第十話 小さな一歩と偉大な一歩
眩い光が全身を覆い、俺は目を伏せる。
眩しい、リーアの人工の光とは大違いだな。
程なくして、再び全身を揺れが襲った直後、斜坑エレベーターが動きを止めた。
慣れるまで暫し時間を有したが、やがて目が光に慣れてくると、周囲の状況を見渡し始める。
「ここは、倉庫、なのか?」
そこは、まるで巨大な倉庫の内部であった。
天窓から差し込む光に照らされた内部は、剥き出しの骨組みに、所々にコンテナが置かれている。
リーアの存在を秘匿するための偽装用なのか、ここが倉庫として使用されていた感はない。
「兎に角、外に出るか」
ウェイストランドデビューの初見が倉庫内部という、少し肩透かしを食らった所ではあるが。
気持ちを再び引き締めると、俺は倉庫内から出るべく、出入り口へと向かう。
搬入口は固く閉ざされていたが、人が出入りする為の出入り口は特に鍵もかかっておらず、すんなりと外に出ることができた。
「……あぁ」
出入り口を出た先に広がっていたのは、ある程度予想していたものを簡単に飛び越える程の絶望、あるいは"無"であった。
木々は枯れ果て、荒れ果てた大地、そして、そんな荒廃した地上を嘲笑うかのように、空には青空が広がっている。
前世ではゲームプレイなどで、現世では座学等である程度の予備知識は持っていると自負していた。
が、実際に実物をこの目で見てみると、それらの予備知識の何と可愛い事か。
それは、希望や絶望の生まれぬ、まさに時の止まった"無"の大地。
ここはまさに神すらも見捨てた世界、ウェイストランド。
「本当に、見つかるのか……」
不安が言葉に変換し零れるが、ふと、負けそうになる気持ちを振り払うと、出発時の決意を思い出す。
そうだ、リーアの人々の未来は俺の双肩にかかっている。
進まなければ、未来をつかみ取る為に。
「よし!」
深呼吸を一つ。
決意を新たに、俺は巨大倉庫を後に、出発式で受け取った最初の目的地を目指して歩き始める。
──西暦二三〇七年、ウェイストランドにとっては小さな一歩だが、俺にとっては偉大な一歩。を踏み出した。
とっかかりとして、リーアから東部方向。
オーロラを東西に分担するフォックス川の手前側にノース・レイク・サンズと呼ばれる小さな集落で、手掛かりを探す事になる。
ピップボーイの地図に印されたマーカーを目指し、荒廃した大地を進む。
かつてはウェスト・インディアン・トレイルと呼ばれていた道路も、今では手入れがなされず、ひび割れや破損が目立つ。
道路の脇に立つ枯れた草木や朽ち果てた住宅跡も、かつては生命の活気に満ちていた事だろう。
そんな道路を一人黙々と歩いていると、不意に、銃声が聞こえてくる。
音の大きさからして距離はあるが、直ぐに姿勢を低くし手ごろな物陰に身を隠すと、耳を澄ませる。
再び聞こえてくる銃声、更にその後も数発分。
銃声の正体を確かめるのは危険が伴うが、正体不明なままでもリスクがある事も確かだ。
なので、銃声の正体を確かめるべく、ピップボーイのレーダー機能で周囲を警戒しつつ、銃声の方へと移動を開始する。
「……が、……だぜ!」
「ヒャハハハッ!!」
銃声の聞こえてきた方へと近づいていくと、今度は人の話し声が聞こえてくる。
しかし、その声はどう考えても正気な思考の者とは思えない。
道路脇に放置されていた廃車の影に身を隠すと、ヴァルヒムさんから頂いた双眼鏡を手にし、声の方を覗いてみる。
レーダーが反応を示した場所、十字路のど真ん中で目にしたのは、奇抜な髪形に廃材を取って付けたような、これまた奇抜な格好を数人の男女の姿であった。
「レイダー……」
それは紛れもなく、ウェイストランドの生態ピラミッドの底辺で蠢く存在、レイダーであった。
ゲームや座学等で学んだ予備知識通り、手にしたパイプピストルや粗悪な銃器を振り回し、彼らはまるで何かの祭りかのごとくはしゃいでいる。
「新鮮な肉だぁ~!」
「これで今日はすっごい事しようぜぇ!!」
耳を澄ませ彼らの声に耳を傾けると、どうやら本日の食糧を確保したようだ。
それらしい物に双眼鏡を合わせると、そこには、折り重なった人間の死体が。
あぁ、そうだった、彼らは食べられるものなら人間の肉も食べるのだった。
食道の奥から逆流してきそうなものを抑えつつ、銃声の正体もレイダー達の狩りと分かった所で、俺は不要な戦闘を回避すべく移動を開始する。
レイダー達のいる十字路を大回りするように、廃墟だらけの住宅街へと足を進める。
戦前は閑静な住宅街として住民達の笑顔で溢れていたであろう場所は、今や閑静、どころか無人と化したゴーストタウンとなっていた。
そんなゴーストタウンを警戒しつつ進んでいると、ふと、廃材集めやアイテム収集などをまだしていないと気が付く。
ゲーム的に言えば、今の俺のメインクエストは浄水チップの捜索及び確保だ。
タイムリミットがあるとはいえ、猶予としてまだ一年ある。
ならば、少しくらい道草食ってもいいよな。
それに、当面の備えがあるといっても、捜索がどれ程かかるかも分からないのだし、長期的な活動に備えて収集は積極的に行っていこう。
「……失礼します」
という訳で、俺はある程度原型を留めていた住宅に足を踏み入れ、内部の捜索を開始する。
室内での戦闘に備え、その手には攻撃型カスタムガバメントを手にしている。
N99型10mm拳銃とどちらにするかと悩んだが、装弾数の多さから攻撃型カスタムガバメントを選択した。
.45口径弾も、4の世界観を取り込んでいると思われるこの世界ならば、ある程度は確保が可能だろう。
「クリア、と」
正面玄関から足を踏み入れ、二世紀以上放置したお陰で壁紙などの内装が剥がれ落ちている一階部分を捜索していく。
幸い、まだ日が昇っている時間帯なので、建物の隙間から差し込む光で室内は程よく明るい。
大量のほこりが積もったキャビネットやラック等、使えそうな物が残されていそうな収納家具を物色していく。
お、ヘアピン発見。これは有難い。
その他、アルミニウム缶や簡易バッテリー等の廃棄品等々を回収し、ピップボーイに収納する。
こうして一階で目ぼしい物を回収し終えると、次いで一段一段上るたびに不安な音が鳴る階段を上り二階へと足を進める。
二階の一室に足を踏み入れると、そこは寝室であった。
「……どうか、安らかにお眠りください」
寝室のメインたるベッドの上には、この家の主なのか、あるいはこの家を間借りしていたのか。
名もなき白骨死体が一つ。
彼或いは彼女の魂に安らぎが訪れんことを願い終えると、寝室の捜索を開始する。
ベッド脇のベッドサイドチェストからは、白骨死体の護身用だろうか、一挺のパイプピストルが置かれていた。
敬意を表し軽く頭を下げてから回収すると、寝室内の残りを捜索していく。
その後、残る部屋なども捜索し、回収できるものを回収し終えると、俺は住宅を後に再びノース・レイク・サンズを目指し歩き始める。
原型を留めているものから半壊しているもの、さらには完全に破壊されているものなど。
住宅街の住宅の中から、物資回収できるであろう目星をつけた住宅に足を踏み入れては、捜索し物資を回収していく。
時折、所々に設けられている必要最低限度の機能のみ備えた小型核シェルター、プロウスキ保護シェルターの中身も拝見しつつ。
順調に道草を食いつつ、俺は目的地を目指して歩き続ける。
こうして、目的地まで半分ほどの道のりを進んだ時の事。
不意に、再び銃声が聞こえてくる。
「またレイダーか?」
先ほど目にしたグループと同じかどうかは分からないが、警戒しつつ銃声の聞こえた方へと足を進める。
するとやがて、助けを求める声が聞こえてくる。
「ひぃぃ、来るな!」
「誰かぁー!」
「いや、いや!」
物陰から双眼鏡で状況を把握してみると、どうやら助けを求めていたのはレイダーではなさそうだ。
汚れや破損、それに継ぎ目が目立つ衣服に身を包んだ人々が、二体の野生動物に追いかけられている。
強靭な顎に凶暴な顔つき、三対六本の足に攻撃的な胸部、そして、ウェイストランドでは貴重な栄養源であろう腹部。
ジャイアント・アント、或いは巨大アリ。
凶暴なウェイストランドの野生動物が、このウェイストランドの唯一の掟でもある弱肉強食を、今まさに体現しようとしていた。
一応、狩られる側の一人が手にしたパイプピストルで応戦しているものの、その命中率は推して知るべしだ。
「……、よし」
幸い、二体のジャイアント・アントは狩りに夢中で俺には気づいていない。
大回りして見なかった事にすることもできる。が、俺はピップボーイからR91アサルトライフルを取り出し、銃が撃てる状態であることを確認する。
そして、気合を入れると、物陰から飛び出し有効な命中弾を叩き込むべく距離を詰め始める。
よし、いい距離だ。
ジャイアント・アントが新たな獲物をその強靭な顎で食い千切ろうとする刹那。
俺は、構えたR91アサルトライフルのトリガーを引いた。
甲高い発砲音が数発、セミオート射撃で先頭のジャイアント・アントを狙う。
放たれた5.56mm弾が狙い通り先頭のジャイアント・アントを襲う。
刹那、二体のジャイアント・アントがターゲットを俺に変更したのか、進路変更して俺目掛けて突進してくる。
「この!」
再び放たれる5.56mm弾。
先んじてダメージを与えていたジャイアント・アントは、この射撃で無力化。
しかし、もう片方の無傷のジャイアント・アントは構わず突進してくる。
排莢され響き渡る空薬莢の音と共に、ジャイアント・アントの巨体が大地に倒れた。
「ふぅ……」
何とかマガジンが空になる前に倒せてよかった。
使用したマガジンをリリースし、ベルトに装着しているマガジンポーチから新しいマガジンを取り出すと、新しいマガジンを装填する。
マグチェンジを終えると、R91アサルトライフルを背負うことなく、助けた人々のもとへと歩み寄る。
構えてはいないものの、安全装置は解除したままであり、いつでも瞬時に応戦可能な状態は維持している。
ウェイストランドでは、用心過ぎるに越したことはない。
「あぁ、待ってくれ! 我々に戦う意思はない!」
が、そんな俺の意気込みは、肩透かしを食らう。
歩み寄った途端、リーダー格と思しきパイプピストルを所持している男性が両手をあげて戦闘の意思はないと示したからだ。
「それは失礼」
「いや、いいんだ。……所で、助けてもらって言うのもなんだが、あんたは一体? 何者なんだい?」
突然ジャイアント・アントの脅威から自分たちを助けてくれたのは、コンバットアーマー一式を纏い、インナーに見慣れぬリーアジャンプスーツを着て、強力な武装を有する謎の青年。
彼らからすれば、俺はそんな風に映っているのだろう。
疑問符を浮かべるのも、分からなくはない。
「えっと、俺は……、旅の傭兵です。個人事業の」
しかし、俺の身分を偽ることなく明かした所で、コロニー等の知識が乏しいであろう彼らに理解できるかは不明だ。
なので、ここは嘘も方便と、ヴァルヒムさんと同じ個人傭兵であると説明する。
「あぁ、そうだったのか。物騒な格好をしていると思っていたが、それなら納得だ」
どうやら、疑うことなく納得してくれたようだ。
「あの、俺からも質問いいですか?」
「何かね?」
「皆さんはどういったグループで?」
「あぁ、我々は、この先にあるノース・レイク・サンズに入植したくて向かっていた所なんだ」
聞けば、彼らはウェイストランドにおける特定の勢力に属していない一般人。所謂ウェイストランド人であり。
その日その日を生き延びていたが、流石に最低限の安全と衣食住を求め、ノース・レイク・サンズへの入植を決意し向かっていたのだとか。
「成程。では、目的とは俺と一緒ですね」
「あんたもノース・レイク・サンズに?」
「えぇ。……あ、そうだ。もしよろしければ、一緒に同行させてもらってもよろしいですか?」
「なんと!? それは本当なのかい?」
「はい、一緒の方が、皆様も心強いと思いますし」
「それは有難い。……あぁ、だが、我々には、あんたを一時的にでも雇うだけの持ち合わせは」
満面の笑みから一転、急に歯切れが悪くなり何事かと思えば。
どうやら先ほどの会話を俺との護衛契約だと思ってしまったらしい。
今更、実は傭兵じゃないなんて言ったらますます混乱させるだけだろうし。
よし、別の手でいこう。
「あ、お支払いは結構ですよ。これは俺の善意ですから」
「なな、なんと!? そりゃ本当ですか!!」
ウェイストランドにおいて無償の善意は絶滅危惧種だ。
常に打算的に行動してきたウェイストランド人々にとっては、まさにカルチャーショック。
よって、彼らが大げさと思えるほど驚くことは不思議ではない。
「で、では。よろしくお願いします」
こうして、俺は入植者のグループと共に、ノース・レイク・サンズを目指して再び歩き始める事となった。