を倍以上に引き上げ、兵を率いては一兵も損なわずに賊を滅ぼし、個人の武においても一人で300を超える賊を討ち果たしたと言う。

 

しかもその時12歳にもなっていなかったとか。

 

さらには洛陽の学問所の書物を全て閲覧し、わずか一年で博士の号を得たとか。

 

噂が先行しているにしても、火のないところに煙は立たないものだ。

 

万事に興味を持てなかった私が、この方には興味を抱いた。

 

そして彼と同じ学問所に通う事となり、妹弟子としてご教授願おうとご挨拶に伺ったとき、何故か旅支度をしていたのには驚かされた。

 

驚くなど何年ぶりだったことか。

 

さすが我が師である。

 

なんでも先月元服し、もう少し遅かったらどこぞの辺境にでも仕官していたとのこと。 

 

 危なかった。 

 

この方がいないならこの学問所になど来ては居ない。

 

ずっと家で隠者を気取っていたかもしれない。

いや、恐らくそうしていただろう。

 

学問所で教導する内容のあまりの稚拙さ故に自分の忍耐力を試しているのか?と疑ったほどだ。

 

ここだけかと思ったが、どうやら授業の内容はどこも大差ないらしい。

 

ただ通っている者たちの家格が違うだけだと言う。

 

それだけと言うなかれ。家格が違えば、学問所の周囲の治安や商店の品揃えが違う。

 

つまりは過ごしやすさが違う。

そして将来的に高い位に就くであろう者と繋がりが出来る。

 

 

師曰わく、弱者は選べない。

 

至言である。

 

誰もが社会的弱者になりたくないが為に、無理をしてでも格の高い学問所に我が子を通わせようとするのだろう。

 

ちなみに私や師が通っている学問所は彼らの通う場所とは別の場所だ。

 

なぜこの学問所を選んだのか?と問うた私に師はこうおっしゃった。

 

教材が一緒なんだからどこで学んでも一緒。邪魔が入らず己を高めることが出来る学問所を選んだ。と

 

では師は名家や名族たちとの繋がりを求めないのか?と問うたとき

 

「漢あっての名家だろう」と至極あっさりと言われた時には心の臓が止まるかと思った。

 

まさしくその通り。私自身似たようなことを考えていたではないか。

 

腐敗が腐敗を呼ぶ現状では漢と言う国に明るい未来はない。

 

ならば、その腐敗の一員たるモノ達と親しくする意味はあるのか?

 

答えは否。断じて否。

 

家の格に縋るモノ達とは距離を置くのが正しいのだと、師はその行動で示している。

 

心ある者たちは皆、今のままでは漢が危ういとは分かっている。

 

だが、危ないからどうするのかということを考えて、具体的な対策を持っているのはこの方くらいだろう。

 

答えを求めた私に師はおっしゃった

 

どうしようもない。 

だから鍛えろ。

強くなれ。 

その時に選べる人間でありたいならば。

 

この言葉を聞いたとき、心から思ったものだ。

やはりこの方を師と仰いだのは間違いではなかったと。

 

この方は知っているのだ。

鍛えていなければ選べないようなことが起こることを。

 

そして今現在、私より遥か高みにいるこの方は恐らく選べるのだ。その時に、その場所で。

 

その結果が見たい。

願わくば師の横で。 

 

その黒く腐った目が何を見て、黒い頭で何を考えているのか。

今の私には想像すらできない。

 

鍛えねば。

 

 

 

師曰わく、とりあえず牛乳。

 

何飲ませようとしてんだこの腹黒?と思ったが、

聞いてみると師が良く飲んでいるのは牛の乳で、効果的に身体を鍛えるには必須らしい。

 

豆もあれば尚良しとか。

 

身体だけでなく知力は鍛えなくても良いのでしょうか?と問うた私に師はおっしゃった。

 

頭が良くても動けなかったら意味ないだろう?元気があればなんでも出来るってもんだ。と

 

ついでに言えば知性とは鍛えるものではない。学び、育むものだ。そして賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶんだぞ。と。

 

この方はどうでもいい顔で、とても大切なことをぶっ込んでくるから始末が悪い。

 

ちなみにこの場合の歴史とは他人の失敗の経験であり、歴史書などに記されている内容の勝者の成功例ではなく、敗者の失敗例を見てその行いを学べと言うことらしい。

 

成功し、勝利したものは自分を大きく見せるものだし、周りも内容を曲解して実際参考にはならない。むしろ失敗した敗者には虚飾が少なく参考になるとのこと。

 

なるほど、至言である。

 

それに身体を鍛えることと知性を磨くことは、決して相反するものではない。本人の能力とやる気で両立できるのだ。

 

だから鍛えろ。と渡された鉄の棒。

師が普段振っている棒に比べれば半分程度の棒だが・・・重い。

 

今年10になる娘に持たせるモノではないのでは?

 

目で文句を言ってみたら、ニヤリと黒い笑みを浮かべ

 

俺が5歳の時に使ってたもんだと、何故か勝ち誇った顔。

 

それに、戦場で私は10歳です。弱いです。と言って敵が手加減してくれんのか?などと曰う始末。

 

言ってる事は間違っていない。

 

人によっては「卑怯」などと言うかもしれないがそんなものは準備不足の負け犬の遠吠えにすぎない。

 

 弱ければ死ぬ。

 鍛えなければ死ぬ。

 そんな世が迫っているのだ。

 

 ならば鍛えよう。

 強さを手に入れよう。

 

 

ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・師よ

 

 

 

なぜ毎日20里も走るのですか?(一里約500メートル)腕立て、腹筋、背筋、はともかく、走ったあとの屈伸(スクワット)は拷問ですか?

 

正拳?ですか、左右各1000回って正気ですか?

廻し受けで矢を捌けって無理でしょう?

蹴り?孤塁って何ですか?

棒術いる?知は?いや、本は全部読んだけど!

あとは実践って、熊退治?それ実戦でしょう!

 

 

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 

 

いつの日かあの腹黒に一撃喰らわせてやるッッッッ!!

 

 

 

 




ぼっち 弟子を取る

史上最強の弟子やグラップラーな記憶をもつ李儒くんの弟子とは一体・・・

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