紅いイレギュラーハンターを目指して 旧話置き場 作:ハツガツオ
《前回までのあらすじ》
廃棄された研究所へと調査にやって来た騎士団長達。だが仕掛けられていた罠によって魔物が召喚され、それを退けようとするも追い詰められてしまった。為す術無しと思われたその時、眠りについていた者が目覚めたのだった。
今回若干のグロ描写があるので注意。
第一話 駆逐
悠久の時から"ソレ"は目覚めた。
出立からして戦士と思われるその人物は、自身が眠っていた鉄の棺の前に佇んでいた。言葉を発することなく、この場にいる者達を静かに見つめていた。
それは状況整理をしているようにも、見定めているようにも思えた。
だが、その目には一切の光を宿していなかった。見る者を暗闇へと引きずり込むような空虚さがあった。
暗く、深く――。それは最早人の目とは言えない無機質さを孕んでいた。
この場の全員が戦士へと目を注いでいた。人間も魔物も、先ほどまで争っていた彼らは一斉に手を止め停戦状態へと至っていた。
されどその様子は真逆だった。
魔物達は警戒していた。得体の知れぬ者に対する不信感を隠すこと無く。自身の手に持った得物を、自らの身体に備わった武器を構えていた。
人間達は何処か怯えていた。信じられぬものを見るように、驚きを前面に押し出していた。最早剣を握る手には力が込められていなかった。
共通していたのは一つ――突然現われた者に対する懐疑心だけだった。
貴様は一体――。驚愕を含んだ目を騎士団長は戦士にぶつけていた。だが戦士は何も答えない。二つのがらんどうな瞳で前方を見つめているだけだった。
――だが、立ち尽くしている彼へと一匹の魔物が襲いかかる。
「グルァアアアア!!」
炎を纏った狼の魔物、パイロウルフ。突如として現われた戦士の存在が気にくわなかったらしく、彼目掛けて走り出した。
地面から跳ね、紅蓮の炎を纏わせた牙と共に真正面から飛びかかった。
対する戦士は避ける素振りすら見せない。
まずい――! 騎士団長は急いで立ち上がろうとする。しかし全身に走る痛みによってすぐに膝をついてしまう。
既に牙は戦士の目の前にまで迫っていた。
そして戦士は、無抵抗のまま牙に貫かれた。
「グァッ!?」
――はずだった。
呻き声を上げたのはパイロウルフの方だった。パイロウルフの急所である喉元が掴まれていたのだ。戦士の左手に。
予想だにしていなかった出来事から炎狼の顔には驚愕の色が浮かんでいた。どうにか抜け出そうとして前脚を必死にバタつかせる。
だが戦士の手はほどけなかった。焦ったパイロウルフはもがきを強めるも戦士が力を緩める気配は一向にない。
あがく獣の様子を余所に戦士が左手を身体ごと大きく振りかぶった。
そして次の瞬間――ぐちゃり、と潰れる音が室内に響いた。
「なっ……!?」騎士団長は驚愕を口にする。地面には血が広がっていた。先ほどまで元気よく脚を動かしていた炎狼の頭部は粉砕され、鮮血と脳髄が飛び散っていた。身体の方は突然の死に至ったばかりからか時折痙攣を起こしていた。
戦士の手は赤く染まり得も言われぬ臭いが部屋に漂った。事を起こした張本人たる戦士は手を振って自身の手に付着したものを払った。
「…………」
先ほどまで虚空を見ていた戦士の目が魔物達へと向けられる。そして、魔物達の方向へゆっくりと歩を進め始めた。
魔に属する存在達も戦士を新たな標的と定めたらしく複数の魔物が殺到する。
接近したスケルトンが戦士へと剣を振るう。常人なら瞬く間に肉片へ変える斬撃が戦士を襲う。首や心の臓、臓腑といった当たれば致命傷となる部分を的確に狙っていた。
繰り出される鋭い斬撃を戦士は躱す。だがやはりというべきか、目覚めたばかりで身体が思うように動かないらしく回避動作が些か重かった。ギリギリで避け続けてはいるものの、完全には躱しきれず頬や脇腹を剣が掠めていく。
スケルトンが戦士の回避後の隙を突き、もう片方の腕に装備していた盾で戦士を殴りつけた。
戦士は空中を舞いながら飛ばされるも即座に身体を反転させて着地する。すかさずスケルトンは距離を詰めて斬込む。
絶え間なく迫る凶刃を前に戦士は只管に躱し続けるしかなかった。
やがて堪らないとでも思ったのか戦士は後ろへと大きく飛び退いた。
しかしその先には――彼の背後にはミノタウロスが斧を振りかざして待ち構えていた。
「ブモォ……!!」気配に気づいた戦士が振り向くも、大斧は既に振り抜かれていた。地面を砕く轟音が室内に鳴り響く。
間一髪のところで回避に成功した戦士は横へと跳ぶ形でミノタウロスから距離をとった。
しかし直後に一筋の紫の光が戦士へと落ちる。反応が間に合わなかった戦士は直撃を胸部に喰らった。
光の正体はガーゴイルが撃ち込んだ闇魔法だった。地上の者では手の届かぬ領域よりガーゴイル達が続々と闇魔法を発動する。闇の元素が塊を形成していき弾丸となって撃ち出される。
弾丸の雨が降りしきる中を戦士はくぐり抜ける。その最中、肩や太ももを紫の弾丸が僅かに触れて通過していった。
そのような状況においても戦士は足を止めなかった。一瞬たりとも速度を落とすことなく疾駆し紫電の包囲網を振り切ろうとする。
だがガーゴイル達は嘲笑うように戦士の走る先へと数発の弾丸を撃ち込んだ。
自身の目前に紫が着弾したことで戦士は反射的に足を止めてしまった。――疾走を止めたこの瞬間、戦士は格好の的となったことと同義だった。
ガーゴイル達は陣を空中へと展開し空に大量の光を浮かべた。そして戦士へと一斉に撃ち出した。
弾丸が戦士目掛けて降り注ぐ。戦士は躱す間もなく飲み込まれた。
◇ ◇ ◇ ◇
戦士の末路を見ていたスケルトンは顎の骨を揺らしながら嗤った。戦士の死を嘲笑うかのように。狩りに水を差した煩わしい存在の死を悦ぶかのように。
これで心置きなく狩りが再開出来るというものよ――。スケルトンは呻き声を上げながら転がっている騎士達を見やる。
いきなり鉄の箱から現われたことや同族の一体を素手で屠ったことには多少驚かされこそしたものの、所詮は人に過ぎない。自分達魔物に刃向かったところでどうなるはずもない。そうスケルトンは考えていた。先の者や今この部屋に転がっている者のようになるだけだと。
だが狩りの前に戦士の死体を確認しなければならない、とスケルトンは再び正面に目を戻した。戦士の居た場所は大量の魔法攻撃によって舞い上がった土煙が朦々と立ちこめていた。
死体を確認するのは単に生死を確かめる意味合いだけではない。悪辣なことにその亡骸を今は空っぽである自分の眼窩に収めるためであった。
邪魔者は邪魔者なりに楽しむ、ということらしい。
時期尚早ながらスケルトンは戦士の死体を見た後の事について既に思考していた。狩りの獲物である騎士達の殺し方を。
単に殺すだけではつまらない。重要なのは如何に苦悶の表情を浮かべさせて悲鳴を永く上げさせるかだ。
足の先からゆっくりと細切れにしていくのはどうだろうか。そうすれば出血は多少抑えられる上苦痛を永く感じさせることが出来る。
他の仲間が死んでいく様を見せつけてから腕と足を削ぐというのも中々に捨てがたいものだ。死の間際に紡がれる叫びも良いが何も出来ないことへ吐かれる怨嗟は途轍もない心地良さを与えてくれる。
スケルトンは朽ち果てた人間の怨念がそのまま骸骨に宿って変じた魔物と言われている。だが骸骨が生前に宿していたであろう人の心は肉と共に削ぎ落とされていたようだ。
血に飢えたスケルトンにとっては犠牲者が断末魔として紡ぐ絶叫は心に安らぎを得る詠歌となっていた。
奴は一体どのような姿で朽ち果てているのだろうか。筋繊維の無い下顎が笑みを浮かべるように僅かに上がった。周囲の魔物達も同じように卑しい笑みを顔に浮かべていた。戦士の死体を見るのが待ち遠しいとでも言うかのように。
体中に開いた穴から骨と内臓が剥き出しとなっているのか。それとも原型が無い程に潰され臓腑と混ざり合った血の海が広がっているのか。心を躍らせながら魔物達は土煙が晴れるのを待った。
やがて土煙が晴れた。スケルトン達が心待ちにしていたであろう光景が映し出された。
そして現われた。――大地に立つ戦士の姿が。
魔物達は驚愕で目を見開いた。信じがたいことに戦士は生きていた。腕に纏っている籠手から、全身に纏った無彩色の装束から、着弾による煙を上げて。その場で動くこと無く両の腕で防御する形で魔法攻撃の雨から身を凌いでいたのだ。
驚く魔物達を余所に戦士は防御していた腕を下ろす。感情を宿さない黒い双眸が魔物達を映していた。
スケルトンは上顎と下顎を強く噛み込んだ。ふざけるなとでも言うかのように。折角の楽しみを台無しにされたことに対する怒りが魔物達に猛烈な殺意を湧かせた。
代償を精算させるべくスケルトンは再び戦士へと剣を振るった。剣速は怒りによって先とは比べものにならないほどに増していた。最早躱すことすらままならないだろう。
現に戦士は躱すことに手一杯のようだった。辛くも躱し続けてはいるものの、攻撃が戦士を捉える回数は確かに増加していた。
往生際が悪い奴め。戦士の奮闘を鼻で笑いながらスケルトンは容赦無く剣を振り下ろしていく。戦士は剣戟から逃れようとして横へと跳んだ。
だがそこへと今度は別個体のスケルトンが襲いかかる。繰り出される剣戟が戦士を捕らえようと次々と奔る。
防戦一方である戦士へと更なる追撃としてハチェットバードが攻勢に加わった。スケルトンが展開する剣戟の隙間を埋める様に戦士の身長を超える頭部の斧が頭上から振り下ろされる。
格段に上昇した攻撃の密度は戦士に反撃の暇すら与えなかった。攻撃が当たらぬようにと戦士が右へ左へ後ろへと踊る姿は酷く情けなくみっともない様であり魔物達の溜飲を下げた。
この状況を少し変えようとでもしたのか戦士は後ろへと退いた。
だが着地の際に生じた硬直をガーゴイルが狙撃手の如く魔法で撃ち抜いた。二発の弾丸は戦士の上体へと命中し、身体を大きくぐらつかせた。
生じた好機を逃さずスケルトンは剣を大きく掲げる。にやりと嗤った。今度こそ臓腑が飛び散る様を想像しながら。
スケルトンが垂直に剣を振り下ろした。
――戦士の瞳がスケルトンを捉えた。
瞬間――スケルトンの身体は宙を舞っていた。
戦士は髑髏の眼窩から姿を消していた。スケルトンの持つ剣は文字通り空を切っていた。――肩から先を千切り飛ばされる形で。
スケルトンの髑髏が驚愕に満ちる。
一体何が起こった。何故奴は目の前から消えている? 何故右腕が無くなっている――!? 思考が追いつかない中、骸骨は背後からふと何かの気配を感じた。
直感的に頸椎を僅かに回転させて振り向く。視界の先には、消えたはずの戦士がいつの間にか自身の背後へ回り込んでいたのが映った。
否、戦士は消えたのではなかった。スケルトンが剣を振り下ろす刹那、真横を一瞬で通り過ぎると同時に腕を引き千切ったのだった。
スケルトンが視認した時には既に戦士が拳を放っており、兜を被った髑髏を正確に打砕いた。突き動かす衝動の源が消失したことで、崩れ落ちた骸骨は鎧と地面の反響音と共に大気へと霧散していった。
スケルトンが倒れた直後、別個体が戦士へ奇襲を仕掛けた。敵を倒して僅かに気の逸れているであろうこの瞬間を狙っていた。
戦士は慌てる素振りもなく、拳を放った勢いを利用し片足を軸に身体を半回転させて回し蹴りを撃ち込んだ。
蹴りは露出している腰椎へと命中し、骸骨の上半身と下半身を分断した。その折にハチェットバードが戦士への攻撃を開始した。
趾で地面を捉えながら首をくねらせ処刑人の斧のようにうなじへと振り下ろす。
そのまま攻撃は戦士の首を刎ねる――ことはなかった。一つの金属音とと共に斧の軌道は上へとずれ、戦士の頭上を素通りすることとなった。
戦士は身を屈めながら斧の斧刃――刃の平らな部分――へと自身の腕を下から当てたのだ。それも腕に装着していた籠手で、だ。籠手で刃を流すよう斜めにぶつけたことで軌道をずらしたのだった。
自身の下半身と同程度の斧を意図せず空振りしてしまったことで、斧鳥は勢い余って後ろへと回転してしまう。バランスの崩れたハチェットバードの胴体へと戦士が前蹴りを浴びせる。
斧の勢いと戦士の蹴りによる速度を以てハチェットバードは空中を飛んだ。そしてその先には、ミノタウロスがいた。
他の魔物を利用しての攻撃などミノタウロスですら予想出来ようはずもなかった。驚きながらもミノタウロスは両手に持った片刃斧で飛来したハチェットバードを両断した。
その間に戦士はミノタウロスへと疾走し距離を詰めていた。気づいたミノタウロスが斧を手元で廻し接近した戦士へ横薙ぎを放つ。
戦士は上へと跳んで躱し、ミノタウロスへの顔面に膝を喰らわせる。戦士の膝蹴りを真面に貰ったミノタウロスは堪らず後ろへと倒れ込む。
頭部を襲った震動と顔の中心部に居座る痛みをねじ伏せ何とか立ち上がろうとして目を開いた。天井ではなく、紅い影が差していた。
紅い影は戦士が足に付けている
牛頭を頭蓋諸共踏み砕き放射状に血液と脳漿が飛び散った。――僅か一分にも満たない時間での出来事だった。都合四体もの魔物を戦士は瞬く間に処理した。
傍で見ていた魔物達からは侮蔑や嘲りといった感情は既に失われていた。新たに困惑や動揺のようなものが生まれていた。
何だアレは。
目覚めた当初は明らかに鈍い動きだった。攻撃を躱すのでさえやっとだった。それが急に動きが変わって――――。
戦士は魔物の様子になど目もくれず、足下に広がる血を踏みしめ魔物達の方へと金髪を揺らして幽鬼のように振り向く。
集団を視界に捕捉した戦士は獣のように身体を低く屈める。右足で地面を踏み込み、低く疾走した。強靱な脚力によって初速から一気に最高速度へと到達したことで数十メートルは離れていた魔物達との距離を零に。
そして一体の魔物の頭部を掴み、地面へと叩き付けた。
自身の身に何が起こったのかを理解する間も無くその魔物は絶命した。
なっ――。魔物達が驚いている間にも戦士は次の魔物を標的にしていた。小鬼の魔物の腹部へと拳を突き上げ身体を強制的に蹲らせた。すかさず背中へと肘を撃ち込み背骨を損壊させた。側にいた人型の魔物の顔面を殴りつける。二発三発、四発五発と続けて打つ。頭部を揺さぶれて意識が落ちそうなところへと拳を振り抜き他の魔物ごと巻き込んで飛ばした。そして巻き込んだ魔物へと一足飛びに接近し蹴りを撃ち込み首の骨を砕いた。
次々と同族を葬っていく戦士に魔物達はようやく状況を飲み込み反撃を開始した。不倶戴天の敵と化した戦士を誅殺するが為に。
尤も――攻撃の悉くが通用せず、一方的な虐殺の目に遭わされることを、反撃と呼べるとすればだが。
振り抜かれた剣を戦士は苦も無く手首を掴んで止めた。そのままもう片方の手で首元を捕まえ地面へと投げ飛ばし、背中を足で押さえながら腕をへし折った。苦痛の叫びを上げる魔物の頸椎へ踵を下ろして二度と声が出ないようにした。
戦士目掛けて魔法が撃ち込まれる。戦士は僅かに身体を反らして躱す。続々と魔法が飛来するも躱しながら巨躯の魔物の背後へと回り込み、弾丸からの遮蔽物として凌ぐ。弾丸が止んだところで焦げた魔物の身体を踏み台にして跳躍した。視界に映った二体のガーゴイルを拳と蹴りで地面へと叩き落とす。落下を上乗せした脚力で地面のガーゴイルを踏み抜いた。
「グ、グルゥ……!」槍を手にした魔物が向かってくる戦士へと突きを放つ。だが戦士は身体を左に動かし、槍を躱して拳を魔物の腹部へ穿つ。突進の勢いに加え戦士の腕力が相乗したことで魔物の腹部を破り臓腑を貫いた。
颶風のように戦場を駆け抜け、嵐のように命を奪い去っていく戦士を、どの魔物も捉えることが出来なかった。
生命の支配権は既に魔物達から戦士へと奪取されていた。暴威にも等しい戦場の支配力を前に魔物達は為す術が無かった。
「ギャオォォォォォォ!!」
刹那、咆吼が部屋に轟いた。獣の哮りに呼応して戦士の周囲の地面に突如として亀裂が奔る。大地が槍の穂先のような鋭利さを有して急成長し戦士を貫いた。戦士だけではない。戦士の周りにいた多くの魔物をも串刺しにし、溢れた血液を養分として真っ赤な華を咲かせた。
自軍諸共の処刑でこの惨状を作り出した咆吼の主は、地面を踏みしめて死体の山へと足を運んだ。
地面が戦士達を襲った要因を作り出したのは獣、キマイラが発動した土魔法だった。『アースグレイブ』と呼ばれる強力な部類に位置するソレを行使することで、周囲の魔物を巻き込む形で戦士を屠ったのだった。
一際大きな大地の槍によって宙へ磔となっている戦士の死体を見てキマイラは鼻を鳴らした。無様な姿を愚弄するように。このような存在にやられた他の魔物を蔑むかのように。
「グル……?」だが、そこでキマイラは違和感を感じた。戦士の死体からは他の魔物の死体から流れている赤い液が一切溢れていなかった。どころか、槍は腹部を貫いてすらいない。脇に逸れて戦士が抱えていた。
死体であった戦士が息を吹き返したかのように顔を上げる。腕から槍を放し地面へと降り立ち、即座にキマイラへと疾駆した。キマイラは魔法で生成した岩石の弾丸を戦士へと撃ち出す。戦士は跳躍し弾丸を躱すと共にキマイラとの距離を詰めた。
そして拳に力を込めキマイラへと殴りかかった。――瞬間、戦士の身体が横からの衝撃で吹き飛ぶ。戦士の身体は水平に宙を飛翔し壁へと激突した。
罅割れた壁に背を預けながら戦士はキマイラの方を見る。キマイラの真横には自身を吹き飛ばした存在たる毒蛇がいた。キマイラの尾である蛇は太い躰を持って戦士へと体当たりを仕掛けたのだった。
戦士はキマイラと尾の蛇を見据えて近くの壁の
毒蛇は細かく振るわせていた舌を引っ込めると、キマイラの真上へと移動し牙から分泌される毒液を塊にして吐き付けた。戦士は真横へと回避する。毒液は壁へと着弾し強力な毒素で壁を液状に溶かした。
毒蛇は弾倉に目一杯装填した拳銃の如く矢継ぎ早に毒液を発射し戦士に近づく暇を与えない。戦士は振り切るように駆け、迫る一発を前転して避けた。そして体勢を直し、キマイラへと吶喊した。
それを目撃したキマイラは岩石による攻撃へと切り替える。戦士は手に持っていた配管で岩石を打ち払いながら尚も直進する。
大地の獣の王が不埒者の接近を禁じるために空へと咆える。再度地面が呼応し始める。先刻のような槍ではなく小さな棘針が剣山として戦士を襲う。
戦士は地面を蹴って跳躍し針山を回避した。だが、それは先刻の行動の焼き直しであった。毒蛇が巨大な身体をしならせて戦士を噛み砕こうと迫っていた。
空中への回避は有効打ではある反面、その最中には一切身動きが取れない。それが人のような、翼の類いを持たない種族であるのなら尚更のこと。キマイラはそれを知っていた。先の行動から戦士もその理屈に従わざるを得ないということをも。
毒蛇が獲物の肉を噛み裂こうと口を広げた。
――だが、戦士も同時に振りかぶっていた。先ほど壁から拝借した配管を。
無理矢理引き抜いたことで配管先端は鋭利になっていた。刺突剣のような刺すことに特化した形状に。
振り下ろした鉄管が、毒蛇の額板と口内を破って鉛直方向に突き抜けた。
毒蛇の意識は絶たれ接近を余儀なく中断することとなる。支える力を失ったことで、巨体はそのまま地面へと倒れ込んだ。そう――つい数秒前にキマイラが生み出した棘山へと。
「ギャォォォオオウ!?」
キマイラが悲鳴を隠すことなく叫んだ。意識そのものは別であっても身体を共有している以上痛覚も共有している。故にパイプで刺された痛みも棘山に串刺しにされた痛みも感じていた。
戦士はお構い無しに毒蛇の身体へと着地する。棘の大群に蛇が刺さったことで、キマイラへの道を示す肉の道が舗装されていた。
戦士はその上を駆け抜け、再度キマイラへと拳を振り抜く。二撃目である今度は妨げられることなく山羊の頭部を粉砕した。
立て続けに生じた激痛で獅子を模した頭は苦しみ悶える。身体を大きく仰け反らせた。戦士は身体を半回転させ容赦無しに下から獅子の頭部を拳で突き上げた。
切れた口内から鮮血が飛び獣の身体は地面へと倒れ込んだ。
しかしキマイラに止めが刺されたわけではなかった。潰されたのは尾である蛇と片割れの山羊の頭部のみ。獅子の頭は強烈な一撃こそ貰ったものの、絶命には至っていない。
どうにかして身体を起こそうと前脚に力を込める。それは混ざり合う前の獣が有していたプライドなのか、其れとも人間如きにこのような有様である自身への怒りだったのかは分からない。自身の中で沸き立つ戦意は失われていないことだけは確かだった。
だがそこへと首元を踏みつけられたことでキマイラは地面へと接吻を交わすこととなった。
キマイラは目を動かして自分の首を踏みつけた戦士の姿を認識する。そして、戦士の眼を見たキマイラは背筋が凍った。
――戦士の目は空虚なままだった。唯々無感情の黒い双眸がキマイラを見下ろしていた。波濤のように攻撃を浴びせられようとも、自身の生命が危機に晒された状況であっても、感情の一切が戦士には浮かべられていなかった。
人間のように同族の仇討ちに闘志を燃やし怒りで顔を歪めもしなければ、恐怖に呑まれて戦きもしない。
魔物のように狩りに興じて命の剥奪に高揚するわけでもなければ、殺戮の甘美を味わうように嗤いもしない。
唯作業のように対象を抹殺する戦士には感情というものが――心というものが無いかのようだった。
此奴は本当に人間なのか――。先ほどまであった戦意は既に失われていた。キマイラの身体は震えていた。寒さという外的要因ではない。動物の本能に刻まれている、誰もが知り得るものによって。失われたと思っていた感情がキマイラに湧き上がっていた。
戦士が無感情のまま拳を振るった。
ひっ――。気づいた時には行動に移していた。残りの魔力を稼働して身体を土魔法の作用で硬化させた。身体の表面を魔力が包み込み薄い褐色へと変化した。戦士の拳は弾かれた。
キマイラは安堵の息を漏らした。
だがそれは本質的な解決になってなどいない。その場凌ぎの対抗策でしかない。
だからこそキマイラは気づいていない。自らが愚かな選択をしてしまったことを。"ソレ"を遠ざけることなど出来ないということを。
表皮を覆う防護に拳を阻まれた戦士は僅かに見下ろした後、キマイラの喉元と鬣を掴む。そしてあろう事か――力を入れて引き始めた。
ま、まさか。キマイラの表情が凍り付く。首元の皮膚が伸ばした糸のように張り詰め、筋繊維がギチギチと悲鳴を上げる。キマイラの厭な予想は的中していた。――戦士がこれから残忍な方法で自分を屠るのだということを。
例え表面を硬化させたところで内部にまでその作用が及ぶわけではない。衝撃吸収の役割を持つ脂肪の柔らかさや細胞の持つ水分はこの時においても普段通りに機能していた。
故に、鉱物などでは不可能な引き裂くという行為を可能としてしまったのだ。
直ぐさま抵抗しようとキマイラは足掻いた。だが首元を踏みつけられている上、尾の蛇の重量のせいで立ち上がるのが難しくなっていた。
ならば防御を排除して攻撃すれば。そう思った。が――出来なかった。
もしも解除してしまえばどうなるのか? 当然、戦士は直ぐに頭部への攻撃で止めを刺してくるだろう。遠ざけていたはずの死が目の前に現われてキマイラの魂を刈り取っていくだろう。
だが、このまま防御しつづければどうなる? じわじわと痛みを与えられながら苦痛に塗れて死んでいく。――キマイラには既に逃げ道というものは残されていなかったのだ。
自分の末路を自覚してしまった瞬間、身体が動かなくなってしまった。石化したかのように全身が硬直してしまったのだ。
故に――キマイラはこのまま死を待つ身となった。
ミチミチと首元が悲鳴を上げる。徐々に徐々に皮膚が引き絞られる痛みが強まり、焼けるような激痛となって襲う。筋繊維がプチプチと切れる音が静かになった身体から鼓膜へと響き厭でも知覚する。毛細血管が断裂して力を加えた箇所に出血が促されていく。
キマイラは悲鳴を上げたかった。今にも逃げ出したかった。そして出来ることなら、一思いに殺して欲しいと願った。
だが、無情にもそれは叶えられない。自分で選んでしまったが故に。
そして数秒とも数刻とも感じられる時間を経て――首は引きちぎられた。
キマイラの首元から勢いよく噴出した液は地面を紅く染め上げた。戦士は無表情のまま手に持っていた獅子の首を地面へと放り投げた。
余りの凄惨な光景に魔物達は後ずさった。
アイツは何だ。あの人間は、あの存在は……何だというのだ!?
つい数分ほど前まで恐怖を与えていた側であるはずの、他の魔物の命など欠片ほどにも関心を持っていなかったはずの彼らが、同族が討たれる様を、キマイラがなぶり殺しにされる様を目の前にして初めて狼狽えたのだ。
魔物達にとって戦士の存在は最早"人間"や"闖入者"という
戦士の双眸が魔物達へと向けられる。それは感情などからではなく、残りの敵対者を排除するための機械的な行動のようだった。
魔物達には戦士の存在が酷く恐ろしく感じた。
あれは人の目では無い。そう思った。土塊や機械で出来た
自分達は狩る側では無かったのだ。そう知覚した。自分達は狩られる側にあったのだ。そう自覚した。
そして魔物達は理解した。奴は自分達を狩りに現われた狩人であるのだということを。 自分達に終焉を告げに来た死神であるのだということを――――。
「……ウ、ググ、ヴ、ヴァァァアアアアア――――!!」
――恐怖が魔物達を飲み込んだ。
最初は僅かに抱いていたかどうかすら不明な小さな情感だった。それが同族達の死を通し爆発的肥大化して魔物達の精神を蝕んだ。体内での潜伏期間を終えた
魔物達は正気でいることなど出来なかった。残酷な狩りに耽ることも、命を奪う喜びを感じることも出来なかった。
唯目の前に現われた生の簒奪者から逃れたいという思いだけが心を埋め尽くしていた。 故にそれを打破するべく彼らが取れる選択肢は唯一つ――戦士を殺すことだけだった。恐慌状態へと陥った魔物達が一斉に戦士へと雪崩れ込んだ。
戦士は魔物達を応対し、そして悉くを葬った。
複数体による立体攻撃を仕掛けようと。背後からの奇襲を仕掛けようと。素早さを活かした電撃戦を実行しようと。接近した魔物は近づく端からこの世から消えていった。
地上での惨劇へと空中を領域とした魔物達が魔法での遠距離攻撃を試みる。彼ら地上の魔物よりかは僅かに正気が残っていた。乱戦状態に陥ったこの状況でなら流石の戦士でも反応しきれないだろうという微かな希望を抱いて魔法を撃った。
だが――当たらなかった。どれ一つとして。正確に狙って放たれた魔法を戦士は全て避けて、躱して、そして同族を盾にして防いだ。
何故だ!? 何故当たらない!? 滞空している魔物達にも地上の魔物同様恐怖に呑まれつつあった。
なにせ戦士の動きが、
だったら同族諸共広範囲の魔法で――!! そう考えた時、目の前には戦士の姿があった。戦士は地面を疾駆した慣性のまま壁を蹴ってガーゴイル達空中の魔物へと接近したのだった。
そして拳が顔面へと叩き付けられ地面へと墜落した。更には地上の者から奪っていた武器を投げつけ空に浮いていた他の魔物を壁へと磔にした。
空中ですら逃れる場所はない。無情な現実を魔物達は突きつけられてしまった。
厭だ厭だ厭だ! 死にたくない! 助けてくれェッ! それは皮肉にも、これまで自分達が殺してきたであろう人間が抱いたものを今度は彼らが抱く番だった。
当然ながら魔物達の心情など戦士が知ったことではない。戦士は何も言葉を発さず冷淡に死体の山を生産していった。
魔物達の願いは虚しく、数分と経たずに全て掃討されたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
魔物達が殺されていく様を騎士団長は唯見ていることしか出来なかった。自分達があれだけ苦戦した魔物の軍勢を、何十といた魔物達をたった一人で殲滅する戦士を。
騎士団長の視線の先では、魔物討伐の功労者たる戦士が陽光で照らされていた。金髪を煌めかせながら佇む彼の姿は絵になりそうな程神秘的だった。
だが周囲に展開されているのは、真逆の情景だった。足下には魔物だった残骸が転がっていた。肉塊から流れた夥しい量の血で満たされていた。戦士が纏う鎧と同じ色に大地は染め上げられていた。
目の前で見せられた光景は到底人の所業と呼べるものではなかった。己が駆体を駆使して魔物達を滅ぼしていく様は、戦士の存在が"兵器"であるのだと正しく証明していた。
樹海の奥深くにあった研究所。その最深部で眠っていた戦士。そして、"
「奴は一体――」
何者なんだ。小さく発された騎士団長の言葉だけが部屋の中に響いた。
その言葉が届いたかのように、戦士が半分だけ振り返る。
ちなみ初期案はキマイラとのタイマンではなく、モノクロプスを加えた二体同時戦闘だったので被害は減った模様。
《人物紹介》
・????
極悪非道の魔王が如き所業をやらかした主人公。しかも二話目にも関わらずまさかのセリフ0。
服装のイメージとしては、ゼロシリーズのゼロの服装をグラブルの世界観に
・魔物達
今回の被害者。
・キマイラ=サン
通常種どころか魔物の群れの中でも目茶苦茶強い方……なのだが、作者の意向のせいで噛ませ犬扱いになった挙げ句しめやかに頭部を引きちぎられた。
咆吼の声や一部技のモーション(毒液発射)はエグゼ6のグレイガから拝借。ちなみに魔力での防御はグラブルの土キャラのアビを参考。
《元ネタ・技解説》
・両腕による防御
所謂アームブロック。元ネタは『ロックマンX2』にて敵として登場するゼロが使用する行動。
技自体はただのガードなのだが、その性能は一言で言えばチート。エックスの放つバスターだろうと特殊武器だろうと将又ギガクラッシュ(システム的にはグラブルのフェイタルチェインに近い)だろうと全部ノーダメージで防いでくる。無論何のバリアも展開せずに。無印リメイク作『イレギュラーハンターX』においても敵のゼロが使用する。そちらは相方エックスとの二対一の状況も相まって相当厄介である。
・アースグレイブ
四大天司の一人ウリエルが使用する技『アースグレイブⅢ』より。こちらはその下位互換程度をイメージ。
詳細な範囲や規模は不明だがⅢのエフェクトからしてパーティ全体分の大きさだったのであちらは一個小隊~大隊なら軽く潰せる程度と判断(というか一つの軍程度軽く潰せそう)。それを基準にこちらの範囲は十数人程度を想定。
・鉄パイプ
元ネタは『ロックマンX4』に登場した一見何の変哲もない唯の鉄パイプ。しかし赤いイレギュラーはシグマ隊長の操るビームサーベルと互角に渡り合っていた。勿論科学が発達した世界なのでパイプ表面に魔法とかを纏ってたりしない。機動戦士よろしくビームコーティングとかも一切施されていない。にも関わらず真正面から弾いていた。(ガチ)
一説によると、パイプがあったのは赤いイレギュラーの生みの親の研究所だったことからパイプにも魔改造が施されていたか研究の過程で再現されたダマスカス鋼のような希少な金属で造られていたのではないかと云われている。(大嘘)